2月28日。薄日指す曇り。

バングーバー五輪最終日、東京マラソンのこの日。

梅がけっこう咲いているという話。

天気予報は雨だったが、午後から晴れてきたので、用事を済ますともう17時だったが、出かけることにした。

世田谷・梅ヶ丘の羽根木公園までのぷちチャリ旅だ。


ルートは、往路は中野通りをまず南下。

大山交差点で井の頭通り、環七通りに出る手前で左斜めに曲がって環七の羽根木交差点を突っ切る。

しばらくだらだらと行くと羽根木公園の北端に着いた。

だいたい30分くらい。

ちょうど日没となったが、街灯に照らされた花は写真が撮れるくらいの明るさはあった。

自然光ではないから白梅なのに黄色っぽく見てしまったけれど。


ぷちジャニ日誌


帰路は梅ヶ丘駅前の赤堤通りで世田谷代田駅まで行って環七に出て、あとはずっと環七を走る。


中学3年生から会社に入ってしばらくまで梅ヶ丘に住んでいた。

羽根木公園ではよくジョギングをしたが、周りの変化に比べて公園は変わらないのがいい。

なつかしい。

平均時速が遅いのは、公園の中を自転車を押して歩いたため。


走行時間 1時間15分35秒

走行距離 21.44km

平均時速 17.0km/h

11月8日。うす曇りときどき晴れ。


11月とは思えない暖かさ。

しかもカラッとしていてじつに快適で気持ちいい。


中野通りで大山、三角橋から三宿、五本木、自由が丘。

そこから走りやすい自由通り、中原街道といういつものルートで等々力競技場へ。

Jリーグ首位の川崎フロンターレ対ジェフユナイテッド千葉の試合を見に行った。


川崎は鹿島を突き放したい。

千葉はもっと切実で、今日負けたら降格確実。

千葉側のスタンドには「一部死守」の横断幕がかかった。

どちらも引き分けでは終われない試合だった。

ぷちジャニ日誌-20091108等々力競技場1

前半はどちらもあまりよくなくて、守備の隙を突かれた川崎が1失点した。

しかし川崎は後半に中村が誘うようにゴール前に仕掛けたドリブルでうまくPKを取る。

これをレナチーニョ決めて流れを引き戻した。

カウンターのスピードと個人技の高さで追加点を奪う。


しかし、その後が続かない川崎。

何度も決定的なシュートシーンを逃し、攻められる。

千葉の守備は集中していた。

だから、なんとなく予感があった。

その予感どおり、あと2分のところで千葉が追加点を入れた。

これは本当に素晴らしい粘りだったと思う。

しかしすぐ後に、とうとう守備の踏ん切りがきかず、カウンターからの速攻でレナチーニョがハットトリック!


