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大器は早成し、小器は晩成する

50代で仲間と一緒に飲食業を起業、煩悩即菩提的なブログ

このような対応を先生が取ったとき、一般には先生がきちんと対応していたかどうかに議論が行きがちですが、訴訟の対象は「対応したかどうか」ではなく、親の学校・先生との交渉の態度(行為)にあるということです。


親が刃物を持ってきたり、暴力をふるえば、誰だって親が悪いとおもいます。同じように、再三にわたる申し入れが先生に苦痛を与えるものであれば、それを止めさせたり、精神的苦痛の保障を求めたりできるということです。


私も飲食店をやっていますと、商品の不備についてお客様から厳しい叱責や指摘を受けることがあります。そんなときは、お詫びをして、商品の交換や返金をしています。もちろん、それで済むとは思っていませんが。


しかし、お客様が「殺すぞとかの言葉」を投げかけられたときは、正直どこまで我慢するかについていて考えました。また、従業員がお客様から理不尽な要求をされたときに、どう守るかについても。

今日の朝日新聞の社説は、「問責決議による辞任を慣習化するな」と書いています。

歴史的には例外が行われて、それが以後において慣習化する道をたどります。

後世の人は、先例を調べて、それを根拠にことをおこないます。


今の政治も同じです。現行憲法下で、解釈の見直しにより自衛隊の海外派遣がおこなわれてきたことは周知の事実です。


二院制によって捻じれ、しかも参議院が政権の生殺与奪の権限も手に入れました。

参議院で一定の議席を持てば、ある程度政策に影響力をもつことはこれまでもありましたが、これからは気に入らない政権・大臣を実質的に排斥できるのですから。


このような制度のもとでは、日本が取り組まなければならない課題がたくさんあって、それを成し遂げようとする人がいても、実際には誰も解決できないでしょう。


評論家や記者、それに有識者と呼ばれる人たち、さらに国民、みんなが政権を嗤っていますが、あなたたちは試合を観戦している観客ではなく、当事者のプレーヤーであることを忘れないで欲しいですね。


日本が沈む時は一緒に沈むんですから。

昨年6月に管理組合の理事に就任し、1月で8ヶ月目を迎えました。

年が改まると新しい案件を取り上げるということは少なくなり、次年度に引き継ぐべき案件を整理し、総会で議決の必要なものを議案化することが業務の大半になります。


理事としての管理組合の業務に対しての取り組み姿勢については、今も迷いがあります。問題案件を積極的に取り上げ大胆な対策を取るのか、最大公約数的案件のみ地道に処理し任期が無事終わるのを待つのか。


団地ができて15年、最初のころ、管理組合の取り組みについて激論を交わしていた人たちが、老齢を迎え意見を発することもなくなりつつあります。行政に対しては様々な要求はあっても、管理組合にはそんなに期待してもという感じです。


経済的共同体ではない住民が、一つの区画に一緒に住んでいるだけという団地。管理組合が、個人と行政・経済の中間にあって、何らかの役割を果たすべきなのかどうかよくわかりません。

昨年、経営する飲食店で社員が辞め人手不足に陥りました。それぞれの社員が自らの未来を切り拓くための行動に出たことは大変喜ばしいのですが、店舗では私もフル回転という状況が続きました。


何度か募集をかけ、徐々に新しい人が入社、新年を迎えようやく体制が整いました。私も含めた7人のうち20代が5人という若い組織になりました。


私の目標は、今の事業を若い人たちが引き継ぎたいと思うような魅力あるビジネスにすることです。また、彼らにはビジネスの基本を身につけてほしい、そのチャンスを仕事を通じて与えてきたいと思っています。


成人の日、1000兆円を超える国の借金を黙って相続してくれる若者を期待しているのか、大人は騒がしい若者の行動を非難しています。

一方で、国内市場の縮小と企業の海外進出により、若者が仕事を学ぶ機会は減っています。

このままでは、次世代の人々は、膨大な借金、役に立たないインフラ、弱体化したビジネスを抱えて生きていかなければなりません。


私たちがしなければならないことは、生きる糧を得る仕事の基盤とビジネスのノウハウを少しでも多く残していくことです。これは国がやることではありません。社会の一人ひとりがやらなければならないことです。

昨年末から児童福祉施設へタイガーマスクを名乗った方からの寄付が相次いでいます。

このニュースを聞くたびに目頭が熱くなります。


ところが、これを福祉政策の貧困だとか、寄付税制の問題だとか、政治に結び付ける報道がなされるのは非常に残念です。


また、「従来から福祉を支援している人のことを忘れずに」という報道もあります。そう思うのだったら自社のお涙ちょうだい番組のことばかり伝えずに、そうした方々のことをもっと取り上げたらといいたくなります。


社会の人々が互いに支えあうのは当たり前の姿であり、これは政治とは全く関係のない話です。僕は、日本に住む人々(あえて日本国民とは言いません)が、政治の体制とは関係なく隣人を支える活動の出発点(機縁)になってくれればと思います。