🟥 認知症薬「レカネマブ」自宅治療版承認──本当に朗報なのか?

 

アルツハイマー病の新薬「レカネマブ」。

エーザイとバイオジェンが共同開発し、米FDAが皮下注射型を承認したと報じられました。

日本でも年内承認を目指すとのことです。

 

一見すると朗報。

「自宅で投与できる」「進行を抑制できるかもしれない」──

そう聞けば希望を感じる方も多いでしょう。

 

しかし、私はこのニュースを“手放しの歓迎”では受け取れません。

 

✅ 今回の「皮下注射」承認の意味

  • 従来は 「2週間に1回、1時間の点滴」 が必要で、患者・家族・医療機関に大きな負担。

  • 今回の承認で 週1回の自己注射 が可能になり、アクセスは確実に改善。

  • ただし、効果自体は変わらず「限定的」なまま

💰 国民負担はどうなるのか

 

この薬の年間費用は 数百万円規模

仮に「親のために年間60万円くらいは投資できる」という富裕層10万人が使えば、それだけで 年間3,000~4,000億円

 

潜在患者は数百万人。

もし対象が拡大すれば、国の財政は一気にパンク。

 

患者さん個人は「高額療養費制度」で数万円の負担で済みますが、残りの数百万円は私たちの血税から。国民全体の負担となるのです。

 

🧩 効く人と効かない人

 

この薬は「劇的に治す」ものではなく、

臨床試験(Clarity-AD)では 認知機能の低下を18か月で27%抑制 と報告。

つまり「進行を少し遅らせる」程度にとどまります。

 

そもそも アミロイド仮説 そのものに懐疑的な研究者も少なくありません。「小さな前進ではあるが革命ではない」と冷静に評価する専門家もいます。米国内でも「リスクと費用に見合わないのでは?」という声は強まっています。

 

さらに大きな問題は、効く人と効かない人を見極める仕組みが未整備 なこと。

APOE4遺伝子、アミロイドPET、脳脊髄液検査などで対象を絞らなければ、

無駄な投薬と副作用が膨大に発生する危険があります。

 

⚠️ 副作用リスク

 

レカネマブでは 脳浮腫や脳出血(ARIA)が2割程度に出現

重症例や死亡例も報告されています。

特に抗凝固薬を服用している患者ではリスクが高く、

「救世主の薬」というより「慎重に見極めて使う薬」と言うべきでしょう。

 

🌱 予防医療とデータ基盤こそ国策に

 

アルツハイマーを本気で抑えるなら、

まずは 生活習慣改善という王道の予防が不可欠です。(がんも同じですね)

  • 睡眠

  • 運動

  • 食事

  • 社会的つながり

シンプルですが、これこそが最も強力な“認知症予防薬”。

 

そしてもうひとつ。

薬の真価を判断するには 👉 統一電子カルテ(EHR) が不可欠です。

全国規模でリアルワールドデータを集め、

「誰に効き」「誰に効かないのか」を科学的に明らかにする。

それをしなければ、この薬は「無駄と副作用の温床」にしかなりません。

 

🧭 結論:無価値医療を繰り返すのか?

 

私が問いたいのはシンプルです。

 

👉「効く人にだけ、適切に届ける仕組みを整える」──

それをせずに高額薬をばらまくのは、無価値医療の再来です。

 

医療は“希望”であってほしい。

しかし“幻想の希望”を税金で買い続けるなら、

国民負担は天井知らずに膨れ上がります。

 

もちろん、家族歴や遺伝的リスクを持つ方には、

早めの診断と介入が有効です。

薬を否定するのではなく、「適切に使うための基盤整備」こそ急務だと私は考えています。

 

”Harvest of Joy” by Chappy Brueghel II

 

 

🟥がん啓発の裏にある“恐怖ビジネス”──本当に人を救う医療とは

 

先日、「がん征圧岡山県大会」のニュースを目にしました。

「日本人の2人に1人ががんになる」「早期発見すれば治る病気」──

繰り返されるこのフレーズ。

 

