以上が我々一般のジャズファンが知っているタイロン ワシントンの全経歴である。そして言えるのは我々はタイロン ワシントンに関してはこれくらいの事しか知っていない。言い換えればほとんど何も知っていないという事になる。
タイロン ワシントンはどんな男だったのだろう。そんな疑問がずっと僕の心に残っていたある日、同級生である信用筋のジャズ研究家から耳よりの情報を得た。
それによると「タイロン ワシントンは白人の前での演奏を拒んだらしい。その結果シルバー クインテットでは活動できなかったらしい」という事だ。何という話題を提供してくれるのだ、ありがたきタイロン!この話題に関しては僕は特別に裏を取る事は出来なかった。しかし今回はこの件を信用して話を進める事にしよう。
僕がこの話を聞いて一番に思いついた映画の1シーンがある。
スパイク リー監督、デンゼル ワシントン主演の「マルコムX」の中盤。チンピラ暮らしのあげく刑務所に入れられたマルコムがブラック モスリムの存在を知り、出所後指導者イライジャの元でその活動に身を投じていく。マルコムはそこでめきめきとスポークスマンとしての実力を上げて行き、やがて同志の若者を警察による暴力を伴う不当逮捕から救出すべく、部下の信者を引き連れ警察署に乗り込むシーン。
そこでのブラック モスリム教徒達は一糸乱れぬ連帯行動を取り、指揮するマルコムはまるで十字軍の若き将軍の如く英雄の姿を見せる。そのきびきびした行動を目の当たりにした一人の少年は興奮してそのまま隊の後を追い、マルコムの元にブラック モスリムの一員となる。その時の少年の目は新しい時代を自分達が切り開けるという希望にランランと光輝いていたのが印象的だった。
クロード ブラウン著「ハーレムに生まれて」によれば、ハーレムは1950年代に入ったあたりから麻薬に染まり出した。そこには白人の悪どい政治家とマフィアがからんでいたというが、とにかくその実態は酷かったらしい。映画の少年はそんなハーレムを救うのはマルコム達のブラックモスリム達しかいないと感じたのではないか?
僕がタイロン ワシントンの件を聞いた時に思い出したのがこの少年だ。実際にはタイロンはジョージア州生まれでワシントンD.Cやニューアークなどですごしたらしいので少年期はハーレムとは縁が薄い。しかし映画のこのシーンの頃は中学生くらいだったタイロンが、たとえブラックモスリムでは無くとも当時の黒人意識の向上を先導するこういった活動に感化されていたのは充分に想像できる。「ハールムに生まれて」によれば当時ブラックムスリム以外にも大小さまざまな宗教や政治団体がハーレムの125丁目のある一角で演説を繰り返していたらしい。麻薬に疲れた人達がそれらに希望を見いだしていったのは納得できる。ランランと目を輝かせていた少年と、白人の前での演奏を嫌ったタイロンがかぶって見えてくるのはそういった理由だ。
そんな事を考えながら聴くと、1967年タイロンが21歳の時に録音された「ナチュラル エッセンス」は、ことさらに新しい時代に向けて躍進する気持ちの現れがとんでもない迫力を持って表現された痛快作として楽しむ事が出来る。タイロン以下、ウディ ショウ、ジェームズ スポールディング、ケニー バロン、レジー ワークマン、ジョー チェンバース、みんなみんなとんでもない実力を持った当時の新進気鋭達だ。こういった連中をまとめあげ、一心不乱にひとつの所を目がけて吹きまくるタイロン。「時代を変えてやる!」というこの表現はこの時代にしか出しえなかったものかも知れないが、それでも聴いていると俺も何かやらなければ、という訳のわからぬ力がめきめきとこみ上げて来る様だ。
恐らく一本気な性格だったであろうタイロンだが、そんな頑固さが最良のジャズとして僕たちの手元に残っているのは本当に幸運な事と言えよう。
さて、そうなると気になるのがパーセプションに残された後の2枚。どうやらかなりファンク寄りの作品らしいが、白人の前での演奏を拒んだというタイロンのその後と併せてどうしても聴いてみたい。
というよりもっともっとこの魅力的な男の事を知りたいという欲求がつのるばかりなのだが。









