中くらいのしがなさ 修業編

中くらいのしがなさ 修業編

将棋の話や気になった本や食べ物について備忘録的に記していきます。妄説暴論乞御寛恕。






不平顔で中学(旧制)の英語の教師教師を務めていた漱石に虚子が何か書けと虚子が仕切っていた俳句雑誌「ホトトギス」に漱石(最初の筆者名は夏目金之助だった)が書いたのが「吾輩は猫である」だった。小説の体だが、後半の方はエッセイにも見えなくはない。大人の冗談に塗れたユーモア小説だから、子供が読んでもたいていは挫折する。
上野のレストランで美学者の迷亭が給仕を捕まえて、トチメンボーを注文し、給仕が料理長に助けを求めたら、料理長が苦しそうに、今は材料がないからできないという……そういう大人のいたずらが横溢しているのだが、こういったおかしみなどは、子どもにはわからない。字義通り、トチメンボーという料理があると思うし、この西洋料理屋には、トチメンボーを作るだけの材料がなかったのかとだけ受け取る。

この特に推進力牽引力のない与太話の集積を読み進めるには、登場人物を一通り把握しておくのがよい。その理解があれば随分楽になる。

名無しの猫
この物語の視点人物である。視点人物を定めた小説はその人物の目を通した光景しか描出できないという不自由さに縛られざるを得ないが、幸にして猫なので、あちこちに出没できる。他所の家の内部事情も見てくるし、銭湯内の様子も事細かに報告してくれる。つまりこの小説は視点人物を置きながらも、ほぼ神の視点を得ている稀有な格好になっている。

クロ
俥屋の家に飼われている大柄で乱暴な猫。ネズミもたくさんとるが、人家の食卓に乗る予定の肉や魚屋の売り物の魚を盗る。名無しの猫は当初、随分マウントを取られる。

ミケ子
名無しの猫が惚れている三毛猫である。色っぽい。なかなか高貴な血筋に関係のある人に、なおかつ少し関係のあるだけの二弦琴の師匠の家に飼われている。名無しの猫が心理的に落ちんだ時にミケ子と話すと気分が回復する。

珍野苦沙味(ちんの・くしゃみ)
名無しの猫の家の主人。中学(旧制)の英語教師。直情型で胃が弱く、あばた面を気にしている。基本不機嫌だが、あれこれの人物がやたらと遊びにくるところを見ると、皆から好かれているわけだが、その理由は、なかなか見えてこない。

珍野夫人
苦沙味先生の細君。無学なところを苦沙味先生から馬鹿にされて、キレたりしつつも家を切り盛りすべく頑張っている。女の子ばかり3人産んでいる。

おさん
珍野家の下女。清(きよ)という名が与えられているが、おさんという役割名で出てくることが圧倒的に多い。「おさん」は、おさんどんのおさんで、下女という仕事をする人の一般的な呼称。顔が膨れているという描写があった。

とん子
珍野家第一子で長女。小学校の低学年。めん子の面倒をみたりする長女体質がもう発現していて微笑ましい。

すん子
学齢前。母親を真似て白粉を顔に塗りたくるような年頃。とん子の真似やセリフを復唱をする、いわゆる中間っ子。

めん子
まだ赤ん坊を脱したばかりで(数えで3歳)、ご飯ひとつ食べるのも大騒動。とん子からは「坊(ぼう)やちゃん」と呼ばれるが、めん子は自分のことをそうは呼べず、「坊(ぼう)ば」という。

雪江(ゆきえ)
苦沙味先生の姪。生意気盛りの女学生。なかなか鼻っ柱が強く、苦沙味先生にやり込められることが多い。物語の後半に突如現れる。

迷亭(めいてい)
美学者。苦沙味先生とはかつて学友だった。のべつまくなく、冗談を言っている。ホラ話もめちゃくちゃ多い。想像上の人物としか思えないキテレツさである。漱石自身はモデルの人物がいることを否定しているが、漱石夫人は漱石その人の別の側面が迷亭そのものでもあるので、漱石の半面がモデルではないかというふうなことを書き残しているらしい。

水島寒月(みずしま・かんげつ)
奇人変人田舎者ばかりの登場人物の中で、一番まともに見える人物だったのだが……。
苦沙味先生の教え子だった人物で、物語の現在時点では、理科大学(現在の東大理学部)の大学院生(研究者)。将来有望な物理学者。博士論文を書こうと実験漬けの日々。ヴァイオリンを独学で学び、そこそこ弾く。高知の田舎出身。

