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米留学中の残念な大学4年生

せっかく留学しているのにいまいちパッとしない、残念な留学生活を赤裸々に綴ります。週に何度か更新。(していたこともありましたが今はモチベ無)

コメントいただけるとモチベになります。

また風邪をひきました。しんどいです。カミゴリです。

 

さてこの日記ももはや「月記」に近いですね。まあそれだけ現実世界が忙しいということで、悪くないことではありませんか。

 

さて先日の投稿からの箸休めとしまして今回は一足先にパリのレビューをしようかと思います。

 

今月の頭に5週間のアイルランドでの生活とオサラバをし、遂に文化の首都とされるフランスはパリにやってきました。

 

エアリンガスでシャルル・ド・ゴールに向かっていた最中にエッフェル塔が右手に見えており、かのリンドバーグの台詞「翼よ!あれが巴里の灯だ!」が脳内で再生されておりました。まあスピリット・オブ・セントルイス号を操る彼が夜に到着したのに比べて私のは真っ昼間でしたから「灯」どころではない日光が燦々と降り注いでいましたが、まあそんなのは気にしたら終いです。

 


(後日見た夜のエッフェル塔です)

しかしまあなんと言っても巴里ですよ。凱旋門を起点に放射状に伸びる道、そびえ立つエッフェル塔、警察から逃げる違法露天商と、巴里と聞いて何を思い浮かべるかわかりませんが、文化大国の首都にとうとう私は来てしまいました!

 

私は巴里は幾度か訪れたことはありますがそれはギリギリ物心がついているか怪しい頃の話です。今回の旅行は一人旅ということも相まって金輪際忘れることのない日々となるでしょう。

 

これまでには、無難にルーブル・ピカソといった美術館、またチュイルリーやリュクセンブールといった庭園にも足を運びました。非常に幸運な事に本学の巴里キャンパスが6区(東京でいうと明治通り沿いくらい)の副都心エリアに社を構えており、様々な場所に赴きやすいという利点もうまく働きました。



フランスでは水よりもワインの方が安い、なんていう言葉もある通り、(ユーロ高のせいであんまり安くない気もしますが)750mlが4ユーロ未満で手に入ってしまう世界線です。ギネスビールとアップルサイダー漬けだったアイル欄とはまた少し違う飲酒事情にもそろそろ慣れてきた気がします。

 

しかしこの数週間でも未だに慣れないことがあります。というのも、タイトルにもある通り、フランスは「愛の国」の異名をも取ります。愛とは漢字国名ではアイルランドの事を指しますし、スロベニアもアルファベット表記に愛(sLOVEnia)が入るということで実は他の「愛の国」もあると後で判明するのですがそこは割愛します。(ネットで「愛の国」と調べると結果の上位にGodeigoの「ガンダーラ」(愛の国 ガンダーラという歌詞がある)が出てきて思わず経験したことのない懐かしさを覚えました)

 

さておフランスに話題を戻しまして。

まあとにかくフランスではそこんじょそこらイチャイチャし、それらを見せつけているわけです。見せつけるように見えるのは私が恋人の欠如の「幻肢痛」に侵されているからでありますが、にしても相手もいない私にとって面前でハグやらキスやらを見せられると、私はどうもやるせない気持ちになります。

 

勿論「私が好意を寄せる相手にアプローチを滅多に起こさない+相手側がアクションを起こすほど魅力的ではない」のでコウノトリが赤ん坊を届けるように私に突然相思相愛の恋仲が自然発生するわけはないのは百も承知で、私に恋人がいないのはひとえに私の過失以外何物でもありません。

 

ただそうですね、ただ一言言わせてもらうとすれば

「ゔらやまじい゙い゙ぃ゙」

だけです。

 

ワインはやめられそうにないですね…

 

カミゴリ

 

追記 巴里に関する本を読み始めました。読み終えたらまたレビュー書かせてもらいます。

さあさあ体調が悪くなってまいりました。喉が死んでいるカミゴリでございます。

 

さて旅行時の記憶が薄れる前に少しでも残しておこうと思いまして、北アイルランドはベルファストに到着した以降についてお話しさせていただきます。

 

