おはようございます。

 

8月8日の立秋までに暑中見舞いを出しますが、お中元もだいたいこの時期で8月15日のお盆までに届けられます。 (新盆をお祀りする地域は一か月早いかも知れません。)

 

私はこの3月まで鹿児島県の奄美群島で仕事をしていました。

当時のお取引先や友人から、暑中見舞いのメールや電話が届きます。

また、時に 「奄美の懐かしい味を思い出してください」 とメッセージを添えて、“パッションフルーツ” や “マンゴー” が送られてくる場合もあります (4件もありました)。

 

奄美群島の主要産業は観光のように思われますが、実は農業なのです。

サトウキビが作付面積の6割程度を占めますが、金額的には畜産 (肉牛の生産) が近年トップになっています。

次がサトウキビ、そして、果樹栽培が続きます。 たんかん等の柑橘類と南国のフルーツです。

 

現役を引退すると、その後は 「梨の礫 (なしのつぶて)」 が多いのですが、現地を離れても私を思い出してくれる方々がいることは、本当に有難いことで感謝に絶えません。

 

私は昔から 「人脈は造るものではなくて、残るものである」 と考えています。

 

異業種交流などで名刺を配っても時間の無駄だと考えています。 (もしそのような会合で名刺を配るのなら、ターゲットを一人にして1枚差し上げて、会合後に必ずアフターケアをするべきであると思っています。)

 

私の人脈は、自分の仕事を前向きにやっていると、その賛同者が必ず現れます。

この方々の中にこれからも長い期間お付き合いしていだける方が残ってきます。

しかも、特に仲の良い方々は、意外にもお取引先ではないのです。 仕事上の利害関係は一切ありません。

時々私の所に来ては、会社のこと、奄美のことなどを話して帰られる方々です。

 

昔から 「類は友を呼ぶ」 と言うではありませんか。

気が合う仲間は人生の宝物です。

 

でも、同じ時期に南国フルーツを沢山いただいても、夫婦二人では食べきれません。

そこで、マンゴー大好きな孫の登場となります。

 

 

 

8年半も奄美に単身赴任でしたので、孫は私よりは “ばぁば” の方に行きます。

孫娘はまだ私とは直接話もしてくれません。

いただいたマンゴーでちょっと点数を上げる作戦です。

 

 

令和元年8月6日     ドリス経営教室 西村

 

 

こんにちは。

 

福岡博多にある住吉神社にお参りに行きました。

ここは 「一度は訪れたい神社名鑑」 に載っている一宮です。

 

正確には、筑前國一之宮 住吉神社 と言います。

 

私の自宅の近くにある 「宗像大社」 が 「天照大御神 (アマテラスオオミカミ)」 が生み出した三女神を祀る神社ですが、それより前の 「伊邪那岐命 (イザナギノミコト)」 が 「島産み (シマウミ、つまり日本列島の形成)」 の時代に生み出した 「住吉三神」 をお祀りしている神社です。

謂れは古事記・日本書紀に遡りますので、歴史は1800年にもなります。

 

7月30日~8月1日に、夏を乗り切るための 「名越大祭」 が行われます。

この時だけ参道に “茅の輪” が設けられていますので、左回り・右回りと作法にそってくぐり抜けてお参りします。

 

 

ちょっと驚きですが、ここ住吉神社には住吉三神以外にも実に多くの神様が祀られています。

パワーを頂く 「古力士」 や、金運を授かる 「恵比寿様」 も祀られています。

だから相撲の九州場所の前には横綱が土俵入りを奉納します。

横綱が土俵入りする神社は伊勢神宮、明治神宮、靖国神社、熱田神社 (愛知)、それにここ住吉神社 (福岡)の五か所のみです。

なんとなく霊験あらたかな神社であることがお判りになられたことと思います。

 

それに忘れてはならないのが、「福分小判」 です。

宝くじに高額当選した参拝者が幸福を分かち合いたいと、2016年に金の小判を奉納したのです。

千円を納めれば、この複製を頂けます。

表に “鯉が龍神に成る図” が彫られてあり、「弥栄の福」 が成就することを祈念しています。

 

私も女房と一緒に “茅の輪” をくぐって参拝し、この夏の健康を祈願しました。

もちろん “福分小判” も頂き、サマージャンボの一億円がゲット出来るようにお祈りしました。

考えてみると、私はジャンボミニをバラで買っていますので、最高額で3千万円にしかなりません。

一億円は物理的に不可能ですが、世の書籍による 「お金持ち」 のグループに入るには資産1億円が最低ラインですから、この金額をお祈りしています。

 

私は 「人生も仕事も “運” が九割である」 と実感しています。

 

日々起こる出来事から如何に “運” を掴むか?

