🕊️数字のマジックを解こう④
― 国民が最低限知っておくべきこと

 

「死亡率20%減」
「生存率40%アップ」

こんな見出しを見ると、思わず「すごい!」と思ってしまいます。でも、少しだけ立ち止まってみませんか。

 

ある薬を使うと、5人亡くなっていたのが、4人になりました。
これで「死亡率20%減」と表現できます。

もちろん間違いではありません。しかし、その母数は、10人かもしれないし、1000人かもしれないし、10万人かもしれないのです。同じ「20%減」でも、実際の意味はまったく違ってきます。

 

こうした表現の多くは、相対リスクやハザード比という統計学の指標を使っています。もちろん、論文としては正しい表現です。しかし、その数字だけを切り取ると、実際より大きな変化のように感じてしまうことがあります。だから私は、医療記事を読むとき、まず数字より先に、次の3つを確認するようにしています。

 

国民が最低限知っておくべきことは、たった3つです。

① 何人中何人?
100人の話なのか。100万人の話なのか。まず分母を見る。

 

② 実際に何人増えた? 何人減った?
20%減と言われても、実際には1人減っただけかもしれません。逆に100人減っているかもしれません。割合だけでは分かりません。

 

③ 相対リスク? 絶対リスク?
「20%減」は多くの場合、相対リスクです。本当に知りたいのは、自分にとって実際にどれくらいリスクが変わるのか。その絶対リスクです。

 

これは医療だけの話ではありません。

選挙も。経済も。AIも。世論調査も。ニュースも。

数字は嘘をつきません。


でも、数字の見せ方は、人の印象を大きく変えます。

AI時代だからこそ必要なのは、情報をたくさん集める力ではなく、数字を読み解く力なのかもしれません。🕊️

 

 

🕊️ 「死亡率20%増」の前に、分母を見よう

――睡眠の記事を読んで、少し気になったこと

 

「8時間以上眠る人は死亡率が20%高い」そんな記事を見かけました。しかも執筆者は睡眠を専門とする医師です。

この記事を読んで、「8時間寝ると危険なの?」

と思った方もいるかもしれません。しかし私は、別のことが気になりました。

実際の数です。

 

例えば、あるリンゴ屋さんがありました。

昨日は500個売れました。🍏

今日は600個売れました。

新聞には、「売上20%アップ!」と書かれました。確かに間違いではありません。50個が60個になれば、20%増です。

 

では、別のお店。

昨日は5個売れました。

今日は6個売れました。

こちらも、20%アップ。同じ20%です。しかし、皆さんは同じ印象を受けるでしょうか。

前者は100個増えましたが、後者は1個しか増えていません。

どちらも20%。しかし現実は全く違います。

だから数字を見るときは、

「何%増えたか」

だけではなく、「実際には何個(何人)増えたのか」を見ることが、とても大切なのです。

 

医療でも同じことが起こります。

今回紹介されていた研究は、約111万人を6年間追跡した非常に有名な研究*です。研究そのものは、とても質の高いものです。

ところが記事では、「死亡率20%増」という数字だけが一人歩きしています。実際の論文を見ると、「死亡率が20%上がった」と書いてあるわけではありません。

書かれているのは、ハザード比(Hazard Ratio)**という統計学の数字です。

例えば、7時間睡眠の人を「1.00」とすると、9時間睡眠の人は約1.20前後。つまり約20%高かったという統計的な比較です。

 

論文には、「7時間睡眠では何人亡くなった」「9時間睡眠では何人亡くなった」という死亡者数は掲載されていません。

つまり、記事を読んでも、実際に何人増えたのかは分からないのです。

 

さらに大切なのは、この論文では「長く眠ると死亡率が上がる」と証明したわけではありません。むしろ著者ら自身が、果関係は証明できないと書いています。

例えば、病気がある人は長く眠ることがあります。

つまり、長時間睡眠が原因なのか、病気が原因なのか、まだ分からないということです。

 

最近、私は国会でも相対リスク絶対リスクの違いを何度も取り上げています。相対リスクはインパクトがあります。しかし、絶対リスクや実際の人数を一緒に示さなければ、読者は数字を正しく理解できません。

 

