♨️ 睡眠美容③──難しく考える前に、手っ取り早く眠る方法

 

「眠れるアロマは?」「迷走神経を刺激する方法は?」「1/fゆらぎとは?」

──眠りのメソッドはいくらでも語れる。

 

でも一番シンプルで効果的なのは、たった一言。

 

👉 温泉に行こう。

 

私は温泉好きが昂じて、ついに「温泉療法医」の資格まで取ってしまったほどのマニアである。

”秘湯を守る会”のスタンプ帳も、コロナ禍よりはじめて4冊目くらいになる。

最近はことさら忙しいのと、”くまが出る”報道で、秘湯を行く機会が失われているが。

混浴についても、一言呈するくらいのマニアと思っていただければ嬉しい。🤣

 

環境を変え、食を変える温泉にはただのリラックス以上の科学的効果がある。

 

• 副交感神経を優位にして入眠を促す

• 体温の上昇と下降のリズムで深い眠りを誘導

• 温泉成分による血流改善や筋肉の緊張緩和

 

何よりも、「湯に浸かる」という無重力行為が、心身をほどいてくれる。

 

そして温泉は、経済的にも地域資源だ。

地方の温泉地に人が集まれば、観光・雇用・地域医療にも貢献する。

つまり「温泉に行こう」は、健康政策であり、日本の経済復興、地方創生政策でもある。

 

🌙 眠りを取り戻すことは、美容の基礎であり、経済の礎でもある。

だから私は、睡眠美容③として── 「温泉に行こう」 を推したい。

 

それは、美と健康への投資であると同時に、地域と日本の未来を温める処方箋なのだ。

🌙 睡眠美容その②──政策提案編──「社会全体で眠る時間を取り戻す」

 

睡眠美容の話をすると、「それって個人の努力でしょ?」と思われがちです。

しかし実際には、社会の仕組みそのものが、私たちから睡眠時間を奪っています。

 

💡 エジソンから150年──DNAは不夜城に適応できなかった

 

トーマス・エジソンが電球を発明したのは1879年。

わずか150年のあいだに、人類は「夜でも働ける・学べる・遊べる」不夜城を築き上げました。

 

しかしDNAの進化は何百万年単位です。

私たちの身体は「太陽が沈めば眠り、昇れば起きる」というリズムに設計されたまま。

つまり、人類はまだ「人工照明社会」に適応できていないのです。

 

その結果、世界は慢性的な睡眠不足時代に突入しました。

日本はその典型です。

 

🏫 学校の「朝練」は必要か?

 

私は以前、政治活動期間に「ねむ育」という言葉を使って提唱しました。

子どもたちがしっかり眠れる社会をつくること。これが教育の基盤だと考えています。(さらにいいことは、子育てお母さんもゆっくり眠れるようになることです)

 

しかし日本では、中高生が夜遅くまで塾で学び、翌朝は6時前に起きて「朝練」。

これはOECD諸国の中でも異常な早朝文化です。

海外の多くの研究では「睡眠時間を確保した生徒ほど成績も運動能力も高い」と示されています。

つまり、「朝練=強化」ではなく「朝練=パフォーマンス低下」なのです。実際にサーカディアンリズムの観点からは、目覚めていない体での特訓、弊害の方が大きいと言えます。

 

⏰ 始業時間の後ろ倒しを

 

OECD比較では、日本の学校・企業は始業時刻が突出して早いことが知られています。

アメリカの一部の州や欧州では「10代は夜型にシフトする」ことが科学的に示され、高校の始業を遅らせる政策がすでに導入されています。

 

眠らせない教育は、集中力・記憶力・感情コントロールを削ぎ落とし、結果的に学力も健康も奪います。

企業でも同じ。朝7時台から満員電車に揺られる文化は、

生産性の観点からも再考が必要です。眠らないことを美徳とする社会は、結局“過労死ライン”を量産するだけ。『寝不足で働く日本人』こそが国際競争力を下げている現実を、直視すべきです。

 

🌱 社会全体で「眠り」を取り戻す

 

「眠り」は個人の贅沢ではなく、社会の投資です。

眠れる子どもは学び、眠れる社員は生産性を高め、眠れる社会は医療費を削減します。

 

これからの「ねむ育政策」は、

  • 朝練の廃止

  • 学校・企業の始業時間の後ろ倒し

  • 社会全体での「睡眠環境の整備」

これを通じて、健康と経済成長を両立させることを目指すべきです。

 

