Reyn Spooner
dowild-ha☆
土曜深夜の「aloha Girl」よかったね♪ドワイルドな諸君、見ましたか?
G.Wも天気がとても良く、気持ちがイイ日が続いてるね♪
残念なコトに俺、風邪ひいてしまって、今熱がありけっこうしんどいです(ホントは2日程前から…)
それでも毎日の晩酌のビールもしっかり飲み、ドワイルドな生活続けてる…(因みに薬もちゃんと飲みました)
そんな俺ですが、ヨロシクお願いします☆
今日はまた、お気に入りのキュートなシャツを一枚紹介しよう。
「レイン スプーナー」…ハワイアンシャツをより身近な存在にしたブランドだ。
観光客向けの賑やかでカラフルなデザインに疑問を感じてた創業者の“レイン スプーナー"が、1962年に4台のミシンを導入し、ビジネスにも着用できるアロハシャツのニュースタンダードを目指して、個性的なシャツを作り始めたのがこのブランドの始まりだ。
特に有名なのが“リバースプリント"と呼ばれる裏返したプリント生地を使ったシャツで、従来のハデなモノとは違い、落ち着いたトーンがビジネスマンやカジュアルにハワイアンシャツを着たい人々に受け入れられた。
創業者“レイン スプーナー"としたが…
元々はワイキキのアラモアナで“太平洋のブルックス・ブラザーズ"と言われた『Reyn's』をやってた“レイン・マッカラン"が、カジュアルに着られるハワイアンシャツがないコトに不満を持ち、同じくワイキキビーチで最高にクールなサーフトランクスを作っていた『Spooners』の“ルース・スプーナー"と協力してメインランドで立ち上げたコトに始まる。
ルースは独自の縫製技術を用いたスイムウェアを作っていたから、サーファーからの支持も厚かった。
カリフォルニアのサーファーが着ていた色褪せたシャンブレーシャツの風合いをヒントに、この独創的なモデルを考案したというワケだ。
「プルオーバーのボタンダウン」というハワイアンシャツも、そんな彼らの想いと技術が生んだ秀作だ。
今日紹介したコイツは、そんなレイン スプーナーのごく初期の逸品。
代名詞であるタグの赤いビキニのマーメイドが、現在知られているモノだが、初期のコイツのタグは貴重な(笑)“トップレスのマーメイド"なんだよ♪
一見ハデに見えるが、ブルーとグリーンの折りなすコントラストは、ベースがとても落ち着いているので、大人が着るという印象の一枚だ。
時代を感じさせる大きな衿が雰囲気バツグン♪
創業から40年以上経過した現在も、レイン スプーナーは正統なアロハシャツの王道を歩んでいるドワイルドなブランドだ。
あぁ…コイツ着て、ハワイの風に抱かれたい…
dowild.s
Hawaiian Slow Food
dowild-ha☆
G.Wいかがお過ごしですか?
今日はちょっとハワイの食文化に触れてみようと思う☆
ハワイ語で「アフプアア(豚の頭を意味する)」という言葉がある。
これは古代ハワイアンの村があった土地を表す言葉だ。
かつての古代ハワイアンたちは、島内に点在する谷地を生活の場としていた。
そのひとつひとつが“アフプアア"で、谷は山の頂から海辺に向かってなだらかな傾斜が続く扇状地になっていた。
そこには肥沃な土壌と安定した水源が必ずあり、タロ芋とブタが育てられていたんだ。
この二つの食材こそ古代ハワイの主食であり、現代にも受け継がれている。
ハワイアンといえば、贅肉をたっぷりと貯えた巨漢をイメージしがちだと思うが、伝統的な家庭料理を食べて育ってきた連中は意外にすっきりと均整のとれた体型の人が多い。
元来、彼らは、動物性タンパク質やカロリーをそれほど必要としない海洋民族であったコトが要因なのかもしれない。
現代のハワイアンに見られる肥満の原因は、やはりアメリカ型の高カロリーな食生活による影響が大きいんだと思う。
はたしてハワイの伝統食は“ダイエットフード"とも言えるのか?