越智東風(おち・とうふう)
詩人。新体詩を書く。寒月の友人だから、世代としては若い。皆は東風を「とうふう」と訓むが、本人は「こち」のつもりらしい。「おちこち」と訓ませたいようだが、誰もそうは訓まない。美的感受性が強いのか、あれこれ感心する素直なタイプ。

八木独仙(やぎ・どくせん)
哲学者風の人。この人も苦沙味先生の同窓生だから、世代的には30代半ばか。苦沙味先生を凹ませる哲学的言説を吐く。物語の終わりの方で登場し、最後の方ではそこそこの存在感を示す。

金田鼻子(かねだ・はなこ)
苦沙味邸(借家だが)のそば、向こう横丁の羽ぶりの良い実業家の妻女。異様に鼻が大きく、名無しの猫が鼻子と命名した。娘の縁談に必死になっている。

金田
鼻子の亭主。相当な実業家。金持ちである。

金田富子(かねだ・とみこ)
金田家の令嬢。鼻子が寒月とくっつけようとしている。なかなか鼻っ柱が強く、結婚した亭主は大変そう。

鈴木藤十郎(すずき・とうじゅうろう)
金田の家に出入りする実業家。苦沙味先生とは学生時代の友人。寮だったか下宿だったか、苦沙味と一緒にくらしていた時期がある。

多々良三平(たたら・さんぺい)
珍野邸の元書生。現在は六つ井物産勤務。郷里の訛りが取れないで、唐津の方の言葉で話す設定だが、正しい唐津方言のようには見えない。これは三平のせいではなく、漱石もしくは「ホトトギス」編集者の責任か。都会人のように心理戦をやらず、朴訥でよい青年。

迷亭の叔父さん
現在は静岡に住んでいるが、若い頃は東京で過ごした。えらく時代がかった人物だが、好人物である。

泥棒
なかなかイケメンの泥棒。珍野家に忍び込み、三平の唐津土産の山芋を盗む。名無しの猫は一部始終を目撃している。

巡査
苦沙味先生が盗難にあったのを被害届として出そうとして対応してくれる。実業家などは悪様にいう苦沙味なのだが、警察官には従順。

甘木(あまき)
苦沙味先生の。かかりつけ医。催眠術ができるというので、苦沙味先生がかけてくれと頼んだところ……。甘木は、「某」を分解した文字なので、名前を考えるのがめんどくさくなったと思われる。

古井武右衛門(ふるいぶえもん)
頭の大きな中学生。苦沙味先生の現在の教え子。同級生とともに金田富子に偽のラブレターを送るというようなイタズラをする。

倫理の先生
珍野邸に隣接する私立中学校落雲館の先生。生徒の間で野球が流行って、狭い校庭で野球をするものだから、日に何度もボールが飛んでくる。生徒たちはことわりなしに珍野邸の敷地に侵入し、「もっと右」「もっと左」などと大騒ぎながらボールを探して、見つかるとそのまま、垣根から戻っていくので、気難しい苦沙味先生は大激怒している。「せめてちゃんと挨拶して、表から庭に回って探しに入れ」とたいそう怒っていた。そんなおり、苦沙味先生に生徒たちの非礼を詫びに来た先生。なかなかの教育者。

    *    *

本作の冒頭は非常に有名で以下のごとき起こしになっている。

 吾輩は猫である。名前はまだ無い。
 どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは書生という人間中で一番獰悪な種族であったそうだ。この書生というのは時々我々を捕つかまえて煮にて食うという話である。しかしその当時は何という考もなかったから別段恐しいとも思わなかった。ただ彼の掌てのひらに載せられてスーと持ち上げられた時何だかフワフワした感じがあったばかりである。掌の上で少し落ちついて書生の顔を見たのがいわゆる人間というものの見始みであろう。この時妙なものだと思った感じが今でも残っている。第一毛をもって装飾されべきはずの顔がつるつるしてまるで薬缶だ。その後猫にもだいぶ逢ったがこんな片輪には一度も出会(でくわ)した事がない。のみならず顔の真中があまりに突起している。そうしてその穴の中から時々ぷうぷうと煙けむりを吹く。どうも咽(むせ)ぽくて実に弱った。これが人間の飲む煙草たばこというものである事はようやくこの頃知った。