ぷちジャニ日誌

試合終了後のモニターには泣きじゃくる千葉サポーターが大映しになっていた。

まあ昨シーズンの残留が奇跡的だったのだから、どうしてその間にテコ入れできなかったのだろう。


帰りの多摩川沿いの道でどうやらスピードメーターを落としたらしい。

なので距離などがわからない。

往復でだいたい45キロくらいだろうか。

11月3日。快晴。肌寒い一日。


先週、サイクルショップで新しいグリップを買った。

今までのは直射日光を浴びすぎて溶け溶けになっていた。

人間工学的に考えたドイツ製とかで、4000円以上した。

その甲斐あって、気持ちいい。


武蔵五日市駅をゴールにした周回コース。

10時45分出発。

まず多摩湖自転車道を行き、八坂駅を1500メートルくらい過ぎて、立体交差を登り新青梅街道へ。

多摩湖自転車道は人が多く障害がたくさんあって、じつはあんまり走りやすくない。

新青梅街道は二車線だが道幅が狭く車が多く、走りにくい。

途中で迂回したりしたが、青梅まで遠く感じた。


頭上をアメちゃんの軍用機がぶんぶん飛んでいく横田基地を過ぎ、青梅街道に合流。

千ヶ瀬5丁目交差点を左折して秋川街道へ。

この先の山道がつらかった。

はじめての山道。

何度も休憩し、いっそ引き返そうかと思った。

休憩すると大嫌いな女郎クモが山中のせいか異常に巨大化して巣を張っている。

泣きたい気分だ。


もう少しがんばろうと思って登った先で下り坂が始まった。

なんという幸運か。

つらい登りを制したあとの下り坂は素晴らしく気持ちいい。

達成感と快感でむせび泣く。

この間の最高時速が48.2キロ。


下ってあっという間に武蔵五日市駅に出る。

14時45分。

4時間経っていた。

ここは一つの目標になっているらしく、他にもロングライドの人がいた。


ぷちジャニ日誌

駅前でコーヒーとチョコパンを食べて休憩し、15時ちょうどに駅を出る。

帰路は駅前が始点になっている五日市街道を走る。

横田基地にぶつかって迂回するが、五日市街道を直進し、天王橋で玉川上水通りを行く。

武蔵野の面影を残した素晴らしい通り。

思わず40年前に歌っていた祖師谷小学校の校歌を思い出した。


終点で再び五日市街道に合流し、しばらく行って小平上水沿いに走る。

さらに上水桜通りで小金井付近を過ぎ、千川上水沿いにいつものルートで帰る。

自宅に着いたのは17時50分。

ほぼ7時間の自転車旅となった。


走行距離は以前の高尾山往復を超えた約94キロだが100キロには至らず。

平均速度は山道や自転車道で遅くなったため。

47歳最後の一日を満喫できた。


走行時間 5時間16分46秒

走行距離 93.94km

平均速度 17.7km/h

最高速度 48.2km/h

10月4日。薄曇ときどき晴れ。


夏のあいだ、週末はずっと仕事だった。

いろいろと筆舌に尽くせないプレッシャーだった。

そのあいだはクロスバイクはお休み。

ようやく仕事がゆるくなり、涼しくなった9月からときどきジテツー。

そして、週末ややロングに走ったのは、やっと今日。


等々力競技場で川崎フロンターレのホームゲームを見に行った。

横浜マリノスとの神奈川ダービーだった。

写真のように今日はゴールの真裏で見た。

川崎のホームゲームの自由席は、いつも数よりかなり大量にチケットを売るので、ぎりぎりでスタジアムに来ると立ち見になる。

今日も13時のキックオフ直後だったので、ここでずっと立ち見になった。

振り返ると、ぼくはこのスタジアムで座って見たことが一度もない。。。


ぷちジャニ日誌-等々力競技場20091004

Jリーグは鹿島が苦戦して優勝争いが俄然面白くなっている。

この日の結果は2対0で川崎が勝ち、等々力は明るいムード。


競技場を頂点にした周回コースにした。

往路は、高円寺陸橋脇から荒玉水道道路、砧を越えて野川にぶつかって左折、川沿いのサイクリングコース。

二子玉川手前で多摩堤通りに出て、二子玉川交差点から二子橋を渡り、多摩川サイクリングコース。

復路は、多摩川サイクリングコースから中原街道、自由通りを北上し八雲を右折。

しばらく行って中野通りに出て帰ってきた。


10月だというのに、この日は暖かかった。

アンダーアーマーのTシャツ一枚で通せた。


走行時間 2時間47分28秒

走行距離 46.45km

平均速度 16.6km/h

5月4日。薄日差す好天。