よく見掛けるハワイアンには、特にベジタリアン的なストイックさは感じられないが…
単純にただ「うまいから」という理由で昔ながらの料理を食べ、本来の体型を維持してるに過ぎないようだ。
北イタリアで生まれた「スローフード」という考え方が、食文化を見直すキーワードとして注目されている昨今…
手間ひまかけて作った料理をじっくりと味わうコト…
「ファーストフード」に対するアンチテーゼとして生まれただけあって、“効率"を優先するライフスタイルへの反逆と言えよう。
暮らしている土地で育てられた食材を使うというコトが、とても大事な要素だと思う。
自然の声に耳を傾け、その土地に育つモノを探し出す…
その土地で収穫されたモノを食べるコトで、土地に合った体質と体型を得る。
「アフプアア」とは、そんな行為を通じて、自然とのコミュニケーションが可能になるドワイルドな空間なんじゃないかな?
ハワイ…ダイエットフードとは違う、とっても“ONO!"な「ハワイアンスローフード」がそこには間違いなくある。
dowild.s
Leonard Kamhout
って、もう勝手にコレ挨拶にしちゃってるし(笑)
久しぶりにドワイルドブログらしく、今日は10年以上愛用し、身に着けている「レナード・カムホート」のブレスレットとリングを紹介しよう。
まずこのレナードなる人物、何者かというと、今やご存知の諸君も多い“クロムハーツ”の創業メンバーの一人で、1988年~1994年までクロムの彫金部門を担当していたんだ。
クロムハーツに携わる以前は、彫刻とかブロンズを作っていた根っからの芸術家でもある。
クロムハーツの理念と自分の目指す方向性の相違により、約6年の在籍の後離脱し、1995年に独立、自身の本名でブランドを立ち上げた。
コレはその一番最初の作品なんだが、これがまた曰くつきでね…
ちょうどその頃彼は、金銭面やらのトラブルで娘婿夫婦とケンカ別れしていた。
婿の名前は“デボン・ウィラー"夫婦もまたしっかりとした技術を持つ彫金師。
レナードの作ったマスターピース(原型)を勝手に持ち出し作品として仕上げ、日本に売り捌いていたんだよ。
日本はその頃クロムハーツも巷じゃ知られ、シルバーアクセブームで次から次ショップがオープンしてた。
そんな中のひとつ、都内数ヵ所にテナントを持つ“ライオン・ハート"ってショップがあったんだけど、そこの社長さんがいち早くソレを買い取り日本で初めて「Leonard Kamhout」を扱った。
無論、正式なエージェンシーではなく並行輸入品の名目で。
池袋パルコに入ってたそのショップの店長とは仲が良かった。
あのレナードの独立して初めて作ったアイテムなら是が非でも欲しいと購入したのが写真のブレスレット(「クレーン・ブレスレット」という名前)
ちょっともう正確な値段忘れてしまったんだけど、店長が負けてくれたんだ。
それでもなんと50万位のプライスだった☆
この頃ドワイルドブログ見てくれてる女性諸君なんか、信じらんない!!ってトコだよね。
とっても熱いんです…dowild.sは(笑)
ともあれその直後、レナード本人が「今、日本で売っているカムホートは、本当のレナード・カムホートじゃない」発言したり色んな問題が起きたけど、時間かからず和解し、日本においての正規代理店も正式に決まった。
原宿にあった“ネイバーフッド"
もちろん同デザインのブレスも置いてて、ガッカリだったのが値段…
23万だよ!価格改訂ですぐ値上がり28万位になったが…俺の買った値段の半分だよ(涙)
あのライオンハートの社長、相当儲けてたな…
クロムハーツのショップにもよく着けていって、仲のいい店長はじめスタッフ連中もまだ見たコトないコイツを見て「sさん、すごいっすねェ!」なんてやってた束の間の約2年間が唯一の優越感だった…
バカだねェ…(笑)
まぁ過ぎたコト、グチグチ言っても始まらない、それもドワイルドっていうコトで☆
その後ネイバーフッドでも2つのリングを求めた。
大きい方の“コスミックユニオンリング"やや細身の“ラブバイトリング"
独特な「鳥」をメインモチーフとしたレリーフは美麗な仕上がりがとても特徴的だ。
彼にとって鳥は“幸福の象徴"だという。
他ブランドと違って、中性的なデザインを強く前面に打ち出しているのも特徴で、女性の愛用者も多い。
ずいぶん昔の話だが、木村拓哉がCMで着用したり、宇多田ヒカルがCDのジャケットの写真で身に付けていたりしたのも話題を呼んだ。
1999年にアトリエをハワイへと移したのが、自然を愛するレナードらしい(現在はLA在住らしい…)
繊細な彫金を見てとれる確かな技術、ポリッシング(磨き)のクオリティの高さ…
シルバーの光沢&陰を活かした気品ある芸術品とも言えよう。
まさにドワイルドな大人の身に着けるにふさわしいジュエリーだ。
dowild.s
インコ日記 その二
小鳥達(セキセイインコ二羽)がやってきてから一ヶ月程たったかな?
