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大器は早成し、小器は晩成する

50代で仲間と一緒に飲食業を起業、煩悩即菩提的なブログ

昨日今日のニュースで、各電力会社の株主総会で脱原発の提案が否決されたとの報道がされています。


ニュースの伝え方は、これだけの事故にもかかわらず、経営陣は旧来の考え方を変えないというものです。おかしいよね、株主が圧倒的多数で決議しているのですから、誰が反対したか、銀行・保険会社・地方自治体・大会社の姿勢を伝えるべきではありませんか。


というより、ドイツの例を見ても、政府が決めて電力会社はそれに従っているのですから、日本でも原発をどうするかは政府(その政府を選出する国民)が決めるに決まっているのです。


菅さんが民主党の両院議員総会で、次回の総選挙は原発を継続するかが争点になると言いました。全くその通り。国民は、その意思表示により、それによって生じる課題を引き受けるのです。


今のように、どこか遠くのところで決められたから、私たちには責任はありません。わたしたちの生活を脅かすようなことは困りますよ。などと、国民が当事者ではないような態度はもう許されないでしょう。


メディアも、いい加減に責任ある報道をしたらいいのにと思ってしまいます。

今の政府ができることは、浜岡原発の停止とその他の原発の稼働継続しかありません。それ以外に選択肢はないのに、現政府の態度を批判し続けている意味と意図は何だろうと思ってしまいます。


ドイツと同じように稼働中の原発を経年とともに順次止めていって廃止するのか、原発を新設するのか、すぐに止めるのか、の三択です。


国民みんなで決めましょう。





今、日本は、リーダーが駄目だという論調に支配されています。

そして、真のリーダーよ出でよと。


でも、日本にリーダーが生まれない理由は誰も考えません。


1、リーダーの素養を持った人はいるが、そのような人がリーダーの地位に就けない仕組みになっている

2、リーダーの素養を持った人は、日本社会の中で受け入れられないので、変質するか排除される

3、日本社会では、リーダーの素質は嫌われるので、リーダーは生まれない

4、リーダーというものを日本人は受け付けない


以上のいずれかまたは全てが当たっているのかもしれません。


いえることは、リーダーが駄目だけど日本人は立派とかいう、わけのわからない誇り?は何の意味も持ちません。

日本は封建国家でも独裁国家でもありません。北朝鮮の人民が、金一族の支配のもと何もできないという言い訳は論理的ですが、日本の国民が民主党政権のもと政治家一般が無能なので大震災の対応が出来なかったという言い訳はできません。


なのに、メディアは毎日、リーダーが無能無能と言い続けています。いい加減にそのことに気がつかないのかな。

こないだブックオフの100円コーナーで、「福翁自伝」を見つけて買いました。

慶應義塾大学出版から2001年1月に出版された本で、校注があり、読みやすいものでした。


福沢諭吉の人生については、あまり詳しく知りませんでしたが、この本を読んで、改めて著作を読みなおそうと思いました。


根っからの行動の人であるのに、地位を求めるわけではない、幕末に外国に航海する危険は平気でも、攘夷の志士を恐れる、江戸時代の陋習をとことん嫌いながらも江戸人の高い教養で西洋文化をかみ砕き紹介した


読んでいると共鳴することが多いので、福沢がその時代の超一級の頭脳の持ち主であったことを忘れそうでした。僕のような凡人にも分かるように話してもらっているのに。


若い時に読んでいたら、もうちょっとましな人間になれたかも。

原発立地自治体の首長たちが、政府の対策では不十分だということで、原発の点検後の再稼働を拒否しています。


不思議なのは、じゃあ稼働中の原発は安全なのか?稼働中の原発を止める権限がないから何も言わないのか。点検中の原発より稼働中の方がはるかに危険なのだから、権限があるとかないとかではなく、すぐに止めなさいぐらいは言わないとつじつまが合わないと思いますが。


福島の原発事故を踏まえた新たな安全基準を策定しても、それに合致する設備にするには5年ぐらいはかかるでしょうから、このままでは全ての原発が止まることになってしまいます。


ドイツは原発の廃止を決めましたが、稼働中の原発をすぐに止めるなどという過激なことはやりません。


日本では、各首長が、安全神話(壊れてしまったのに)の再構築を期待しているのでしょうが、そんなものは幻想でしかありませんので、自縄自縛の状態に陥ってしまっています。


政府が当面稼働するうえでは大丈夫だと言っている対策について信用ならないといっています。ということは、自分の責任で全てを判断するということだとおもいますが、思いあがってはいませんか。


各首長が、原発の稼働について民意を聞くとかという話が全くないのが不思議です。


自らの手に権限を握り、責任を取ると言ったところで、辞めてしまえばそれまでで、そんな責任など、鴻毛より軽いと思いますが。

海江田氏はIAEAの会議で日本は引き続き原発を推進すると表明しました。

これは、従来の政府方針ですから取り立てて新しい政策ということではありません。


問題は、原発事故を起こした当事者である日本が、原発政策について国民レベルの議論を経ずに、原発推進を継続することについて、メディア各社が何らの批判もしないことです。


これまで、菅政権が世論の支持を得ていないとか、政策が国民の意向を踏まえていないとか、メディアは様々批判してきましたが、こと原発推進の見直しについては全く関心が無いようです。


ドイツが原発廃止の方針を打ち出し、イタリアが国民投票で原発廃止を決定している状況では、当然日本の原発政策について国民の意志を問わなければいけないと思いますが、メディアはそのような提言を行う風でもありません。


震災直後の世論調査では国民の原発推進に変わりがないような結果がでましたが、3ヶ月経って、必ずしも想定外とはいえないような事実も明らかになってきています。


新聞を読むと、ドイツやイタリアが原発廃止を決めたことについて、それが本当に実行できるのかどうか疑問を呈するなど、懐疑的な内容になっています。


本当に余計なお世話だと思います。

自国の原発が事故を起こし、放射線が飛び交い、いつ安定するのかもわからななかで、他国の原発政策を検証するひまはないでしょう。


そんなに、原発が大事なら、福島の避難地域住民の悲惨な状況を報道したりしなければいいのです。

被災民に同情を寄せているような報道を繰り返し、またその立場から政府の被災地復興政策を非難しながら、原発推進政策には何らの批判もしないメディアはいったい何者でしょう。