ゴールデンウィークだが、例年通り何の計画もない。

朝早く起きたのと、天候がいいので、思い立って自転車に乗ることにした。

もっとも、あんまり遠くへ行く心の準備はない。

ということで、近場で海を見たくて城南島に行くことにした。

羽田空港の隣にある埋め立ての人工島である。


ルートは、中野通り、山手通りで大崎まで行き、第一京浜に。

そのまま南下し、大田市場のある島が城南島。

もっとも海寄りに海浜公園があり、そこで休憩する。

2時間くらいで着いた。

羽田空港にひっきりなしに飛行機が離発着する。

1分に一機は来るだろう。

それがかなり近い距離に見えるので、望遠レンズを抱えた大勢の写真マニアが撮影している。

下の写真で、愛車に向こうの東京湾、そしてその奥に着陸寸前の飛行機が見えるだろうか。


ぷちジャニ日誌-城南島


売店で買った軽食を食べて、帰路に同じ島にある東京港野鳥公園に立ち寄る。

湿地を再現して、さまざまな野鳥が飛来できるようにしてある。

観察小屋というのがあったので入ったみたら、中にはびっしりアマチュア写真家がいた。

静まり返って何十万円もしそうな機材で鳥の写真を撮っている。

バードウォッチングの愛好家がこんなにいるとは知らなかった。

また、ここでも飛行機の写真を撮っている人がいた。


帰りは湾岸通りを北上し、海浜通りで新橋に出て、銀座から皇居を回り、半蔵門から20号線。

新宿経由で戻った時間は15時半過ぎだった。


走行時間 3時間24分43秒

走行距離 61.43km

平均時速 18.0km/h

3月21日。快晴で暖かい春日。風強し。


今週月曜日の16日からジテツーを再開した。

寒いときはちょっとへこたれていたが、今週はたまたま暖かいせいか、やっぱり気持ちいい。

月曜から木曜まで毎日ジテツーし、呑みも自転車で行った。


今日はJ1の横浜F・マリノス対柏レイソルの試合を見に、日産スタジアムに行った。

日産スタジアム行きは、じつはリベンジである。

自転車を始めた2年前に、一度チャレンジしたのだが、コースの選び方が悪かった。

坂道の連続で嫌気が差し、キックオフにまったく間に合わなかったこともあり、途中で引き返したのだ。

それ以来、新横浜には何となく苦手意識があった。

サッカーの試合を見に行くだけなら近場の味の素スタジアムでもよかったのだが、あえて日産スタジアムにした。


といっても、往復直線コースではつまらないので、迂回して行くプランに。

朝10:50分に出発。

環七の高円寺陸橋脇から荒玉水道道路の始点を入り、世田谷区まで南下する。

終点まで行かずに、野川沿いのサイクリングコースを行こうとしたが、間違えて、その前の仙川沿いに。

すぐ気づいて道を戻り、野川に着いた。

ちょっとした公園があり、ソメイヨシリでいないが写真のように桜がきれい。

思わず自転車を留めて、休憩した。


ぷちジャニ日誌-野川の桜


これがいけなかった。

何を錯覚したのか、公園を出るときに逆方向に行ってしまう。

そのまま気づかず、サイクリングコースの気持ちよさに調子に乗ってどんどん進む。

住居表示が突然、調布市になったので、さすがに気づいたが、すでに国領まで来ていた。

サイクリングロードから国道20号線を左折し、調布署の前を通り、国領駅から狛江通りで戻る。

世田谷通りの三叉路に出るので、世田谷通りで多摩川を渡る。

すぐ多摩川のサイクリングコースに出た。

本来の往路の計画だった二子橋までようやく戻る。


そのまま多摩川沿いに丸子橋まで来て、中原街道へ、そしてすぐに綱島街道。

新丸子駅前で昼飯にする。

あんまりおいしくない割りに値段が高いつけめんを食べた。

本当は二子玉川の二子橋ふもとにあるお気に入りの博多ラーメンを食べようと思っていたのに。。。


店を出たら14:00になっていた。

道の間違いのロスがあったせいで、さすがにかかり過ぎ。

キックオフまであと1時間だ。


綱島街道をひたすら南下し、鶴見川で、また川沿いのサイクリングロードに入る。

ところが、川の右側を走ったら、途中で分岐する早渕川沿いに行ってしまう。

地図を注意深く読んでいなかったための間違いだ。

本当に今日は川でよく間違える。

1キロ以上行ってやっと気づき、戻る。

工事中が多かったが、サイクリングロードとしては、多摩川などよりずっと走りやすい。


行く手に日産スタジアムの屋根が見えてきた。

みょうに時間がかかったが、何とかリベンジ達成の実感がわいてきた。

