🗾日本の予防医療とは、北海道を救うこと――医師として見えた、日本の未来と北の大地
札幌は今、20年に一度と言われる大雪に見舞われている。
さっぽろ雪まつりの前に、街そのものが“雪まつり”状態だ。
辻々にできる自然のかまくら。
軽くバスの高さほどもある雪の壁。
札幌駅前、大通公園、すすきの――
壮絶だ。いや、正直に言えば、これは災害一歩手前である。
私は昨日、つるっと転んだ。
札幌のど真ん中、繁華街の路上で。
あれだけ注意していたにもかかわらず、だ。
幸い大事には至らなかった。
しかし、これは決して笑いごとではない。
もっと高齢だったら?
骨粗鬆症があったら?
横断中で、車を巻き込んでいたら?
その「たった一度の転倒」が、
人生を大きく変えてしまうことは、医療特に介護現場では珍しくない。
私は医師として、この光景を
単なる風情や観光資源として処理することができない。
これは健康リスクであり、
行政の設計課題であり、
そして国家の問題だ。
🩺医師は「最初に症状が出る場所」を見る
医療の基本のき、一丁目一番地は「診断」だ。
ここを誤れば、その先のすべてを間違える。
良い診断とは、
重症化した“結果”を見ることではない。
最初に異変が現れた場所を見逃さないことだ。
人の身体も、病気は一気に全身に出ない。
血流の悪い場所、負荷のかかる場所、弱点から始まる。
国も、同じだ。
私は北海道に来て、
自分の身体で「危険」を体感し、
現場の声を聞き、
はっきりと確信した。
北海道は、日本という国の「初期症状」が最初に現れる場所だ。
❄️なぜ、北海道なのか
歴史を振り返れば、すべてがそうだった。
最初に医療の限界が露呈したのは、夕張だ。
財政破綻により病院が縮小し、「医療崩壊」と呼ばれた出来事。
しかしその後、
低価値医療が一掃され、在宅医療へとシフトし、
結果として医療費は下がり、
健康指標も必ずしも悪化しなかった。
これは「医療を減らせ」という話ではない。
何が本当に必要な医療なのかを、現実が強制的に選別した出来事だった。
再生可能エネルギーの問題も、最初に顕在化したのは北海道だ。
メガソーラー、風力発電。
共生の名のもとに、
地域の利益が外に流れ出す構造が作られていなかったか。
ニセコに象徴される外国資本の流入も同じだ。
これは治安の話ではない。
もっと静かに、もっと深刻に、
日本人が貧しくなる構造が進行している。
少子化、医療過疎、高齢化、物流の脆弱性。
これらはすべて、北海道で先に表面化してきた。
北海道は遅れているのではない。
先に、異変に気づかされてきたのだ。
☃️北海道は「デジタルツイン国家」である
現地の党員、市議、現場の人たちとの会話の中で、
私は腑に落ちた。
北海道は日本の縮小版ではない。
日本の未来を先に映す「デジタルツイン国家」なのだ。
広大な土地。
厳しい気候。
少子高齢化。
医療過疎。
エネルギー問題。
国防と物流。
ここを設計できない国は、
どこも設計できない。
ここで機能しない政策は、
いずれ全国で破綻する。
医師が症例から全身を診るように、
政治もまた、北海道という症例から
日本全体を診断すべきだ。
🏥北海道を救うことは、日本の予防医療
予防医療とは、
病気になってから治すことではない。
悪くなる前に、構造を変えることだ。
北海道で起きている問題を
「地方の問題」「特殊事情」として放置するのは、
診断を無視する医療と同じである。
この美しい北の大地、
北海道を守ることは、
北海道だけのためではない。
日本全体の未来を守るための、予防医療であり、
同時に国防の最前線でもある。
🍙結びに
北海道を軽く扱う政治に、
日本の未来は任せられない。
医師として。
現場を見た者として。
痛みを体感した者として。
私は、この北の大地から声をあげる。
北海道を救うことは、
日本を救うことだ。
そしてそれは、
「いつか」の話ではない。
「今、ここ」から始めなければならない。



















