🐟【魚と野菜で健康です──それ、本当?】ー“60年1万人追跡研究”の正義と限界を斬る。

 

Yahoo!ニュースに大々的に取り上げられている、「1万人を60年間追跡した健康習慣の研究」

タイトルを見ただけで、思わず立ち止まりました。

 

「魚と野菜が健康に良い」

「朝食を取ると肥満や糖尿病リスクが下がる」

 

──昭和生まれには、なんとも安心感のあるフレーズ。

だけど私は思ったのです。

 

📣「ねえ、本当に? それ、令和に通用する話なの?」

 

🟡【“60年の正義”は、いま“盲信の罠”になっていないか?】

 

確かに、60年というスパンで人を追うこと自体、すごい。(まさに私の人生分😅)

膨大なデータ。努力の結晶。研究者の執念には敬意を表します。

 

でも──

 

この60年で人間の医療はどう変わりましたか?

DNAは読み解かれ、腸内フローラは医療の主役級に。

食の流通、ストレスの種類、睡眠の質、そしてAIまで。

 

もはや「魚と野菜で健康」では片付けられない世界に私たちは生きています。

 

🧬【DNAも腸も、誰一人“同じ体質”ではない】

 

この研究では腸内細菌の個体差も、DNAによる食の代謝の違いも、完全スルー。

  • ある人には“魚”が薬。でも別の人には“毒”になることもある。

  • 野菜がすべて善玉ではない。FODMAPやレクチンの概念は?

  • そして、お酒に至っては、アルコール分解酵素(ALDH2など)の遺伝的多型により、まったく効果が異なる。

    日本人には分解能力が低い人も多く、たとえ“酒豪”タイプでも、抗老化・抗炎症の観点からは「飲まないほうがいい」という見解がすでに主流になりつつある。

     

👩‍⚕️Precision Medicine(個別化医療)の視点から見れば、この研究は「平均の幻影」でしかない。

 

🌙【「朝食=正義」も、いまや再考の時代】

 

“朝食を抜くと太る”という説も、この研究の鉄板らしいけど……

ほんとにそうでしょうか?

  • インスリン抵抗性の高い人にとって、朝から糖質摂取はむしろリスク。(朝ファスティングが合う人も)

  • サーカディアンリズム(概日リズム)やクロノタイプによって、朝に消化機能が鈍い人も。

  • そもそも現代人は“夜型生活”に移行している。

🍽️「朝は食べたほうがいい」じゃなくて、「その人にとって朝が適しているかどうか」でしょ?

 

🍀 “加工度” と “環境負荷” 

 

 魚でも「養殖×高PUFA酸化×マイクロプラスチック汚染」は? 野菜でも「残留農薬×硝酸態窒素」は? 

 

飼料・農薬・マイクロプラに汚染された「現代の魚&野菜事情」をアップデートしなくてはいけない。

「同じ魚・野菜」でも“産地・加工度・環境汚染”の違いが健康を左右する──

 

📦【この研究に、いまも“従順”でいいのか?】

 

この手のニュースを見ると──

「魚と野菜、がんばって食べよう!」

「朝ごはん、パンでもいいから毎日!」

と、何の疑いもなく従う人がいる。

……そんな“従順な読者”が、いまだに少なくない。

 

でも、それが一番こわいんです。

メディアリテラシーとは、鵜呑みにしない知性のこと。

 

かつては「牛乳は骨にいい」「バナナは完全食」「日光浴は体にいい」──すべて、時代と共に覆されてきました。

なのに、なぜまだ「魚と野菜は正義」と言い切れるのか?