これが 「ドリス 経営教室」 の究極の課題です。

“運” は起こっている時は “偶然” としか意識されません。

しかし、後で振り返ってみると、その出来事は “必然” となっています。

 

だから私はせっせと神様にお祈りしています。

 

 

令和元年8月2日   ドリス経営教室 西村

こんにちは。

 

現役を引退してやっと自分の時間が自由に使えるようになりましたので、女房と二人で昔懐かしい “小倉祇園太鼓” を、昨日、観て来ました。

 

夫婦ともに北九州小倉の出身ですからよく知っているものの、しっかり見たことはないので、この際堪能しようということになったものです。

自宅を午前11時に出て、帰宅が午後9時過ぎになるという強行軍でした。

しかも、台風5号の影響で時折雨と風が激しくなるという悪天候の中をです。

 

先ずは腹ごしらえで、「お多幸」 で昼食をいただきました。

小倉では有名な “おでん屋” さんです。

味は関東風でちょっと濃い感じです。

 

 

里芋がおいしいとの評判です。

私にとっては 「煮物」 は奄美のターマンの方が粘っこくて、より美味しいと思っています。

ただし、福岡では手に入らないので残念です。

「お多幸」 も何年振りかしら、女房と結婚した頃に訪れた記憶があります。

 

そして、祭りの奉納先である祇園神を祭ってある “八坂神社” にお参りしました。

 

 

この神社の周縁も再開発されてビルが新しくなりました。

昔は地方百貨店の 「玉屋」 や 「ダイエー」 などもありましたが、今は面影もありません。

 

 

午後3時から小倉城横の大手門広場で 「競演大会」 があります。

それこそ50年程前などは会場の桟敷席には一般人は入れないような雰囲気でしたが、昨日は当日券に余裕があり、早速二人分を購入しました。

外国の観光客も見学しています。

 

 

 

多くの和太鼓が二拍子であるのに対して、小倉祇園太鼓は三拍子なのです。

しかも、歩きながらの両面打ちです。

 

お囃子は

 小倉名物太鼓の祇園

 太鼓打ち出せ元気出せ

 ア、ヤッサヤレヤレヤレ

と叫びながら街を練り歩きます。

 

400年も続いているお祭りですから、昔はどんな町内でも太鼓をたたいていました。

私も小学生の頃に町内の練習に出た記憶があります。

今は保存会を中心に100基位でしょうか。

 

強行軍で足を腫らした女房も文句を言うのを我慢して最後まで付き合ってくれました。

小倉で育った者のルーツかも知れません。

「太鼓があるから、小倉たい!」

を堪能した一日でした。

 

 

令和元年7月21日   ドリス経営教室 西村

 

おはようございます。

 

「見切り千両、損切り万両」 とは、株式投資における格言で、大きな損失を出す前にある程度の損失を覚悟して損切りすることの大切さを説いたものです。

もちろん、損切りするタイミングはとても難しいものです。

 

今日は、「ピッパの法則」 で直ぐに行動した後に、どうするかというお話しです。

 

その対処法は、本当は簡単なことなのです。

上手く行けばそのままどんどん続ければよいことですし、「ちょっと可笑しいな」 と感じれば早めに方向転換することです。

何故かと言えば、神様の後押しがあるか、それとも、警告を発しているかの違いだからです。

昨日もこの判断を迫られる事柄がありました。

 

でも、この損切りがなかなか決断できないものです。

しかもある程度の資金を注ぎ込んでいる場合はなお更です。

 

では、結局は最初の資金はどの程度注ぎ込めばよいかという話になります。

 

手許の余裕資金で動いた場合は、早めの損切りをして 「一つ勉強になった」 と考えた方が賢明です。

「人生に失敗はない、経験があるだけだ」 とも言われますが、損切りにより後の生活に窮することになれば、そんな理屈では生きていけません。

 

やはり自分の調達資金の範囲を考え、取り組む事柄の事業性 (採算性) を十分に検討することが一番であると言えるでしょう。

私も過去に大きな失敗をしました。

でも、自分の調達できる資金の範囲 (手許資金、換金できる資産、金融機関や女房や親からの借りられる金額) 内で、損切りをしましたので、神様からも見放されず現在の生活が出来ています。

今は 「失敗は経験」 として大きな財産 (価値) になってくれています。

もちろん金銭的には打撃です。 住宅ローンを含め金融機関の借入金はすべて返済しましたが、女房には申し訳ないことをしました。

 