彼らはまだ生後三ヶ月チョイの子供だけに、いつもピーチクパーチク元気に遊んでいる。
いつも二人で顔を向かい合って何やら会話をしているんだ。 まるで二人に増えたガッちゃんのように・・・。
(懐かしいな~、Dr.スランプ アラレちゃん。あのノホホンとしたシュールな世界。)
耳を傾けても、どんな事を話し合っているのかはもちろん理解不能???ちょっと気になる。
そのうえ、テレビや映画で流れている音楽には反応してよくピロピロ歌ってるんだ。
全く微笑ましくってカワイイよ。
お気に入りは鏡付のブランコ。
場所の取り合いをするほど好きなようで、寝るときもこのブランコの上で寄っかかって寝ている。
たまに喧嘩だかなんだか、二人で大暴れ&羽バタバタ大騒ぎ状態の時もあってさ・・・。
特に朝もハヨから騒いでいる時は参っちゃうんだよね。早朝から起こされちゃって。
まだ子供だから元気バクハツなのかな?
成長したらちょっとは落ち着くのだろうか?
餌は子供用にムキ餌と殻付きのミックスを与えている。
あと1ヶ月もしたら栄養価の高い殻付き餌オンリーでいいらしい。
それと塩土と言う、固形物も必需品。
クチバシの伸び予防にも良く、ミネラルを得られる栄養補給の為に必要な餌だそうだ。
あと、ビタミンや繊維質の補給に菜っ葉類、カルシウムの補給にボレー粉(牡蠣の殻を焼いて粉にしたもの)も健康の為に良いらしい。
餌と共に必要なのが水。
水を飲むのももちろんだけど、最近水入れの中に体ごと入って水浴びをするようになった。
ほんと、インコを見ていると微笑ましくって飽きない。
多少騒がしすぎる感もあるのだけど、仲良しだし元気がないよりはいいか?
mahalo,
dowild.m
PETROGLYPH
dowild-ha!
もうお気付きかな?
ブログのデザインを変更しました。
(パソコンからの画面です、携帯で見ている皆さんゴメンなさい。)
ちょっとした気分転換なのだが、とある部分に変化が現れている。
さて、どこでしょう?
今日のドワイルド・ハワイは古代ハワイアンの残したミステリーに迫ってみよう。
ハワイ島を中心に、岩に象形文字のような図柄を彫刻する古代岩面彫刻、ペトログリフが数多く残っている。
踊る人々、船を漕ぐ人、釣り人、家族。その他にもカメ、犬、船、馬、釣り針、槍、カヌー・・・。
モチーフは多種多様で、その絵はどれも素朴で力強く描かれている。
ポップで完成されたデザインは素晴らしく、現代においても決して色あせなていない。
どのような意味を持ちいつ頃描かれたのか、ペトログリフについてまだほとんど解明されていないそうだ。
インディアンの遺跡にハワイのペトログリフと似たモチーフがあり、アメリカ大陸から移住したのでは?なんて説もある。
確かにネイティブ・インディアンの描く絵と雰囲気が似ているよね?
文字を持たなかったハワイアンの唯一の象形文字のようなものだったのだろう。
ペトログラフの意味合いとしては、祈祷や記録、家系図、目印、ゲームなどにの為に描いたと言われている。
例えば同心円状の図柄は、中心に赤ん坊のへその緒が置かれ健康を祈願した、と。
人を描いたものは家系図や子供の誕生を表していると解読されている。
また、碁盤の目状に穴があいたものはコナネというゲームをする台として用いられたと言われている。
ペトログリフの図柄は古代ハワイアンの習俗であった入れ墨のデザインと共通しているそうだ。
その入れ墨は大酋長の支配下によって異なり、儀式の際に使用したとも言われている。
ところで、ハワイ諸島には135のペトログリフ遺跡があり、その殆どがハワイ島に存在する。
ハワイ島に豊富にある柔らかい溶岩が最適なキャンバスとなったんだ。
古代ハワイアンが大地に残したミステリアスでロマンチックなメッセージ。
当時のドワイルドな生活に触れるいいチャンスかもしれない。
そしてコレがshigeが残したペトログリフだ(爆)
mahalo,
dowild.m
The Hawaiian Language
dowild-ha!