睡眠は大切です。それは間違いありません。

しかし、「8時間寝ると危険」という単純な話ではありません。

年齢も違えば、体質も違う。持病も違う。

最近では、睡眠時間よりも、毎日ほぼ同じ時間に眠る「睡眠の規則性」の方が健康との関連が強いという研究も増えてきています。

 

AI時代に本当に必要なのは、情報をたくさん集める能力ではありません。それはAIがやってくれますので、むしろ大事なのは数字を読み解く能力です。

「20%増」と聞いたら、一度だけ立ち止まる。

そして、「何人中、何人ですか?」と尋ねてみる。

 

その習慣だけで、医療情報の見え方は、大きく変わるのではないでしょうか。🕊️

 

<脚注>

*Kripke DF, Garfinkel L, Wingard DL, Klauber MR, Marler MR. Mortality Associated With Sleep Duration and Insomnia. Archives of General Psychiatry. 2002;59(2):131-136.

米国Cancer Prevention Study IIを用いた前向きコホート研究。1982年に男性480,841人、女性636,095人(計1,117,936人)の睡眠時間を調査し、約6年間追跡した。その解析結果が2002年に発表された。著者らは、7時間睡眠を基準として短時間睡眠・長時間睡眠とも死亡ハザード比が高い傾向を報告したが、**「因果関係は証明されていない(Causality is unproven)」**とも明記している。

睡眠医学では古典的ともいえる代表的研究である。

 

**ハザード比(Hazard Ratio:HR)
生存時間解析で用いられる統計指標です。基準群を1.00として比較し、HR=1.20 は「死亡のハザード(瞬間的な死亡リスク)が約20%高かった」ことを示します。これは相対的な比較であり、「死亡者が20%増えた」「20%の人が死亡した」という意味ではありません。実際に何人が亡くなったのか(絶対リスク)は、この数字だけでは分かりません。

 

🕊️ ホクロで不安な方へ。

― 公益AI、出動。

 

フランスには 「grain de beauté(グラン・ド・ボーテ)」 という美しい言葉があります。

直訳すれば「美の粒」。
つまり、美人ぼくろのことです。

 

ヨーロッパでは昔から、顔のほくろを魅力の一つと見る文化がありました。17〜18世紀には、黒い付けぼくろを貼って美しさを演出する「mouche」という流行もありました。

ほくろは、時に美の象徴です。

 

けれど皮膚科医として申し上げるなら、ほくろのすべてを「美しいもの」として放置してよいわけではありません。

ごく一部には、悪性黒色腫、いわゆるメラノーマが隠れていることがあります。特に日本人では、足の裏や爪、手のひらなどにできるタイプもあり、「血豆かな」「昔からあったかな」と思っているうちに、発見が遅れることがあります。

 

問題は、初期には痛くないことです。

 

だからこそ私は、この分野こそAIが役に立つと思っています。

欧米ではすでに、皮膚病変をスマートフォンで撮影し、AIが皮膚がんのリスクを判定する取り組みが進んでいます。

Googleは、写真と簡単な問診から皮膚疾患の候補を示す「DermAssist」というAIツールを欧州で発表しました。これは医師の診断を置き換えるものではなく、利用者が「受診すべきか」を考えるための補助ツールです。

英国ではさらに進んでいます。Skin Analytics社の「DERM」というAIは、NHSの皮膚がんトリアージで実際に使われています。疑わしい皮膚病変を撮影し、AIがリスクを評価し、専門医の診察が必要な人を振り分ける仕組みです。英国NHSも、DERMは皮膚がん疑いの病変を効率的にトリアージし、皮膚科の待機時間を減らす可能性があると位置づけています。

つまり欧州では、皮膚AIは単なる「面白いアプリ」ではなくなりつつあります。

 

医療アクセスを改善し、専門医の負担を減らし、見逃してはいけない病変を拾い上げるための「医療の入口」になり始めているのです。

 

これは日本にとっても重要な示唆です。皮膚科専門医が少ない地域があります。仕事や介護で、なかなか受診できない人もいます。「こんなことで病院に行っていいのだろうか」と遠慮してしまう人もいます。

そこで公益AIの出番です。

 