✍️ 結びに

 

最強の美容法は「質の高い睡眠」。

そして最強の教育・経済政策もまた「睡眠」なのです。

 

 

睡眠美容その①──睡眠は贅沢か、戦略か。──“よく眠る人”だけが勝ち残る時代へ

 

昭和には「二十四時間戦えますか」というCMが流行った。

平成はエナジードリンクと徹夜で武装し、「寝てない自慢」がステータスだった。

だが令和――世界の潮目は完全に変わった。

「眠らない英雄」は、今やただの判断ミス製造機とみなされている。

 

1|かつてのステータス:寝ない勇者たち

 

かつてシリコンバレーやウォール街では「寝る間も惜しむのが男の証し」。

3〜4時間睡眠を美徳とする「ハッスル・ポルノ(働きすぎ礼賛)」が横行していた。

  • ジャック・ドーシー(Twitter共同創業者)は、4時間睡眠+早朝瞑想を日課にしていた。

  • イーロン・マスクはオフィスに寝泊まりし、テスラの工場の床で仮眠していた。

  • ウォール街のトレーダーたちもまた「徹夜で市場を見張る」ことを誇っていた。

だが裏では、判断力低下・感情コントロールの崩壊・心疾患リスクが積み重なっていた。

 

2|今は“よく眠ること”がステータス

 

今や成功者たちは「どれだけ眠れるか」を戦略とみなすようになった。

  • ピーター・バーサム(カンナビス企業CEO)は、かつて4.5時間睡眠で20年を過ごしたが、今は6〜8時間を死守し、就寝前は瞑想アプリを欠かさない。

  • ダニエル・ラムジー(テックCEO)は「徹夜はリーダーの敵」と宣言し、21:30就寝をルールに。

  • ジェフ・ベゾス(Amazon創業者)は「8時間睡眠こそ最良の意思決定につながる」と語る。

「寝ない=強さ」から「よく眠る=賢さ」へ。価値観の逆転はすでに始まっている。

 

3|眠りは産業になる:睡眠市場の急拡大

 

世界の「スリープテック市場」は、すでに5,000億ドル(約74兆円)規模。年初のラスベガスのCESでも、"SLEEPTEC”のブースが際立っていた。

さらに2034年には1,500億ドル(約22兆円)超の睡眠関連製品市場に成長すると予測される。

  • 高機能マットレス

  • 重めの「ウエイトブランケット」

  • スマートリングなど、ウエラブルデバイスによる睡眠スコア測定

  • ホワイト&ピンクノイズ

  • CBDやノンアル眠りドリンク

  • 睡眠アプリ&瞑想プログラム

眠りは健康習慣から「成功戦略」へ、そして巨大な経済圏へと進化している。

 

4|日本はどうか──「寝不足大国」🥱の現実

 

OECDの調査によれば、日本人の平均睡眠時間は加盟国中ワーストレベル(7時間22分前後)

米国やフランスより1時間近く短い。

 

その結果、

  • 「過労死」や「慢性疲労」が社会問題化

  • プレゼンティズム(出社はしているが能率低下)が経済損失を拡大

  • 生産性は先進国で最下位クラス

つまり「寝ていない」ことは個人の健康リスクであるだけでなく、国家的な経済損失を生んでいる。

 

5|医師としての視点

 

医学的に見ても、質の高い睡眠は免疫力・集中力・創造力の源泉

「4時間睡眠」を誇る時代は完全に終わった。

むしろ「眠ることは国家戦略」であり、社会の生産性と成長に直結する。

 

そして美容医療の現場から言えば――

最強のアンチエイジングは、高価な化粧品ではなく「深い眠り」

美人は夜作られる。肌・ホルモン・自律神経、すべてが夜に再生するのだから。

 

✍️ 結びに

 

かつて「寝ない勇者」は称賛された。

だが令和の時代に誇るべきはこうだ。

 

「よく寝て、よく勝つ」。

 

「寝てない自慢」は昭和の武勇伝。

「よく眠れた自慢」こそ、令和の成功戦略である。

 

 

🎥 「現代の監獄実験」──フランスで起きたジャン・ポルマノーヴ事件から考える

 

今、フランスで若者を中心に大きな議論を巻き起こしている事件がある。

46歳の元軍人ジャン・ポルマノーヴ(本名ラファエル・グラベン)が、虐待を受けながら12日間も生配信され、その末に命を落としたというショッキングな出来事である。

 

