僕は元町で育った。
神戸市中央区元町通り1丁目界隈は、現在もJRAを筆頭にパチンコ屋、エロDVD、サラ金屋、たちのみ屋などが連なっている街ではあるが、僕が少年時代をすごしていた頃は、そのワイ雑さにかけては今の比ではなかった。
なにしろ各国の船員は普通に歩いているし、その船員相手の外人バーはあちこちに点在していた。南京町はほとんどがジャリ道で水溜まりが出来たうえ、店には普通にハエ取り紙が吊るされていてハエがたくさんくっついていた。そして本通りには夜になると南京町側の角、角、角にポン引きのオバチャンが出没しているという状況だった。まだうぶな美少年だった僕は、このオバチャンが何をしているのかを知らず、平気でその前でキャッチボールをしていた。シャッターが閉まってもまだ電気がついている時間は与えられた遊び場所がなかった僕らの絶好のキャッチボールが出来るスペースなのだ。確かこぼれたボールをオバチャンに拾ってもらってた記憶がある。
そういえば現在の餃子の王将のある真向かいくらいに「ローズ」というバーがあって、ここは見るからにいかがわしい雰囲気だったのだが、夜になるといつも各国語の大声と女のキーキー声が響き渡っていた。そしてそこでは常にJBやアースといったファンクミュージックがガンガンと聴こえていた。まだうぶな美少年だった僕はその前を通るのが非常に怖かった。
しかし、ちょうど僕が大人になる直前、多分バース、掛布、岡田の3連発(打たれたのは槙原)が飛び出したくらいの年に南京町の再開発計画が持ち上がり、また急に実施された。船乗りが少なくなったから、とか日本初のエイズ患者が神戸で発生したからとか理由はさまざまだけれど、南京町の浄化と観光地化が最大の目的だと思う。
何にしろその影響でこの街のいかがわしいほとんどのものは一斉に消滅してしまった。ポン引きのオバチャンは当然姿を消し、外人バーも1店1店と閉店していったのだ。そして何の変哲もない普通の街へと変貌した。もうあれから25年くらいの歳月が流れている。
ところで、今回紹介するこのレコード。ジャケットに写るオッサンをよくみてほしい。黒づくめの衣装にサングラス、そいつが植え込みからちょっとだけ顔を出して少し微笑んでいる。どう見ても怪しい。
しかし僕はこのオッサンに間違いなく過去に会っているのだ。場所は元町駅西口の南、今でこそJRAなどと呼ばれているが、当時は場外馬券売り場で通じた。その辺に普通に座り込んでいるオッサンはみなこんなだった。
そう思って聴いてみた中身。流れ出すサウンドは正にいかがわしく、イカサマ的で、自堕的。最高にワルいファンクジャズそのものだ。そして僕にとってはローズから聴こえて来たサウンドにまともにかぶる。懐かしい!
2012年1月、失業した僕はひょんな事からこの故郷、元町1丁目で飲み屋を始める事になった。BGMは何がいいか?考える暇もない、これだ。ここで育った僕だからこれを選ぶのか?それは当然であろう。しかしこの音楽が僕をここに帰らせてくれたのかも知れない。
僕の店はかつて一緒にキャッチボールをした少年の家であった呉服屋の3つ横。そしてホレス シルバーをモチーフにした店の看板は、絵描きになったその少年が書いた。これも運命か。
元町1丁目界隈は現在はジャズの街として再注目されている様だ。ジャズ喫茶と中古レコード屋さんが多いからだそうだ。そういう意味ではいい時にいい場所を選んだと思っている。しかしそんな中でもうちだけはローズの音楽におびえ、また憧れたワイ雑な街で育った人間が選ぶワイ雑な音楽の店になるだろう。人生はホンキートンク、オシャレや寛ぎは北野にまかそうと思う。