今日の天気ように、頭がどんよりと・・・。
はい、完全なる二日酔いでございます。
7年の付き合いになる某飲食店が今月いっぱいで閉店してしまう事に。
なので、昨夜はお邪魔してきた。
夜11時の閉店後にスタッフ達と一緒に打ち上げをし、3時くらいかな?お開きになったのは。
いつも良くしてくれて、料理がとても美味しいんだ。
こんなお店が閉店しちゃうなんて寂しいよ。
しかし、昨日はよく飲んだな。
ビール、日本酒、焼酎、ワイン・・・、みんなベロベロだった。
ごちそうさまでした&遅くまでお邪魔しちゃってスイマセン。
とっても楽しかったです。
さて今日のドワイルド・ハワイ講座(?)は「ハワイ語」について。
前にshigeが書いていたように、ハワイ州では英語と共に公用語として認められているハワイ語。
aloha(アロハ)やmahalo(ありがとう)なんかはすっかりお馴染みだよね?
ハワイ語には5つの母音「A・E・I・O・U」と7つの子音「P・K・M・N・W・L・H」を持つシンプルな言語。
・「‘」オキナと呼ばれる声門閉鎖音。
・「-」長音符を母音の上に置くことで母音を伸ばす。
・ワ行の文字「wa、we、 wi、 wo、wu」 が語尾に来る時のみ発音が"v"となる。
元々ハワイ語には文字が存在せず言葉のみで使用されていた為、現在はハワイ語を文字で表すのにアルファベットを使用しているんだ。
ローマ字風に表記をしているので、日本人にも読みやすくシンプルである。
というか、英語より日本語に近いよね。
単語は短い言葉を組み合わせて作られ、意味が込められている。
例えば、ありがとうの「mahalo」はma(~の中に)ha(呼吸、息)alo(顔、~の前に)を組み合わせ感謝の意を表している。
似たような地名が多いのも「wai(水)」「puu(丘)」「mauna(山)」などの意味からつけられている為なんだ。
現在では英語の中にハワイ語を取り入れて使用するのが一般的なので、代表的な単語さえ覚えればハワイで素敵な会話ができるんじゃないかな?
・挨拶
aloha(アロハ)…ようこそ・愛・歓迎・友情・こんにちは
mahalo(マハロ)…ありがとう
ae(アエ)…はい・イエス
aole(アオレ)…いいえ・ノー
mai kai(マイ・カイ)…元気です
・生活
hale(ハレ)…家
mauka(マウカ)…内陸側
makai(マカイ)…海側
moe(モエ)…眠る
la nai(ラ・ナイ)…ベランダ
lani(ラニ)…天国
・食べ物
ono(オノ)…美味しい
kau kau(カウ・カウ)…食べる
pu pu(プ・プ)…前菜
lu au(ルアウ)…宴会 祭りの料理
lau lau(ラウ・ラウ)…包む・タロの葉に包んだ料理
ahi(アヒ)…キハダマグロ
mahi mahi(マヒ・マヒ)…シイラ
poi(ポイ)…タロイモ
・人
kane(カネ)…男性
wahine(ワヒネ)…女性・妻
keiki(ケイキ)…子ども・子どもたち
ohana(オハナ)…家族・仲間
これだけでも知っていれば、特にお店やレストランで役に立つからぜひ覚えてみては?