書き手の稚気、茶目っ気、悪戯心、ユーモアなどが溢れんばかりの文章である。リズムもいい。読み手はワクワクせざるを得ない。この文章の書き手が、胃を患った神経症の癇癪持ちのDV男であるということなど思いもよらない。逆に、東京帝国大学の前身の帝国大学を優秀な成績で出て、国費で英国留学を果た(すも、本人は留学は嫌々だった)し、やがて東京帝国大学で日本人として英文学を講ずる嚆矢となるスーパーエリートであることも、この冒頭のはしゃぎっぷりからは類推できない。

文学作品において冒頭は非常に重要で、その作品の世界の空気・調子のようなものを決定してしまう。本作はこの冒頭によって、全編ユーモアと諧謔と衒学趣味を漲らせるべくの宿命を背負い、作者はその枷の中で筆を走らせ続けることになった。

『吾輩は猫である』(以下『猫』)は、俳句雑誌「ホトトギス」に1905年(明治38年)1月から翌1906年(明治39年)8月まで連載され、単行本として刊行されたのは、上巻が1905年10月刊、中巻は1906年11月刊、下巻は1907年5月刊である。

中身は、全部で11話で、高等遊民的な学者達が集まって、高踏的な冗談や思索をあれこれいう、さほど流れがあるものではないが、それでも多少は流れがある。

実は寒月君が裏主人公なのである。

若くして理科大学(後の東京帝国大学理学部)の教官となっているのだけら、スーパーエリートである。物理学者である。博士の学位を取るべく、研究室にこもって実験している。忙しい日々を過ごしている割には、やたらと苦沙味邸にやってくる。
この若き物理学者の将来を見込んだのが金田富子の母、鼻子である。寒月君の人となりの調査に、鼻子は苦沙味邸にやってきて、寒月君の人品骨柄を聞きまくる。そのさもしい感じに苦沙味先生も同席していた迷亭も不快感を感じ、鼻子を追い返す。鼻子は寒月君の情報は得られなかったのだが、自分を愚弄した苦沙味について憎しみを抱く。鼻子の亭主の金田は、実業界で名をなしている。あちこちのエリートビジネスマンが金田の元を訪れる。そんな中に、鈴木藤十郎がいた。鈴木は、鼻子から、「寒月の学位取りの進捗を聞き出せ。人となりも聞き出せ。富子と一緒になるには、学位が必要だが(それくらいないと釣り合わない)、博士号を得たとしても、無条件で富子が寒月を受け入れるかどうかはわからんが」という方向で、苦沙味宅に乗り込み、寒月の様子を探ってこいと言われる。

一方、中学生の男子の間でも金田富子の傲慢な様子は広がっていて、からかうのに偽のラブレターを送りつけてよろんでいた。

話は前後するが、多々良青年は、かつて珍野家の書生だったので時々手土産などを持ってきて訪れる。彼が唐津の土産に持ってきた山芋だが、立派な木箱に入っていて、なぜか珍野夫人の枕元に大事そうに置かれてたので、貴重品と間違われて、忍び込んだ泥棒に盗られている。呑気な田舎者だが、やり手の商社マンでもある。あちこち飛び回っている。

我が娘(金田富子)を寒月に娶せようという金田の策略に対して、寒月君は無手勝流で呑気なものである。

ある時、寒月君は短期間なのだが田舎に帰ってしまう。そして、彼が帰ってくると、状況が一変していて……というところがストーリー上の本作のハイライトか。

ストーリー的な盛り上がりは寒月君をめぐる嫁取り物語だが、雑学衒学の方では、本作の最後の方で八木独仙がぶつ、ニーチェ論である。鴎外もドイツ留学中に『悲劇の誕生』のディオニソス的、アポロ的というニーチェの二項対立の概念(ざっくり陰陽に対応するものだ)について、無批判に援用し、自分の性格の限界をそれで言い当てているが、漱石先生となるとまったく反応が違う。ニーチェ何するものぞ、である。以下、少し長くなるが、独仙先生のニーチェ論を挙げておく。