スタジアムに着いたのは、キックオフ15分遅れの15:15だった。


ぷちジャニ日誌-日産スタジアム20090320


すでにマリノスが1点先取していた。

生ビールを飲みはじめてすぐにセットプレーから中澤が追加点。

前半終了近くにレイソルが1点取ったが、すぐにマリノスが1点取り返し、3-1で前半が終わる。

まあ結果は終始優勢なマリノスの勝ちが見えたな、後半は途中で帰ろう、などと思ったのだが。。。

サッカーは本当に最後までわからない。

後半の60分過ぎ、レイソルは11番のポポという選手を交代で入れると、にわかに流れがよくなった。

エースストライカーのフランサとのコンビネーションがよく、まずフランサが1点。

そして終了間際に二人が見事に絡んで、ポポの素晴らしいシュートがネットに突き刺さった。

これで同点で試合終了。

マリノスは中澤がいながら2点追いつかれ、レイソルはアウェーながら2点追いついた。

満足度が高いのがどちらか明らかな試合だった。


帰りは直行コース。

往路をたどり、中原街道の途中で左折して大岡山経由で環七に入った。

淡島通りで右折し、下北沢を抜けて、大山から中野通りで帰った。

ほとんど休憩らしい休憩を取らなかったが、それでも2時間半かかった。

帰宅したのは、19:30近かった。

走行距離は、そんなに走るつもりはなかったのだが、およそ90kmになった。

昨年の高尾山行きに次ぐ長距離だった。


走行時間 5時間11分25秒

走行距離 89.45km

平均時速 17.4km/h

12月24日。

成田発10:30のJALとベトナム航空のコードシェア便でホーチミンへ。

およそ6時間ちょっとのフライトで着く。

思ったほど暑くないし晴れてもいないが、寒い日本から来て毛穴が一度に開く感覚。

空港でガイド役をお願いしたビン・ファム・ダックさんに迎えられ、懇意の経済評論家氏の車でドライバーさんに運転してもらって市内に向かう。


ガイド役と書いたのは、ビンさんは1年前にガイドを辞めているからだ。

いまは日本の中古パソコンの輸入販売業をしている。

30代で、日本語ガイドとしてはホーチミンで一、二位を争う存在だったらしい。

奥方がホーチミン出身のベトナム人である懇意の経済評論家氏の紹介だ。


道中まず驚くのが、バイクの多さだ。

車よりはるかに多くのバイクが、道をぎっしり埋め尽くすように走っている。

そして、みんな道行く人が皆若い。

老人ばかり見る日本の日常風景とはまったく印象が違うのだ。

人口8600万人で平均年齢が25歳とあきれるほどの若さを実感する。


一泊目は老舗であり、さまざまな小説や映画の舞台となった四ツ星のコンチネンタルホテル。

廊下が広く、天井が高い、堂々たる欧州風クラシックホテルである。

ロビーで、これも経済評論家氏の紹介である現地旅行代理店、APEXの藤井さんと合流した。

今回の旅行のホテルと国内移動などはすべて藤井さんに手配してもらった。


ビンさん交えて、どこへ行くか、ディナーやランチをどうするか、打ち合わせる。

ここで驚くほどの幸運に出会った。

今年からスズキ自動車が主催するスズキカップ、旧名タイガーカップと呼ばれたサッカーの東南アジア選手権。

決勝にタイとベトナムが進出し、なんと、本日24日に、その決勝戦第一試合がバンコクであり、第二試合が28日でハノイであるという。

旅程を見ると、28日にはハノイにいてフリーなのである。

ベトナムにとってタイは宿敵で、一種のダービーマッチになっているらしい。

チケットはすでに売り切れているというが、一瞬も迷うことなく藤井さんにヤミチケットの手配をお願いする。


打ち合わせ後、ビンさんの案内で、とりあえず国営百貨店の中にあるスーパーマーケットに行く。

コスメ、ファッション、玩具、食品など商品構成は日本と変わらず、安い。

ミネラルウォーターなど必需品を買う。


夜、ビンさんとホテル近くのビヤガーデンのライオンへ。

ここに超大型プロジェクターがあり、皆でサッカーを見るというのだ。

クリスマスイブのスペシャルということで、一人2500円くらいでビール飲み放題、バイキング食べ放題。

おまけに生バンド演奏や合唱やマジックショー、美女が火を噴くショーなどエンタメてんこ盛り。

店のイベントの趣向としては本来、サッカーなど見せている暇などなく、現にサッカーはたまにしか音声を流さない不当な扱いなのだが、熱心なサポーターが大勢ビールで気勢をあげ、何よりビンさんが燃えに燃えている。

