エネイブル なぜ最強馬になれたのか?【種牡馬編】 | ドルフィンファームで逢いましょう!〜 一口馬主とテシオ理論、そして、うちの子〜

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競馬歴49年、血統マニアの私ドルフィンが、競走馬の血統や配合を、血のロマン、個人の好き嫌い、固定観念を交えて語るブログです。

うちの子ファニーは、2021年6月23日、虹の橋を渡りました。


中島国治氏の『血とコンプレックス』でテシオ理論に出会い、理論に心酔し、一口馬主を始めた私。以来、競走馬の血統なり配合なりを日々調べているのだが、どうしても、なぜ走ったのか?なぜ強かったのか?その理由を見いだせない馬がたまにいる。


そのなかの1頭が凱旋門賞2連覇の女傑、エネイブルだ。


彼女の配合に見られる最大の特徴はSadler's Wells S3×M237.5%)の強烈なインブリード。


テシオ理論ではインブリードは身体的(内蔵・骨格)精神的(気性・知能)弊害が生じるとして避けるべきとされている。特にテシオ自身、4代内でのインブリードはことごとく嫌って配合していたフシがある。


しかし、エネイブルの競走実績をみる限り、そのようなインブリードの弊害は微塵も感じない(個人的感想です)。


他にも、Nathanielの代表産駒で仏オークス馬Channel、彼女もSadler's Wells S3× M4を持っている。


  種牡馬のマックス活性は満7歳

従来のテシオ理論ではGalileoSadler's Wellsの関係性は最大活性=マックス活性=8遺伝(言い方は様々だが本ブログでは8遺伝と表記する)として扱われていることが多い。


Sadler's Wells 1981.4/11 

Galileo 1998.3/30(推定4/30種付)


種付日はあくまでも推定だが、Galileoの種付はSadler's Wellsの誕生日を19日過ぎている。


本当にマックス活性=8遺伝なのだろうか?


欧州のホースマンはテシオ理論をある程度周知していると聞いたことがある。そんな彼等が、このような危険な近親交配を試みるだろうか?


そこでバイブルである『血とコンプレックス』の原文をもう一度、読み直してみた。

『マッシモは最大、ミニモは最小、メーディオは中間の意味である。さらに見ると、ミニモ、第一、第二、第三、第四、第五、第六、マッシモと、より細かく分類されていた。(中略)これだ、と私は思った。頭の中で急いで計算してみると、マッシモは8歳(満7歳)、ミニモは9歳(満8歳)、メーディオは中間の馬齢を指していた』


この文章を素直に読むと満8歳が最大とは書かれておらず、満7歳がマッシモ、つまり最大活性期だと書かれている。あらためて活性値の変化を数字で表してみると、


0⇒1⇒2⇒3⇒4⇒5⇒6⇒7⇒0  

テシオ理論に素直に従えば、満歳はミニモ=0遺伝だと言ってはいないだろうか?


ここで問題になるのは0活性=ミニモに変わるのは何時か?ということだ。私が知る限り以下の4つだと思われる。


①誕生日を過ぎてから2ヶ月

②誕生日を過ぎてから1ヶ月

③誕生日を過ぎてから半年

④誕生日迄、満8歳


諸説あるが、正直なところ、どれが正解なのか解らない。中島氏も明確には示していないように思う。


種牡馬の最大活性=マックス活性=8遺伝、活性値8を与えられることについて中島国治氏は、特殊なケースだと言っている。


メジロマックイーンを例に挙げて、マックイーンの出産予定日とメジロティターンの誕生日が3月22日でピッタリ同じ、これをEX.Pと呼んで、この時に限り活性値8だ、と書いている。


メジロティターン1978.3.22

・メジロマックイーン1987.4.3

(1986.4.22推定種付、出産予定1987.3.22)


これをみれば、父メジロティターンの満8歳1ヶ月の種付なので②を指しているかのようにみえる。


しかし、大種牡馬Alydarの母 Sweet  Tooth(1965.4.17)と母父 On and On(1956.4.24)についても書かれていて、推定種付日を5月17日とすると、父の誕生日から23日経過しての種付で、この関係を中島氏は0遺伝だと言っている。こちらを採用すると④なのか?とも思う。


Galileoに話を戻すと、19日経過であるから、Alydarと同じパターンである。つまり、中島氏の論法から推察すると0遺伝であると言っているように思われる。


そこで、もし、GalileoSadler's Wellsの関係性が0遺伝だとしたら…


Galileoはネアルコ〜ノーザンダンサー〜サドラーズウェルズの系統から『真っさらな血』として分岐、母系のデインヒルがDanzigの0遺伝でもあるため、ネアルコから遠ざかったが故に大種牡馬になれた。

このように考えられ、さらに、


エネイブルはネアルコの弊害から逃れたこと、祖先の血が軽く、資質の固定に成功したから走った。


つまり、エネイブルが最強馬になれた理由は

『雑種強勢』

によるものだとはっきりする。


この課題には、更なる探究が必要だと思われるし、諸説あるので、また新しい何かを見つけたら記事にしたいと思うが、


『種牡馬のマックス活性は満7歳、満8歳はゼロ活性』


これが、私ドルフィンがエネイブルから得た最大の発見だと考えている。



最後までお読みいただきありがとうございました。