「曲覚的かも知れないが」と今度は独仙君が口を出す。「とにかく人間に個性の自由を許せば許すほど御互の間が窮屈になるに相違ないよ。ニーチェが超人なんか担かつぎ出すのも全くこの窮屈のやりどころがなくなって仕方なしにあんな哲学に変形したものだね。ちょっと見るとあれがあの男の理想のように見えるが、ありゃ理想じゃない、不平さ。個性の発展した十九世紀にすくんで、隣りの人には心置なく滅多めったに寝返りも打てないから、大将少しやけになってあんな乱暴をかき散らしたのだね。あれを読むと壮快と云うよりむしろ気の毒になる。あの声は勇猛精進の声じゃない、どうしても怨恨痛憤の音だ。それもそのはずさ昔は一人えらい人があれば天下翕然(きゅうぜん)としてその旗下にあつまるのだから、愉快なものさ。こんな愉快が事実に出てくれば何もニーチェ見たように筆と紙の力でこれを書物の上にあらわす必要がない。だからホーマーでもチェヴィ・チェーズでも同じく超人的な性格を写しても感じがまるで違うからね。陽気ださ。愉快にかいてある。愉快な事実があって、この愉快な事実を紙に写しかえたのだから、苦味はないはずだ。ニーチェの時代はそうは行かないよ。英雄なんか一人も出やしない。出たって誰も英雄と立てやしない。昔は孔子がたった一人だったから、孔子も幅を利きかしたのだが、今は孔子が幾人もいる。ことによると天下がことごとく孔子かも知れない。だからおれは孔子だよと威張っても圧しが利かない。利かないから不平だ。不平だから超人などを書物の上だけで振り廻すのさ。吾人は自由を欲して自由を得た。自由を得た結果不自由を感じて困っている。それだから西洋の文明などはちょっといいようでもつまり駄目なものさ。これに反して東洋じゃ昔しから心の修行をした。その方が正しいのさ。見給え個性発展の結果みんな神経衰弱を起して、始末がつかなくなった時、王者(おうしゃ)の民(たみ)蕩々たりと云う句の価値を始めて発見するから。無為にして化かすと云う語の馬鹿に出来ない事を悟るから。しかし悟ったってその時はもうしようがない。アルコール中毒に罹かかって、ああ酒を飲まなければよかったと考えるようなものさ」

鴎外の西洋ありがたしの感はまるでない。これが漱石なのである。英文学を学んで少しも東洋負けておらずの気概である。そして、皆が、政府が無批判にありがたがっている近代の陥穽を皮膚感覚で見抜いている。

わたくし的には『猫』のハイライトはここではないか、と思っている。

公孫龍 巻二 登場人物表
    (アラビア数字は文庫版の頁数です)