着いたのはすでに昼の11時ごろでした。ベルファスト中央駅は大規模な改修中とのことで新橋駅くらいの距離のところに代替バスで降ろされました。地球の歩き方を片手にまずはタイタニック博物館に行きました。

 

実はベルファストは呉や横浜のような「造船の街」としての歴史があります。タイタニック級などの欧州から発着する商用大型艦船はベルファストで作られたものも少なくありません。20世紀初頭に完成した「女王陛下」は残念ながら大西洋で氷山を前に沈没してしまいました。しかし当時最大を誇った艦船を作った裏話などは腐る程あり、それらを非常にテンポよく知ることができました。また当時のドック跡地なども自由に見学することができたりと、入館料の10数ポンドを払う価値は存分にありました。また最後の方には海底に沈んでいた彼女の「亡骸」を半世紀後に探し出すことに成功した旨の展示等もあり、まさしく「誕生秘話」から「死後」までの伝記を見ているようでした。

 

 

 

 

その後は特に何をするわけでもなくただ街を彷徨いていました。途中でギネスを流し込み、地球の歩き方に掲載のあったフレンチの遅い昼食に舌鼓を打ち、その後はひたすらに歩き続けました。

 

遅めの夕飯には昼のフレンチで聞いたアイルランド料理店兼呑み屋に行き、シェパードパイなるものとアップルタイザー(アルコール)をたしなみました。正直なところ昼のフレンチのクオリティが大分高かっただけに夕食は少し残念でした。しかしまあ賑を見せるベルファストの呑み屋を見学できたことは非常に良かったですね。

 

 

 

 

アイルランド島に住んでもうそろそろひと月といったところですが、ここでアイルランドの印象的な呑み屋文化について少し読者諸君にもシェアします。

日本では大まかに分類するとレストラン、呑み屋(居酒屋)、バーと分けられるかと思います。その中でも前者であれば食事に、後者になるにつれて飲酒に重きが置かれていきます。しかしレストランも大抵はアルコールの提供がありますし、バーでも軽食の提供は行われています。

しかしアイルランドではレストラン、パブ兼バーといった2つの分類しかありません。そしてパブやバーといった店においては「一定時刻後は食事の提供をしない」という形態の店がかなり多いです。それ以降に頼むと「ああ、キッチン閉めちゃったからないわ」と取り付く島もない言いぶりであしらわれてしまいます。

向こうには「食事をアテに酒を飲む」という文化はなく、「酒を酒で流し込む」というストロングスタイルが主流です。つまみを尋ねると「ピーナッツの袋ならあるよ」とこう返ってくるわけです。正直なところよく肴もなしに飲めるもんだと一周回って感心します。

 

さてそんなこんなで一日目の「飲み」はほどほどにして宿泊予定のホテルにレンタルチャリで向かいました。

昼間に見ていた喧騒とは一変、市街中心部より僅かに南下しただけで、そこは「観光地ベルファスト」からは程遠い、「貧困都市ベルファスト」の側面を見ることとなりました。アイルランドと北アイルランドでは実はかなりの貧富の差があります。アイルランドの方が明らかに平均収入が高く、私が踏み入れた地区は観光地と呼ぶにはあまりにもゲットーでした。

 

余所余所しく周りを見渡しながら歩いていると、ようやっとインターナショナルユースホステルの看板が見えてきました。

 

そこは四人一部屋の素泊まりで35英ポンドという破格宿。ノミが出ようがトコジラミが出ようが文句の言えない金額ですが結果から見れば非常にコストパフォーマンスの良いステイ先でした。結局はあくまで「睡眠時の屋根と保温」を主目的とした施設なわけで、大半の時間を外で過ごす若者にとっては非常に良心的な宿だったのかもわかりません。何はともあれ、午前5時から続いた旅はひとまずこれを持って終いとなりました。

 

さて、二日目はまた別の日に書かせてもらいます。では。

 

カミゴリ

 

 


ごきげんよう、アイルランドが想像の四倍温かいカミゴリです。

 

私は現在アイルランドに来ております。

留学先のアメリカの大学の「留学プログラム」で学期中に三カ国を巡るうちの一カ国目なわけですね。

 