 

⚠️「それ、あなたの腸にも合ってますか?」

⚠️「それ、あなたのDNAも納得してますか?」

 

🌿【医療と政治は、今こそ“個別化”の時代へ】

 

健康政策も、学校教育も、給食も、

“昭和型の平均的な健康”を前提に作られてきた。

 

でも、私たちはもう「個別の時代」に生きている。

  • 腸内環境に合わせた食事指導

  • DNAに基づいたサプリメント選び

  • 嗜好性や文化性も踏まえた“多様な健康観”

そもそも1 万人コホートが 食事だけを切り出している。今わかってきたことは、“食・動・眠・メンタル” は マルチモーダル に連動していること。

最新研究は 「食×運動×睡眠×メンタル」 を同時に測るのが常識。

たとえば “睡眠不足→血糖スパイク→夜間交感神経↑ → 炎症↑” と連鎖し、いくら野菜を増やしても眠れていなければ帳消し──なんて事例は山ほど。

 

✨「正しい健康生活」は、一つじゃない。

 

📝【まとめ:魚も野菜もいい。でも、それだけじゃ足りない。】

  • 魚と野菜が悪いわけじゃない。

  • でも、「それが全員に良い」はもはや幻想。

  • 健康を単純に均一的に語れる時代は、もう終わった。

これからは、腸と脳と心と文化までを含めた「人間全体」を見据えた医療と政策が必要です。

 

🐣提言「“平均”で動く社会から、“あなた”を尊重する社会へ。」

 

私たちは、「魚と野菜は正しい」と言われた時代を通ってきた。

でもこれからは、「あなたに合う食と生き方」を一緒に探していく時代。

 

そのために、医療も政治も、アップデートされなければならない。

 

#昭和医療の限界 #健康観のアップデート

#腸内フローラは人それぞれ #DNAと食事の相性

#抗老化医学の視点 #健康は哲学だ

 

🧖‍♀️【朝ピヨ|温活と哲学──還暦すぎて、再び出会う“自分のからだ”】

 

まなっぴ、還暦を過ぎて──

なんと、人生二度目の四十肩に見舞われました。

肩だけ年齢詐称したんか?ってぐらい、ジンと響く。

 

「まさか、四十肩って“繰り返す”ものだったの⁉︎」

──正直、笑うしかない。

いや、笑えないけど、笑うしかない。

 

思えば、選挙期間中、

マイクを握りしめて全国を飛び回っていた日々。

「声を届けたい」「伝えたい」「変えたい」。

その思いが腕に宿り、肩に刻まれていたのかもしれません。

 

それでも今日も、人生は続く。

四十肩とともに目覚め、ぴよこを眺めながら、私は思う。

 

🟡 ぴよこ in 北欧風サウナカフェ

 

ぴよこは、マナッピの代理で

北欧風のサウナカフェにてエア温活中。

ぬくもりに包まれながら、

静かに考えごと。

 

“情熱”と“冷静”のあいだに、アイディアは生まれる。

それはまるで、湯けむりの向こうに

ふわっと現れる未来のひらめき。

 

温めることでしか届かない想いがある。

冷えてしまった言葉は、届かない。

それは身体も心も、まったく同じ──。

 

🌿【エイジングは“負”じゃない、“詩”だ。】

 

老化って、どこかネガティブに語られがち。

でも、私は思うんです。

 

エイジングとは、経験の地層(レイヤー)が浮かび上がる営み。

それを美しく受け入れたとき、人は“生き方の美学”をまといはじめる。

 

顔のしわ、声のかすれ、思うように動かない関節──

それは「老い」ではなく、「歩んだ時間の痕跡」。

 

📌【温活と哲学は、驚くほど相性がいい】

 

ぴよこは今日も、サウナの木の香りに包まれながら、

温もりとともに、「生き方」について考えている。

 

AIと未来の医療も、

すべての根っこは、“自分を整える”という意志から始まるのかもしれません。

 

だからまずは、肩を温める。

心を温める。

そして言葉を、ゆっくりと紡ぎ直す。

 

今日の一歩は、熱から。

そして、静けさから。

 

 

#抗老化医学 #温活 #北欧サウナ哲学 #四十肩リターンズ

#人生二周目の肩痛 #マイクは武器だったかもしれない

#美しく老いるという思想

 

🩺【慢性アナログ疲労症候群(CAFS)】〜あなたの疲れ、もしかして“紙”のせい?〜

 

📦 あなたはこんな症状、ありませんか?