📺 ネット上の「見世物」と化した人間

 

彼は「JP」という名前でストリーミングを行っていた。登録者数はKickで約20万人、TikTokで約58万人、総計100万人超に達していたとされる。

 

配信の内容はあまりにも過酷だった。

  • 殴打、電気ショック、絞め技

  • 尿まみれのブラシで歯磨き

  • 排泄物掃除の強要

  • 睡眠妨害(水を浴びせ、騒音で眠らせない)

  • 視聴者の寄付によって虐待が“加速”する仕組み

つまり「お金を払えば、もっとひどい目に遭わせられる」構造だった。

睡眠不足のまま配信に現れる彼の姿は、痩せてやつれ、まるで映画『マシニスト』(クリスチャン・ベール主演)の主人公のようであった。

 

🎬 思い出す映画と実験

 

この事件を耳にして、私が真っ先に思い出したのは映画と心理学実験だった。

  • 『スタンフォード監獄実験』(1971年実験/2015年映画化)

     学生を「看守」と「囚人」に分けただけで、わずか数日で暴力と支配がエスカレートした実験。

  • 『ザ・ウェイヴ』(2008年映画/ドイツの実話をもとに)

     生徒たちがわずか数日で「ナチス的同調」に陥り、暴走した教育実験。

  • 『La Mort en direct』(1980年/R.シュナイダー主演)

     死にゆく女性の最期を“テレビで生中継”することを描いた作品。『トゥルーマン・ショー』のダーク版。

ジャン事件は、これらがネット時代に置き換わったかのようであった。

「人が人を“役割”や“見世物”に落とし込むと、どこまで堕ちるのか」──その恐怖を現実の死によって突きつけられたのだ。

 

🌍 Kickという舞台装置

 

事件が行われたのはKickという配信プラットフォームである。

  • 2022年にオーストラリアで誕生

  • 資金源は暗号カジノ「Stake.com」

  • ギャンブル配信や過激コンテンツに寛容

  • 投げ銭の還元率が高く、人気配信者を獲得

  • 日本からも利用可能だが、公式な日本法人はなく、規制しづらい

つまり「日本でも同じことが起きる可能性は十分にある」。

 

⚖️ フランス社会が問うていること

 

Le Mondeの社説は警告する。

「新しい法律を作る以前に、すでにある法律をきちんと適用すべきだ」と。

  • フランスやEU法では「人間の尊厳を損なう配信」は禁止されている

  • しかしKickはヨーロッパに拠点がなく、規制を回避

  • 被害者が「同意している」ように見えても、法的には人権侵害として処罰対象

問題は「加害者」だけでなく、「プラットフォーム」や「視聴者」もまた加担していた点にある。

 

🇯🇵 日本はどう備えるか

 

日本でも刑法やプロバイダ責任制限法、青少年ネット規制法はある。

だが「投げ銭で過激化するライブ」のように、視聴者・配信者・プラットフォームの三すくみで加害が増幅する態には想定外が多い。

 

必要なのは、

  • 緊急停止の即応プロトコル(警察・配信・決済の即時連携)

  • 金銭誘因による危険行為の明確な禁止と凍結基準

  • 配信現場の第三者通報ボタンの義務化

  • 国内代理人設置と不作為時の高額制裁

といった実効性ある制度設計である。

 

✍️ 結びに

 

今回の出来事を「ただの異常な配信」と片づけるのは簡単である。

だが映画や実験が示したように、人間は環境と集団心理によって、誰もが加害者にも被害者にもなり得る。

 

インターネットは、その舞台を世界規模の観客付きアリーナに変えてしまった。

ジャン・ポルマノーヴ事件は、倫理と人間性を守る最後の砦がどこにあるのかを、私たちに改めて問いかけている。

 

「現代の監獄実験」を二度と繰り返さないために。

 

そして医師としての視点から言えば、睡眠剥奪や慢性的ストレスは、人を短期間で急激に衰弱させ、判断力をも奪う。

命を削るこの“実験”を放置したこと自体が、社会全体の臨床的な監視機能の欠如を示している。

命を守るはずの社会が、命を消費する側に回ってしまったことこそ、最大の教訓である。

 

さらに付け加えるなら、配信を“ただ見ていた”人々の多くは、まさか本当に命が失われるとは思っていなかったのではないか。

「映画やゲームのように、死んだふりをしてまた立ち上がる」と錯覚したり、「自分は加担していない」と思い込みたくて、深い思考を止めてしまった。

SNS社会では数秒ごとに画面が切り替わり、次の刺激に流される。

まさにこの「傍観者の無責任」と「現実感の喪失」こそが、SNS時代の最も怖い点なのだ。

 

