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大器は早成し、小器は晩成する

50代で仲間と一緒に飲食業を起業、煩悩即菩提的なブログ

参議院を廃止しようとすると憲法の改定が必要になります。憲法改定には、両院の3分の2以上の賛成と国民投票による過半数の賛成が必要です。

常識的には、参議院を廃止する法案に参議院が賛成することはありませんから、憲法の改定による廃止は困難です。


次に、参議院選挙の時に法定得票数に達しないようにすれば、再選挙が繰り返されますが、その行き着く先がよくわかりません。また、比例区には法定得票数がありませんので当選してしまいます。


その次に、無力にする方法ですが、衆議院の再議決で3分の2以上の賛成があれば、参議院の議決に関わらず法案は成立します。従って、参議院を不要と考える衆議院議員が3分の2以上当選すれば、実質的に参議院を無力にできます。


そのためには、衆議院に専念する政党が、衆議院で対立(攻防)はしても、一端衆議院で議決した法律については、参議院が否決しても、衆議院での再議決では一致して賛成すればよいわけです。


そのうち、参議院はなくても構わないという国民の合意がなされますので、不要論者が大挙立候補して当選、それを2回やれば、3分の2を確保して、憲法改定という筋書きです。


国民からほとんど支持されていない政党とその政策が、キャスティングボードを握っているがために実施されるのは、国と国民にとって大変不幸なことです。参議院がなくなれば、その可能性が低くなります。

新幹線をアメリカに輸出しようと企業連合と国が一緒になって売り込みを図っています。


そんな中、アメリカから「衝突時の安全性を確保する車両」の条件が提示されたとの記事が新聞に載っていました。日本では専用軌道を走っているので不必要とされるようなスペックだとのことが書かれていました。


これについて、良いも悪いもありません。


ただ、僕は、新幹線はゼロ戦なのかなと思いました。


新幹線は死亡事故ゼロを謳っていますが、阪神大地震は始発前に発生したことで災難を逃れ、また新潟中越地震のときは積雪により助かったという話もあります。


アメリカが、アメリカで走らせる列車について、アメリカの安全基準を言って何が悪いのですか。

2月22日のニュージーランド南島の地震で倒壊したビル(日本人留学生が多数いた)について、クライストチャーチ市の当局が、昨年の地震により損壊を受けたにもかかわらず、継続使用を認めたとのニュースがありました。


日本のマスコミ、特にワイドショーはこのことを取り上げて、市当局者の責任を云々しています。


さすがに偉い!日本のワイドショーは無敵です。日本の不正?のみならず世界中の不条理を取り上げて批判するのですから。

この姿勢は、世界の警察として、他国の内政にくちばしを入れるアメリカと同じです。


当該ビルに日本人がいなかったら、日本人の行方不明者がいなかったら、ワイドショーのレポーターがニュージーランドに行くこともなかったでしょう。ましてや、ビルが法律(どこの法律のことか知りませんが)に照らしてどうだこうだということもなかったでしょう。


日本からの留学生や観光客を多く受け入れているニュージーランドとしては、記者やレポーターの傍若無人振りを我慢して、丁寧な対応をしているのだと思います。


本当にニュージーランドが好きな日本人は、きっと眉をひそめています。

国勢調査が終わり、選挙区間の票の格差の問題が喧しいです。


今日、良いアイデアが浮かびました。選挙区の区割りや議員数を一切触らずにできる、究極の改革案です。


1、選挙区ごとに有権者数を確定する。

2、もっとも有権者の多い選挙区から選出された議員には、衆議院本会議における議決権を与える。

3、その他の選挙区から選出された議員には、有権者の人数に応じて、1未満の議決権を与える。

4、衆議院本会議における、内閣総理大臣の選出、法案の議決は、2・3の議決権の合計によっておこなう。

5、各委員会の委員の割り当ては、会派の合計議決権の割合によっておこなう。委員の議決権は1とする。

6、歳費は、議決権に比例して支給する。


こういうことは、法律でやれるのですかね。憲法改正が必要かな。



1972年のミュンヘンオリンピックでは、パレスチナゲリラが人質事件を起こし、選手が殺害される悲劇がおこりました。

私は当時19歳、日本男子バレーボールの優勝に酔いしれていました。


選手村で追悼集会が行われたとき、日本選手団が参加しなかったと非難されたという新聞記事を読みました。僕の感想は、「なんで非難されるの」でした。


日本選手も、スポーツで成績を上げるのを目的にオリンピックに来ているので、周りのことが見えなかったと思います。当時は、サラリーマンも仕事が第一で家庭や地域を顧みないのが当たり前でした。


それから、39年、クライストチャーチで地震がおこって、週末のスーパー15(クルセーダースとハリケーンズ)は中止で引き分け扱いになりました。それは、そうだろうと、今の僕は思っています。


アメリカでは、同時多発テロのあと、自国の兵隊がイラクやアフガニスタンで戦いに斃れているときに、野球をみんなで楽しんでいました。「ゴッド・ブレス・アメリカ」を歌えば、免罪符になっているかのように。


悲しみの追悼と娯楽の共存がそこにあります。その線引きが難しいですね。