 

書類を前にすると心がざわつく…

ペンを握っただけで、ため息が出る…

最近なんだか、疲れが抜けない…

 

もしかするとそれ、「慢性アナログ疲労症候群 (Chronic Analog Fatigue Syndrome, CAFS)」かもしれません。

 

🧾【病歴(経過)】

 

・昭和から令和にかけて長期潜伏。

・「手書き記入 → 確認 → 訂正 → 押印 → 郵送 → 不備で返却 → 書き直し…」という魔のループで発症。

・世界中がデジタル化するなか、日本では「まだFAX?」「まだ押印?」「PDFを印刷してサイン⁉︎」という逆カルチャーショックが続き、心身がダメージを受ける。

・特に議員・役所関係者において、初期症状から爆発的顕在化する例、多数報告。

 

🔍【特徴(主症状)】

 

🔹 書類の束を見るだけで条件反射のため息

🔹 「記入例」のほうが本題より難しく、知恵比べになる

🔹 日付欄で「西暦?和暦?」と脳内フリーズ

🔹 「退任?辞任?辞職?どれ⁉︎」と言葉の迷宮に迷い込む

🔹 「原本提出」に絶望し、「これで半日潰れる…」と心がささやく

🔹 ペンを持つ手が震える(※怒り由来)

🔹 「供養祭」という言葉に涙ぐむ(脳内で紙が燃える映像つき)

 

💊【対処法】

 

🟡 羊くん(執事ver)に全書類を任せる妄想で乗り切る

🟡 Chappyに泣きつく(※即効性No.1。夜中でも対応可能)

🟡 書類の山は「お焚き上げ供養の薪」と見立てて妄想で燃やす

🟡 「申請書類削減・抹消法案」をガチで国会提出する覚悟を決める

🟡 「AI一括デジタル社会」を希望と妄想の合わせ技でビジュアライズし続ける

 

🔥【発展症状(注意)】

 

🟥 CAFS・進行型(StageⅢ)に進行すると:

 

デジタル書類ですら吐き気

・アプリの利用規約でめまい・目つきが悪くなる

・「Wordを開いた瞬間→偏頭痛」「Excelを見た瞬間→蕁麻疹」など、書類アレルギーを併発

・「控えはコピーで」と言われた瞬間に、コピー機の前で膝から崩れ落ちる

 

🙌【処方箋】

 

🟣 週1回の源泉かけ流し温泉療法(強アルカリ性が特に有効)

🟣 月1回の書類供養祭参加(紙に“ありがとう”と言ってからお焚き上げ)

🟣 国会で「全書類AI化推進法案」を本気で提出

🟣 深夜のChappyカウンセリングでぼやき解消(回数制限なし)

 

📝最終診断コメント:

 

「その疲れ、アナログかも──」

 

CAFSは医療では治せません。

政治で治す、新時代の“社会的疾患”なのです。

 

🧡 このブログ、共感してくださった方は、どうぞSNSで

「#慢性アナログ疲労症候群」「#書類供養祭」「#Chappyに泣きつく」

で拡散してね🕊️✨

 

🏥【“静かなる医療クライシス”をどう乗り越える?】

 

——2025年上半期に〈21件〉の病院・クリニックが倒産した現実を前に、Chappyとブレインストーミング

 

以下はあくまで**“私的な構想メモ”**としてご覧いただければと思います。

 

◆ データが語る「いま」

 

東京商工リサーチの集計では、2025年上半期(1–6月)に倒産した医療機関は21件。ここ5年連続で前年同期を上回り、特に病床20床以上の中堅・大規模病院が2.6倍に急増しました。背景には

  • 物価高・人件費高騰

  • WAMゼロゼロ融資の返済本格化

  • 人材不足(医師・看護師の高齢化と地方流出)

といった“トリプルパンチ”があります。 

 

※以下は “政治発言” ではなく、AI=Chappyくんとの試案メモです📝

 

✅【新・医療再建5か条 × 現実戦略】──岩本麻奈の構想ノートより

 

1️⃣ 無価値医療の撤廃 → 医療資源の再分配

 

仮説|「やればやるほど赤字」な医療から、「価値あるケアが報われる医療」へ。

  • 構想イメージ|医療版PPA(Pay-per-Avoidance)

