今私の願いごとが叶うならば、インターンが欲しい。
先日私は教授の知り合いの会社に厄介にならんと面接を受けたんですが、これが残念ながら不採用となってしまいました。まあ手応えもなかったもので仕方ないとはいえ、血涙がほとばしらん悔恨の念に苛まれる日々を送っています。
さて恨んでもこの結果は変わりはしません故、今回の話題に入りたいと思います。
皆さんも面接の際は気をつけておくんなまし。
先日とあるツイッターの投稿で気になったことがありました。それは、『専業主婦こそが平等への道』といったものです。このタイトルは私がつけたものですが、その投稿は非常に興味深い点をついていました。
投稿は、『高学歴の女性が会社をやめて専業主婦になり、その後にパートで労働市場に参加することで、高学歴の人材が中小企業に回帰する』という理論です。
実際に私の母は現代の水準で見ても非常に優秀な学歴を有しており、新卒で行員となりました。その後に会計資格も取得しましたがその後紆余曲折あって私が誕生し、その後は専業主婦でした。そして私が巣立ったあとには地元の事務所などで事務職についています。
母の勤めている会計事務所は、地元向けの小さな事務所で、会計士の社長さんと副社長兼雑務の社長の奥様、そして主婦のパートさん(経理)が四人ほどで回している会社です。母もこのパートなわけですが、こういった中小企業においては就職中の学生にはあまり見向きもされず、必要になってくるのが経理ができるちょい強ママさん達なわけです。こういった構造の中で職歴が悪くなく、かつ寿退社をした主婦というのは引く手数多なわけです。
これが全女性が専業主婦にならずにいるとどうなるでしょうか。大企業は優秀な女性人材を抱え込み、人材の『循環』が行われなくなります。これは『個人主義』においては非常に良いことのように思えますが、『日本全体』としては個人の都合によってブレーキが踏まれている状態に近いわけです。
男性はそれなりに稼ぎ、女性は『寿退社で子供を育て、育ったら彼女らが中小企業の屋台骨となって支える』、というのがなぜ日本が成長できたのかにつながっていると思います。
私の好きな経済評論家の柯隆先生の主張に、『金は大企業が作るが、雇用は中小企業が作る』というのがあります。もちろんトヨタが一割利益が増えるのは、中小企業全てが倍の業績を叩き出すより効果は大きいでしょう。しかし日本の雇用は中小企業に支えられており、雇用が減れば失業者が増え、『実態としての景気』は落ちていきます。そういった意味で、その中小の『背骨』としての優秀な主婦達、というのは日本にとってとても大事なのでは、と思う日々です。
女性方はこれを見て心外だと思われるやもしれませんが、これは個人よりも社会全体として考えたときのことを思って言っています。別に今更専業主婦が増えるとも思えませんしこの仕組みはいつか崩壊するでしょう。しかしそうなったときに中小に『使い物になるママさん』を抜きにしても自立している体力はあるのでしょうか。答え合わせは50年後にでもしてみましょう。
カミゴリ