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大器は早成し、小器は晩成する

50代で仲間と一緒に飲食業を起業、煩悩即菩提的なブログ

ロンドンオリンピックのサッカー会場で竹島問題をアピールした韓国サッカー選手の処遇が取りざたされています。


韓国では当然視され肯定的に評価されているそうですが、韓国民は次のどっちの立場なんでしょうか。


1、韓国は、スポーツの場であろうがなかろうが、自国の主張が正しければ何を行ってもよいと考える国である。


2、韓国は、1のように考えているわけではないが、日本が相手だと何をやってもいいと考えている。


僕には、1と思えるようになってきました。


自虐史観の持ち主である僕は、長い間日本の支配によって虐げられた裏返しとして、韓国民から日本に向け多くの非難が向けられ、それは当然のことと受け止めてきました。


でも、今回のオリンピックでの韓国がかかわった出来事を見ていると、日本に対すると同様の傍若無人のふるまいを世界に向け行っているとしか思えなくなりました。


フェンシングでの抗議、バトミントンの処分への不平、サッカー会場での政治的メッセージ、自らの行為について何ら反省することなく、正当性を主張するばかりです。


そんなことを考えていると、日本でも韓国人のふるまいに対しては、当たり前に対応していくのがいいんだと思えるようになりました。


スポーツの場における政治的主張を正当化するのであれば、日本のスポーツ界は韓国人スポーツマンを忌避するしかありません。

男女ゴルフ、Jリーグ、プロ野球など、スポーツはオープンであるべきとの考えで解放しているわけです。

どんな場所であれ、日本への非難行為をおこなえば英雄になれる国民を、日本のスポーツ界は受け入れられるでしょうか。


これからは、親韓はもちろんありませんが、嫌韓でもなく、避韓がいいと思います。

昨日の女子サッカーで考えたことです。

いつものように、BS(どこでもいっしょですが)でサッカー中継をみたのですが、アナウンサーに何か違和感があります。


あっ、そうだ、もしかしたら、日本テレビか?

そうです、目の前で展開されている事象を中継しないで、事前に取材したことばかりを披露している日本テレビ型実況中継です。

野球で若年寄のような中継をしているのは勝手ですが(どうせ見ないので)、オリンピックの中継では視聴者は逃げようがありません。


そこで、思いついたのが、テレビの音を消して、ラジオを聴くことです。

ラジオをつけると、こちらはなかなか素晴らしい実況です。NHKの人です杉浦氏。長谷川健太氏の解説も迫力があってよかったですね。


もっとも、デジタルの時代になって、テレビが遅くなり、ラジオの中継が数秒先行するんですよね。

同時に聞く方がいいのか、ずれててもラジオを聴くのか迷いましたが、ラジオの音にしました。


ラジオの中継をしていた杉浦アナウンサーは、女子サッカーを知り尽くしていて、それでいて事前情報は必要最小限にし、現地からの実況に徹していました。

勝利しメダルが確定した時に、長谷川氏が、杉浦氏に女子サッカーを長年担当してきて、この日を迎え感慨ひとしおでしょうというようなことを言ってました。


中継では、女子サッカーに関する知識や経験や情報を全くひけらかすことをしなかった杉浦氏、その杉浦氏の思いを察して、最後に慰労の言葉をかけた長谷川氏、本当に素晴らしい中継をありがとうございました。



週末の反再稼働デモが話題になっています。


首相が、デモの人と会わないのを非難しているメディアがあります。


江戸時代の駕籠訴か越訴のように政治に参加する権利のない人の主張を、善政をしくべき為政者は聞くのが当然だ、というように聞こえます。


日本は、民主主義国家だと思っていましたが、デモ参加者や一部メディアは、気分は江戸時代ということのようです。


まさか、再稼働はやめろ、増税はやめろ、でも電力の安定供給と健全な財政運営は政治家の責任というのではないでしょうね。


再稼働を止めて、原発をすべて止めても、僕は別にかまわないと思っています。

その影響を、国民がすべて受け止めるなら。

再稼働デモを見るたびに、まさか参加する人は、高校野球を見ながらエアコンをガンガンかけたりしないんだろうなと思います。



先日、TBSラジオのディグを聞いていたら、最近はあまり聞かないのですが、ぼくのもやもやが吹き飛ぶような発言をゲストがしていました。


坂本氏という、関西大学の准教授でした。


いつもは、多少難しい話をしているようで、また深堀りをしているようで、あまり考えるのが得意でない一般人の代表である女子アナが共感するような内容になるディグで、女子アナが考え込むような(考え及ばない)展開になっていました。