ベトナム人は本当にサッカーが好きらしい。

ビールを呷ってショーを見ながらサッカーに歓声を上げる、じつに贅沢な夜となった。


ぷちジャニ日誌-ライオン1
合唱団がクリスマスソングを厳かに歌うが、多くの客の視線は写真右上のプロジェクターに釘付け。


ぷちジャニ日誌-ライオン2
試合終了後。ピンボケだが美女の火炎ショー。


試合はベトナムが立て続けに2点を先取。

しかしビンさんは悲観的である。

「だいたいここまでは何とかなるんです。75分までしかもたないんですよ」

かつて日本がなかなかアジアの強豪国に勝てなかったときの、韓国やイランとの対戦を見るような感じだろうか。


しかし試合を見ている限り、ポルトガル人監督の強化の賜物なのか、両サイドを広く使った攻撃がだんだんよくなって取った得点。

まだまだいける感じさえする。

……と思ったらタイが1点入れる。

「もはやここまで」という顔のビンさん。

さらにタイが1点入れた、と思ったら、これがなんと微妙なオフサイド判定。

その後10分、タイはどうしてもベトナムを崩しきれず、まさかのベトナムのアウェーでの2対1での勝利。

まさかというのは、ベトナムはタイにこれまで1回しか勝ったことがなく、それもホームゲームだったそうだからだ。


もちろんベトナムもタイも弱い。

ワールドカップの最終予選に残ることはあり得ないだろうレベルで、FIFAランキングのベスト100にも入っていない。

スピードも技術も日本とは比較にならない。

このスズキカップという大会自体も、ラオスやカンボジアという、だいたい天然芝のサッカー場があるのか疑問を抱くような国が参加するようなレベルなのだ。

しかし同じ力量で、経済的にも同じ発展中の競争関係にある両国代表の対決なのである。

日本との試合なら自陣に引きまくるだろうが、お互い相手陣内にどんどん入っていく。

一対一でひじょうに厳しく競り合うガチンコ勝負の試合で、見ていて面白かった。


ホーチミンの街は、サッカーの勝利とクリスマスイブが重なって、大騒ぎである。

無数のバイクが国旗を掲げて通りを行進する。

やや疲れ気味で早々にホテルに戻った。

しかしコンチネンタルの中庭でもバンド演奏や曲芸ショーなどのクリスマスイベントをやっていて、その喧騒は深夜1時まで続いたのだった。


ぷちジャニ日誌-コンチネンタルホテル

クリスマスイブ。コンチネンタルホテルをドンコイ通りから眺める。光跡は無数のバイクのヘッドライトだ。


12月25日。

コンチネンタルホテルの中庭で遅めの朝食を取り、街をあちこち散歩する。

午後、件の車でホテルを引越した。

今日から二泊、ノーフォークホテルという三ツ星の経済的できれいなホテルに泊まるのだ。

その後、経済評論家氏もお気に入りという春巻きの店「ラップ&ロール」に行き、ランチ。

食事中に藤井さんから電話が入り、ハノイの試合のチケットが一枚4000円くらいで取れそうだという。

正価は15万ドンなので700円ちょっと(旅行中は円高の恩恵で、100円が約1万9000ドン)だ。

ベトナムが勝ったのでチケットの闇値が高騰しているというが、4000円なら知れているので、それで買ってもらう。


その後、経済評論家氏の車でドライバーさんに運転してもらい、市内観光に出る。

聖マリア像があるサイゴン大教会や建築文化財である中央郵便局、ベンタイン市場など、おのぼりさんコースだ。

