橋下市長が、桜宮高校の体育科の入試中止、体育科の先生の移動を主張して、各所から非難を浴びています。
橋元さん、維新のことは好きじゃないですが、今回の主張には賛成です。
昔のことですが、ミュンヘンオリンピックの時にパレスチナゲリラがテロによりイスラエル選手団を襲撃、死者がでました。事件後、選手村で行われた追悼式に日本選手団が出席せず非難されたことを思い出します。
仲間である主将が自殺して間なし、死を悼むこともなく新人戦に出場したがる生徒、それを戒めることもせず、出場の許可を自殺した生徒の両親に求める校長。
バスケットボール部やバレーボール部の制裁を、他クラブのことだと傍観していた体育科の顧問たち、普通科の先生たち。
暴力・制裁が当たり前の高校に入学したがる中学生とその両親。
人を自殺に追いやった教師を、自分たちにとって良い先生だったと擁護するOB。
結局、自殺した生徒が、特別なんだ。弱かったんだ。戦場で脱落した兵隊に手りゅう弾を渡して残していくようなことが、今の日本の高校の現場でも行われているのです。
高校の全国大会で、活躍した高校生が言う、「いろんな人に助けられた、みんなに感謝したい」という言葉がいかに空虚か。
思春期の大事な時期に、目先の勝利という価値観しか提示できない高校スポーツ。未熟な生徒であるからこそ、多様な価値観があり、多様な人間がいる社会であることを教えなければいけないはずです。なのに、金持ち・頭がいい・スポーツができる・喧嘩が強いなどの単純な物差ししかもたず卒業していくのです。
東京大学が、学生紛争の時に、1年、入試を中止しましたが、あれは大英断だったのでしょうか、愚行だったのでしょうか。