民主政治は、よりましな方の選択である、少しずつしか前に進まない、という主張が、坂本氏の速射砲のような話しぶりが、スタジオを制圧していました。


ネットで、坂本氏を調べたのですが、まだ断片的にか紹介されていないようです。

社会人ゼミでもあれば受講したいと思いました。


私は、民主党の責任者が、不人気を承知で、また次の選挙で惨敗するのを覚悟しても政策を推し進めてるのを見て、日本の政治家のレベルの高さに安心しています。

また、次の選挙で政権を握った人も同様に不人気政策を推進するものと期待しています。



ロンドンオリンピックの柔道の成績が悪いためか、メディアの国際柔道批判がまたぞろ出てきています。


1、レスリングみたいだ。

2、ポイント制は、柔道にはなじまない。点取りゲームじゃない。

3、審判が柔道を知らない。

4、ジュリー制度はおかしい。


などです。

普段柔道など全く見ていない、コメンテーターが、知ったかぶりでいろいろと言っています。

それに、輪をかけるように、専門家も、国際柔道の現状とあり方を批判しています。


そんななか、生島淳氏の審判のごたごたで「このままではオリンピック競技から消えるかもしれない」と言っていたのが、問題の本質をついていました。


オリンピックで実施される競技は、国際的に普及していることが必須条件です。

ソフトボールと野球は、地域が偏っていることで外れてしまいました。


シドニーオリンピックの篠原の敗北は審判の誤審でしたが、国際試合で審判の技量により勝敗が逆転するようなことが頻発する競技が、オリンピックの実施競技に相応しいかどうか、一番憂慮したのが国際柔道連盟であることは、間違いありません。


そこで、ジュリー制度を導入し、誤審を減らそうとしたわけです。

ところが、ジュリー制度が実施されると、何のための審判なのかと、批判が起こるわけです。

そうであれば、審判への批判を控えるのか、誤審を受け入れるのかという、そうでもないのです。


醜さは、ボクシングやレスリングと同等です。


東京オリンピック以来、導入されて50年近くなるのに、満足な国際審判員が育たないのは、何に原因があるのでしょうか。三つ考えられます。


1、国際的に普及していない。

2、普及しているが、審判員の技術だけが上がらない。

3、柔道という競技の判定が難しすぎる。


原因がどこにあるにしろ、日本の柔道界の動きは、それを積極的に解決しようという姿勢には見えません。


昨日、小川直也氏がTVで言ってました。国際試合に出るときは、一本で仕留めないと何があるかわからないと教えられたと。日本の柔道界は、国際試合を全く信頼していないわけです。


よくそんなんで、国際柔道連盟に加入しているなあ、と思ってしまいました。

ただ、オリンピックでメダルが欲しいという目的だけですかね。


何年か前に、国際柔道連盟の理事に山下氏が落選して、日本の理事がいなくなったという記事を読んで、何でだろうと思いました。・・・指名理事制度があって、上村氏が理事になっているそうです。


当たり前ですね、国際柔道連盟に不信感ばかりをぶつけ、本家意識で日本連盟の流儀ばかりを押し付けようとするんですから。誰も支持しませんよね。


日本で行われている柔道が本物で、国際柔道は偽物というのであれば、日本は国際機関から脱退し、日本連盟の力で、日本の本物の柔道を世界に普及させればいいのです。


でも、今、オリンピックに出場できなくなって、日本の柔道の競技人口を維持することができるでしょうか。

できないんだったら、潔く国際柔道連盟に協力してはどうですか。


素人の僕が言うまでもなく、日本柔道連盟の現場の方々には、その方向で協力されている方がたくさんいるに違いないのです。

問題は、柔道を知らない、メディアや国民からの、柔道では日本が指導権を握れという圧力が、障害になっていると思います。