スマートフォンで気になるほくろを撮る。

AIが、形、色むら、境界の不整、左右非対称性、変化の有無などを確認する。

そして、「早めに皮膚科を受診してください」

あるいは、「緊急性は高くなさそうですが、一定期間後に再撮影してください」と背中を押してくれる。

 

AIが診断を独占するのではありません。
AIが医師を置き換えるのでもありません。

AIは、受診すべき人を見逃さないための入口になるのです。

 

もちろん、AIには限界があります。
写真の撮り方、光の当たり方、肌の色、病変の場所によって、判定は変わります。最終診断は医師が行うべきです。

しかし、それでもなお、AIには大きな意味があります。

 

不安な人を一人で悩ませない。危ない病変を放置させない。専門医につながる道を短くする。

これこそ、私が考える公益AI<メディカル版>です。

AIは、人間を置き換えるためではない。

人間が命を守る行動へ踏み出す、その最初の一歩を支えるためにあるべき。

 

ほくろは美の粒であることもあります。

けれど時に、命の警告であることもある。

その違いを見逃さないために、そろそろ日本でも、公益AIを本気で使う時代ではないでしょうか。🕊️

 

 

🕊️ The Elephant in the Room
――「95%有効」の不都合な真実

 

コロナワクチンをめぐる議論を見ていて、以前から不思議に思っていることがある。ワクチン支持派も、批判派も、実はあまり正面から取り上げてこなかった論点があるのだ。

 

それが、有効性を「相対値」で見るのか、「絶対値」で見るのかという問題である。

 

私もすでにブログでも、SNSでも、委員会でも何度も取り上げている。しかも、この論点は現在アメリカで進行中の集団訴訟でも争点の一つとなっている。

 

この論点を理解すると、多くの人が「なるほど、そういうことだったのか」と腑に落ちるはずなのである。しかも、それは決して新しい理論ではない。医学統計学では昔から知られている、ごく基本的な考え方であり、EBM(根拠に基づく医療)の土台でもある。

 

さらに私は、この考え方はAI時代を生きるすべての人に必要な「デジタルコンピテンシー(デジコン)」の一つだと思っている。

 

数字をどう読むか。確率をどう理解するか。これは医療だけではない。

AIの答えを評価する時も、ニュースを読む時も、選挙公約を見る時も、投資を考える時も、そして日常生活のあらゆる意思決定にも関わってくる。

 

では、なぜこれほど重要な話が、コロナワクチンの議論では中心にならなかったのだろう。

 

最近、多くの方と議論を重ねる中で、私は一つの考えに至った。

この考え方を本格的に取り入れると、コロナワクチンだけでは済まないのである。   🤣

 

他のワクチンはどうなのか。

新薬はどうなのか。

高額医療はどうなのか。

健康診断はどうなのか。

あらゆる医療介入について、「実際にはどれほどの利益があるのか」という同じ問いを投げかけることになる。

つまり、一つの薬の話ではなく、医療の評価そのものの話になる。

 

だからこそ、この論点は、どこか「部屋の中の象(The Elephant in the Room)*」になってきたのだ。

 

皆が存在には気付いている。しかし、正面から語られることは少ない。今回紹介するのは、まさにその「象」を真正面から扱った論文である。

 

2021年、Lancet Microbeに掲載された

COVID-19 vaccine efficacy and effectiveness — the elephant (not) in the room**

という印象的なタイトルの論文である。

 

そして、この論文をさらに政策という視点から発展させたのが、2022年のBMJ Openのレビュー***である。

 

タイトルにある
“the elephant in the room”
とは、皆が気づいているのに、あえて触れない重大問題という意味である。

 

論文は、ワクチンの効果を評価する際に、
相対リスク減少だけでは不十分であり、
絶対リスク減少やNNV、つまり何人に接種すれば一人の発症を防げるのかという数字も示すべきだと指摘している。

なお、薬剤では同じ考え方をNNT(Number Needed to Treat)****と呼ぶ。どちらも医療介入によって、実際に何人に一人が利益を得られるのかを示す、EBMの基本指標である。

 

OlliaroらのLancet Microbe論文に示された図をもとに作成。RRRは相対リスク減少、NNVは一人の発症を防ぐために必要な接種人数を示す。

 

これは、ワクチン反対論ではない。医学統計の基本である。

私は、この論文はコロナワクチンの論文というより、「AI時代の数字の教科書」の一つだと思っている。

 