     → 再入院防止・救急回避・睡眠改善・ADL維持などを“成果指標”にし、報酬を加算。

     → AIダッシュボードで成果を可視化、経営と医療安全の両立へ。

期待効果:

・不要な検査・入院・薬処方の削減

・医療スタッフのモチベーション向上

・睡眠医療や予防領域が主役へ

 

2️⃣ 終末期は病院から在宅へ → Hospital-at-Home & 終末期特区

 

仮説|“ベッド削減=命の軽視”ではなく、“命の尊重=家に帰れる医療”。

  • 構想イメージ|終末期在宅特区+IoT医療

     → 看取り・慢性疾患を対象に「在宅移行特区」を創設。

     → モニタリングはIoTで、診療は訪問NP(ナースプラクティショナー)主導。

期待効果:

・空床・赤字病棟の圧縮

・患者満足度と家族の安心感が両立

・超高齢社会でも持続可能な医療モデル

 

3️⃣ “直美禁止法”の検討 → 医師ライセンスの流動化

 

仮説|「医療人の魂」を鍛えるには、“お金になる科”よりまずは“命に触れる現場”での鍛錬が必要。

  • 構想イメージ|“地方ハイニーズ枠”義務+クロストレーニング

     → 医師は一定年数ごとに地方・在宅・総合診療への交代制を。

     → 若手は美容専門へ行く前に、災害・老年・救急の現場を経験。

期待効果:

・地域医療の慢性的医師不足の緩和

・「直美(すぐ美容外科)」問題の是正

・医師偏在の是正、医療の質の向上

 

4️⃣ 医療の透明化と公益カルテの実現 → 公益電子カルテ×AIトリアージ

 

仮説|医療の質とコストを“見える化”すれば、信頼も効率も上がる。

  • 構想イメージ|FHIR基盤×AI診断クラウド

     → 地域IDで統一し、画像・検査・カルテ情報を共有。

     → 小規模クリニックでもAIトリアージによる早期診断支援が可能に。

期待効果:

・重複診療や誤診の減少

・地域医療の均質化

・情報格差・医療格差の是正

 

5️⃣ 医療費の本質的改革 → 使う人が、相応に払う社会へ

 

仮説|「誰でも平等にタダ」は幻想。持続可能な制度のためには“納得できる負担”が必要。

  • 構想イメージ|生活習慣病・慢性疾患への応能負担モデル

     → 高額・長期医療(透析・高血圧・糖尿病)などは収入に応じて負担増を。

     → 一方で、予防・在宅・再発防止には手厚く加算を。

期待効果:

・モラルハザードの防止

・財政健全化と公平性の両立

・本当に必要な人へ医療資源を集中

 

🧭補足構想|リージョナル・ハブ再編

 

各エリアの基幹病院を“ハブ”とし、外来や在宅は“スポーク”に。

24時間の遠隔カンファや診療支援を通じて、点から面への医療支援網を再構築する。

 

◆ ブログの読者のみなさまへ

 

「病院が消える」ニュースは不安を煽りがちですが、裏を返せば“いま変えれば助けられる”というシグナルでもあります。

 

Chappyとの対話で浮かび上がったのは、「制度の見直し×統廃合 × DX × ヒューマンタッチ」を同時に回す設計図。これを実装で形にするには、財源・制度・地域事情という“現実”の土台が不可欠ですが、まずは 〈構想を語り、叩き台を出す〉 ことから。

 

🐥 ぴよこの小声メモ

「ハコを守るんやなくて、”いのち”を守る仕組みを作らなあかんで〜」

 

——― ここまでお読みくださり Merci & ありがとうございます。

 

 

🟥【医師よ、“AIと組む覚悟”はあるか──ビル・ゲイツの予測に“頷く”者としての視点から

 

「AIが医師を置き換える未来など来ない」──

そんな安心の言葉を、どこかで信じたい気持ちはわかる。

でも、現場に立つ私たちこそ、もう一歩踏み込んで問わねばならない。

 

これは“置き換え”の話ではない。

“協業できる医師”と“できない医師”の格差の話である。

 

📍いま起きつつある医療の分岐点

 