普段の滞在先はアイルランド「共和国」の西部の「リムリック」という都市です。こちらの都市はアイルランド国内においては「かろうじて」ゲール語(現地語)話者が2割ほど残っているケルト色の感じられる地域で、8世紀にはカトリックに、12世紀にはバイキングに、そして17世紀にはクロムウェル率いる大英帝国軍に蹴散らされ続けた、負け運の濃い都市です。リムリック条約という「降伏する代わりに宗教(カトリシズム)の迫害は行わない」という条約をものの数ヶ月のうちに反故にされてプロテスタントに蹂躙されたことでも知られています。不名誉すぎて目も当てられませんね。

 

さて本日はこんな負け都市を離れ、「勝ち(?)都市」に一泊二日で赴きましたので、その様子と感想をお伝えします。

 

 

時刻は5時、寝ぼけ眼をこすりながら(あれ?私の眠さの表現って寝ぼけ眼しかない?)、徒歩20分ほどの距離の「リムリック駅」に辿り着きました。相棒の峰を燻らせながら急ぎ足で駅に着くと、始発に向かう人がちらほら見える以外には殆ど人気のない商店街が目に入ります。

 



慣れない手つきでネット予約した切符を印刷し、いざ座席へ。アイリッシュレイル(愛国鉄)は指定席と自由席が混在しています(予約時に座席指定をした場合は座席番号の横の電光掲示板に記載がある)が、幾つか車両を跨ぐと、ガラガラな車両に私の名前がありました。

 

うつらうつらとしながらも景色を流し見て、あっという間(2.5時間)にダブリンはヒューストン駅に到着しました。アイルランドで数か所しかないプレタマンジェ(成城石井みたいなパン屋)でラップ(トルコ版春巻き)を購入し、初めての路面電車へ。峰を燻らせながら(n度目)待っていると宇都宮の路面電車のようなRed Line(黄色い車体)が到着しました。戸惑い、半ば祈りながら乗車しましたが、結果としては無事に到着することができました。

 



エスカレーターを登ると、なんとそこにもプレタマンジェが!電車まで20分ほど時間があり、そこでコーヒーを啜りながら待っていました。

 

やってきたのはダブリン発ベルファスト行きの「国際列車」です。日本で暮らしていると同島に別国が存在することがあり得る、ということはあまり想像がつきにくいですし、非常に楽しみでした。

 

一本目の電車と同様、ひとまずは空いている車内を眺めていました。そして回ってきた車内販売でコーヒーを啜り(コーヒーも啜るとしか言えない自らの語彙を恨みます)、ぼーっとしていると、携帯に通知が。「北アイルランドではローミングをしない限り通信はできません」という携帯会社の通知が。慌ててGoogleマップを開くと、つい先程国境を超えたとのこと。

 

え?もう?

 

運転中の「山梨県ニ入リマシタ」のほうが「越境感」あるぞ?まあ後でこんなにも国境を感じられない理由が判明するのですが、当時はあまりのインパクトの薄さにインパクトを受けておりました。

 

さて、帰りの電車が到着してしまいそうですので今日はひとまず移動編で、一日目の薄い話と二日目の濃い話はまた今度します。

 

では皆さん(多少落ち着いたとはいえ)ありえんほど高いポンドユーロドルにお涙をちょうだいいたしましてお開きといたします。

 

A bientot!!(また今度のフランス語)

 

カミゴリ

桶狭間の戦いの前に、織田信長は「人生五十年」との言葉を唄として編んだと言われています。それから数百年が経過し、人生百年時代となりました。

 

どうもこんばんは、カミゴリです。今日は少し抽象的な話をします。

 

皆さんは、なぜ生きているのでしょうか。

 

(ネットでちらっと見ただけですが)卒寿あたりの高齢者にとっては「生きている」というより「まだ死んでいない」だけだ、とおっしゃったインタビューを見たときに、面白さと同時に若者や中年にとって「生きている」とはどういった定義で、何の為に生きているのでしょうか。

 

昨期の哲学の授業で学んだことの一つに、人の生きる目的は幸福である、という説があります。確かに痛みとは苦であり、人は生まれながらにして苦しみを減らす、すなわち幸せな方へと自らを導こうとする、という論理です。それも一理ありますね。

 