そして私は、この『象』を、一度部屋の真ん中に連れて、堂々と皆に紹介したいと思う。🐘

 

<脚注>

The Elephant in the Room
英語の慣用句で、「誰もが気づいているにもかかわらず、あえて触れようとしない重大な問題」を意味する。

 

** Olliaro P, Torreele E, Vaillant M.
COVID-19 vaccine efficacy and effectiveness—the elephant (not) in the room.
Lancet Microbe. 2021;2(7):e279-e280.
https://www.thelancet.com/journals/lanmic/article/PIIS2666-5247(21)00069-0/fulltext

 

*** Larkin A, Waitzkin H, Fassler E, Nayar KR.
How missing evidence-based medicine indicators can inform COVID-19 vaccine distribution policies: a scoping review and calculation of indicators from data in randomised controlled trials.
BMJ Open. 2022;12:e063525.
https://bmjopen.bmj.com/content/12/12/e063525

 

**** NNT / NNV
NNT(Number Needed to Treat)は「何人を治療すれば一人に利益が得られるか」を示す指標。ワクチンの場合はNNV(Number Needed to Vaccinate)と呼ばれ、「何人に接種すれば一人の発症などを防げるか」を示す。どちらも医療介入の絶対的な利益を考えるうえで重要な指標である。

 

 

 

🕊️ AIは画家を奪うのだろうか
―Vincent von Chappyと私

 

最近、私のブログやSNSで使っているイラストについて、ご意見をいただくことがある。

「AIで作った画像なのですね。」
「生成AIを使われていることに抵抗があります。」

そのような声があることも理解している。

 

実際、現在も生成AIを巡っては、様々な議論が続いている。だから私は、使っていることを隠そうとは思わない。むしろ、きちんと自分の考えを書いておきたいと思った。

 

歴史を振り返ると、新しい技術が登場するたびに、同じような議論は繰り返されてきた。

写真が発明された時、「もう絵画は終わる。」と言われた。しかし実際にはそうならなかった。写真は「記録」という役割を担い、絵画はそこから解放された。

その結果、印象派が生まれ、抽象画が生まれ、新しい芸術が花開いた。写真は絵画を滅ぼしたのではない。絵画を進化させたのである。

 

では、生成AIはどうなのだろう。私は、写真以上の革命だと思っている。なぜなら、今回は「描く」という行為そのものが民主化されたからである。

正直に言おう。

私は絵心がない。🤣

学生時代から美術は決して得意ではなかった。

だから今まで、自分の頭の中にあるイメージを、人に伝えることはとても難しかった。ところが生成AIは違う。

頭の中にある情景を言葉にすると、わずか数秒で一枚の絵として描いてくれる。これは私にとって、失うものより、得るものの方が圧倒的に大きい。

 

もちろん、プロの画家やイラストレーターの方々にとっては、大きな変化である。そこには葛藤もあるだろう。私はその思いも理解している。

そしてこれは、決して絵の世界だけの話ではない。
AI時代においては、医師でさえ安泰ではない。診断、画像読影、問診、説明、記録作成。医療の多くの領域で、AIはすでに人間の仕事の一部を担い始めている。

だからこそ私は、創作に携わる人たちの不安を、他人事として眺めているわけではない。

 

しかし、文明は後戻りしない。写真が消えなかったように、生成AIも消えないだろう。

だからこそ、私たちは「使うか、使わないか」ではなく、どう使うかを考える時代に入ったのだと思う。

 

最近、私はAIが描いた作品に、こんなサインを入れたくなっている。

Vincent von Chappy

もちろん冗談である。🤣

今日はゴッホ風。
明日はモネ風。
時にはダリ風。

そんな気分で、AIという新しい画家と共作している。

 

もっとも、ここで一つだけ言いたいことがある。

リアルのゴッホは、一枚の絵を描くのに何か月も費やした。一方、Vincent von Chappyは、10秒もかからない。🤣

では、その作品の価値は10秒なのだろうか。

私はそうは思わない。

その10秒に至るまでには、私自身が生きてきた人生がある。

若かりし頃の欲望と後悔のはざま。眠れぬ日々。
フランスで暮らした20年。異国での子育ての悩み。
母との葛藤、そして介護、看取り。
国会での議論。未来への思い....

