
🟥【コロナワクチン問題を“選挙の道具”にしないで──mRNA製剤への本質の問いかけを】
「毒を打ってるって言ってた人が、今さら“すみません”で済むんですか?」
──小説家で医師である知念実希人氏が、Xでそう怒っていた。
抗議の相手は須藤元気氏。
かつてコロナワクチンに否定的な発言をしていた元参院議員で、今は国民民主党から比例代表として出馬予定。
選挙前になって、自身の過去発言を「偏った情報をもとにしていた」「反省している」と語ったという。
この件について、私はどちらにも疑問符「?」がつく。
💉まず、知念実希人氏への“?”──
怒りの背景には、よくわかる部分もある。
パンデミックの混乱の中で、医療者がどれだけ誹謗中傷や脅迫にさらされてきたか。
現場で命を守る側として、苦しみを背負ってきた方々(私自身もそうだった)には、私も心から敬意を表したい。
でも──
知念氏の言葉には、「ワクチンは絶対正義だった」という前提が滲む。
けれど、それは本当に正しかったのだろうか?
• 長期データのないmRNA製剤
• 副作用の報告システムすら不十分なままの運用
• 超過死亡が示唆されても、まともに分析されていない行政の姿勢
• 他国では2、3回で終了。日本だけ8回以上。
「打てば守れる」という希望はあったとしても、
その設計思想に、多くの不安と疑問があったことも、また事実だ。
ワクチンを「毒」と断定するのは極端かもしれない。
でも、それが「毒ではなかった」と断定できる人も、今の時点で本当にどれだけいるだろう?
🤷♂️そして、須藤元気氏への“?”──
今回の釈明には、
「反省している」「偏った情報をうのみにしていた」
という言葉が並んでいた。
ふむ。「選挙前に」「急に」「態度を変えて」語るのは、タイミングがよすぎはしないか?
まるで、「反ワクだったことがマイナスになる」と気づいて、
“帳消しモード”に入ったように見える。
🧭だから私は、こう思う。
どちらの発言も、命の重さに対して、かなり軽い。
知念氏は「正しい側にいた」として、誤った言説を責める。
須藤氏は「間違ってました」として、立場を変え阿り、選挙に臨む。
でもね、
この問題は、「正しかった」「間違ってた」で片づけられるような単純なものじゃない。
私たちは、もっと“何が起きていたか”を丁寧に検証する義務がある。
• なぜ多くの人が半ば強制されて打たされたのか?
• そもそも、日本では統一電子カルテがないために、”因果関係は不明”と言いやすい素地なのだ。これは意図的なのか?
• 諸外国はすでに推奨しないモード。なぜ今も日本だけ、延々と接種が続いているのか?(特に未成年者と妊婦は即刻中止を求める)
• 感染予防効果もない。(尾身氏の最近の発言)、重症化予防効果については、統計のトリック、相対的評価のみでの判断。
• 副反応は、PMDAで摂取後21日間しか追っかけていなかったり、免疫力低下がなかったという論文はn76という少なさだった。これで安全性を担保されたのだ。
• 誰がこの政策を主導し、責任を負っているのか?(というか、責任を負っていない)
• 巨額の資金は、どの製薬企業に、どのように流れているのか?
その“答え合わせ”をうやむやにして、未だ国民を反ワク陰謀論と、推ワク正義論の二項対立をさせている。
ワクチン問題を“選挙の踏み台”に使わないでほしい。
💬私は、mRNA生物製剤には明確に反対の立場を取っている。
このまま傍観していたら──
安全性の高かった既存ワクチンまでもが、mRNA製剤に取って代わられるだろう。
実際、その方向性は、すでに静かに、着実に進められている。
だから、これは決して“感情的な反対”ではない。
• 科学的に見て、未知数すぎる
• 政策的に見て、不公平すぎる
• 倫理的に見て、人権軽視すぎる
だからこそ、
ワクチン推進派にも、反ワクからの急転換派にも、しっかり問いかけたい。
未来の子どもたちのためにも。
命を扱う言葉には、ずっと、責任がついてくる。
それが、政治という営みであり、
医療という行為の本質であり、
この国の未来を左右する“倫理”そのものなのだと、私は思う。