幼稚園の年長の頃に住んでいた家の近くに、魚屋,八百屋,精肉屋と並んでいて、精肉屋ではメンチカツやコロッケ,ポテトサラダなども自家製で商っていた。
母と一緒に買い物に行った時、揚げ立てのメンチカツにソースをかけてくれたのを頬張った美味しさは、強烈な記憶になった。


“最終営業日”…あんなに長くなるとは、書き込んでいた私自身も予測できなかった。
ただ、あまりにも冗長な文になり、自分なりに結末まで早く展開したいのに、このもどかしさは何だろう?と考えてみた。

もっとつまびらかに記していたら、倍の長さになったと思う。

私は、意外と人の心の機微に疎かったりするので、彼(支配人)が「毎日来て欲しい」と言った本心を、未だに謀りかねている。ただ、多分、短い期限の中で、種々雑多な仕事に追われながらも、私が今までと同じ様に食事をする姿を見ているだけで、自分を取り戻せていたのかも知れない。

気が付いたら、私にとっては、掛け替えのない存在になっていた。
ランチタイムのスタッフさんたちとの会食をした翌週の初め、「閉店のお知らせ」が張り出された。

文面の最後は、この店舗名と支配人のフルネームが記されていた。
実質10日以上前から、閉店の挨拶文を会社名や店舗の責任者名と共に掲示…、これが本来の、挨拶としてあるべき、取るべき常識だ。が、近年はいきなり閉店し、工事中の壁面に会社名とフリーダイヤルの番号を書いただけの紙が貼られているケースがほとんどになってしまった。

「ひとつの店舗を任された者の名前を出す」ことの重責を、私は感じた。

リーダーとは?リーダーシップとは?リーダーを目指す者の努力や研鑽,
素質,人脈,…いろいろな断片が、私の頭の中を掻き回して行く。
普通なら、こういった事は考えないだろう。しかし、閉店の話が出るずっと前から、私の視野や思考回路に、そう、私は単に食事をしているに過ぎないのだが、支配人の立ち居振る舞いから、どんなことを段取りやプラスαとして考えながら動いているのか、見えてくるというか気配を感じるとでも言うのが近いのか、
何やら波長を受けることがちょくちょくあった。
会計の時に、フォローに近いような言葉をかけると、驚いた顔をしていた。



遡る話…そのⅠ で用意した物を、保冷剤と共にクーラーボックスに詰め込んで、母の介護を終わらせた足で店に向かった。

最終日ということで、スタッフ全員集合、ランチタイムに仕事をした人達は、家族と共に食事をしていた。
私も食事の合間に、みんなのテーブルに行って、挨拶をした。
支配人が、最後まで居てくれと引き留めの言葉をかけてきた。

もう閉店時刻だったので、それなりに挨拶をして帰ろうと腰をあげた矢先、スタッフさんたちの真ん中に引き出された。

支配人の手には花束があった。

「うちのスタッフからの、ささやかなお礼の気持ちです。お世話になりました。当店をご利用くださいまして、有難うございました。」
の言葉と同時に、私の手に、その花束が……!


「私こそ、いつも一人なので申し訳なく思いながらも、美味しく頂きました。客冥利に尽きます。突然で驚いている気持ちが先行しています。きちんとお返しすべき言葉が見当たりません。どうか、健康第一でお過ごしください。学生スタッフもいらしたので、進路を決めて貰って、春の再会を楽しみにさせてください。本当に、有難うございました。」

拍手に送られて、店を後にした。