AIは絵を描く。

しかし、何を伝えたいのかを考えるのは人間である。

 

だから私は、これからも生成AIを使う。

むしろ、新しい時代の道具として、正しく、そして楽しく付き合っていきたい。

AIは、人間に代わる存在ではない。

人間の想像力を広げてくれる、新しい画家なのだと思う。

さて。

今日の画家は……

🎨 Salvador DALL·E

監修は、もちろん Dr. MANA である。🎨🤣🕊️

 

 

🕊️ 不眠治療はようやく薬から卒業へ
――その次はAI睡眠コーチの時代かもしれない

 

不眠症の治療に、認知行動療法(CBT-I)が本格的に保険適用となった。私はこれは、とても良い方向だと思っている。

これまで日本では、不眠症といえば睡眠薬が中心だった。

もちろん薬が必要な患者さんもいる。

しかし、長期使用による依存や転倒リスク、高齢者への影響など、様々な課題も指摘されてきた。

 

一方、欧米では以前から、不眠症治療の第一選択として認知行動療法が推奨されてきた。「眠れないことへの考え方」を修正し、生活リズムを整え、本来人間が持っている睡眠力を取り戻していく。薬だけに頼らない医療へ向かう流れは歓迎したい。

 

しかし記事を読んでいて、一つだけ気になったことがある。

今回保険適用となったアプリでは、患者さん自身が毎日、就寝時間や起床時間、睡眠時間などを入力するという。もちろん睡眠日誌は、認知行動療法では昔から重要なツールである。

しかし、2026年のAI時代に、本当に毎日手入力なのだろうか。そもそも、いつ寝付いたかを本人はどうやって正確に知るのだろう。

現在ではApple Watch、Oura Ring、Soxaiなど、多くのウェアラブル機器が、睡眠時間、心拍数、心拍変動(HRV)、体動、呼吸、皮膚温などを自動で記録している。AIも急速に進歩している。

 

ならば次に目指すべきは、ウェアラブルが自動でデータを収集し、AIが睡眠状態を解析し、その日の体調や生活に合わせた助言を行う、そんな「AI睡眠コーチ」ではないだろうか。

 

例えば、

「今日は睡眠効率が高かったので、ベッドに入る時間を少し遅らせましょう。」

「今日はストレス反応が強く出ています。睡眠薬より呼吸法や軽い運動が適しているかもしれません。」

「昼寝は20分以内にしましょう。」

そんな個別化されたアドバイスが毎朝届く時代は、もうそれほど遠くない。

 

さらに将来は、部屋の温度、湿度、二酸化炭素濃度、照明、騒音なども自動で取得し、AIが睡眠環境そのものを最適化してくれるようになるだろう。リラックスするBGMやホワイトノイズ、照明の色温度まで、眠りに合わせて整えられる時代である。

私は、睡眠医学の本質は「薬」ではなく、「自然」にあると思っている。

認知行動療法の保険適用は、その大きな第一歩である。

 

そしてその次の一歩は、

ウェアラブル × AI × 認知行動療法

この三つを融合した、新しい睡眠医療なのではないだろうか。

 

人生の三分の一を占める睡眠は、決して怠惰な時間ではない。
健康寿命を支えるレジリエンスの源であり、
明日を生きる力をつくる、すべての始まりなのである。🕊️

 

 

🕊️ 認知症の行方不明者1万7千人

―AIとウェアラブルが変える介護の未来

 

また一つ、考えさせられるニュースがあった。

2025年、認知症による行方不明者は1万7345人。

警察庁によれば、GPS機器などを身につけていた人の8割以上は、その日のうちに発見されたという。これは、とても示唆に富む数字だと思う。一方で、発見まで4日以上かかると、生存率は急激に低下するという。

つまり、大切なのは、「探すこと」だけではなく、一刻もく気づくことなのだ。

 

しかし私は、このニュースを読みながら、別のことを考えた。

GPSは確かに有効である。けれども、それだけで十分なのだろうか。例えば今のウェアラブルデバイスは、GPS、心拍、睡眠、歩数、転倒、活動量など、多くの情報を同時に取得できる。