🇫🇷 フランスから学ぶ「人生会議」──終末期医療をもっと自分らしく

 

最近、日本でも「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)」=人生会議という言葉を耳にするようになりました。

自分の最期をどう迎えたいかを、家族や医療者とあらかじめ話し合う仕組みです。

 

しかし、日本ではまだまだ普及途上。

現実には「延命治療をやめられない」「胃瘻(いろう)や点滴で管につながれたまま最期を迎える」──いわゆるスパゲッティ症候群が少なくありません。

 

🇫🇷 フランスの仕組み

 

フランスにいたとき、隣国オランダの安楽死制度についてもリサーチしたことがあります。

合理的なお国柄のオランダでは、一定の年齢に達すると「有効な薬や資源は次世代に回すべきだ」という考え方が社会に浸透しています。

国が違えば、ここまで死生観も医療資源の配分の考え方も異なるのかと感心しました。

 

さてフランスでは、2005年に「レオネッティ法」、2016年に「クレ=レオネッティ法」が整備され、終末期医療の意思表示に法的基盤ができました。

 

ポイントは次の3つです。

  1. ディレクティブ・アンティシペ(Advance Directives)

     患者本人が「どんな治療を望む/望まないか」を書面で残せる制度。延命処置を希望しない意思などが反映されます。

  2. 信頼できる人物の指定

     本人が判断できなくなったとき、代わりに意思を伝えてくれる「信頼できる人」を選べます。

  3. 持続的深い鎮静(sédation profonde)

     安楽死は認められていませんが、苦痛が強い場合は“死の直前まで眠ったまま”過ごす「深い鎮静」を受ける権利が認められています。

これらはすべて国の法律として整備されている点が大きな違いです。

 

🏥 日本で見た「地獄のような入院」

 

私自身、とても強烈な体験があります。

90を過ぎた母が熱中症で入院したときのことです。

 

病室を見渡すと、周囲の入院患者は寝たきりで、会話もできない状態の方ばかり。

医師でもある母は、その光景にたいそうショックを受けたようで、入院からたった3日で私に連絡してきました。

 

  「1日も早く戻りたい。ここにいると鬱になる」

 

それ以来、母はどんなに派手な怪我をしても、コロナで高熱を出しても──

「絶対に病院には行かない。あそこは地獄だ」と頑なに拒むようになりました。

 

私も、地域の在宅医療や介護ケアチームも、その母の強い意思を尊重しました。

その結果、母は最期の前日まで普段通りに食事をとり、そして望み通り、自宅で静かに旅立つことができました。

 

この体験は、私にとって「日本の終末期医療の在り方」を深く考える大きなきっかけとなったのです。

 

🇯🇵 日本特有の文化と制度の不在

 

日本では「長期入院」や「過剰な延命」がある種の文化として根付いてきました。

病院は“治す場”であると同時に“最期を迎える場”ともされ、結果として高齢者の8割以上が病院死を迎えています。

 

しかしその多くは、患者本人の意思ではなく「家族の希望」や「医療者の惰性」、あるいは「制度の枠組みの不在」によって選ばれた延命です。

フランスのように法律で「本人の意思」を事前に記録し、代理人を指定できる仕組みがあれば、防げるケースは少なくないはずです。

 

「とりあえず管につなぐ」「とりあえず点滴をする」という医療慣習こそ、日本の終末期医療が抱える最大の課題だと思います。

 

🌱 日本に必要なこと

 

フランスの仕組みをヒントに、日本で取り入れるべきは次の点です。

  • 意思表示を法的に保障する制度

  • 信頼できる代理人制度

  • 延命一辺倒ではない、尊厳あるケアの選択肢

これは命を軽んじるのではなく、むしろ「どう生きたいか」を本人の声で残すことこそ、命の尊厳を守ることだと思います。

 

✍️ 結びに

 

老人病院に携わる友人・知人から、その実態は以前より耳にしていました。

 

「胃瘻や管につながれてまで延命したくない」

「最期くらいは自分で選びたい」

 

──そんな切実な声を、制度が十分に支えきれていないのが、日本の現実です。

 

だからこそ、日本でも「人生会議」を制度として根付かせることが重要だと思います。

それは単なる医療の話ではなく──

「最期まで自分らしく生きる」ための社会の仕組みなのです。

 

 

🌱 アーミッシュの子どもたちにアレルギーが少ない理由

 

『ヴィレッジ』(2004、M・ナイト・シャマラン監督──『シックス・センス』の人)をご存じですか?

