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キルギスに生きる/写真ブログ

青年海外協力隊として、
中央アジアのキルギス共和国にて野菜隊員として活動中。
キルギスの話をするブログ。

サンタシュを越え、どんどんカザフスタンのゲートへ近づいていくにつれ
どんどん広大な草原になってきます。

ステップ気候ってやつですかね。
木は全然見当たりません。
とにかく広くて何にもないんですよ。

ぼくがキルギス生活で見た中で一番広い草原だと思います。

キルギスって国土の40%が標高3000メートル以上の山々で、
70%が1500メートル以上ですからね。
平地っていうとほとんど農地化されているので、意外とこういったところって少ないんですよね。

今度は冬にでも来てみたいなと思っています。
一面雪景色ってのも綺麗そうかなって。


それでは写真です。



草原の向こう側はカザフスタンです。






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イシククル州からカザフスタンへ行くには2つルートがあって、
一つはチョルポン・アタからのルートですが、こちらはタクシーをチャーターしなければいけません。
(チョルポン・アタからカザフ行の車が出ていますが、こちらはチュイからのルートです)

そしてもう一つはイシククルのチュップ県からのルートがあります。
このチュップからのルートは道がすごく悪いのであまりお勧めできませんが、
景色がすごくいいんです。

その景色の写真は明日にでも載せるとして、
今日はそのカザフへの道沿いにあるサン・タシュという場所を紹介します。

カザフへの道を進んでいると道路のわきに記念碑が見えてきます。
これが目印です。




この記念碑は1916年にロシアとの戦争で、キルギスの兵士がこの場所まで追われてきたというものだとのことです。

この記念碑のところから右へ道があるので、そこを1キロばかり進むとサン・タシュが左手に見えてきます。

地球の歩き方にも載っていますが、
草原の中に丸い石のたくさん積まれた小山があります。
これがサン・タシュです。



これは戦争に向かうときに戦争に行く兵士の数と帰って来た兵士の数を数えるために置いたと言われれています。

ちなみに写真の石の山の左にも小さなものがあるのですが、
こちらが帰って来た人たちの石の山です。

が、小さすぎて草におおわれてしまっています。

つまり、行くときの石はたくさんで、帰って来た人の石は少ししかありません。
それだけ戦争から帰って来た人が少ないという事らしいです。

ちなみに、ここはシルクロードのキャラバンサライの跡でもあるようです。
こちらはソ連の頃に考古学調査が入っているので本当だと思われます。

車をチャーターしなければ行くことが難しいアクセスの悪い所ですが、
(一応バスがあるが1日に1本しかないしかもいつ来るかわからないバスなのでお勧めしません)
興味がある方は是非行ってみてください。


それではまた明日。





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キルギスの草原とかで赤いポピーが咲くのはわりと有名なんですよね。

キルギスでというか中央アジアの草原ではどこでもそうだと思いますが。
いや、むしろヨーロッパとかでもあるとは思いますが。


でも、知識のないぼくとしてはキルギスで咲くポピーといえば赤いポピーだったんですよ。
ところがそうじゃなかったんですよね。

ちょっと前にクズルスー村の川を遡りながら散歩してたんです。

その道中で黄色いっていうかオレンジに近い花が咲いていて、
近づいてよく見てみるとポピーじゃないですか。

キルギスで野生に生えているそれと言えば赤だと思っていたぼくとしてはちょっぴりだけ感動しました。
一面にというわけではありませんでしたが、数株生えていました。

そして別な日にジェティオグズのコックジャイクというところに行ったんです。
そしたら、そこの川沿いの薄暗い所でも別な種類の黄色いポピーが生えてたんですよね。
こちらも群生しているわけではありませんでしたが、きれいに咲いていました。

てわけで、今日の写真は黄色いポピーの写真です。


こっちがオレンジっぽいやつ。


こっちがジェティオグズで見つけたやつ。


てか、日本と環境が違うとは言っても
日本では園芸種としてよく見る植物とかそれに近いものが野生で生えている所を見れるというのはなんかうれしいですよね。






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