現在は 「貸金業法」 により借入金の総額規制や借入金の上限金利が決まっていますので、借入金が必要な場合は、「事業性」 の判断をしてくれる銀行から借りることです。

長期の設備投資をする場合は、DCF法 (Discount Cash Flow Method) という評価方法もあります。

 

消費者金融から借りる場合は300万円が限度だと思ってください。

600万円を借りた場合は 「麻薬と同じ」 です。

一生借金から抜け出せない事態となりかねません。

 

私は東京世田谷の 「豪徳寺」 を女房と訪ね 「招き猫」 をいただきました。

8号25cmの高さで2番目に大きなものです。

 

 

 

右手を挙げているものは 「金運」 を招き、左手を挙げているものは 「人」 を招くと言われています。

豪徳寺のは右手を挙げていますから 「金運」 です。

他の猫と違うのは小判を持っていません。

ここの猫は 「機会 (チャンス)」 を与えてくれるもので、結果として得られる小判は自分の努力次第と言われています。

私はこの素朴な白い招き猫がとても気に入っています。

 

また、東京に行く機会があったら、女房とこの猫達に会いに行きたいと思います。

 

 

令和元年7月11日   ドリス経営教室 西村

 

 

こんばんは。

 

宗像大社の本殿前特設会場で、和楽器と洋楽器のコラボによるコンサートがありました。

午後6時からのライブを聴いて、今自宅に帰ってきたばかりです。

 

題名は 「響」 × 「娯」 ~ 海に祈る世界遺産奉納コンサート です。

「響 (ひびき)」 は、和楽器ユニットの 「AUN J クラシックオーケストラ」 です。

「娯 (たのしさ)」 は、H ZETTRIO の笑って踊れるピアノトリオです。

 

 

 

 

私はラジカセよりちょっと高い機器と別添えのスピーカーでいつも音楽を聴いています。

老人性の難聴が出始めて高い音が聞き難くなっていますが、私の聞こえる音域は全てカバーしていますので、満足しています。

しかし、今日のライブを聴くと、音楽は身体で聴くものだと、あらためて認識しました。

 

迫力が違います。

これがどこから来ているかというと、自分が耳で認識できない音も身体で感じることができるからです。

つまり、「音」 = 「振動」 です。

 

人間も含めて全ての物質は 「素粒子」 と 「その振動」 で出来ています。

 

耳で認識できなくとも、私の身体に直接、振動で働き掛けてきます。

だから、聞こえる範囲の音域だけでないので、ライブの迫力は違います。

私を形作っている素粒子に直接響くのです。

 

今日のコンサートは、和楽器も洋楽器も各々素晴らしいと思いましたが、特に、トリオのピアノとコントラバスは凄かったです。

H ZETTRIO の福岡公演が12月にありますので、これは女房と一緒に是非聴かねばなりません。

 

 

令和元年6月29日   ドリス経営教室 西村

こんにちは。

 

午前中に話題の映画 「歎異抄をひらく」 を観に行きました。

 

歎異抄の著者といわれる “唯円” が親鸞聖人と出会い成長して行く姿を描いた映画です。

原作の 「高森顕徹氏」 も、出版社の 「一万年堂出版」 も、 「浄土真宗」 に関係がありますから、この映画はその啓蒙版とも言えるでしょう。

 

「善人なおもって往生を遂 (と) ぐ、いわんや悪人をや。」

という有名な一文が中心課題です。

 

私は、この “善人” と “悪人” の定義が、映画の中の説明では明確に理解できませんでした。

なんとなくおかしいという印象のまま終わってしまいました。

前回のブログ 「生きる意味って何だろう?」 の1つの解答になるかも知れないと思い観に行きましたが、ちょっと期待はずれでした。

「生きる意味って何だろう?」 へのヒントとしては、私は次の二冊の書籍を推薦します。

 ① 「あなたがこの世に生まれてきた意味」 諸富祥彦著 角川SSC新書

 ② 「生きる意味 109」 長南端生著 一万年堂出版

 

映画の中で、人間の煩悩は消えないと言っていました。

浄土真宗は大乗仏教なので、煩悩は断ち切るのではなく、生きる原動力としてうまく利用すべきと教えているはずです。

 (注) 禅宗に代表される小乗仏教では、煩悩を断ち切ることにより心安らかな悟りの世界へ導かれると説きます。 したがって、修行が大事です。

 