mahalo,
dowild.m
Heart of Aloha
dowild-ha☆
この挨拶もあながち間違ってはないと思うんだ…(笑)
この前もちょっと触れたが“aloha"には愛、寛容、尊敬、ほかにも情熱、親切、優雅、センチメンタル…などといった意味が含まれている。
アロハの“ハ"には、いわゆる日本語で言うコトの“気"に似た内容の意味を示すモノがあるからだ。
このアロハを使って、ハワイにはいろんな店名、会社名、商標等が生まれてきた。
オアフ島のテレフォンダイレクトリーを見ただけでも、数百以上のリストがある。
ユニークなモノではアロハトーフ、アロハショーユのように日本のモノとミックスされたネーミング。
他にも、アロハドライウ゛、アロハバーバーショップ、アロハスウィートショップ、etc…
なんともおおらかかつ素朴なアロハの使い方をみると、本当に“心からのモノ"というイメージを思い浮かべさせる。
1926年設立のアロハタワーは、オーシャンライナー時代のスタートとともに、アメリカ本土とハワイを結ぶ重要なホノルルの港の入口に建てられた。
40年以上も続いたマトソン汽船のオーシャンライナーでハワイを訪れた何万人という旅行者の思い出の港のトレードマークだ。
90年代に入り、このアロハタワー周辺は大きく変貌するコトとなる。
コンドミニアム、ホテル、ショップ、パークを中心とした、オーシャンフロントプロジェクトの進行…
ワイキキからダウンタウン、アロハタワーまでが一大レジャー地域にクリエートされた。
ちょうど、その頃からハワイ旅行するのが恒例となり、これまでの十数年間で様変わりしていく姿を段階を踏んで見てきた気がする☆
太平洋のド真ん中に、ポッカリと海底火山から生まれたハワイの島々…
途方もなく遥かなディスタンスを経てくる太陽の光…
ナイトブルーミングジャスミンの香りが漂うセクシーなトロピカルナイト…
本当のアロハスピリット…
風、大気、月、星、太陽、海、森…すべての自然の流れを素肌で感じるコトだ。
そこには、あの優しいアロハの“気"が必ず流れている。
アロハオエ……ドワイルドな諸君も一度くらいはアロハを感じにハワイへ行ってみませんか?
dowild.s
History of Waikiki HOTEL
すっかりAlohaなドワイルドブログ…ハワイな気分は当分やめられそうにない(笑)
さて、ワイキキの歴史をヒモ解くうえでは、この3大ホテルの存在をはずせないだろう。
まず、「Sheraton Moana Surfrider」…
アメリカの国家史的記念物に指定される本館“バニヤン ウィング"にあるメイン・エントランスをくぐると、ワイキキビーチが見える。
その手前にある中庭には巨大なバニヤン・ツリーがあるんだ。
かつて、1935年から75年まで、この木の下にはラジオ局があり「ハワイ コール」という音楽番組が、全世界に向けて発信されていた。
関口宏がいつかのハワイ特番で言ってたが、当時、ラジオのFENで夢中になって聞いていたらしい。
いつ聞いても、あのワイキキビーチの心地よい波音も入っていて…実はそれはラジオのノイズだったという(笑)
バニヤン ウイングの2階には歴史展示があり、20世紀初頭のホテルのキー、当時のスイムスーツ、トランクなど、ビーチカルチャーの歴史遺産を垣間見れる。
それらを見ていると、ワイキキに滞在した古の旅人たちの息遣いが聞こえてきそうだ。
館内にはコレのほか、様々に残る歴史的品々を拝観する“ヒストリカルツアー"があり、宿泊してなくても参加出来るんだ。
建造から1世紀を過ぎた今も、バニヤン・ツリーの下では毎晩フラやハワイアンミュージックのライブが開催されている。
次にカメハメハ大王の妻、カアフマヌの別荘があった場所に建つ「The Royal Hawaian」…
ハワイ王朝は、当初、その首都をマウイ島のラハイナに置いていて、オアフ島はというと商業の中心として西洋伝来のライフスタイルが花開く先端都市だった。
それも理由となり、ホノルルに別荘を構える王族も多く、カアフマヌの別荘もまた彼女のヤシ園とともにここに建っていた。
そういった土地の伝統を受け継ぎ、館内はとても格式高いデザインになっている。
ロビーは神殿の回廊のように天井が高く、中庭に続くアーチ型の出入り口は常に開け放たれ、熱帯の植物越しにワイキキの青い海が望む。
ホテルの外観しかり、タオル、バスローブ、シーツ…全てピンクで統一された“ザ ピンク パレス"