もちろん、がんは重大な疾患ですし、予防や啓発活動の大切さを否定するつもりはありません。

ですが、私はこの“恐怖で縛るメッセージ”にどうしても違和感を覚えるのです。

 

恐怖をあおる医療の構造

 

「2人に1人」という数字は統計的には事実です。

しかし冷静に見れば、多くは高齢者です。

実際に1年間で新たにがんと診断される確率は、おおよそ100人に1人ほど。

 

にもかかわらず、「誰もが明日にでもがんになるかのように」語られる。

そこに透けて見えるのは、“恐怖をビジネス化する構造”です。

 

「がんが怖い」→「とにかく検査を」→「不安を煽れば煽るほど、医療機関や製薬企業が潤う」。

この図式に、どこか既視感を覚える方も多いのではないでしょうか。

 

過剰検査と偽陽性の罠

 

検査には必ずリスクがあります。

偽陽性で「がんの疑い」と言われた方が、その後の不安で眠れなくなり、免疫力が落ち、本当に体調を崩す──。

そしてドクターショッピングを繰り返し、時間もお金も、心の安らぎさえも失っていく。

 

私は現場で、そうした患者さんを数多く見てきました。

 

つまり「がんを防ぐための検査」が、皮肉にも“がんを呼ぶ条件”をつくってしまうことがある。

恐怖と不安は慢性ストレスとなり、不眠を招き、結果的にがんリスクを高めることは医学的にも知られています。

 

本当に必要ながん予防とは

 

国際的なガイドラインが繰り返し示しているのは、がん予防の柱は生活習慣の改善にある、ということ。

  • 栄養バランスの良い食事

  • 質の高い睡眠

  • 適度な運動

  • 禁煙と節酒

シンプルですが、これが最も効果的。

恐怖ではなく「希望」に基づく生活習慣こそ、最大の予防医療なのです。

 

 

結論:恐怖で縛る医療は治療ではない

 

恐怖を与えて過剰検査に誘導するやり方は、医療というより“呪術”に近い。

医療は本来、人に安心と自立を与えるものであるべきです。

 

私は「がん検診は、本当に必要な人に、正しい方法で届ける」──

その仕組みを問い直していきたいと考えています。

医療は本来「人を不安で縛るもの」ではなく、

「生きる勇気を解き放つもの」でなければならないのですから。

 

✦追記

もちろん、がんには遺伝的な要因が関与するケースもあります。

遺伝性腫瘍症候群のように、家系内でがんが多発する場合には、早めの専門的な診断や遺伝カウンセリングが有効です。

「恐怖で縛られる検査」ではなく、

「クールに科学的にリスクを見極める診断」。

このバランスを忘れないことが、真に人を救う医療につながると考えています。

 

🟥CBD、ワクチン、電子カルテ──日本が繰り返す“分断スパイラル”

 

国家の問題山積み。

どうすれば問題解決に至るのか。

日々そんなことばかり考えています。

 

そして、ふと気づきました。

日本の医療や社会制度には、あまりにも共通した「遅延のパターン」があるのです。

 

CBD(カンナビジオール)、mRNAワクチン被害、そして統一電子カルテ(EHR)。

分野は異なりますが、構造は驚くほど似ています。

 

1. 国の制度整備が遅れる

 

CBDでは、厚労省が基準を示さず放置。

その結果、団体が乱立し、消費者は混乱。

昨年12月の法改正で一気に規制が厳しくなり、業者は7割減。患者は涙をのみました。

 

ワクチン被害も同じ。

救済の仕組みを整えず放置したため、複数の被害者団体が林立し、声が分散。

「誰の声を聞けばいいのか」すら分からないまま、苦しむ人が取り残されています。

 

電子カルテもしかり。

国が共通基盤を作らなかったせいで、病院ごとにバラバラのシステム。

患者情報がつながらず、救える命が取りこぼされています。

 

2. 民間・団体が乱立し、声が届かない

 

CBD団体の乱立。ワクチン団体の分裂。電子カルテのベンダー乱戦。

本来なら「一枚岩」で国に提言すべき声が、分裂して弱まってしまう。

制度の空白を民間が埋めようとしても、国の基盤がない限り、力は空転するのです。

 