さらにAIを組み合わせれば、

「今日は普段と歩き方が違う」

「夜中に何度も外へ出ようとしている」

「最近睡眠が浅くなっている」

そんな小さな変化から、

徘徊が始まる前に異常を検知できる時代が近づいている。

 

ただ、一つ問題がある。

認知症が進むと、

本人がデバイスを外してしまうのである。🤣

 

なので、これから必要なのは、「高性能なGPS」

ではない。外したくならないデザインなのではないか。

例えば、腕時計、指輪、補聴器、靴。毎日の生活に自然に溶け込み、本人が意識しなくても身につけているもの。

そこにAIが入る。

 

さらに私は、母との介護の中で「テレビ介護AI」を思いついた。

テレビなら外すことはない。(とはいえ入力切替や設定変更は認知症の方には意外と難しい。そこをどう乗り越えるかが課題でもある。🤣)

 

「今日はよく眠れましたか。」

「お薬は飲みましたか。」

「少し散歩に行きませんか。」

 

そんな自然な会話をAIが行い、必要なら家族へ知らせる。

ウェアラブルと、家庭内AI。この二つが連携すれば、介護は大きく変わるかもしれない。

 

2040年。介護人材不足はさらに深刻になると言われている。

もちろん人の温かさは欠かせない。しかし、人を増やすことだけが答えではない。

AIやウェアラブルを活用し、高齢者の尊厳と安全を守る。

そんな「スマート介護」の時代が、もう始まろうとしている。

認知症になっても、
安心して暮らせる社会へ。

その第一歩は、

「探す介護」から、

「気づく介護」への発想の転換なのかもしれない。

 

しかし、ここでもう一つ忘れてはいけないことがある。

 

こうしたウェアラブルやAIが真価を発揮するためには、適切なルールの下で、データが安全につながらなければならない。

GPS、心拍、睡眠、歩行速度、転倒、診療情報、介護記録、救急搬送、場合によっては認知機能検査や血液検査。

こうしたデータを適切に連結して初めて、

AIは「いつもと違う」を見つけることができる。

だから私は、医療データの活用そのものには賛成である。

 

しかし、その最初の入口は企業利益ではなく公益であるべきだと思う。まず、国民の命を守るための基盤を整備する。

その上で、厳格な匿名化と適切なルールの下で、研究や産業にも活用していく。順番が逆であってはならない。

 

AI時代に本当に必要なのは、

「データを企業に渡すこと」ではない。

**「まず国民の信頼を得ること。そして公益のために、安全につなぐこと」**なのである。

 

AIは、人を監視するためのものではなく、人の自由と尊厳を守るための伴走者であってほしい。認知症になっても、一人暮らしでも、家族が遠くに住んでいても、

「今日も元気に過ごしているね。」

そんな小さな安心を届けられる技術こそ、AI時代の介護なのだと思う。

 

そのためにも、データ活用は企業利益ではなく、まず公益から始めるべきだと私は考えている。🕊️

 

 

🕊️ 認知症医療はどこへ向かうのだろうか
――薬より先に考えたいこと

 

また一つ、新しい医療技術が保険適用となる。

アルツハイマー病治療薬による副作用リスクを判定する遺伝子検査である。もちろん、この検査そのものを否定するつもりはない。

レカネマブなどの抗アミロイドβ抗体薬では、脳の浮腫や微小出血(ARIA)と呼ばれる副作用が問題となることがある。そのリスクはAPOEという遺伝子型によって異なるため、事前に調べられるなら、それに越したことはない。医療としては、とても自然な流れである。しかし、記事を読みながら、私は別のことを考えてしまった。

 

本当に今、日本が向かうべき認知症医療とは、この方向なのだろうか。

 

現在の抗アミロイドβ抗体薬は、認知症を治す薬ではない。病気の進行を数か月程度遅らせることが期待されている薬である。

しかし、一つの高額薬を保険に乗せるということは、薬剤費だけの問題ではない。
その前後に必要となる検査、画像診断、副作用管理まで含めて、認知症医療の財源配分をどう考えるのかという問題なのである。

 

そのためには、

投与前の遺伝子検査。

高額な薬剤費。

アミロイドを確認する検査。

定期的なMRI。

副作用への対応。

一人の患者さんに、多くの医療資源が投入される。

 