あの作品に漂う“アーミッシュ的な共同体”の空気感。デジタルデトックスが叫ばれる今、どこか惹かれるものがあります。

 

今日は、そのアーミッシュにまつわる“医学的に興味深い話”です。

 

🌸 増えるアレルギー、日本の子どもたち

 

花粉・ペット・ナッツなど、子どものアレルギーは日本でも右肩上がり。アトピーも例外ではありません。

ところが、米国の伝統的農業コミュニティ「アーミッシュ」では、子どものアレルギーや喘息の頻度が一貫して低いことが、複数の研究で示されています。

(米国の一般集団では“何らかのアレルゲンに感作されている人が約半数”という調査がある一方、アーミッシュでは一桁台という報告が目立ちます。)

 

※研究により指標(感作/喘息/自己申告)が異なるため、ここでは“傾向”として表現しています。

 

日本でも、戦後にアトピーや食物アレルギーが急増したといわれています。その一因として、生活が清潔になりすぎ、幼少期に多様な菌や環境に触れる機会が減ったことが免疫バランスの崩れにつながった、という指摘もあります。

 

🐄 秘密は「牛小屋のほこり」?

 

鍵を握るのは幼少期からの農場環境

アーミッシュの子どもは小さなころから牛小屋や納屋に出入りし、多種多様な微生物を含む“農場のほこり”に日常的に触れます。これが免疫系にとって良い刺激(免疫教育)になっているのではないか──というのが有力な仮説です。

  • 実験レベルでは、アーミッシュ家庭のハウスダスト抽出液を吸入させたマウスは、アレルゲン暴露後の気道炎症が抑えられたと報告。対照的に、同じ農耕共同体でも生活様式が近代化した集団のハウスダストでは同様の保護効果が見られなかったという結果もあります。

  • いわゆる「衛生仮説」/「旧友仮説」(幼少期に多様な微生物や自然環境に触れるほど、免疫のバランスが整いやすい)とも整合します。

  • もちろん“汚ければ良い”ではありません。安全に配慮した自然・土・動物との接触機会がポイントです。

🔬 日本の子どもたちへのヒント(実装のタネ)

  • 自然体験の拡充:園庭の“土”、校外の里山体験、動物とのふれあいを計画的に。

  • “過剰な除菌”の見直し:小児期は“適度な微生物多様性”に触れる設計を(食中毒や感染症対策と両立させつつ)。

  • マイクロバイオーム研究:農場由来の微生物や成分の安全な抽出・配合(食品・環境介入)の基礎研究を後押し。

  • 環境デザイン:保育・教育施設の自然素材・換気・屋外滞在を増やす建築的工夫。

     

    ※アレルギーは多因子(遺伝・食・住環境・都市化・大気など)。“農場のほこり”だけで説明できるわけではありませんが、幼少期の環境多様性は有望なレバーです。

🩺 臨床現場からの実感と希望

 

皮膚科医として、アトピーや食物アレルギーで苦しむ親子をたくさん診てきました。

「どうすれば発症を減らせるのか」──この問いは、今も私の中にあります。

 

もし日本の土壌で、アーミッシュ研究で示唆された“免疫教育効果”を本格的に検証できれば、政策提案につながる大きな希望になります。

アレルギーで悩む子どもと家族にとって、これは本当に救いになり得ます。

 

研究は近年加速しています。日本でも、小児期の自然接触・環境微生物・マイクロバイオームを束ねる学際研究と、学校・地域での安全な実装を並走させたい。政治の役割は、科学の土台づくりだと思っています。

 

*本稿は基礎・疫学研究の“傾向”をわかりやすく紹介したもので、個別の診療方針を示すものではありません。具体的な対策は主治医とご相談ください。

奴隷の「隷」?──隷書との出会い

先日、習字の先生と話していたときのこと。

そこに参加していた、かつて中国に長く駐在していたビジネスパーソンが、ふとこんなことをおっしゃいました。

 

「隷書(れいしょ)の”れい”って、奴隷の“隷”なんですよね」

 

えっ!?