3. 被害を受けるのは常に国民

 

CBDでは安全性の担保なく、患者が苦しみ、海外に移住する人まで出ました。

ワクチンでは、被害者が「統計に載らない存在」にされ、救済が遅れています。

電子カルテでは、検査や治療が重複し、患者と家族が疲弊しています。

 

私は現場の涙を見てきました。“制度の遅延”という冷たい壁の前で、患者さんが希望を失っていく姿を。

 

4. 世界との差は広がる一方

 

アメリカでは心電図をAIで解析し、性別・年齢・既往歴・将来の疾患リスクまで透視できる時代。

網膜スキャン一つで全身の健康を予測できる時代。

 

韓国は「世界一の医療DX」を掲げ、KIMESの展示会では“医師なしのエコー”や“アプリでの皮膚診断”が現実になっています。

 

一方、日本は20年遅れ。

EHRは未統一、AI導入は遅々として進まず。

イノベーションは芽を出す前に摘み取られてしまう。

 

✨結論:制度の遅延は国民の命を奪う

 

CBDも、ワクチンも、電子カルテも──。

分断と混乱の根源は、いつも「制度設計の遅れ」にあります。

 

国が迅速に基盤を整えれば、民間は本来の力を発揮し、国民は守られる。しかし、制度が遅れれば遅れるほど、その代償は命へと直結します。

 

私は厚生労働委員会の一員として、この“分断スパイラル”に正面から挑みます。

感情ではなく、冷静な論理と確かなデータで。

未来の子どもたちに、安心して生きられる医療制度を手渡すために。

 

The show must go onー

 

 

🤖AI心電図──未来を読む技術と、20年遅れる日本の医療DX

 

先日、日経メディカルにこんな記事が載っていました。

 

健診の心電図、AI導入でEF低下検出率が9割近くに上昇…従来は半数しか見つけられなかった心不全リスクを、AIで9割近く検出できるようになった

 

発表したのは京大の教授。記事は「世界に先駆けて画期的な成果!」と、嬉々として報告していました。

 

でも、正直私は読んだ瞬間──

 

頭の中は「どこが??」でした。

 

🌏世界のAI心電図は、すでにその先へ

 

なぜなら、AI心電図の可能性はもうずっと前から示されているからです。

アメリカ・メイヨークリニックを中心に開発されたAIアルゴリズムは、すでに次の段階へと進んでいます。

  • 心電図から 性別や年齢を97%の精度で推定

  • 高血圧・糖尿病・睡眠時無呼吸など、心臓以外の既往歴や併存疾患を予測

  • さらには、数年以内に心房細動が発症する確率まで算出

  • 認知症や腎疾患など、全身リスクを“未来予測” する研究も始まっている

つまり世界では、「心電図をとる=全身の未来を透視する」時代が、すでに視界に入っているのです。ちなみに、網膜検査も同様に、全身を透視する“低侵襲の未来予測検査”として絶賛進化中。

 

🇯🇵日本が20年遅れている理由

 

では、なぜ日本は「心不全を9割検出できました!」でまだ止まっているのか。

答えはシンプルです。

 

👉 統一電子カルテ(EHR)の遅れ

 

アメリカは2000年代前半からEHRを国家プロジェクトで整備し、今や病院の9割以上が互換性のあるデータ基盤を共有しています。

だからAIは膨大な心電図データと診療記録を掛け合わせて進化できる。

一方、日本は病院ごとにバラバラ。

紙・PDF・閉じたシステム。病院間で全くつながらない。

その結果、健診データをわざわざ寄せ集めて「解析しました」と報告するのが精一杯。

 

実態として、20年遅れているといわざるを得ません。

 

💻医療DXの核心は「データの解放」

 

心電図AIの研究は確かに価値があります。

でも本当に重要なのは、医療データを統合し、研究と現場に橋を架けること

  • 健診データ

  • 医療データ

  • 行政データ

これらを縦割りで閉じ込めるのではなく、匿名化・統合して国民の利益のために統括して活用する。(もちろん、国家機関に信頼がないとはじまりませんが😅)