主父 前の趙王(武霊王)。
公孫龍 燕を本拠地とする商人。正体は周の王子稜。
10
恵文王 趙何。現在(巻二の時点)の趙王。即位前は公子何。安陽君は兄、東武君は弟。
肥義 趙の宰相。
高信期 肥義の側近。
周蒙 趙の重臣周袑の佐官。
東武君 趙勝。安陽君・恵文王の弟。領地が下賜される前は公子勝。
安陽君 趙章。主父の第一子。恵文王・東武君の兄。代の領主。
12
田不礼 安陽君の相。元は公子章の傅相。
14
棠克 周の重臣、召公祥の臣だったが、召公祥亡き後、公孫龍の直臣に。
18
嘉玄 召公祥の家臣だったが、召公祥亡き後、公孫龍の直臣に。神出鬼没の術をあやつる。
20
子瑞 召公祥の子。召公祥誅殺の騒動から行方が分からない。
23
赧王 周の王。公孫龍(王子稜)の父。
28
洋真 召公祥の家臣だったが、召公祥亡き後、公孫龍の直臣に。嘉玄と同様の術を使う。
29
童凛 公孫龍の側近。
34
郭隗 燕の名士。時折燕王が教えを請いに来る。「先づ隗より始めよ」の故事で著名な学者。公孫龍も師事する。
37
石笮 主父の側近。
38
湛仁 主父に使える趙の家臣。
華記 主父に使える趙の家臣。
46
呉広  恵文王(趙何)の側に従う臣。恵文王の生母孟姚の父。恵文王の外祖父。
孟姚 恵文王(趙何)の生母。
47
仙英 旧名渠杉。燕王に仕えるようになって名を変えた。妹は趙の王妃孟姚暗殺未遂事件の罪をかぶせられて処罰された。
54
白海 剣の達人。公孫龍の剣術の師であり、配下でもある。
59
草奇 田不礼の謀臣。
73
万葎 田不礼の側近。
77
公子成 主父の父(粛侯)の弟。
82
李兌 恵文王の重臣。優れた才覚の持ち主。
87
趙粱 趙の将士の一人。慎み深く賢明。
92
李巧 主父の麾下、中山国攻めを主導した武将李疵の子。主父の密命を受けて動く。
122
碏立 公孫龍の腹心。燕出身の力士。
138
復生 旧名発県。趙の臣であったが、離脱して白海に師事し、剣の奥義に達した。
142
鵬由 趙の富商。
雲常 趙の有力な商人。父雲遠は主父の祖父にあたる成侯に仕えていた。
佗住 雲常の家宰。
146
鵬艾 鵬由の子。
伊泙 鵬由の家宰。
166
牙荅 公孫龍の腹心。元は王子稜の傅育係。
仙泰 仙英(渠杉)の一族の青年。
171
昭王 燕の王。
呂飛 燕の昭王の腹心。王宮での実力者。
172
安平君 趙の宰相。旧名公子成。
173
孟嘗君 斉の威王の弟の子。食客数千人を抱え、用兵も自在で、韓や魏の懇請に応じて援軍を出し、楚を撃破。韓や魏に楚の領地を与えるも自身は何も取らず、世の喝采を浴びる。秦の相となる。
182
光霍 燕に住む富商。
故笛 光霍の妻。
183
小丰 胡笛の妹。
184
旭放 燕の富商。
185
房以 旭放の大男の使用人。
楽毅 元は中山の武将だったが、魏王の使者となっている。
200
劉公 周の大臣。
213
司馬梁 元中山王の臣下。楽毅の下で一隊を預かった武将。
232
芷冗 趙の富商。
236
狛 代の西に勢力を持つ楼煩という狩猟民族の弓の名人。
237
遠有 芷冗の家宰。
238
杜芳 燕の公孫家の財務を管理している。
 府尹 趙の邯鄲の府の長官 ※人名ではないように思われる。
秋円 斉の臨淄の豪商。
242
巴朗 棠克の臣。
244
湣王 斉の王。
254
田甲 斉の湣王の臣。
呂礼 秦から斉に亡命し、湣王に重用された斉の臣。
287
玉蘭 子瑞の生母。