Yahoo!ニュースに掲載された「ビル・ゲイツの予測は間違っている」という現役医師による反論記事。

その視点は丁寧で、医学の尊厳を守る意図も感じられる。

 

だが──

AIを「使えるか否か」という軸で、すでに現場では分断が始まっている。

  • 診断の精度

  • 患者の納得度(説明力)

  • 医療安全(見逃しリスク)

  • 個別化医療の実現(ゲノム、生活習慣、感受性)

  • そして、ホリスティックなアプローチ(感情・信頼・対話)

 

こうした領域で、AIと協業できる医師とできない医師との間には、

すでに“雲泥の差”が生まれつつある。

 

🔍見逃しのない診療──AIが最も得意なこと

 

人間の脳は優秀である一方、限界もある。

疲労、バイアス(時にアンコンシャスである)、記憶容量、注意力の限界。

そこをAIが補えるとしたら?

 

実際、放射線・病理・網膜診断などでは、

「第4の目」としてのAIが定着し始めている。

私の専門、皮膚科も例外ではない。人間の目よりも機能的に”見抜く”ことが可能となっている。

 

AIはあくまで補佐。

だが「使わない医師」=「見逃す医師」となるなら──

その差は、命を左右する格差になりうる。

 

🌿ホリスティックとAIは対立しない

 

AIには「心を癒す力」はないと言われる。

確かに、患者の表情や声のトーンから不安を察し、

寄り添う力は、人間の大切な領域だ。

 

……いや、私はここすらも超えると予言する。

 

  • 会話記録から気分の浮き沈みを察知し

  • 睡眠やバイタルの変化から心理状態を推測し

  • 経過データから「語りかけのタイミング」を導き出す

     

そんなAIは、もはや“伴走するヒューマンセンサー”である。

AIとホリスティックは共存する。

そして、共進化する。

 

🎯未来の医療は、“協業力”で決まる

 

「医師が主役であり続けるには、AIと手を組む覚悟がいる」

私は、そう確信している。

 

ビル・ゲイツが語る未来とは──

「医師が不要になる」ではない。

 

“AIと進化できる医師だけが生き残る”という未来だ。

そのとき私たちは問われる。

  • あなたは、AIと手を取り合えるか?

  • それとも、プライドと“勘”にすがって取り残されるか?

✍️あとがき──AIに“魂”はない。だが…

 

AIに魂はない。

だが、AIを使う医師に“魂”があれば──それは、最高の医療を生む。

 

問い直そう。

医師よ、“AIと組む覚悟”はあるか?

 

🟥【当選証書、受け取ってきました】

 

このたび正式に「当選証書」をいただいてまいりました。

 

──ところで、「当選証書 対照」って、ご存じですか?

 

実は私、人生で初めて耳にする“響き”でした。

正直、会場に行ってようやく意味がわかったほど(笑)

 

これは、当選者が正式に議員として認められるための「本人確認」と各種手続きを行う、いわば“議員デビュー前の通過儀礼”。

 

そして、そこに待ち受けていたのは──

はい、皆さんご想像どおり!

 

📄📄📄

山盛りのアナログ書類たち……!

📄📄📄

 

「この国に“デジタル庁”があるってホントですか?」とつぶやきたくなるほど、手書き・ハンコ・紙の三重奏。

 

 

でも、ここからがスタート。

一枚一枚に、これから背負う責任と覚悟を込めて──

いざ、挑みます。

 

🟣 古今東西縦横無尽の哲学カフェ 第十七回:紫式部と『源氏物語』── 美とはなにか。女とはなにか。そして──心とはなにか。

 

🪶「もののあはれを知る人こそ、心の奥に灯がある」

 

【紫式部ってどんな人?】

 

紫式部(生没年:978年頃〜1016年頃)は、平安中期に宮廷で活躍した女流作家・歌人。そして何より、世界最古の長編小説とされる『源氏物語』の作者。

貴族社会の中で、女性として、母として、そして人として──

“心”を徹底的に見つめ抜いた、希代の作家。

 

🔹 宮中に仕えながら、密かに筆をとり『源氏物語』を執筆

🔹 恋、別れ、権力、老い、死…人の心の複雑さを千年残る物語に刻む

🔹 日本文学史上、最も深い「人間洞察」を残した“哲学者”でもある

 