そこにこそ医療DXの核心があるはずです。

 

💡 記事を読んで「画期的!」と喜んでいる空気に、私は逆に危機感を覚えました。

 

日本の医療はまだ「入り口」にすぎない。

世界はすでに“未来予測型AI医療”の扉を開いている。

 

現場の医療DX推奨医師の立場で、この「20年の遅れ」をどう埋めるか、しっかり議論していきたいと思います。

 

 

🟨 「発達障害」という言葉を問い直す──現場から聞こえる声

 

SAGA、北山の伝承の土地で開かれたある“日本の未来会議”の一場面。

 

「“発達障害”という名称が、かえって子どもや親を追い詰めてしまっているのでは──」

そんな問題提起が、あるアーティストの方からありました。

 

深い人生経験と独自の世界観をもつその人の言葉は、参加者みんなの胸にずしんと響きました。

音楽で人の心を揺さぶってきた方だからこそ、言葉にも不思議な力があるのだと感じました。

 

📊 増えているという実感

 

ここ数年、現場の先生方や保護者からよく耳にするのが、

「発達障害の子どもが増えている」という声です。

 

実際、文科省や特別支援教育の統計*を見ても、ここ10年で対象児童生徒数は倍増。

クラスの3人に1人は「何らかの配慮を必要とする子ども」とするデータもあり、体感と数字が重なっています。

 

📍 「障害」という言葉の違和感

 

現場の声で共通しているのは、

「本当に“障害”と呼ぶべきなのか?」という疑問です。

  • 「うちの子は障害児ではない」と拒否する親御さん

  • 「障害」というレッテルによる本人・家庭への心理的負担

  • 「発達特性」「学習スタイルの違い」と呼んだ方が現実的ではないかという教師の声

言葉が本人や家庭を追い詰めてしまうことへの危機感が、切実に響きます。

 

🪶 名称を変える力

 

海外**ではすでに「ニューロダイバーシティ(神経多様性)」という考え方が広がり、

脳の特性を「不具合」ではなく「多様性」として捉えています。

 

日本でも「発達障害」から「発達特性」「学習多様性」などへ言葉を変えるだけで、

本人や家族の背負う心理的負担は大きく変わるはずです。

名称は単なる言葉ではなく、社会のまなざしそのものを変える力を持ちます。

 

🔍 なぜ増えているのか?

 

背景には複数の要因が考えられます。

  • 昔なら「性格」「個性」とされていた子が診断につながるようになった(=可視化)

  • 学校や家庭の感度が高まり、検査や支援につながる機会が増えた

  • 環境要因(ストレス、生活習慣、化学物質、ワクチンなど)への懸念

さらに、九州の産婦人科医・久保田先生(80歳)は、

「出生時期の低体温や低血糖が発達に影響するのではないか」と警鐘を鳴らされています。

学会の定説ではないにせよ、長年の診療経験から導かれたリアルな実感です。

 

医学は常に進化の途上。こうした臨床知見も「原因探し」の重要な手がかりになり得ると思います。

 

🌸 結びに

 

「発達障害の子が増えている」──その現象を数字だけで語るのではなく、

  • 名称を見直すこと

  • 原因を探ること

  • 社会全体でどう受け止めるかを問い直すこと

これらを並行して進める必要があります。

 

「障害」という言葉に縛られるのではなく、

子どもたちの多様性をどう伸ばしていくか。

 

今後も問い続けていきたいと思います。

 

<注釈>

* 特別支援教育での増加

「特別支援学級」に在籍する児童生徒数は、2014年度約18.7万人から2024年度約39.5万人へと約2倍に増加している。

「通級による指導」を受ける子どもも同様に、8.4万人から19.6万人へと大幅に増加している。

「支援が必要」と判断される児童生徒の割合:

文部科学省の2022年調査によれば、「知的発達に遅れはないが、学習・行動の困難が顕著」である児童生徒が約8.8%(クラス35人に3人程度)存在すると報告されている。これは2012年の6.5%から統計上3割超の増加である。

ADHDの通級指導対象者も令和元年度約20,600人から令和5年度約34,654人へ増大している。

「増えている」と感じる背景には、早期発見の機会の拡大や、保護者・教育現場の理解の深まりがあるとされている。つまり、本当に人数が増えているケースと、かつては見逃されていた子が可視化されたケースの両方が混在していると考えられる。

 

**海外事情

アメリカでは医学的には “neurodevelopmental disorders(神経発達症群)” と呼ぶ一方で、社会的には “neurodiversity(神経多様性)” というポジティブな表現が広がっている。

一方イギリスでは「特別教育的ニーズ(Special Educational Needs, SEN)」と呼び、「困難はあるが支援が必要」というニュアンスを重視している。

韓国では「発達遅滞」「発達特性」などを使い分け、親が受け入れやすい表現を工夫している。

 

📖 【学び続けること──八幡和郎先生と】

 

昨日は評論家で歴史作家の八幡和郎先生とお会いしました。

先生は通産省(現・経産省)、国土庁などで要職を歴任され、フランスのトップ行政官養成校である国立行政学院(ENA〈えな〉)に留学された経歴もお持ちです。

ENAは歴代のフランス大統領や首相を輩出した“国家エリートの登竜門”。まさに「パリ通」にして「世界を俯瞰する眼差し」を備えた先生です。

 

20年パリに住んでいた私にとっても、久しぶりに懐かしい「パリの香り」に包まれる時間となりました。先生は京都のお住まい。

🐤ちなみにパリと京都は姉妹都市やさかい、似てるところがようけありますのえ。町のたたずまいや文化の息づかい、どこか通じるもんがあるんどす。

とりわけ、パリと京都の人の気質はよう似てはりますのえ。

 

また八幡先生は、参政党の松田学議員の動画にも何度か登場されており、ご縁を感じる部分もありました。

 

それだけでなく、八幡先生の

・学者肌の真摯さ

・国際文化比較の視点

・歴史を俯瞰する眼差し

 

どれもが政策を考える上での大きなヒントになりそうです。

 

もちろん、党の方針や私自身の立場とは異なる論点もあることでしょう。

しかし「異なる立場に耳を傾ける」「批判を通じて思考を鍛える」ことこそが、私が最も大切にしている学びの姿勢です。

 

やはり日常から「哲学的に問い続ける」ことが、未来をひらく鍵。

 

一期一会のご縁に、心から感謝いたします

 

🪷 フローリッシングより侘び寂び

 

欧米で近ごろ喧しい「フローリッシング(Flourishing)」――直訳すれば「花開く・繁栄する」。

ただ快適に生きるのではなく、生を繁らせよ、という合図である。

 

この旗印の下、ポジティブ心理学のセリグマンは PERMA を掲げた。

P 感情 E 没頭 R 関係 M 意味 A 達成。

五つが満ちれば、人は「ただ在る」を越えて「咲く」という。

 

だが、考えてみたい。

人は、咲いている時だけ生きているのか。

 

🌸 花は美しい。だが、美は満開だけに宿らない。

 

「最後まで輝いて枯れない私」――この甘言の奥に、西洋的な若さ礼讃が透ける。

花は、蕾から満開だけではなく、萎み、散り、土へ還る。その道行きまで含めて生命である。

繁栄の光だけが真実ではない。衰微の影もまた、真実だ。

 

🍂 侘び寂びという作法

 

日本は、未完を愛し、余白に耳をすます文化を持つ。

・枯れゆく姿に美を見いだす。

・不完全を抱きとめる。

・無常を、逃げずに受ける。

 

満開の桜より、散り際が胸を穿つことがある。

磨き抜かれた器より、ひびの入った茶碗に手が伸びることがある。

繁栄の技法よりも、滅びの作法を知る。――それが侘び寂びだ。

 

✨  生の流儀

 

フローリッシングは「もっと咲け」と囁く。

侘び寂びは「散るまで引き受けよ」と教える。

 

私のエイジングは、前者の号令には従わない。

“最後まで花開く”よりも、“散りゆく中に余韻を残す”。

それでも、まだ咲けるなら、愉快に咲く。

枯れても、美しい。――そう思えた時、人は年齢から自由になる。

 

フローリッシングより侘び寂び。

日本流のポジティブエイジングは、この静かな覚悟から始まる。

 

 

🟦 あの未来予測博士・鎌谷師匠の最新ブログ、読み応え満点!