289
馮諼 孟嘗君の臣。

公孫龍 巻一 登場人物表  

本に人物表がついてないので、これから読まれる方の参考になれば幸いです。

王子稜 周の王子。生母は季姞。物語の冒頭時点で18歳。
童凛  王子稜の従僕。物語の冒頭時点で15歳。後に投石投斧の術を身に付ける。
肥   周の寺人(後の宦官)。刑余の官吏。陳妃の側近。
陳妃  周の赧王の夫人。
赧王  周の王。王子稜の父。
召公祥 周の赧王に使える大夫。王子稜を燕に届ける任務を負う。
棠克  召公祥の臣。
白海  剣の達人。王子稜の剣術の師。
牙荅  王子稜の傅育係。
碏立  燕から季姞に随行してきた力士。
毘剛  燕に赴く王子稜を護衛する兵団の長。
周袑  趙の公子の傅相。趙の誇る勇将で武霊王より趙氏を授かり、趙袑とも呼ばれる。
公孫龍 周の王子稜の変名。
周蒙  周袑の佐官。抜きんでた智謀の冴えをみせる。
武霊王 趙の王。
公子章 武霊王の長男。生母は韓の公女で、武霊王の后となった。
公子何 武霊王の次男。公孫龍と出会った時点で11歳。生母は武霊王お臣下の女の孟姚(後に恵后)。
公子勝 武霊王の三男。生母は公子章の母とも公子何の母とも異なる。
田不礼 公子章の傅相。
洋真  召公祥の家臣。趙の都邯鄲の市井に済み、公孫龍の財産を守る役目に着く。
杜芳  召公祥の家臣。趙の都邯鄲の市井に済み、公孫龍の財産を守る役目に着く。
嘉玄  召公祥の家臣。神出鬼没の術をあやつる。
杠季  趙の宮殿の館人の長。
肥義  趙の宰相。
発県  肥義配下の属吏。剣の遣い手。
草奇  田不礼の謀臣。
万葎  田不礼の家宰。
渠杉  山賊の体で二公子暗殺に動いた一族の長。
鵬由  趙の富商。
呉広  公子何の側に従う臣。公子何の生母孟姚の父。公子何の外祖父。
復生  発県の新しい名。
郭隗  燕の名士。時折燕が教えを請いに来る。「先づ隗より始めよ」の故事で著名な学者。
主父  武霊王の退位後の呼称。
孟嘗君 斉の威王の弟の子。食客数千人を抱え、用兵も自在で、韓や魏の懇請に応じて援軍を出し、楚を撃破。韓や魏に楚の領地を与えるも自身は何も取らず、世の喝采を浴びる。秦の相となる。
楼緩  主父の謀臣。秦に入り、秦王を輔弼する。
昭王  燕の王。妹が周の赧王の后の季姞。王子稜(公孫龍)とは伯父甥の関係。
光霍  燕に住む富商。
胡笛  燕に住む富商光霍の妻。
旭放  燕の王室に唯一出入りできる富商。
呂飛  燕の昭王の腹心。王宮での実力者。
小丰  胡笛の妹。
房以  旭放の使用人。裏仕事を受け持つ。
湛仁  主父に使える趙の家臣。
華記  主父に使える趙の家臣。
王賁  主父の謀臣。楚に入っている。
富丁  主父の謀臣。魏に入っている。
趙爵  主父の謀臣。斉に入っている。
仇液  主父の謀臣。韓に入っている。
李疵  主父の重臣。武人。
楽毅  中山国の武将。
懐王  楚の王。秦の昭襄王の姦計に遭って秦に抑留された。
安陽君 趙の主父により公子章が代の地を授けられ、与えられた称号。
恵文王 趙の武霊王が退位して主父となり、公子何が次の王位についた。
東武君 公子勝が東武の地を授けられて以降の称号。恵文王を補佐する。
仙英  渠杉が燕王に仕えるようになってからの名。
子瑞  召公祥の子。
昭王  魏の襄王の子で次の魏王。














 

安俊暉(あん・としあき)
灯心草

詩人がキリスト者であり哲学徒であった20代前半の書付をあつめたもの。
詩ではないが詩の様な割付である。
書かれている内容は、福音書的であり、倫理的である。内容的には遠いがヴィトゲンシュタインの論理哲学論考を思わせる切れ味がある。敬虔なキリスト者で倫理を考えたカントの姿が浮かび上がる。
自らへの戒めや理想が短い言葉で重ねられる。そこに若者の毅然とした厳しさがある。
志が枯れてきた中高年には、リゲインやユンケルより効くだろう。

伝奇小説というのは、一定の事実を取り入れつつ、そこ以外については、大胆な発想で大ウソをついて物語を展開するタイプの小説です。

織田信長が実は女だったら……。
甲賀忍者と伊賀忍者がありえない術を持っていて殺し合いしたとしたら……。
天皇家の遺伝子を受け継いだ青年が宮本武蔵の興した二天一流の奥義のことごとくをその弟子から授けられ、江戸に出て、吉原の用心棒となり、幕府の犬、裏柳生の暗殺軍団と対決するとしたら……。
死人を生き返らせる術があって、宮本武蔵を生き返らせて、柳生十兵衛と戦わせたら……。
将軍家兵法指南で大目付の柳生家が隠密部隊を抱えていて、公儀の命で諸藩の動向を常に睨んでいて、怪しい藩は、その動かぬ証拠をつかんで、幕府が改易や国替えを命じることの根拠になるよう動く……という架空の設定で、柳生但馬守、十兵衛父子の対立を描くと……。
柴田錬三郎、五味康祐、山田風太郎、隆慶一郎、宮本昌孝、和田竜などなどですね。
伝奇小説を楽しむには、歴史の知識が前提となります。
 
逆に歴史的に妥当っぽい方向で小説が書かれている、そういう小説を歴史小説といいます。
もちろん、正確に歴史など再現できるわけはありませんから、細かなつなぎ目には想像を働かさずを得ませんが、史実として語られていることはちゃんと小説に生かすわけです。山岡荘八、海音寺潮五郎、津本陽、安部龍太郎などが一般的な歴史的事実を踏まえて書く作家です。基本線の勉強になります。それぞれに大胆な仮説を設定に加えたりはしていますが、それほど荒唐無稽な補助線ではないので、吉川英治や山本周五郎や司馬遼太郎や宮城谷昌光などの超大御所もこちらに入れていいかもしれません。
 
