自らを厳しく鍛える人は必要とされない社会 | 大器は早成し、小器は晩成する

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50代で仲間と一緒に飲食業を起業、煩悩即菩提的なブログ

日本社会、指導者に厳しく鍛錬された人材は必要としていますが、どうも、自らを厳しく鍛えるようなストイックな人は変わりものとして敬遠されるようです。


人に鍛えられなければやらない人より、誰に言われなくても自らを追い込む人の方が優れていると思うのですが、どうもそのような評価は得られないみたいです。


自らを追い込んで鍛える人は、仙人か変りものとみなされ、社会の一員としてはふさわしくないということのようです。


上位者や目上の人、指導者に厳しく指導され、従順に従う人が、日本の社会では歓迎されています。


厳格な上下関係、情緒的な師弟関係、理不尽な要求、などが日本人は好きなのです。

大学でも体育会を忌避して作ったはずの自由なサークルで、上下関係を厳格にして当たり前だと思っているのが日本人です。


生徒に体罰を加えて自殺に追い込んだ顧問を擁護するOBがいても当然です。

でもそれは、そのような顧問がいて自分は幸せだったというのことでしかありません。


所詮、そういう人たちは、他人の痛みは分からないし、個性も認めないということです。


顧問の先生、体罰を加えた生徒が自殺して、どうして教師を続けられるのか、どうして人間を続けられるのかわかりません。僕のような人間には理解不能です。


もっとも、日本社会の多数派から見れば、僕のような人間こそ、理解不能なのかもしれませんが。