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大器は早成し、小器は晩成する

50代で仲間と一緒に飲食業を起業、煩悩即菩提的なブログ

東日本大震災によって、たとえば自動車産業は部品の仕入れ先の複数化を図っていたので、一部の仕入れ先が被害を受けても大丈夫だと思っていたところ、そのまた先をたどれば一つのメーカーに辿り着いたという話がありました。


これは、情報にも言えます。たとえば、TVやラジオで複数の天気予報士がいかにも独自の見解のように天気予報を解説しているのを聞くと、多様な情報が出ているように思いますが、もとをたどれば気象庁の予報からは逸脱していないわけです。


たとえば、関東の梅雨はとっくに明けていたとしても、予報士は誰ひとり明けたとは言わないわけです。言ったら、法律違反になるでしょう。


情報の氾濫とみんなは言いますが、多くの情報の出所は一つだけであることが多いものです。


メディアが多様化しているだけで、情報は多様化していないということです。

厚生労働省が、肉の生食を飲食店で提供することを禁止する方向で検討しているとの報道がありました。


生食で死者が複数出たときに、国は何をやっているとの非難がマスコミや国民からありました。


その答えは、当然規制しかありません。


規制すれば、本来の生食材は提供できないし、コストも上がります。それを商売にしている飲食店は窮地に陥りますし、生食を食べたい消費者も困ります。


この件は、非常にわかりやすい事例です。何の。正解がないという問題があるということです。


国家において、国民が容認する(我慢する、許す、自己で判断する、責任を負う)部分が大きいほど、規制を少なくすることができます。


安全で、いつでも何でも手に入って、コストもかからないなどということはないのです。

福島原発事故に関して、全面的に原子力発電を推進してきた経済界が、何らの責任を感ずることもなく、原発を止めたら、電力供給が不安定になるので、生産工場を海外に移さざるを得ないという発言を繰り返しています。


でも、企業が日本から出て行ってそんなに良いことがあるんですかね。

日本の電力供給が不安定になるといいますが、出ていくアジア(たとえば中国、タイ、ベトナム、インドネシアなど)に電力に不安が無い国があるんでしょうか。


人件費は雲泥の差ですから、コストのことだけを考える企業であれば、日本に残ると言う方が不思議です。そんな企業は、国内でいくら良い条件を提示されても、いずれは出ていくわけで、止めようとする努力は徒労に終わるに違いありません。


出ていきたい企業にはさっさと出て行ってもらって、日本で頑張るという企業に集まってもらって、これからの日本の在り方を考えるのがまっとうやり方です。


海外に出ていく企業は、その国の利益になることを行わないと生きていけないのは、日本にいる場合と一緒です。日本に縛られるのがいいのか、進出先の国に縛られるのが良いのか、個々の企業の判断です。


そんなことを考えると、日本企業は、ビジネスモデルが許されるのであれば、日本にいた方が幸せだと思うのですが。

今回の内閣人事で、自民党の参議院議員が離党して政務官に就任しました。


大震災後も、国政に対して責任を果たそうとしない参議院。西岡議長が諫早湾の怨恨から菅首相を非難したり退任を求めたりの姿勢に何ら反応しない参議院議員。

やっと一人出てきましたが、普通なら20人や30人の議員が集まって、国難に当たり一体となって政権を支えるというような動きが出て当たり前と思うのですが。


政党の縛りを受けているようで、参議院という職能団体の利益も守りたい。一体どのような信念で動いているのかさっぱりわかりません。


6年の任期があるので、思い切ったことができそうだと考えるのですが、それをやるほどの勇気もない、利益代表集団なんですね。


参議院をなくすのは憲法の規定もあって難しいですが、一つ良いアイデアが浮かびました。


参議院選挙に立候補しない衆議院議員だけの政党を作って、その政党は衆議院を通過した法案については、反対であっても、参議院で否決された場合には、衆議院の再議決で賛成するようにすればどうでしょうか。


衆議院の議席の3分の2以上の政党が、上記の行動をとれば、参議院を実質的に無力にすることができます。


そうすると、まともな人は参議院に出なくなるでしょう。

今の参議院は、昔の貴族院よりひどい、枢密院のような訳の分からない存在になっています。


今日初めてJリーグの試合を見に行ってきました。


平日の夜、しかもJ2とのことで観客は閑散としていましたが、応援は前後半ほぼ途切れることなく続きました。ホーム自由席の端の方に座ったのですが、ピッチの音(選手の声やボールを蹴る音)は、サポーターの音と声に消されてしまって、ほとんど聞くことができませんでした。


野球とサッカー、日本人が応援すると同じようになってしまうのですね。

プレミアリーグのような、観客のかたずをのむ音、ため息、拍手、歓声を聞きたいと思っても無理のようです。


これは好みだからしょうがないですね。僕は絶対的な少数派ですから。

野球場から足が遠のき、サッカーも無理みたいです。


今週末からはツールドフランスが始まります。残念ながら新城幸也はメンバーから漏れて日本人の参戦はありません。


ロードレースを見るたびに、ヨーロッパのスポーツ文化の奥深さを感じます。

日本が世界に誇れるのは、マラソンや駅伝の応援ぐらいですかね。