思わず私は聞き返してしまいました。

 

だって、「奴隷が文字を書く」っていうイメージ、正直これまで一度も持ったことがなかったからです。

でも確かに「隷」という字は「奴隷」の“隷”。

 

📱早速その場で画像検索。

 

!?

本当に奴隷がこの美しい文字を書いていたのか…?

というか、この字体、亡き父が書いていた字に似ている気もする。

 

実際のところは…

 

もちろん、実際には「奴隷が使った書体」という意味ではありません。

 

隷書は漢代(紀元前3世紀後半〜後漢、約2000年前)、官僚や下級の書吏(役所で文書を書く人)たちが日常的に使っていた、いわば“実務用の書体”です。

 

それまで使われていた篆書(てんしょ)は荘厳だけれど複雑で、速記には不向き。そのため、より簡略化し、スピーディーに書けるよう改良されたのが隷書。「使役に従う=隷」というニュアンスから「隷書」と呼ばれるようになったのです。

 

ちなみにこの頃の日本は、弥生時代。まだ水田稲作が広がり、集落が形成され始めた時代で、中国から鉄器や文字文化が伝わるのはもう少し後のことでした。

 

つまり、奴隷が書いたのではなく、むしろ「役所で働くプロの書き手たちの手書きフォント」だったわけです。

 

 

🌹隷書の美しさ

 

隷書といえば、特徴的なのが「波磔(はたく)」と呼ばれるハネ。

横画の末端がぐっと広がって、波のように伸びていく。

このリズムと躍動感がなんとも優雅で、しかも力強い。

 

もともとは実務用に生まれたはずなのに、芸術性まで宿してしまうあたり──

中国の文字文化の奥深さをひしひしと感じます。

 

おわりに

 

「奴隷の隷? ほんとに?」と一瞬びっくりした隷書。

でも調べてみれば、ただの誤解以上に面白い歴史の扉が開きました。

 

実務から芸術へ。

日常から永遠へ。

隷書って、まさにその象徴のような書体なんだな、と改めて感じます。

 

💰810億円と6,653億円──“桁感”で考える、日本の優先順位

 

億や兆が飛び交う世界に身を置くと、日々の判断も「桁感(けたかん)」で磨かれていきます。

今回は、ビル・ゲイツ氏との会談で注目を集めた 810億円、そしてコロナワクチン廃棄にかかった 6,653億円

背景や人物については賛否さまざま語られていますが──あえてそこには立ち入りません。

ここでは純粋に“数字”という物差しで、日本のお金の使い方を見直してみたいと思います。

 

🔹810億円という約束:いま、なぜ?

 

SNSでも議論になっている「810億円」──首相がビル・ゲイツ氏との会談で、途上国の子ども向けワクチン支援に拠出を約束した件です。

国際支援の意義を否定するつもりはありません。けれども、国内の貧困や医療・福祉の遅れが深刻化しているこのタイミングでの大型コミットメントには、説明責任が伴います。

  • その原資はどこから出すのか(既定予算? 補正? 別枠?)

  • 国会での審議や説明はどう担保されるのか

  • 同額を国内に振り向けたときの便益(アウトカム)は比較されたのか

民意は直近の選挙で示されています。だからこそ“国内優先”の妥当性を、もっと丁寧に語る責任があるはずです。

 

🔹810億円で「実際にできること」の桁感

 

桁感を伝えるために、あえて身近な例を挙げます(概算・参考)。

  • 保育士・介護士の処遇改善:月1万円の賃上げなら、全国でほぼ一律実現可。

  • 不登校・特別支援教育のICT整備:1人1台タブレット+学習支援ソフトを全国展開。

  • 医療DX:電子カルテや画像・検査データの相互運用を数十自治体単位で前倒し導入。

  • 高齢者のフレイル予防:口腔・栄養・運動を組み合わせた介入を主要都市で展開。

  • 不妊治療助成:数十万人規模の支援が可能。

  • インフラ補修:老朽化した橋やトンネル、数百カ所を前倒し修繕。

つまり810億円は、“生活の質”を一気に底上げできる規模なのです。

 

🟥そして、忘れてはならない「6,653億円」──ワクチン廃棄

 

コロナワクチンの是非や評価については、すでに別項で繰り返し意見してきましたので、ここではあえて触れません。

事実として、2025年4月に公表された廃棄費用は 6,653億円。約2.4億回分が未使用のまま失効しました。

 

これは単なる「無駄遣い」ではなく、本来なら他の政策に投じられたはずの機会損失(Opportunity Cost)です。

 

EU全体(27カ国)での廃棄が約2.15億回分・40億ユーロ相当だったことを考えると、日本一国でEU全体に匹敵する規模を捨てたことになります。人口比で見れば、その負担はさらに重いのです。

 

🔹6,600億円で何ができたか?