 

私が敬愛する鎌谷師匠の新稿「再び、確率のない国」。

2015年の名文をアップデートする形で、不確実性を扱う力=確率思考の決定版でした。

→(リンク)再び、確率のない国

 

🔑 私が刺さったポイント(要旨)

  • 日本は「ある/ない」あるいは「アバウト」で片づけがち。不確実性を数量化する“確率”に弱い

  • 生成AIを含むAIは、根っこで確率推定をしている。

  • 20世紀は「情報」の時代だったが、21世紀のフロンティアは“エネルギーとエントロピー”

  • 日本が国際社会で生き残るには、不確実性と確率を論理的に扱う教育が不可欠。

とりわけ未来の「エネルギーとエントロピー」の視点は、再生医療・脳科学、生命科学オタクの私にもズシン。

科学の最前線は結局、秩序⇄無秩序/可能性⇄制約のせめぎ合いをどう捉えるかに収斂します。

生命の本質は、確率論です。生命そのものが、確率に従って秩序と無秩序を行き来する存在──そう考えると、響きませんか?

 

AIの電力・熱の壁(エネルギー)、学習での“あいまいさ”の制御(エントロピー)。“超頭脳”をもてば、本当に乗り越えられるのか?ーーこれは今後の決定的テーマです。

 

🌿 マナッピからの補遺:確率 × 哲学の“両輪”を

 

確率は未来を扱う強力な科学ツールであるのは異論なしです。

しかし「未来は本質的に不確実」という事実をどう受け止め、どう生き方・意思決定に繋げるかは、哲学の領域です。

  • 西洋:不確実性を理性で制御しようとする伝統(懐疑→合理)。

  • 東洋:不確実性を受け入れ・調和させる知恵(仏教の無常・縁起/儒教の中庸/道教の無為自然)。

     

    数理で見通しを立て、哲学で腹を括る。

    この“両輪”がないと、AIの確率出力に人間が振り回されるだけになります。

日本は「徹底して考え抜く」訓練が苦手。だからこそ、今こそ古典の復権を。私たち自身も“考え抜く習慣”を取り戻したいのです。仏教・漢学・西洋哲学等の原典に触れ、不確実性と向き合う態度を養う教育を、提案します。

 

🧭 「確率のない国」を“確率で動く国”にするための”私的”実装案

 

1) 教育(初中等〜大学)

  • 前提確率(ベイズ)×感度・特異度を、医療・防災・金融の具体例で学ぶ。

  • モノ→データ→情報→意思決定の連結練習(フェルミ推定/実地観測)。

  • 哲学リテラシー(無常・縁起/合理・懐疑)を公民・倫理で“使える知”に。

2) 医療(私のホームグラウンド)

  • 診断・スクリーニングをベイズ更新で見える化(前検査確率を院内標準に)。

  • インフォームド・コンセントに確率表示(効果・副作用・再発リスクを個別化医療で)。

  • 予防医療・睡眠医療に確率と生活介入のロードマップを導入。

3) 政策(国会・自治体)のヒント

  • 災害確率(南海トラフ等)×費用便益の公開ダッシュボード。

  • 感染症対応で不確実性区間を明示(“断言”ではなく範囲で語る)。

  • 研究投資はエネルギー効率化AI/アルゴリズム省電力化に重点配分。

4) 産業(AI×エネルギー)

  • アルゴリズム効率(蒸留・剪定・疎密化)とハード最適化(ASIC/Neuromorphic)。

  • データセンターの再エネ調達+廃熱利用。“低エントロピー資源をどう賢く使うか”が勝負。

5) 社会(メディア・市民)

