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大器は早成し、小器は晩成する

50代で仲間と一緒に飲食業を起業、煩悩即菩提的なブログ

こないだラジオで気象キャスターを引退した方の話を聞きました。

そのなかで、そのキャスターが、10年以上前の中州に取り残されて流された事故について、自分の天気予報で川の増水の可能性についてもっと強く警告できていたらとおっしゃっていました。


この事故は私も良く覚えています。なぜなら、前日の夜に中州にいたら危険だとの注意を受けて、中州から出た人がいたからです。


多くの場合、こうした注意は聞き入れられないことが多く、また実際にも事故はほとんど起こりません。


ちょっと前ですが、チリで地震が起こった時に津波の警報が出ましたが、海岸付近から避難する人が案外少なく、自治体で問題になっていました。


人は、情報を判断するときにそれまでの経験から従った方が得か損かの判断をします。そして、ある確率で失敗します。それが、命にかかわらなければそれはそれでよいのです。


危機管理とかよく言いますが、たとえば津波の避難の場合、10万人が動けば、交通事故・怪我・病気による死者は出るわけで、動かない方が良い結果になることもあります。


ちっとも来ない津波警報をTVで出し続けることが、返って情報への信頼度を下げることもあります。


人がここまで進化したのには人としての本能があったわけで、その本能で反応したりしなかったりでしぶとく生き抜いてきたに違いありません。


もっとも、生き抜いてこられたからと言って、同じ本能でこれからも生き抜けるかどうかは分かりませんが。

先々週の土曜日から年に一度のツールドフランスが始まりました。


連日、落車が続き、リタイアする選手、大幅にタイムをロスする選手、怪我が痛々しい選手が多く出ています。


ところで、「落車した場合の怪我対策を」と私などは思います。破れないウェア、骨折しないプロテクターというふうに。しかし、片方では、空気抵抗を少なくするウェア、軽量化に各チームはしのぎを削っています。


すなわち、現状の姿が、妥協点なわけです。ヘルメットが義務化されたのはツールドフランスで選手の事故死があってからで、実現したのはここ10年ぐらいのことです。邪魔、顔が見えないという声があっても安全性が優先されました。


別の話ですが、日本では公道を使った自転車レースは限られています。まして、ヨーロッパのように、あえて狭い街中をコースにするようなことはありません。日本ではロードレースの文化が定着していませんので、危険な街中のレースが行われることは、私が生きている間には無理なのかもしれません。


でも、みんなは人が走っている姿を身近で見るのが好きなはずなんですが。


日本のレースが、田舎の限られた周回コースや都会でも休日に交通量が少ない埠頭コースから、箱根駅伝のコースのようにならないかな。

昨日、参議院選挙の投票が行われ民主党が大敗しました。

直近の民意ということで、早くも菅首相に退陣要求を突き付けている政治家やマスコミもいるようです。


私は、菅さんのファンですので一日も長く首相をやって欲しいのですが、大敗したのも事実ですので、政治家は民意に敏感に反応しなければならないというのが国民の大方の意思であるならば、退陣もやむなしと思います。


でも、衆参で民意が異なり、また短時間で民意が変わるという現状では、政治家ができることは限られてしまいます。


アメリカの大統領の場合、議会とは別に選ばれ任期は4年と決まっていますので、中間選挙で負けても辞めろということにはなりません。

しかし、日本の場合は両院のどちらかの選挙の直近の結果が民意だと言われてしまいますと、直近の選挙で敗れると政権を保持する大義名分を失ってしまいます。


最近の日本でいえば、2007年夏の参議院選挙までは良かったのですが、そのあとは2010年9月の衆議院選挙までの期間は民意を反映していない政権になるわけです。そして、この7月11日以降の政権も同じようになります。

たとえ、菅さんが退陣しても民主党政権である限りは次の衆議院選挙までは民意を反映していないということになります。


こんな政治で政策が実現できるのか疑問に思いませんか。解決方法は2つあります。


1、直近選挙を民意だと言わない。

2、一院制にして、次の選挙までは民意を反映していることにする。


政治家は、自分自身の首を絞めるようなことは言わない方がいいと思うのですが、参議院選挙に勝った政党の政治家は今日も「民意民意」と叫んでいます。

金融取引市場と日本相撲協会の共通点を昨日見つけました。


それは、自らの責任により起こった混乱について、その解決策を考えるより、自らの利益を守ることを優先しているということです。


リーマンショックであれだけの損失を与え、政府から巨額の支援を受けたにもかかわらず、金融取引市場は規制強化に反対するキャンペーンを行っています。リーマンショックの再発防止など全く考えていません。また起こったら、大きすぎてつぶせないの論理で政府は助けざるを得ないのでしょう。


日本相撲協会も外部からの経営参加について聞かれると、力士が運営することにメリットがあるとの返事でした。


金融取引のオーソリティーも偉そうなことを言ってますが、相撲の力士レベルで、政府からの恩恵は受けたいが自らの利益は守りたいことでは変わりません。そこには、社会に対する責任の発想はこれっぽっちもありません。



遺伝子が少しずつ変化をして進化がおこったことは良く知られています。


親は子孫を残して死んでいくわけですが、子孫は新たな機能を獲得していくわけです。


今、日本の会社を見る場合、第2次世界大戦により市場が大混乱に陥った後、多くの企業が生まれました。ところが、最近はITなどにより起業のハードルが下がったにもかかわらず、実際には起業率がおちているそうです。


一つの理由に、大企業・中小企業に関わらず、市場から退場していい企業(売上も収益も上げられない)が退場しないことが考えられます。

もう一つは、日本市場を既存の企業ががっちり押さえてしまい、新たな参入が難しいことがあります。韓国企業が日本市場に参入するのが難しいのは、日本人の韓国嫌いという面はあるにせよ、新規ブランド・サービスへの消費者の不信が大きいと思われます。


良く言えば消費者の商品・サービスへの要求レベルが高いといえますが、それが新規参入を阻んでいる弊害ともいえます。


政府レベルでの規制緩和が新たな市場と雇用を生むという議論はよくありますが、私にはそれよりも消費者のマインドの方が大きいと思われます。


新たな企業が生まれない市場、それを育てない市場には、新たな遺伝子を持った会社は残念ながら生まれません。