その一般的にいわれてきた歴史を少しいじったらどういう物語が立ち上がるか、伝奇小説(伝奇時代小説)は、そこを楽しむものです。
そのためには、基本の歴史を知っておかねばなりません。そして、その歴史のどこをいじれば大胆なパラレルワールドが立ち上がってくるのか、そのツボを見極めるのがひとつの楽しみになります。
 
南條範夫『大名廃絶録』は、巻末に改易大名や大幅減封大名を列挙した資料があって、伝奇的妄想に遊べるのです。こういうものこそ、蔵書とするにたる名著というべきものなのだろうと思うのです。

 

法学部というのは法律の条文を覚えたり、政党史を覚えたりで、考えることなど何もないのだろうと、完全に馬鹿にしきっていた。もちろん、誤解に満ちた唾棄すべき浅薄な法学部観である。

哲学的諸問題や芸術上の諸問題や宗教の構造など、文学部が相手にする問いは難解で、本質的で、魅力に満ちたものだと思っていた。この文学部観は概ね正しいように思う。

 

社会で働くようになった私に決定的に欠けたものは、経済学方面の知識だった。

マル経はポストモダン周りの思想を触ってきたのでなんとなくイメージはあった。

壊滅的に無知だったのが近代経済学だった。

 

哲学方面でそうしたように、経済学でも名のある先生の新書に手を出した。

それが世界の森嶋通夫の『思想としての近代経済学』だった。

 

名著感はぷんぷんしたが、いまいちよくわからなかった。

 

そこで大学1・2年生が習う、ミクロ経済学、マクロ経済学、経済数学の入門系の基本図書で頭から勉強し始めた。

基礎を押さえたら、学部生が読む教科書のたぐいに進み、経済学系の新書をたくさん読んだ。

 

乗数理論、比較優位の原則、スルツキー方程式、統計学、経済数学、ゲーム理論、マネタリストの思想、公共投資が成立する条件、

調子に乗って修士課程の院生がトライするような問題集まで手を出した。

 

そこで一転して、資本論を読んだ。マル経をちゃんと知っておこうと思ったのだ。

自分なりに資本論の瑕疵や脆弱な基盤を理解した上で、マル経の経済学者の概説書やマル経系リベラルの政治思想学者の本にも手を出すようにした。

 

そして、森嶋通夫の『思想としての近代経済学』に戻ってきたのだった。

長い旅だった。5年位経っていた。

 

ああ森嶋通夫という人はさすがにクレバーな人だなと得心がいった。

で、本質的にはマル経的方向にシンパシーのある、近代経済学者だと思った。

マル経的方向にシンパシーがあるというのは、誹謗でも中傷でもない。いい意味で「若い」ということだ。

希望を見ようとしているということだ。

経済学の原則は、自由か統制かの対立軸しかない。言い換えれば、放っておくか介入するか。

自由にさせておけばいいというのが新古典主義の考え方で、マネタリストの信条である。米政党でいえば共和党である。

統制したり介入したりというのは、大きな政府の考え方であり、ケインジアンの立場である。米政党でいえば民主党である。

政府が小さくなると経済活動は元気になるが、一人ひとり自己責任で生きていかねばならない。

政府が大きくなると税金は高くなるが、老後や病者の社会保障が手厚くなる。

 

森嶋理論はそれぞれのいいとこ取りをしようというもので、上を向いた目線が潑剌と「若い」のだった。

もちろん、良書であり、名著であった。

 

 

ある出版社に入って、純文学周りの仕事(雑誌掲載のために原稿をいただくとか、それらが溜まってきて単行本にするとか、それが時機を得て、文庫にするとか)をやっておりました。

あるとき、その会社で、批評雑誌を季刊で受け持つことになりました。その批評雑誌の編集も兼務せよとお達しがあり、兼務で雑誌二誌、合間に単行本と文庫を作るという、大忙しな感じになったのでした。

 

当時は、ポストモダンの嵐が吹き荒れていました。構造主義、ポスト構造主義です。スキゾ、キッズです。エクリチュールとかノマドとかシニフィアンとかディコンストラクションです。

 