  • 医療DXの加速 (医療従事者の業務軽減と国民の健康度アップetc)

  • ワクチン後遺症の長期追跡研究・ケア体制(不安を抱える患者を全国で支える仕組み)

  • 健康と省エネを両立する住環境投資(光熱費削減+熱中症予防)

  • AI・再生医療・環境問題など6分野への1,000億円ずつの投資

  • 児童手当の一時拡充(子育て家庭に実際のお金が届く安心感)

  • 子ども一人あたり年10万円、約600万人への一時給付

どれも“未来への投資”になり得るものでした。

 

🟨3つの教訓

  1. 調達設計の柔軟性(契約に数量調整条項を盛り込む余地)

  2. データ駆動の需給管理(リアルタイム最適化で廃棄抑制)

  3. アウトカムKPI(重症化防止数など成果ベースでの評価)

🟦提案:公的支出の「5原則」

  • 国内の命と暮らしを最優先に

  • 金額ではなくアウトカムで評価

  • プロセスの透明性を徹底

  • 実証→段階導入でリスクを最小化

  • データ公開と訂正可能性を確保

🍙結び:予算は、希望の設計図

 

810億円の国際支援、6,653億円の廃棄。いずれも“善意”で説明できる面はあるかもしれません。

しかし、限られた公費をどう配分するかは、冷静な価値判断そのものです。

 

外圧や美談のためではなく、「冷静な科学と誠実な政治」に立脚した国内投資を最優先に──。

予算の一行一行が、子どもたちの未来の景色を塗り替えていきます。

桁感で考え、“説明できるお金の使い方”へ。これがいま政治に求められている姿勢だと思います。

 

📌 注記(読み方のガイド)

  • 本稿で扱う数値は報道・公表資料に基づく概算であり、自治体規模・単価・為替等により変動します。

  • EUと日本の比較は規模感を把握するための参考であり、契約条件や接種戦略の差異は考慮していません。

  • 本稿は政策判断の材料提供を目的としたもので、特定の個人・団体を批判する意図はありません。

  • 内容はあくまで私個人の考察・備忘録であり、所属政党の公式見解ではありません。

 

🇺🇸アメリカが大麻を“医療枠”へ!?日本はどうする?

ーアメリカ、大麻を「スケジュール I」から「スケジュール III」へ再分類の動き

 

アメリカから大きなニュースが飛び込んできました。

米国麻薬取締局(DEA)は、大麻を規制物質法(CSA)上の「スケジュール I」から「スケジュール III」へ再分類する案を公表し、60日間のパブリックコメントを実施しました。

 

✒️スケジュール分類とは?

 

アメリカの規制物質法では、薬物を依存性や医療用途に応じて5段階に分類しています。

• スケジュール I:医療用途が認められず、依存性が高い(例:ヘロイン、大麻)

• スケジュール II:医療用途はあるが制約が厳しい(例:フェンタニル、コカイン)

• スケジュール III:医療用途があり、依存性リスクは中程度(例:ケタミン、合成THC製剤マリノール)

 

大麻がスケジュール Iから IIIへ移るということは、「危険性が最も高い薬物」から「管理のもと医療利用が認められる薬物」へ格上げされることを意味します。

 

🔶パブリックコメントの結果

 

42,000件を超えるコメントが寄せられました。

• 賛成:42%

• 反対:55%

• 中立:3%

 

ただし、反対派の多くは「スケジュール IIIではなく、完全に非犯罪化すべきだ」という立場であり、大麻をより自由に扱えるようにすべきという意見も根強いことがわかります。

 

🔶背景にあるもの

 

アメリカでは、すでに40州以上が医療大麻を合法化し、そのうち20州以上では嗜好用も認められています。

連邦レベルでの再分類は、医療研究の促進、製薬業界での新たな治療薬開発、さらには税制面の緩和などに直結する可能性があります。

 

🇯🇵日本への影響は?