私の煩悩は108個、女房の煩悩はそれより多いはずですから、女房本来の優しさに、私が食事という条件を付加すれば、付き合ってくれます。

女房には全然興味のない映画で申し訳ないことをしたと思いましたが、昼食は福岡キャナルシティの “カフェオットーシクロ” でした。

 (注) ドリス経営教室では、夫婦が長く続く要因は出来るだけ多く 「同じ経験をする」 ことだとお話ししています。 だから、私は女房の買い物にも喜んで一緒に行っています。

同じ映画を観て、お互いの感想を述べます。

 

 

カフェオットーシクロでの昼食

 

 

 

女房は 「歎異抄をひらく」 より、キャナルシティの中庭の噴水の方がいいようでした。

本日は、私達夫婦は二人とも 「お浄土」 へは行けないことを確信した次第です。

 

 

令和元年6月27日   ドリス経営教室 西村

こんにちは。

 

政府の 「2000万円年金問題」 は、“老後の不足額を準備しろ” ということですが、この数字も非常に楽観的なように感じます。

私から言わせていただければ、政府の年金計算の前提が曖昧で、答弁の度に言い逃れているだけのように思います。

 

でも、もし老後資金を準備できたとしても、それ以上に大きな問題を各人が抱えていることに気が付いていません。

 

それは生活費があるということは生命が維持できるということだけで、私などのように現役の一線を退いた人間が年金で生きられても、「何をもって生きなければならないのか?」 という課題にヒントはないのです。

 

だだ生命が維持できればいいのでしょうか?

 

私の実父や義母の “死に様” を見ていると、これからの15年をつくづく考えさせられます。

私はもう死んだ方が幸せなのではないか、と自問させられます。

 

ホスピス医の小澤竹俊先生によると、「誰かに看取られて、この世を去れるなら、それ以上の幸せはない」 と言われています。

私の実父の場合は、私の孫娘 (父からはひ孫) が父に砕いた氷をスプーンで口に運んだのが最期でした。

その時の嬉しそうな顔は今でも覚えています。

 

私の生徒さんにこんな方がおられます。

「宝くじで1億円当たったらどうしますか?」 という問いに、

「半分は女房に、半分は子どもにあげて、私はどこか他の土地に行く。」 という答えでした。

この生徒さんも 「人生の目的は何か?」 という命題をずっと抱えておられるように思います。

 

  (注) 経営教室でのこの宝くじの問いは、自分のやりたい事を具体的に考えておられる方は明確な返事が即答できるので、時々使っています。

「取り敢えず貯金します。」 は、経営者としてはちょっと考えものです。

 

宗教的には、各人の目的をもって神様が人間をこの世に送り出している、という答えになります。

 

約一億個の精子の競争から卵子と合体したのは “あなた” です。

しかも、お先祖様の誰一人欠けても “あなた” はこの世に存在していません。

したがって、あなたが今存在していることは、それだけでも奇跡なことなのです。

 

さあ、神様は “あなた” に何を託したのでしょうか?

 

現役を引退して不十分でも年金を頂ける身分となれば、肉体が健康に存在すること以外にどんな目標を持てばよいのかと、自問する毎日です。

 

人間が病院のベットの上で最後に考えることは 「もっと自分らしく生きておけば良かった」 ということが一番多いそうです。

ドリス経営教室では、自分の目標へのヒントを考えながら、心の悩みを少しでも軽くすることを実践します。

私が一番悩んでいるのかも知れません。

 

ホームページの冒頭の写真に 「光の中の向日葵」 を入れているのは、この状態を目標とするからです。

我が家の庭にも向日葵を植えました。

成長するのが楽しみです。

 

 

 

令和元年6月22日  ドリス経営教室 西村

 

おはようございます。

 

2017年9月公開の映画 「僕のワンダフルライフ」 では、ゴールデン・レトリバー (名前はベイリー) が大好きな飼い主 (名前はイーサン) に会うために、犬としての3回の生死を繰り返して、年齢を重ねた飼い主にやっと会えるというパッピーエンドのお話しです。

 

 

昨日、女房がツタヤで借りたDVDを夕食後観ました。

したがって、今日は 「輪廻転生 (りんねてんしょう)」 のお話しです。

 

輪廻転生とは、人間が何度も生死を繰り返しながら生まれ変わることを言います。

輪廻は車輪が回る様子で、転生は生まれ変わることを意味しています。

 

仏教、古代神道、バラモン教にも、この考え方があります。

多分、ギリシャ哲学にもあったように記憶しています。

 

これは 「人間とは何か?」 という大命題に繋がる基本的な問題なのです。

 

「私」 の正体は 「生命エネルギー (=魂)」 で、肉体は乗り物であると考えます。

肉体は滅んでも魂は生き続けます。

この世に生まれてきたのは、魂が楽しむためで、「魂の成長」 が人生の目標になります。

 