概要を知るにもどこから手を付ければいいのか、訳が分かりません。

入門書やガイド本や交通整理本もたくさん出ましたが、いくら読んでもまったく整理できません。

 

ひとつひとつ概要を押さえていくしかないと腹をくくるしかありません。

近代からいきましょう。人名がそのまま書名になっているような新書、入門書のたぐいを複数読んでその思想家の概要を自分なりにイメージするようにしたのです。

 

マルクスが神は死んだと宣言します。

フロイトも無意識の領域を設定して神を追い出しにかかります。

ニーチェもそうです。神というつっかえ棒を捨てて自分で立つことを謳います。超人です。

 

なんだかよく分からんことがあっても、みんな神の思し召しとかお怒りとかいっとけばよかった時代から、自分たちで考えないといけない時代になってしまいます。近代です。

国民国家、論理、科学、合理性、建設的、自由、平等、立身出世、身分制度の破壊……。折からの産業革命と相まって、素晴らしい時代がやってきたはずなのに。公害や長時間労働による労働者の貧困と病苦、農村の過疎化、富国強兵、植民地経営……。非常に人間的でない状況が続きます。マルクスなどは、資本主義というものがわるいのではないかと考えます。

やがてこの近代はという時代は、戦争をたぐり寄せます。戦争と植民地経営は裏表の関係です。どちらも近代がもたらしたものです。自国の繁栄のためにはコロニーが犠牲になることは倫理的に問題がないという人間疎外の発想、これが近代の正体だったのでしょう。やがて近代は、ドイツにおけるユダヤ人差別や米国における文化享楽主義に行き着きます。

 

ここから、文系学問の諸陣営は、「近代」を共通の敵として知恵を絞り始めます。ポストモダンの波です。

 

<哲学>

存在や認識の問題はつねに神の問題でありました。神が万物を作り給うた以上、そこにものがあるのは神の問題にならざるを得ない。

しかし、神なきあとは人間が存在や認識の根拠になってもいいわけです。こうして実存主義が勃興しました。サルトルやハイデガーです。キリスト教的神を乗り越える哲学的作業です。しかし、この人間中心に認識や存在の根拠が戻るだけでよいのか。という問いはすぐに浮上します。

人間なんて曖昧なところに認識の根拠を置いていいのか。

<文化人類学>

人類学というのは、いろんな人間がおります。いろんな生活がありますというものですが、欧米の文明を頂点としたヒエラルキーのなかで語られてきました。それがレヴィ=ストロースによって誤解であったことが証明されます。英仏の文化的な生活と南洋の島の小さな民族の焼き畑農業の生活も、それぞれに最適化しただけであって、上下など付けられないのではないか。そもそも進化ってなんの進化なのか。近代の絶対主義に死刑の宣告をしたようなものです。構造主義の誕生です。

<言語学>

言語をよくよく分析的に考えてみたら、指し示された事柄と音にわかれるやん。その結びつきは任意やん。ここに神などおらんやん。あるのは構造だけやん。ソシュールが発見してしまうわけです。チョムスキーは生成文法とか言って屋上屋を重ねる迷妄に突き進みますがそれはご愛敬。

 

あっちこっちで神が死に、かといって人間が出しゃばっても違うなー、という感覚が起こってきます。これがポストモダンなのではないかと思うのです。

 

ひとつひとつ歴史的名著それぞれを繙いていく時間はありません。

いつかの牛理論です。野菜は牛が食ってくれている(から、私は牛だけを食えばいい)、というヤツです。

原典を読んでくれている人がわかりやすく書いてくれた入門書・啓蒙書を読めば、サラリーマンとしてはまあ充分でしょう。

 

ギリシャ哲学もカントもデカルトもヘーゲルもハイデガーもそういうので読むわけです。

そんな中の一冊に、『ソシュールのすべて』があったのです。

本当に難解なソシュールの『一般言語学講義』をかみ砕いた入門書は山と刊行されていますが、町田先生のこの本がいちばんわかりやすいと言い切ってよいように思います。それくらいたくさん読みましたし、それぞれピンときませんでした。そんな中で大胆な捨象を踏まえつつ、非常にわかりやすく、毀誉褒貶を覚悟して書いているように思えます。覚悟の一冊です。本書からはじめて、いくつかソシュール啓蒙本を読めば、そうとう見えてくるように思えます。そういう最初の一冊に格好な入門書です。