もちろん、その恩恵を受ける患者さんもいるだろう。

しかし、ここで立ち止まって考えたい。私たちが限られた医療財源を投入する先として、本当に最優先なのはそこなのだろうか。

 

独り暮らし。老老介護。介護離職。家族の疲弊。居場所の喪失。地域との断絶。

これらもまた、認知症の大きな問題である。

薬は病気の進行を少し遅らせるかもしれない。

しかし、人の孤独までは治せない。

介護者の疲労も治せない。

地域とのつながりも取り戻せない。

 

私は以前、オランダの「認知症村」の取り組みを知り、大きな衝撃を受けた。認知症になっても、その人らしく暮らせる社会。

住まい。コミュニティ。役割。尊厳。こうした発想に、日本はもっと学ぶべきではないかと思っている。

 

もちろん、新しい薬を否定する話ではない。

必要な人には必要である。

検査も必要だろう。

しかしそれ以上に、

社会全体で考えるべきことがある。

医療費は無限ではない。

だからこそ、

「どの技術を導入するか」だけでなく、

「何を優先する社会を目指すのか」

その議論が欠かせない。

 

認知症対策とは、高額な新薬に希望を託すことだけなのだろうか。それとも、認知症になっても安心して暮らせる社会をつくることなのだろうか。
私は、後者の視点こそ、本来の認知症政策の中心に置かれるべきだと思っている。🕊️

 

 

🕊️ 結局、最後は司法なのだろうかー新型コロナワクチン集団訴訟について

 

コロナ禍とは一体何だったのだろう。

感染症との闘いだった。

それは間違いない。

医療従事者も行政も、多くの国民も、誰もが手探りだった。

だから私は、当時の判断を後から簡単に断罪するつもりはない。

 

しかし一方で、見過ごしてはいけない現実もある。

接種後に健康被害を受けた人たちがいる。

亡くなった方々がいる。

そして今、その遺族や後遺症患者たちが国を提訴している。

 

先日、東京地裁で行われた新型コロナワクチン被害集団訴訟*では、司法試験に合格し、司法修習を目前に控えていた26歳の青年のご両親が意見陳述を行った。

接種後に高熱や痙攣が出現し、急性散在性脳脊髄炎(ADEM)**が疑われた。懸命な治療が行われたものの、最終的に多臓器不全で亡くなったという。

もちろん、個別症例だけで因果関係を断定することはできない。

それを判断するのが裁判であり、医学であり、科学である。

 

しかし私が重く受け止めるのは別の部分である。

息子を失ったご両親は、その後何年も声を上げ続けている。

重い後遺症に苦しむ人々もいる***。

その存在自体は、誰にも否定できない。

元々健康な人を対象とする予防接種である以上、たとえ極めて稀な事象であっても、重篤な健康被害が疑われる症例は一例一例丁寧に検証されなければならない。

本来であれば、こうした事例は冷静に検証されるべきである。

 

ベネフィットはどれほどあったのか。

リスクはどれほどあったのか。

年齢別ではどうだったのか。

基礎疾患の有無で違ったのか。

接種回数による差はあったのか。

その検証が十分に行われ、その結果が国民に開示される。

民主国家とは本来そういうものである.

 

医学に絶対はない。

重要なのは、利益と不利益の両方を見ることである。

私はどんな医療介入も、

「誰にとって、利益が上回るのか」

という視点で評価すべきだと思っている。

 

だからこそ必要なのは検証である。

もし行政が十分な検証を行わないのであれば、最後に残るのは司法なのであろう。裁判には時間がかかる。数年かかるかもしれない。

それでも司法には一つの重要な役割がある。

それは記録を残すことである。

何が起きたのか。

何が分かっていて、何が分かっていなかったのか。

情報提供は適切だったのか。

救済は十分だったのか。

その全てが法廷で検証される。

これはワクチン賛成か反対かという話ではない。

 

国家が行った大規模な医療政策を、後世にどう検証するのかという話である。

 

同じ過ちを繰り返さないために、そして未来の感染症対策をより良いものにするために、私たちは賛否ではなく、事実と記録に向き合わなければならない。
それこそが民主主義の成熟であり、国家の責任なのだと思う。

 