あの淡いピンクが熱帯のエキゾチシズムをより一層かき立てるんだ♪
戦前までは高級車で乗りつけるような限られた人々しか宿泊できなかったという。
ぜひとも一度は宿泊するべきだ☆
またエントランスに掲げられた州の文化財に指定されている古い地図は一見の価値あり。
この前masayaが書いていた“マイタイ"はここで生まれた…これもまたロマンティックでなかなかいいじゃないか☆
そして最後は“天国の家"「Halekulani」…
ワイキキの黎明期に誕生した3つの代表的ホテルの中で、ハレクラニの辿った歴史は前2つとは全く違う。
まず、大きな高層ビルを持っていなかった。
“ハレ"―ハワイ語で「家」を表す語がホテル名に冠されてるとおり、このホテルの原型はバンケット・ルームすらない小さなリゾートハウスの集合体だった。
そこでは、ただ静かに過ごすコトが重んじられたという。
“ラニ"は「天国」の意味。
“ハレクラニ"はまさに「天国の家」を表しているんだ。
初めてレストランとバンケット・ルームを持った別棟が建てられたのが、1932年のコト。
以後約40年間はコテージと公共棟だけだった。
現在の高層宿泊棟を持った様式に大幅改装したのは70年代に入ってからのコトなんだそう。
かつて、ヨーロッパやアメリカの裕福な者たちが心と身体を休めたハレはもうないが、シンプルでありながら気品のある姿が、優雅な伝統の上に運営されてるコトを物語っている。
ワイキキの歴史を物語るドワイルドなホテルたち…まさに生きた博物館。
たまにはそんな場所にゆったりと身を置いてハワイを感じてみたいものだ。
dowild.s
Kamehameha The Great
1788年にイギリス人の海洋探検家ジェームズ・クック船長がハワイ諸島を発見するまで、ハワイはポリネシアの島々との交流だけで国際的外交がなく、自分達だけの生活をしていた。
日本における黒船のような「レゾリュ―ション号」、そしてクック船長率いるイギリス人との接触によりハワイの歴史がガラッと変わった。
クック船長がカウアイ島に初上陸した時は、素朴なポリネシアン達はクック船長の事を「ロノの神」(収穫・雨・平和の神)の再来だと思い込んだという。
ハワイ人たちはクック船長の前にひれ伏し、クック船長が指図するまで頭をあげようとしなかった、と。
そんな中、カラニオプウ王の若い甥はクックの船に一泊し、あらゆるものを見てまわり、驚愕し、クックの国が強力であることに恐怖を感じ帰って行った。
後の「カメハメハ大王」である。
*ハワイ諸島統一への道
当時のハワイ諸島の様子は、ハワイ島とカウアイ島以外全ての島は、マウイの大王カヘキリによってほぼ統一がなされていた。
一方、ハワイ島はカラニオプウ王が押さえていた。
1782年にそのカラニオプウ王が死去すると、ハワイ島はカウの大酋長ケオウア、ヒロの大酋長ケアウエ、そしてコナのカメハメハと3つに分裂した。
その様子を見ていたマウイの大王カヘキリは、1790年ハワイ島に密偵を送り込み3人に巧みに干渉し共倒れを狙った。
まんまとその狙いに乗ってしまったケオウアはヒロに攻め込み、ケアウエを滅ぼしてしまった。
しかしカメハメハは大王カヘキリの計略を察知すると、逆にマウイ島に侵攻する。
カメハメハはマウイ島イアオ渓谷で大勝利を収めたが、ハワイ島でケオウアが不穏な動きをしていることを察知し、軍をハワイ島に戻した。
その戦いの最中、キラウエア火山の大噴火がケオウア軍を襲い全滅させてしまい、カメハメハがハワイ島を押さえることに成功した。
この強運により、カメハメハは「女神ペレ」に加護されている、と言われるようになった。
1794年にマウイの大王カヘキリが老衰で死去すると、カメハメハは一気にマウイ島めがけて攻めあがり、1795年オアフ島ヌアヌパリの戦いで勝利。
そして、オアフ島のワイキキに宮殿を建てて建国宣言を発した。
まだ勢力下になかったカウアイ島に対しては、カウアイ王カウムアリイとニイハウ島の恭順を促し、カウアイとニイハウはハワイ王国の一部としてそのままカウムアリイが治めることとなった。
そこで遂に1810年、ハワイ諸島の統一が実現した。
*カメハメハ大王について。
カメハメハの出生伝説として、カメハメハ誕生の日に空に大きなほうき星(彗星)がかかったといわれている。
これらの兆しを不吉な前兆、すなわち「王を食べてしまう者の誕生」だと考えられた。