 

日本では大麻取締法のもと依然厳しく規制されています。ただし昨年の改正(2024.12.12.)で、使用にも罰則が加わり規制は一層厳しくなる一方で、医療利用に限った例外規定も新設されました

 

アメリカでの再分類は、日本でも必ず議論を呼ぶはずです。

特に、医療用カンナビノイドの研究促進や、国際的な薬物規制の枠組みに対する日本の姿勢が問われることになるでしょう。

 

まとめ

 

• アメリカDEAが大麻を「スケジュール I → III」に再分類へ

• 医療研究の促進や経済的インパクトは大きい

• 日本も「国際規制」と「国内法」の調整が避けられない

 

「大麻=危険ドラッグ」という単純なラベルではなく、医学・科学的データに基づく冷静な議論」が、いま求められているのです。

 

References

  1. Lucas RH, Nahirnyak A, Piliero J, Peterson AM. Public Attitudes Toward the Drug Enforcement Administration’s Proposal to Reschedule Marijuana: A Cross-Sectional Mixed-Methods Analysis. Med Cannabis Cannabinoids. 2025 Jun 6;8(1):117-129. doi:10.1159/000546538

  2. U.S. Drug Enforcement Administration (DEA). Proposed Rule: Rescheduling of Marijuana from Schedule I to Schedule III. Federal Register. May 21, 2024.

  3. U.S. Department of Health and Human Services (HHS). HHS Letter to DEA on Marijuana Scheduling. 2023.

  4. National Conference of State Legislatures (NCSL). State Medical Cannabis Laws. Updated 2025.

  5. National Institute on Drug Abuse (NIDA). Cannabis (Marijuana) Research Report. National Institutes of Health, 2024.

 

💢コロナワクチン助成ですと?――都議会の要望に思うこと

 

東京都議会の四つの会派(都ファ・自民・公明・国民)が、小池知事に「高齢者のコロナワクチン接種に助成を」と要望したというニュースを目にしました。

 

でも、このブログをご覧の皆様なら、もうお気づきですよね。

「なんじゃそれ!?激おこ案件」です。

 

表向きは「高齢者を守るために税金を使う」。

けれど実際は――

「守るどころか、健康を害する可能性のある薬剤に血税を投じる」という話です。

 

💉ワクチンの“実際”

 

新型コロナワクチンは、感染を防ぐ効果はすでに失われています。

重症化予防についても、相対リスクで見れば「効果あり」と見える。

しかし、絶対リスクで直すと――100人が打っても1人も救えない。せいぜい数百人〜数千人に1人を救えるかどうかの水準にすぎません。

 

しかも厚労省への副反応報告はすでに数万件にのぼり、mRNAという新技術ゆえに長期的な影響も不透明です。

現場の医師としては「安全性が十分に担保された薬」とは到底言えません。

 

📗助成の“政治学”

 

では、なぜそれでも助成を求めるのか。

 

国民の多くがこの実態を知らない(あるいは信じていない)ことをいいことに、

政治は「高齢者に優しい政策です」というポーズを演出する。

 

その裏には――

製薬会社との契約や産業的な圧力も透けて見える。

人気が落ちて、ただ廃棄されていくワクチンを減らしたい思惑もある。

そして……選挙を意識すれば、高齢者票を無視できない。

 

要するに、これは「医学的な必然」ではなく、

「政治的な都合」で動いているのです。

 

🔶本当に助成すべきは何か

 

高齢者を本気で守るなら、優先すべきはワクチン助成ではありません。

  • 換気設備の整備支援

  • 栄養・基礎疾患管理への補助

  • 熱中症・生活習慣病予防の仕組みづくり

  • ワクチン後遺症への補償とケア

こうした施策のほうが、確実に健康寿命を延ばします。

効果も乏しくリスクの高い薬剤に、毎回万単位の補助を続けることは「未来へのツケ」にほかなりません。

 

終わりに

 

コロナのパンデミック自体は過去のものになりつつあります。

(ただし、後遺症救済は決して風化させてはいけません。)

 

けれど「不安を煽れば、人は並んででも打ちたがる」という構造は、まだ政治の道具として生き残っています。

その構造を利用して、税金が流れていく。

 

私は声を大にして言います。

「恐怖ではなく、冷静な科学と誠実な政治を」。

 

ワクチンを打つかどうかは、もちろん個人の自由な選択です。

けれど、その費用を“公費で助成するかどうか”は社会全体の選択です。

 

しかも、いまだに効果の全容も、後遺症の総括すらもできていない。

もし誤れば――

そのツケを、私たちの子どもや孫の世代が背負うことになるだけでなく、何より、打つご本人の健康リスクが心配です。