タペストリを貸し出した直後、それまで4日ほど連続で食事に通っていたが、ちょっと他のジャンルに寄り道をした…その3日目の昼間、店から私の携帯に、メールが届いた。

ランチタイムのスタッフさんたちとの食事会の日が決まったことと、タペストリを飾ったので、見に来てほしい、そのほか、直接知らせたいこともあるので、店に寄って欲しい、と書いて来た。


いつものように、退勤後、母の入所先で介護をしてから、店に向かった。

店内は、タペのほかに、硝子1枚分のすだれの上に、「ひょっとこ」や「おかめ」のお面、「祭」の字が染め抜かれた団扇、造花の朝顔などを適宜配したものが、所々にしつらえてあった。パァッと、華やかさが増したように感じた。


だが、何となく、支配人やスタッフの表情が、ぎこちない。“顔で笑って、心で泣いて…”しんどいことを我慢しているふうなのだ。

若干、早めに食べ終えてレジに向かった。
支配人から、重い言葉が発せられた。


「スタッフ全員には、もう、すでに伝えたことなのだけれど、8月19日で閉店することになりました。これまで、いろいろとお世話になりました。」

これが、8月3日のことだった。

飾り付けも済ませ、明日から8月という晩に、本社から残酷な知らせがもたらされた。後釜で入りたいテナントが急遽現れ、改装の日程もあらかたの見通しが着いているようなので、19日で閉店の話になった、と。



8月4日のブログに話が回帰する。

毎日来てほしい,最終日にもいてほしい、と。

ランチタイムのスタッフさんたちとの会食は、5日の夕刻だった。開始時刻からかなり遅れて、紅一点ならぬ黒一点、支配人も合流した。
本来の仕事に加えて、閉店に伴う事務的連絡が、3方向(本社,店舗スペースの大家である、この大手スーパー,次期出店の会社)あり、立場による重圧が疲労の色を濃くさせていた。
支配人は私の隣に座るなり、スタッフさんたちにその後の進捗を話し出した。次期出店の店長と話をし、現スタッフの中で、その店に勤務を希望する人を、優先的に採ってくれるよう、頼んできた、とのこと。彼女たちは、今回閉店するこの店の前の時からの“居抜き”でもあった。が閉店に際して、ランチタイムの常連客と肩を抱いて泣く思いをしたのは、生まれて初めてだとも話してくれた。