映画では 「犬」 は 「犬」 に生まれ変わって、また人生 (犬生) をやり直して、目的に近づいていきます。

 

しかし、「人間」 が次も 「人間」 に生まれ変わるという保証はどこにもありません。

私達も何かあると無意識に 「前世は〇〇だったかもね~。」 と言うこともありますよねぇ。

次は 「蛙」 かも知れませんし、「馬」 かも知れません。

 

 

今日の 「ドリスの大原則」 は、 2016年5月5日 (私達夫婦の結婚記念日) に訪れた黒川温泉の宿 「山みず木」 でいただいた言葉で締めくくります。

 

それは、「二度とない人生だから」 です。

 

 

 

 

私は後15年間生きることが生命の目標ですが、その後は 「私」 としては何が起こるか全く判りません。

次は 「こんな人生を送りたいな」 とか、「絶対、野球の選手がいいな」 とかを考える余地がないのです。

残酷ですが、振り返ってやり直すことは出来ません。

 

つまり、後15年が全てなのです。

だから、今ある人生を大切にしなければなりません。

 

トリス経営教室では、 「今、ここ、私でパッピー」 が実現できるにはどうすればよいかを一緒に考えていくことを目標にしています。

 

 

令和元年6月20日   ドリス経営教室 西村

 

こんにちは。

 

今は日曜日の昼下がりです。

今朝まで降っていた雨も上がり、さわやかな天気になりました。

 

私は自由業で、気分は 「サンデー毎日の社長さん」 です。 (いつも日曜日のように自分でスケジュールが立てられます。)

 

二階で経済学の書籍を読んでいると、“あい” がのこのこと上がって来ます。

何かしらカマッテもらいたいのでしょう。

トントンと頭を二つ撫でてやると、二階のベランダに出て、外を眺めています。

 

私が本に疲れて、ベットで横になっていると、“あい” は先代の “さくら” が使っていた犬小屋で寝ています。

 

 

 

三時半からは “あい” の散歩の時間ですから、それまでは一緒に微睡むことにしましょう。

 

 

令和元年6月16日   ドリス経営教室 西村

 

おはようございます。

 

現在、国会では金融庁の審議会が 「老後資金として2000万円必要」 との答申を公表するとか、しないとかで揉めています。

 

政府は 「100年安心の年金政策」 を打ち出していますので、「年金以外に 2000万円 もの自己資金を準備して置かなければ老後は生活できない」 との答申が出されれば困ったことになります。

でも、民間の試算で既に 「3000万円」 なりの準備をしないと安心した老後は迎えられないとは言われてきておりますので、“何を今さら” という感じがあります。

 

「何歳まで生きるのか」 は神のみぞ知る領域ですが、私は一応平均寿命の85歳を節目として計算しています。

女房は自分はそこまで生きる自信はないと言っていますし、看板犬 “あい” も後15年弱の命でしょう。

 

我が家の寿命は後15年として、何を目標にしているか? というと、

 

 「魂が喜ぶように残りの人生を楽しむ」

 

ように行動しています。

 

では、十分な老後資金が確保できているのかと思われますが、そんなことはサラサラありません。

「幾らあれば十分か」 という数字は、私がアフラックの保険代理店 (現在は止めています) の研修の時に試算したもので私が納得したものがありますし、これに、自分の人生の目標をアレンジすれば、「残りの人生はこう過ごしたい」 という方向性が見えてきます。

 

私が勉強するのも、経済教室でセミナーを開催するのも、女房と一緒に旅行するのも、全て自分の人生を楽しむためです。 お金の心配をして楽しむことを遠慮することはありません。

「2000万円」 の自己資金がなければ安心した老後は過ごせない、というようなマイナスイメージは持っていません。

 

この世に生まれて来て、お金に振り回されて、人生を終わるなんて、まっぴらです。

 

という訳で、昨日は女房と一緒に ディズニー映画の実写版 「アラジン」 を見て来ました。

 

 

 

企業経営のモチベーション理論に 「マズローの欲求段階説」 というのがあります。

これは、① 生理的欲求、② 安全の欲求、③ 社会的欲求、④ 尊重の欲求、⑤ 自己実現の欲求、 と低次から高次へ人間の欲求は成長していくものであると説いたものです。

 

最後は ⑤ の自己の向上、あるいは、自己の潜在的能力を実現したいという欲求 となります。

 

ディズニー映画はどれを見ても、⑤ の自己実現の欲求 をプラスの思想で満たしてくれますので、エネルギーの補給になります。

 

 

令和元年6月14日   ドリス経営教室 西村