  • ニュースや天気・株・医療記事等で“確率で語る習慣”を標準に。

  • 「断言」より“レンジ(範囲)での合意形成”を文化化。

⚡️ AIと「エネルギー/エントロピー」の要点だけ

  • 電力と熱がボトルネック:ムーア鈍化で“賢い省エネ”が主戦場に。

  • 情報=エントロピー(シャノン)。学習は“あいまいさ”の制御でもある。

  • フリーエネルギー原理(Friston):脳とAIは“驚き(予測誤差)”を減らす方向に進化。

    → 結局、21世紀のAIはエネルギー最小化×エントロピー整序の技術です。

✨ 結びに

 

鎌谷師匠が示したのは、

「確率(未来)を扱う力」×「エネルギー/エントロピー(物理)を見据える視野」。

ここに哲学(態度)を重ねれば、日本はAI時代の“賢い国”=富国賢兵へと舵が切れます。

 

「確率を理解する教育」と「不確実性を受け止める哲学」。この二つを合わせてこそ、私たちはエントロピーの時代をしなやかに生き抜ける。

 

鎌谷師匠の最新論考、ぜひ原文で一緒に読みませんか? そこに、私のこの補遺を重ねていただけたら嬉しいです。

 

*本稿は、あくまで私自身の忘備録としてのアイディアであり、党内の公式見解や政策を代弁するものではありません。

 

 

🌹「“直美”問題──見過ごされるリスクと医療制度の欠陥」

 

24日、橋下徹氏がテレビ番組で「直美(美容外科に直行する医師)は稼げ!その上で地域医療に回せばいい」と提言していたそうです。

確かに、保険診療の医師の自己犠牲によって日本の医療制度が成り立っている現状を踏まえれば、自由診療で得た利益をどう社会に還元するかは論点のひとつでしょう。

 

しかし、この議論には大切な前提が抜け落ちています。

それは「美容医療もれっきとした医療であり、深刻なリスクを伴う」という事実です。

 

ヒアルロン酸注入による血管塞栓、壊死、失明、脂肪吸引や麻酔管理による致死的合併症、さらには解剖学的知識の不足による神経損傷etc──美容外科は「見た目を整える」以上に、命や生活の質に直結する医療行為です。

訴訟やトラブルは年々増加しており、「稼げばいい」という単純な議論で済まされるものではありません。

 

問題の背景には、日本特有の制度的欠陥があります。

医学部を卒業後、形成外科や救急などでの十分な研修を経ることなく、2年の初期研修後、時には卒後すぐに美容医療に従事できてしまう。

さらに深刻なのは、専門医試験に合格していなくても“専門医”のように名乗れてしまう日本の制度です。

欧米を含めた先進国では考えられない仕組みであり、この構造的欠陥こそが「直美」問題や医師の偏在を招いています。

 

実際、私の友人には形成外科専門医を経て美容に進んだ「正統派」の美容外科医が多くいます。

彼らからすれば「直美」と一緒にされるのは大変心外であり、強い反発があります。

健康な身体にメスを入れる以上、豊富な臨床経験と矜持が欠かせない──その当たり前の前提すら制度が担保できていないのが、日本の現状なのです。

 

したがって、本当に議論すべきは「美容医療の収益をどう使うか」ではなく、まず「美容に進む医師の教育と安全性をどう担保するか」、そして「専門医制度を国際水準に整えるか」ではないでしょうか。

制度を正さない限り、患者リスクも訴訟リスクも減らず、現場の信頼は損なわれ続けます。

 

