最初で最後なのに、和やかに、会は進んだ。彼女たちは、私の分を出してくださったばかりか、お土産まで気遣ってくださった。私も、日本茶と茶菓子と茶素麺をセットにして、お礼として持ち帰って頂いた。お礼の言葉に加えて、食べるラー油2種は、近隣の大手スーパーで、普通に購入したものなので、金額的な心配はないが、お一人に1個ずつで、ごめんなさいと 話した。

私の隣で、したたかに呑んでいた支配人は、今日の分の取り纏めをしなければと、店に戻った。閉店まであと2週間というのに、異動先の内示はまだなかった。心置きなく呑めるのは、何時になるのか、素面の私は心配するしかなかった。

その翌日から最終日まで、顔を出すと、「予約席」に導かれた。レジに立つと、1番目が届く位置だった。
ディナータイムのスタッフの、自発的厚意…らしい。
知り合いの子との話から、瞬く間に私の職業がバレて、スタッフの誰もが少々たじろいだらしいが、いつの間にか、スタッフのほうが早上がりするときなど、食事をしている私に、ごく自然に挨拶をしてから帰るので、周囲の客が怪訝そうな眼差しを向けて来ることもあった。

会計時の立ち話などから、誕生日プレゼントをしたり、主任と一緒にラスト(洗い物と翌日の仕込みの一部)まで残る顔触れに、小腹にたまりそうな食べ物をちょっと持たせるなど、仕事ぶりを労(ねぎら)うこともちょくちょくあった。

支配人は随分謙遜したが、私は自分なりに、スタッフたちのおかげで一人でも何も臆することなく、いつ来ても気持ち良く食事を摂れる環境に感謝している気持ちを顕しているに過ぎない、無理のない範囲でしている事なので、許してほしいと話した。それは取りも直さず、支配人の指導が行き届いている何よりの証で、貴方(支配人)を始め、この人々に巡り逢えた事を、幸せに,まさに文字通り、“有り難い”ことだと思う、得難い体験をさせて貰ったと感謝している、と伝えた。

タペストリを貸し出した直後、それまで4日ほど連続で食事に通っていたが、ちょっと他のジャンルに寄り道をした…その3日目の昼間、店から私の携帯に、メールが届いた。

ランチタイムのスタッフさんたちとの食事会の日が決まったことと、タペストリを飾ったので、見に来てほしい、そのほか、直接知らせたいこともあるので、店に寄って欲しい、と書いて来た。


いつものように、退勤後、母の入所先で介護をしてから、店に向かった。

店内は、タペのほかに、硝子1枚分のすだれの上に、「ひょっとこ」や「おかめ」のお面、「祭」の字が染め抜かれた団扇、造花の朝顔などを適宜配したものが、所々にしつらえてあった。パァッと、華やかさが増したように感じた。


だが、何となく、支配人やスタッフの表情が、ぎこちない。“顔で笑って、心で泣いて…”しんどいことを我慢しているふうなのだ。

若干、早めに食べ終えてレジに向かった。
支配人から、重い言葉が発せられた。


「スタッフ全員には、もう、すでに伝えたことなのだけれど、8月19日で閉店することになりました。これまで、いろいろとお世話になりました。」

これが、8月3日のことだった。

飾り付けも済ませ、明日から8月という晩に、本社から残酷な知らせがもたらされた。後釜で入りたいテナントが急遽現れ、改装の日程もあらかたの見通しが着いているようなので、19日で閉店の話になった、と。



8月4日のブログに話が回帰する。

毎日来てほしい,最終日にもいてほしい、と。

ランチタイムのスタッフさんたちとの会食は、5日の夕刻だった。開始時刻からかなり遅れて、紅一点ならぬ黒一点、支配人も合流した。
本来の仕事に加えて、閉店に伴う事務的連絡が、3方向(本社,店舗スペースの大家である、この大手スーパー,次期出店の会社)あり、立場による重圧が疲労の色を濃くさせていた。
支配人は私の隣に座るなり、スタッフさんたちにその後の進捗を話し出した。次期出店の店長と話をし、現スタッフの中で、その店に勤務を希望する人を、優先的に採ってくれるよう、頼んできた、とのこと。彼女たちは、今回閉店するこの店の前の時からの“居抜き”でもあった。が閉店に際して、ランチタイムの常連客と肩を抱いて泣く思いをしたのは、生まれて初めてだとも話してくれた。
実のところ、支配人と主任は、3月の末ごろから、「売り上げが回復せず、他に入りたいテナントが出て来たら閉店は止むなし」と本社に引導を渡されていたそうだ。

今、振り返って言えることだが、閉店を伝えはじめたあたりは、本社側は店の努力不足的に捉えていたようだ。が、何度か視察に来ても、接客や店舗の管理に落ち度は無い。
ならば、と客層や駅周辺など市場調査をしてみたところ、前記(遡る話ⅡとかⅢ)の現状が、命中したパイ投げみたいに飛び込んできたのだった。


そんなこととは露知らず、私は相変わらずのペースで店に通っていた。

人の目には、見慣れて飽きるものと飽きないものがある。
店内に数枚、野菜のモノクロ写真がパネルになって掛かっていた。開店当初から変わらないとのこと。季節感を味わう筆頭品目ゆえ、カラーでみずみずしさをアピールするならともかく、モノクロ撮影のコンセプトを尋ねても、「本社の意向で、こういう装飾でと指定されている。」と言われ、納得できる回答にはなっていなかった。
せっかく、新鮮な野菜を鍋で味わっても、食べている合間に目にする野菜の写真がモノクロというのは、食べたい気持ちが萎える!と申し立てた。

自分ならこんな感じのことをやってみるが…、と考えるところがあったので、私は、仕事場を装飾しているタペストリを5枚ほど選んで貸し出した。
和手ぬぐいや、縮緬(ちりめん)の風呂敷に、季節の風物が描かれたものだ。花火,向日葵,七夕,打ち上げ花火を見上げるトトロ。
それらを束ねて、支配人は本社へ相談に行った。ファミリー志向で設定した店舗なので、少しは、季節感を出してみたい…と。
すでに夏休みも始まり、あと1,2日で8月という時で、すんなりとOKが出たようだった。

また、自分専用のおやつ袋だけでなく、売れ筋№1,№2の「食べる辣油」まで差し入れて貰ったことに大感激したランチタイムのスタッフさんたちが、ささやかながら、会食を、と、支配人を通じて都合を尋ねてきた。

私自身の都合より、皆さんや支配人が無理ではないところでお任せします、と答えた。