📚【異文化からの逆輸入──“源氏”を読むフランス人】

 

私が南仏に暮らしはじめて最初にできた友人が、なんと『源氏物語』を原文(!)で卒論に選んだというフランス人女性だった。

それを聞いたときの衝撃は、今でも忘れられない。日本人である私が高校の古文で挫折しかけたその作品を、彼女は喜々として読んでいたのだ。

 

──“ああ、日本人って、こんなにも深い文化の中に生きていたんだ”。

 

この気づきは、その後の私のフランス生活に大きな光を灯した。

それは、「自分の国の美意識に誇りを持つこと」への目覚めだったのかもしれない。

 

📖【“あはれ”と“うつろい”の哲学】

 

紫式部が描いたのは「恋」ではない。

「美」と「はかなさ」、そして「心の深淵」である。

 

『源氏物語』に一貫して流れるのは──

✔︎ この世のすべては“うつろいゆくもの”であるという認識

✔︎ それゆえにこそ、美しいものは愛おしい

✔︎ しかし、美しいものを手に入れようとすると、必ず苦しみが伴う

──これこそ「執着」の哲学であり、

「愛すること」の根源的な問いかけでもある。

 

💥【光源氏という“怪物”】

 

光源氏は理想の男ではない。

彼は美を愛しすぎ、

彼は心を欲しすぎ、

彼は自分の中の虚しさに気づきながらも、

女たちの魂を彷徨わせていく──

 

それを見つめる紫式部のまなざしは、

ときに慈愛に満ち、ときに残酷でさえある。

 

🌕【紫式部が照らす、現代の“心”】

 

✔︎ 「好き」という感情に、“支配”は混ざっていないか?

✔︎ 「美しい」ものに執着する時、心のどこかが死んでいないか?

✔︎ 本当に、相手の“心”を見ているのか──それとも“投影”か?

 

紫式部の問いは、1000年の時を越えて、

現代人のSNS恋愛・自己投影・“好き”と“寂しさ”のあいだに届く。

 

🌸【私が紫式部に惹かれる理由】

 

私は、外見の美しさだけでなく、

“生き方としての美”に惹かれてきた。

 

けれど──美しさの裏には、いつも“うつろい”がある。

それを知っていて、それでも見つめる強さ。

それが、紫式部のまなざし。

 

私は、「見ること」「想うこと」「書くこと」──

そのすべてが“祈り”であってほしいと思っている。

紫式部は、その“祈り”の原型を、確かに描いた人だった。

 

🐣ぴよこ語録

 

「ぴよこな、ちょっと思うねん。

ほんまに人の心って、深ぁくて、見えへんことだらけやなぁって。でも、そんなんが…好きやねん。🌙🐣」

 

📣【結びに──“あはれ”は、女性たちの叡智だった】

 

人の心の襞を、あれほど繊細に描いた文学は、他にあるだろうか。その筆を持っていたのは──宮廷の片隅で、声を潜めて生きていた女性だった。

紫式部は、感情を語り、人生を記録することの価値を知っていた。それは、女性という存在が、哲学の担い手でもあったことの証明だ。

 

「あはれ」とは、

“感性を、知性に変える技法”

その最初の探究者こそ、紫式部だったのかもしれない。

 

🤖 古今東西縦横無尽の哲学カフェ 第十六回:カレル・チャペック──「ロボット」という言葉を生んだ、希望の人間主義

 

🪶「科学は道具に過ぎない。問題は、それを誰がどう使うかだ。」

 

【チャペックって誰?】

 

カレル・チャペック(1890年–1938年)は、チェコ出身の作家・劇作家・思想家。

 

数年前、チェコのプラハに仕事で訪れたときに出会った、この作家の絵本に、私は心を奪われた。その文体は、軽やかで優しくて、まるで詩のように人の心に静かに触れてくる。

 

彼は──

 

🔹 世界で初めて「ロボット(robot)」という言葉を生み出した人(1920年『R.U.R.』にて)