私は、「人生とは死ぬまでの暇つぶし」というパスカルが言ったとされる言葉が好きです。ただ暇をなくすために学び、遊び、休むわけです。

先日終了した六週間のインターンの際にも、同じようなことを思いました。ただ家でぼーっと何もせずに親のスネを齧っているよりは、少し外界に頭を出し、働くとはどういうことかを学ばせてもらう。まさに「暇つぶし」ですね。

 

インターンは都内の中途の人材コンサルで行いました。父親の知り合いということもあり若干の渋々で始まりはしたものの、エクセルを弄り、パワポを作り、AIでライティングをし、たくさんのメールを書き、時には通訳業務をも行いました。どのタスクも学校にいては中途半端にしか行うことがないため、こういった機会に集中して行えたのは誠に光栄でした。「暇つぶし」が(想像よりは)面白く、それでいて自らの血肉となったことは非常にありがたいですね。

 

まあ私が唐突にブログを書いたのは上記の「くだらん前座」の為ではなく、マッジで久しぶりに淑女と飯を食らう機会を賜りまして、それで心此処に非ずな状態をどうにかアウトプットして平常化しようとした結果としての執筆です。

 

まあ以前から何度か話題には挙げさせてもらったアレですが、まあ可愛いんですわ。この世に肖像権がなければ皆様にご賛同いただける証拠をご紹介するのですが。誠に遺憾です。正直向こうを凝視しているとこっちの心を盗られそうで、最早これがハニトラでもひっかかってもいいや、と思えるほどでした。

 

それでもって夜ご飯をかっ込んだあとはサワーを片手に近所を徘徊、彼女の影の部分の話を真面目に聞いたり、それぞれが両親を愚痴ったりと、言ってみれば「下らない」ことを時計も気にせず語らい合いました。

 

幸せな時間というのは一瞬に感じるものですね。結果的にはトータルで4時間ほど喋っていたわけですが(今指を折りながら数えていて魂消ました)、学校の授業の2コマよりも長かったとはとても思えません。

 

暇つぶしとしては少し都合が良すぎましたね。この「夢」からはとてもですが冷めたくないですな…

 

皆さんも是非楽しい「暇つぶし」を探してみてね!!

 

カミゴリ

皆さんはいかがお過ごしでしょうか。お久しぶりです。カミゴリでござい。

 

私は5月に帰国し、それ以降は6月終わりまでは自堕落な日々を送り、紆余曲折の後に父の知り合いのところで無給インターンを拝命、労働に勤しんでおります。お財布が最近の天気くらいホカホカになることはこの夏はないでしょう。あれ、目から汗が止まりません。。。

 

さて、今日は色々話すことがありますね。都知事選、トランプ狙撃、男子60kg級の永山選手の誤審、高校野球の千葉県大会の決勝での疑惑の判定など、話せと言われたら無限に話せます。ですが久しぶりのタイピングで吐き気がするので今日は全く関係のない『鉄道』について軽く触らせてもらいます。

 

さて、最近よく思うことの一つに、都市と鉄道の関係があります。正確に言えば、都市と『公共交通手段』の関連でしょうか。

 

かつては江戸の主要交通手段には水運がありました。ですから川沿いや海沿いの都市は発展していったわけです。

しかし現代において、関東の都市の中心は鉄道です。まあ一部地域は高速道路も主要な手段ですが総じては鉄道かと思います。

 

都市が生き物であるならば鉄道とは『血管』です。そこを我々『赤血球』が往復をし、労働に勤しむわけです。日本の血管は少し良くできすぎていますから、不整脈が起きれば体は困惑します。

 

私がインターンで毎日乗車している湘南新宿ラインも、宇都宮線での数分の遅れが災いして横浜発の上り線も絶えず遅延しています。

 

私のような怠惰な者は、遅刻ギリギリの時間に家を発ちます。会社に到着するのは、始業の実に2分前とかです。まあ出社前の一服を減らせと言われたらぐうの音も出ませんが、とにかくギリギリのスケジュールで出社を予定します。

 

ですが私よりも怠惰な湘南新宿ラインは、なかなか回復運転を行いません。結局朝の一服は叶わず出社の羽目に合うのでした。残念。

 

 

長文の書き方を忘れました。あとは今朝の芝刈りで指の筋肉を持っていかれたせいでこの煩わしさを早くどうにかしたので、今日はここらへんで。ほなまた

 

カミゴリ