それにより、当時の王アラパイから暗殺命令が出されたそうだ。
幸い、養父ナエオレがカメハメハをかばって屋敷から連れ出し、人知れず育てて10歳になったときにはじめて嘆願して許された、と。
また、ナハ・ストーンの伝説というのがある。
今でもハワイ島ヒロの図書館前に安置されている3.5トンの巨岩「ナハ・ストーン」、この岩を持ち上げた者は天下を取る、また挑戦して失敗した者には死が与えられる、と。
若干14歳のカメハメハがこの岩にチャレンジし、見事に持ち上げたと言われている。
カメハメハは語学にも堪能で、当時来航してきたイギリス人達から習い、たちまち英語を話せるようになったそうだ。
クック船長の船で西欧文明の優秀さを知ったカメハメハ大王は、ハワイ統一後に二人のイギリス人顧問と西洋製の武器やスクーナー船を導入、以後この最新装備によって各地の有力者たちを次々に破る圧倒的強さをみせた。
(なんかさ、似ているよね・・・、日本の織田信長に。)
またカメハメハ大王は優れた外交手腕で西洋諸国との友好関係を維持してハワイの独立を守り通した。
クック以後、植民地化の野心をいだいて頻繁に訪れるようになった諸外国も、少なくともカメハメハ大王の存命中は敬意を払い遠慮気味だったそうだ。
統一達成後、カメハメハ大王は諸島全域で統一された法律をつくり、農業や産業の振興につとめ、オアフ島のホノルル港やマウイ島のラハイナ港(ここが首都となる)を整備した。
また、白檀の中国向け輸出や西欧諸国との貿易によって王国の経済力を高めていった。
カメハメハ大王は風貌・体力・武術・知力、そして人々の心を掴む力の全てに秀でた、まさにドワイルドなカリスマだ。
(身長約200cm!)
晩年は故郷のハワイ島カイルア・コナに引退し、釣りなどを楽しみつつ余生を過ごしたそうだ。
ハワイ島とオアフ島にあるカメハメハ像が持つ左手の槍は平和を象徴している。
まるで、今でもハワイ諸島を見守っているようだ。
dowild.m
Nature Paradise in Hawaii
ハワイは別名「雨の楽園」とも言える。
ハワイ旅行したコトある諸君なら「あっ、そう言えば…」という心当たり意外とあるんじゃないかな?
もし、ハワイの島々に他の陸地より多く雨が降らなかったら…豊かな自然も伝統文化も育たなかったと思う。
太陽熱によって吸い上げられた海水が上空で冷え、やがて雨となる…。
雨はまさしく“海の涙”☆
それが陸地に降り注ぎ、木々が育ち、様々な植物が生息し、ハワイという島に美しい花を咲かせた。
ハワイ諸島は、約1千万年前に火山の噴火によって誕生した火山島だ。
これはご存知の諸君も多いハズ。
古代ハワイアンは、島々に聳える火山を「ペレ」と言った。
女性の神が宿る場所として信仰の対象としたんだ。
そんな山々の高地に“神の木”と呼ばれる樹木がある。
「コア」という名を持つこのアカシア科の樹木は、とても硬質で丈夫ながら加工がしやすく、食器、武器など生活に必要な様々な道具の材料となった。
火山島という山の突端が海上に突き出た土地…隔絶された環境で固有種として山々に根付き、人々の生活を支えたコアは、まさに「雨」が与えてくれた大切な樹木だろう。
咲き誇る花だってそうだ。
最初に移り住んだ先住民のポリネシア人、近代になり新しく移り住んだアメリカ、イギリス、ポルトガルなどの西欧諸国、日本、中国、韓国などのアジア諸国、さらにはメキシコなどからの人々が暮らす移民の島。
それぞれの移住者は母国の産物をハワイに伝えた。
やがてハワイの中で混じり合い、原形を受け継ぎながらも新しいモノへと変わっていった。
自然も同じだ…
人々が植えた種は、ハワイで芽を出し新しい自然を作り出す…
火山が噴火した後の土壌から最初に咲くといわれる“オヒア"という花、深いグリーンが鮮やかな“マイレの葉"
こうした自然や文化の混合は「レイ」という美しい首飾りも生んだ。
ここで、ワンポイント・レッスン♪
古代のハワイのレイは、マイレやティーリーという植物を使った、緑一色のモノだけだった。様々な花を使って作り始めたのはずっと後の19世紀になってからのコト☆
多数の文化や自然が混じり合った先にある“虹色の楽園”…ハワイ
今回は“雨の楽園”と比喩してみた。
雨は海からやってくる…
美しい新種の誕生地ハワイ…まさしくドワイルドな海からの産物で溢れている。
dowild.s




