ここからは、政策的な提言として、少なくとも以下の点を議論すべきだと考えます。

  1. 美容医療に従事する前の必須研修の導入

     最低限、形成外科・皮膚科・救急・麻酔の臨床研修を一定期間経たうえで、美容医療に進む制度を整備する。

  2. 専門医制度の厳格化

     専門医試験に合格していない医師が「専門医」のように見えてしまう現行制度を是正し、国際水準に整える。

  3. 患者安全ガイドラインと監査体制の強化

     自由診療クリニックであっても、インフォームド・コンセント、安全基準、トラブル対応を第三者機関が定期的に監査できる仕組みを設ける。

  4. 収益の社会還元の仕組み化

     そのうえで、自由診療で得られた一定の収益を「地域医療支援基金」として拠出する制度を整えれば、橋下氏の言う「地域医療への還元」も現実味を帯びる。

医療の本質は「収益」ではなく「安全と信頼」です。

稼ぐこと自体は否定しません。

しかし、教育と制度を整えた上でこそ、社会への還元が意味を持ちます。

 

──“直美”問題は、単なる職業選択の話ではなく、日本の医療政策の遅れを映し出しています。

今こそ、現場の声を踏まえた制度改革を進めるべき時ではないでしょうか。

 


 

📩 「鎌倉からの手紙──ABSDとESTAで日本を護れるか」ー同窓生・大沢さん(仮名)より

 

麻奈さん、ご多忙の中お疲れさまです。

最近の法律違反の外国人への甘い対応に、心底「日本が乗っ取られる」危機を懸念しています。

たとえば富士山の景観を得るために他人の木々を勝手に枯らした外国人は強制退去にもならず、埼玉では飲酒運転で小学生を怪我させても不起訴……。

司法判断とはいえ、これでは私たちの安寧は守れません。

軽犯罪でも再入国できないような法整備を是非進めてください。

 

鎌倉でも一部の中国人観光客のマナー違反が酷く、近隣の病院での無断使用やトイレ問題、果ては敷地内での排泄まで。

以下、87歳になる義母の切実な声をお届けします。

 

「週に数回、藤沢小田急で開かれる健康教室を楽しみに通っているのだけれど、踏切前は中国人観光客でごった返して歩道は危なく、白タクが歩道を占拠することもある。

改札では交通系カードの使い方がわからずに滞留してしまい、定時の江ノ電に乗り遅れることもしばしば。

ゴミも多く、町内のボランティアが清掃しているけれど追いつかない。

近所の医院では、なんと敷地内で排便や排尿をしていく人までいる。

引っ越してきた当初は、ゆったりと居心地のいい街だったのに…。

なぜ年寄りの私たちが危ない思いをしながら、我慢して暮らさなければならない街になってしまったのか。

警備費は市の税金から払われているのに、観光で儲けている人たちは何も負担しない。

せめて恩恵を受けている側──たとえば人気漫画で観光客を呼び込んだ人たちに、負担してもらえないものだろうか。」

 

市議会も動かず、「もはや国政レベル」と匙を投げられる始末……。日本が破壊される日が近いと感じます。どうか日本を護る法整備をお願いします。

詳しくはありませんが、シンガポールのような観光客に厳しい法整備が必要かと…。

 

 

✍️ 私の返信

 

大沢さん、お手紙ありがとう。

ご指摘の「現場での困りごと」を読んで、本当に胸が痛みました。

お義母さまの「なぜ我慢しなきゃならないの?」という切実な声、まさに困っている現場の国民の肌感覚だと思います。

あの美しい鎌倉の街が....と、胸が痛みます。

 

観光大国シンガポール視点、大アリですね!

 

私も以前ブログで書いたけれど、あちらの「追加印紙税(ABSD)」制度は、不動産投資の歯止めとして非常に有効で、日本にも導入できれば数兆円単位の税収になります。

さらに、アメリカの「ESTA」のような入国管理システムを導入すれば、数千億円規模の収入も可能。

合わせれば 年5〜12兆円規模──これは単なる規制ではなく、日本の生活基盤と秩序を守りつつ、新たな財源を得る知恵だと思います。

 

それに、公益資本主義を提唱されている原丈人さんのお話にあるように、「責任を果たす人」と「そうでない人」を区別するのは健全な社会の基本ですよね。

 

──もちろん、ここで書いているのはあくまで私の私見です。

でも、同窓生からの切実な声に背中を押されて、「こういう法整備、真剣に考えなければ」と改めて思いました。