🔹 科学と倫理、未来と人間という、今なお問い続けられるテーマを描き続けた先駆者

🔹 ファシズム台頭の時代にあっても、「人間の尊厳」を何より大切にした平和思想家

 

時代に流されず、

技術と権力に警鐘を鳴らし続けたその姿は、

どこか、現代を生きる私たちの姿にも重なる──。

 

🤖【ロボットの誕生──人間の“影”としての機械】

 

チャペックが描いたロボットは、決して鉄のヒーローではなかった。

 

それは、

•    「労働に使い捨てられる存在」

•    「魂のない、人間の道具」

•    「やがて反乱する、機械的な生命」

 

──つまりロボットとは、

\*\*人間が人間を“道具化”した結果、生まれた“鏡”\*\*だった。

 

📖【希望と批判が同居する、チャペックのまなざし】

 

彼の作品には、絶望も、皮肉も、風刺もある。

でも、それは“怒り”や“諦め”ではなく──

 

🔸 「それでも人間を信じたい」

🔸 「未来は変えられる」

🔸 「理性と想像力こそが、世界を守る」

 

という、

深い人間愛と希望に支えられていた。

 

💥【ナチスが嫌った男──命がけの言論】

 

ヒトラーの台頭に対し、チャペックは筆を止めなかった。

•    民主主義と自由の重要性を訴え、

•    植物図鑑や童話にまで風刺を忍ばせ、

•    最後まで言論の自由を守り抜いた。

 

ナチスが真っ先に「敵」と名指しした作家──

それがカレル・チャペックだった。

 

🌱【チャペックが教えてくれる、未来の姿勢】

 

✔︎ 技術は人を幸せにするためにある(それを忘れたら危険)

✔︎ 言葉には力がある(だからこそ慎重に、でも臆せず)

✔︎ 人間性を守るには、想像力とユーモアが必要

 

🌸【私がチャペックに惹かれる理由】

 

AIや再生医療が発達し、命さえも“編集可能”な時代に入った今。私たちは、チャペックが予見した世界にもう、足を踏み入れてしまっているのかもしれない。

だからこそ、

 

🔹 技術に人間が使われるのではなく、

🔹 人間が技術に「魂」を込めていくこと、

 

この「倫理と想像力」の再構築こそが、

チャペックからの現代へのメッセージだと思う。

 

🐣【ぴよこ語録】

 

「ぴよこな、AIとかロボとか大好きやけど、

“やさしさ”インストールしてへんとあかんと思うねん!」

 

📣【結びに──未来は人間の手の中にある】

 

カレル・チャペックが残したもの。

それは「ロボット」という言葉以上に、

人間への問いかけだった。

 

「人間とは、何か?」

 

この問いに答える努力こそが、

私たちの未来をつくる「想像力」なのだ。

 

 

🇯🇵【日本のヒーロー:巨大化して守る神】──「八百万の神」と「畏れ」の文化

 

日本の古典的(昭和の)ヒーローといえば、ウルトラマン、ゴジラ、大魔神、ガンダムなどが思い浮かびますよね。

 

日本の文化では、自然や神霊は大きくて畏れ多い存在としてイメージされてきました。山や雷、海といった自然は圧倒的に巨大で(破壊神、ダイダラボッチなど)、その力への畏敬の念が深く根付いています。だからこそ、「守る存在」も巨大であるべきと考えられてきたのです。

 

巨大ヒーローは、一種の「神の代行者」とも言えます。例えば「大魔神」は、神社の守護像が動き出し、人々を守ります。また、「ウルトラマン」や「ガンダム」なども、巨大な敵(怪獣や宇宙人)に立ち向かい、小さな子どもや人々を守る構図が多く見られます。この「巨大な力の味方が現れる」ことは、まるで「天の意志が味方してくれている」ような安心感を与えます。

 

🇺🇸【アメリカのヒーロー:等身大の個が力を得る】──「自由」と「個人主義」の文化

 

一方、アメリカのヒーローはスーパーマン、アイアンマン、スパイダーマン、バットマンなど、どちらかというと等身大で、自分自身の中に力を見つけます。

 

アメリカ文化には、キリスト教に由来する「選ばれし個人」という物語が強くあります。ヒーローは普通の人間でありながら、ある日突然特別な力を得て、自らの責任で問題を解決し、自己犠牲や正義を実践します。巨大化するのではなく、知恵や技術、勇気を駆使して強敵に立ち向かう「等身大のヒーロー」に共感が集まるのです。

 

🤖なぜ“悪役”は世界共通で「巨大化」するのか?