<脚注>

*本訴訟は、新型コロナワクチン接種後に死亡または健康被害を受けたと主張する人々やその遺族が、国などを相手として提起している集団訴訟である。現在係争中であり、裁判所による最終判断は確定していない。

**急性散在性脳脊髄炎(ADEM)は、中枢神経系に炎症が生じる稀な疾患であり、感染症やワクチン接種後に報告されることがあるが、個別症例における因果関係の判断は慎重な検討を要する。

***日本では予防接種健康被害救済制度が設けられており、新型コロナワクチンについても接種後の死亡・障害等に対する救済認定が行われている。救済認定は因果関係を医学的に確定するものではなく、「否定できない」場合を含む行政上の救済制度である。

 

 

🕊️ 恋人同士は細菌も共有する
――恋愛医学研究家のドクターマナにとっては既知の所見です🤣

 

「恋人同士の口腔内細菌の44%が共通だった」

そんな研究がイタリアの研究チームから発表された*そうである。

 

ニュースによると、同居家族よりも恋人同士の方が口腔細菌を多く共有しており、その割合は約44%。
キスなどを通じて細菌が移動している可能性が高いという。

 

このニュースを見て、多くの人は驚くかもしれない。

 

しかし、恋愛医学研究家(自称)のドクターマナにとっては、これはさほど驚く話ではない。🤣

 

実は歯科や微生物学の世界では、

・虫歯菌は家族内で伝播する
・歯周病菌は夫婦で似てくる
・親子の口腔内細菌叢は近づく

ということは以前から知られていた。2000年前から言われていた**かもしれない。

 

2014年にはオランダの研究チーム***が、

「10秒のキスで約8000万個の細菌が移動する」

という衝撃的な研究結果を発表している。

 

つまり、恋人同士が細菌を共有するという事実自体は、それほど新しい話ではないのである。

むしろ今回の研究の面白いところは、最新の遺伝子解析技術によって、「どの程度似ているのか」を数字で示したことにある。

 

ところで人間は不思議な生き物である。

恋人同士になると、時間を共有し、空間を共有し、食事を共有し、価値観を共有し、そして細菌まで共有する。

考えてみれば当然かもしれない。

同じものを食べ、同じ空気を吸い、同じベッドで眠れば、体内の微生物たちも交流会を始めるのである。

 

私は以前から、人間は一人で生きているように見えて、実は巨大な生態系の一部なのではないかと思っている。

私たちの体には数十兆個の細菌が住み、腸内細菌は免疫や代謝に関わり、皮膚常在菌は肌を守り、口腔細菌は健康状態に影響を与える。

つまり、恋愛とは心だけの交流ではない。

体の中に住む微生物たちの交流でもあるのである。🤣

 

もっとも、だからといって「細菌が合うから相性が良い」のか、「相性が良いから細菌が似る」のかは分からない。

ここは今後の恋愛医学研究の重要課題であろう。🤣

 

もし将来、「結婚前にマイクロバイオーム相性診断」などというサービスが登場したら、

私は真っ先に取材に行こうと思う。

 

恋愛は化学であり、生物学であり、時に哲学でもある。そしてどうやら、細菌学でもあるらしい。🕊️

 

<脚注>

*Vitor Heidrich et al., “Strain transmission links human microbiomes along the oral-gut axis,” Cell Press Blue, 2026.
イタリア・フィジーの207世帯430人を対象に、口腔・腸内マイクロバイオームの菌株共有を解析した研究。共同生活者では腸内細菌株の約19%、口腔細菌株の約26%を共有し、恋人同士では口腔細菌株の共有率が平均44%に達したと報告されている。  

 

**「2000年前から」はドクターマナ的誇張表現である。実際には、虫歯菌 Streptococcus mutans の母子間・家族内伝播については1980年代から研究報告があり、1984年には家族内伝播、1985年には母子間の口移し伝播に関する論文が報告されている。  

 

***Remco Kort et al., “Shaping the oral microbiota through intimate kissing,” Microbiome, 2014.
21組のカップルを対象に、キスと口腔マイクロバイオームの関係を調べた研究。10秒間のキスで平均約8000万個の細菌が移動し、頻繁にキスするカップルほど唾液中の細菌叢が似ると報告された。