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大器は早成し、小器は晩成する

50代で仲間と一緒に飲食業を起業、煩悩即菩提的なブログ

最近のスポーツの話題を聞いていると、何のためにスポーツをやるのか、なんのためにスポーツがあるのか、わからなくなります。


高校バスケットは、全国大会に出るためにやっている、強くなれば、有名校に進学できる、その先には良い就職先が望める。そんなことのためなんですかね。部の活動停止期間が長くなれば強くなれないので一日も早い活動再開を望む。好きだったら、一人でやれることはいくらもあると思うのですが。


オリンピックから、レスリングがなくなりそうだと大騒ぎしています。でも、メディアには、おそらくレスリング好きは一人もいないわけで、メダルがすくなくなると言っているにすぎません。

国内でレスリングの試合があって、見に行く人がどれぐいらいるのか。スポーツとしてのレスリングに関心のある人は、競技者と親族くらいのものでしょう。


日本における、スポーツ競技への関心度でいえば、オリンピックに相応しくない競技は山ほどあります。

テコンドー、近代五種、カヌー、ヨット、ボート、アーチェリー、陸上トラック、ホッケー、トランポリン、などなど。

そのなかで、世界中で関心度が一番低いとされたのがレスリングであったにすぎません。


オリンピック競技でなくなって、競技者がいなくなるのなら、そんな競技はなくなってもしょうがありません。


野球やソフトボールがオリンピックから外れたって、競技は盛んに行われています。


次回から7人制ラグビーが行われますが、特に女子選手の層は大変薄く、他競技からオリンピック出場を目指す選手が移ってきています。

オリンピックがあるのですから選手が参入するのは当然ですが、別にラグビーに魅力を感じたわけでもなく、見るのが好きだったわけでもないのですから、これによって女子ラグビーが普及するとも思えません。


もし、オリンピック競技から外されたら、女子ラグビーはもとの非常に地味な競技に戻るのでしょう。


昨日の深夜、JSPORTSでイングランドのオックスフォードシティFCを紹介していました。今は5部にあたるリーグに所属しているとのこと。

でも、選手もサポーターも本当にサッカー好きで、楽しんでいるみたいです。


僕なども、20代後半から50歳まで、クラブでラグビー(いわゆる草ラグビー)をしていましたが、毎週の日曜日が待ち遠しく本当に楽しみました。


スポーツは、それをやることが楽しく、それに関わることが楽しい、そう思える人がやるものじゃないですか。

だから、お金もいりませんし、名誉もいりません、それを欲しがる人(プロ)を否定しませんが、それは、ほんの一部のエリートにしかできないことです。


よく、高校生や大学生の分際で、人に夢を与えるとかなんとかほざいている選手がいますが、大いなる勘違い、あんたたちは自分の楽しみのためにやっていて良いし、それほどの影響力のある大それたことはしていませんから。


自民党が先の総選挙で掲げた「日本を取り戻す」が国民全体に支持されているようです。政権支持率は跳ね上がっています。


今日は「建国記念の日」、自民党の女性幹部は、祝いの会の席上で、自主憲法を制定して本来の日本を取り戻すというような発言をしました。


まさか、聖徳太子の憲法十七条じゃないでしょうから、大日本帝国憲法が施行されていた期間(1890年から1947年)を取り戻すべき期間としているのでしょう。


その期間の何をもって日本の本来といい取り戻すべきだと言っているんでしょうか。


1、国際連盟の常任理事国であったこと→満州事変の調査報告書が気に入らないと、自ら連盟を脱退しました

2、国際軍縮会議に主要国として参加したこと、ワシントン海軍軍縮条約、ロンドン海軍軍縮条約→軍縮下にあっても軍事費は、国家予算の27%(1926年)から44%(1934年)まで拡大しました。

3、あちこちに領土を持っていたこと→朝鮮、千島列島、南樺太、台湾、南洋など、さらに1931年の満州事変で満州国を作って属国化、1937年以降は中国の占領地に傀儡政権を作りました。

4、天皇の神格化(国家神道)→天皇機関説の排撃、南北朝正閏論での南朝の正当化、統帥権の主張


その時代、確かに国権は拡張したかもしれないが、そのためにお金が使われ、国民の生活の向上は遅々として進まなかったような気がするのですが。


そんなにいい時代だったんですかね。幻想をまき散らしているとしか思えないのですが。

もっとも、歴史は現在が作るといいますから、自民党が日本の正しい歴史を作る作業をしているのかもしれません。


僕としては、日本を取り戻すではなく、このような日本(新しい国家像)にしていくのだと言ってほしいのです。

昨日NHKに竹中平蔵さんが出演していました。最後の方をちょっと見たのですが、規制緩和によって経済が活性化する話をされていました。


規制緩和によって、新たなビジネスが生まれるでしょう。確かに、通信の緩和によって、エクセレントカンパニーのKDDは合併され、ソフトバンクのような会社がうまれました。


でも、言えることは、市場にあらたな会社が生まれても、その会社が、特段、日本企業の体質を変えるわけでもなく、かえってブラック企業と呼ばれることを平気で行うこともあるということです。


また、規制緩和には、労働規制の緩和も含まれているわけで、労働者は、規制緩和によって入れ替わった企業に、より厳しい条件で雇用されることもあるわけです。


それが、グローバル化であり、労働者も努力が求められて当然ということなのでしょうか。


リクルートの江副さんがなくなりましたが、同時代に多くのリクルートマンを見た人間としていえることは、江副さんは多くの起業人を生み出したことです。規制緩和など、何の関係もなく、リクルートマンは、多くの事業を作り、多くの雇用を生み出しました。


規制緩和を求める企業人が、江副さんのようなマインドを持っているとはおもえません。ただ、規制緩和により生まれる市場に利益を求めているだけのようにしか見えません。

昨日、TVを見ていたら、元刑事が出ていて、昔は取り調べ室で暴力が当たり前と言って、ゲストが大笑い、また、婦警はブスばかりといって、ゲストが大笑いしていました。


取り調べの可視化が問題になっているときに、また、柔道の女子代表選手へのパワハラが問題になっているときに、それぞれを笑いものにしているTVのバラエティーの無神経と、それを見て喜んでいるだろう視聴者の馬鹿さ加減にあきれています。


今も、その不法・違法行為に苦しめられている人がいるとの想像もできないんでしょうね。


所詮、自分たちには関係ないこと、他者の痛みには無神経どころか、笑いものにして平気というのが日本人なんでしょうね。


そして、夜の10時になって、キャスターが急に真顔で出てきて、正義の味方ぶって言っていることには、頷き共鳴して、良識人ぶるのも日本人なんです。



教育における生徒の指導において体罰が可か否かは、この際置くとして、ここでは、スポーツにおける体罰について書きます。


メディアの議論を聞いていると、スポーツにおいて体罰は必ずしも成績の向上につながらないので体罰はよくないという話が出てきます。


何それとという感じです。

オリンピックで金メダルを取れば、日本で一番になれば、全国大会で優勝すれば、その効果が得られれば、体罰があっても良しとするのでしょうか。


そうじゃないでしょう。

何で、スポーツをやっていて、勝つために体罰が必要なんだという議論が必要じゃないですか。


いまどき、競馬でも鞭の回数が制限されている時代に、人間に鞭をふるうのが、勝つためだったらしょうがないという話を聞くと、スポーツマンは馬以下の扱いということなんですね。


まずは、体罰は禁止。暴力ですから、行った教師・顧問には刑事罰を課す。


そのあとに、効果のあるスポーツの指導とはどうあるべきであるか議論すべきでしょう。