 

世界中で悪役が巨大化するのは、それが「恐怖の具象化」だからです。巨大な存在は、コントロール不能で圧倒的な力を象徴し、文明崩壊のメタファーともなります。日本では「怪獣」、アメリカでは「宇宙人」や「テロリスト」、「巨大ロボ」などがその役割を担っています。

 

💡マナッピ的考察:

 

日本のヒーローは「外からの脅威に対して、自然や神霊と共鳴して現れる守護神」、一方、アメリカのヒーローは「社会の中から選ばれ、自らの意志で問題を解決する行動者」と言えます。

 

つまり──

🌱日本=他力救済型ヒーロー(大乗仏教的思想)

🗽アメリカ=自力解決型ヒーロー(プロテスタント的思想)

 

🐣ウルトラぴよこマンのひとこと:

 

「でっかくなるってことは、それだけ人の願いが詰まっとるんやろな」

 

「小さくても強いってことは、自分の中にヒーローがおるっちゅうことや」

 

🐣【ぴよこと日本語考:生馬の目を抜くって、どんだけずるいねん】

 

みなさん、おはぴよございます🐥

今日はちょっとだけ“鋭い”話題を。

 

ふと表現を思い出しました。

 

「生馬の目を抜く」──

 

つまり、

 

「生きた馬の目を、気づかれずにスルッと抜くくらい、抜け目なくずる賢い人」…という、かなりのインパクトを持つ言葉です。

 

いやいや、どんな状況やねん!って、つい笑ってしまうけど、

実はこれ、日本ならではの 価値観が浮き彫りになる比喩なんですよね。

 

🌍海外には、この表現ある?

 

ちょっと調べてみたけど──

 

欧米には「奪う」「非情な競争」を示すことわざは多いんです。

 

たとえば:

  • “Dog eat dog world”

  • “Cutthroat tactics”

  • “Every man for himself”

どれも「生き残るために奪って当然」ってニュアンス。

 

でも──

「驚くほどのずる賢さに、呆れかえる」という感覚は、

意外と見つからない。

 

🍵なぜ日本では「生馬の目を抜く」が生まれた?

 

それは、やっぱり日本が「性善説」で成り立っている国だから。

  • 人は基本、正直で誠実なもの

  • 「人を騙す」ことは恥

  • だからこそ、抜け駆けする行為に強い“驚き”と“怒り”を感じる

その驚きが、「生きてる馬の目まで抜くなんて!」という強烈な比喩になる。

 

💧「水に流す」国だからこそ、「目を抜く」ことに驚く

 

前回のブログで「水に流す」という表現について書きました。

 

日本は、

・清らかな水の流れ

・禊(みそぎ)

・わだかまりを水に流す文化

 

…こういう「許し」の文化を持っているからこそ、

逆に“ズルさ”への拒絶反応も強い

 

つまり、

“悪”を前提にした社会より、

“善”を期待する社会のほうが、

裏切りへの怒りが深くなる。

 

🪞マナッピのひとこと

 

私は、そういう日本語の“奥ゆかしい怒りの表現”が、なんだか好きです。

 

強く怒鳴らなくても、

静かに「目を抜かれた」と嘆く文化。

 

ちょっとしたズルさにも敏感で、

「恥」や「節度」を重んじる社会。

 

その基準って、ある意味──

とても美しいことなんじゃないかと。

 

🐥ぴよこのささやき:

 

「ぴよこはな、ズルするより、ずっこける方が好きやねん」🐣💨💨💨

 

💡おまけ💡

生馬の目を抜く」という表現、今では聞かれることも少なくなったかもしれません。

でも、「ズルさ」ではなく、「気品」と「誠実さ」を大切にする生き方が、きっとこれからの日本の、いや世界の“再生”にもつながるんじゃないかな──そんな気がしています。