フランス植民地時代の建物やデザイン様式があちこちに残っている。

大教会の壁をパックに新郎新婦の衣装を来たカップルがプロカメラマンのクルーに写真を撮られている。

ベトナムは結婚式で二人の写真をたくさん収めたアルバムを配る習慣があるそうだ。

ビンさんも結婚のとき、これをやって、本当にあちこちで大量の写真を撮ったらしい。

「あれは拷問デス」と笑っていた。


ディナーはフエの伝統料理の店「TIB」へ行く。

米飯料理、まぜご飯、ソフトシェルクラブなどが美味しい。

二次会はドンコイ通りに戻り、カラヴェルホテルにある「サイゴンサイゴンバー」のテラスで「サイゴンドリーム」というトロピカルなカクテルを呑む。

女性ボーカリスト二人からなるキューババンドが生ライブをやっている。

演奏レベルが高く、欧米人が踊っている。

天井にはシーリングファン。

外はサイゴンのまったりした夜の空気……。


12月26日。

ノーフォークホテルを8:40に出て、車で国道一号線を南下してミトーという町に向かう。

道中およそ2時間、ミトー市内のメコン川クルーズの船着場に着く。

まず中型のボートで泥色のメコン川の中州に行き、上陸して観光客相手のカフェで名物のロイヤルゼリーやフルーツを食べる。

観光客相手なので女性たちが歌ったりするが、チップ不要(ツアー代金に入っている)とはいえ、ちょっとうっとうしい。


ぷちジャニ日誌
メコン川流域の住民は水上生活。写真は中州に沿ってあったボート用のガソリンスタンド。

ぷちジャニ日誌
中州に上陸するまずあるのがメコン川流域で取れるココナッツのキャラメルの製造場。


ぷちジャニ日誌
子供たちが歌う。


ぷちジャニ日誌
そのあと、おもむろに母親(?)たちが現れてベトナム民謡を歌う。


その後、手漕ぎ式のボートに乗り換えて、中洲の中のジャングルをクルーズする。

水際には蟹やハゼがたくさんいる。

再び中州の岸に着いて、同じ中型のボートで船着場に戻る。


ぷちジャニ日誌
手漕ぎボートはこんな感じ。観光客には漕がしてくれない。


ぷちジャニ日誌
中型のボートで戻る。客がどんなに少なくても貸切状態。ナマのココナツジュースを飲ませてくれる。


ランチはミトー市内のメコン川料理だ。

エレファントフィッシュと呼ばれる平たくて全長30センチ程度の白身の魚をうろこごと丸揚げしたものや、大きな鞠状に膨らませた揚げモチ、手長エビ、チャーハンにスープをお茶漬け風にかけたものなどが特徴的なのだそうだ。

テラスで風のそよぎを浴びながら美味しく食べる。


国道一号線を戻り、ホーチミンに着く前に南サイゴンの新興住宅地に寄る。

金持ち相手の豪邸や高級マンションが立ち並ぶ街で、一戸建ては1億5000万円くらいするそうだ。

3階建てで運転手付きで車を持ち、区画によってはセキュリティ用の壁に囲まれ、入出場ゲートがあるものまである。

家屋が面している道路も中央グリーンベルトが手入れが行き届いて美しく、広い。

ベトナムの貧富の格差を感じさせる。

しかしビンさんの話だと、金融危機はベトナムではことに深刻で、多くの開発がストップしているという。

つい半年くらい前までは、いい物件が出ると、どんなに高くてもすぐに売れたのに、今はまったく買い手がつかないらしい。

ミトーへの行き来でも、日本の六本木ヒルズやミッドタウン東京もつましく感じられるほど巨大な新興都市の開発計画が、けばけばしい未来図を工事用の壁に掲げてあちこちにあった。

それらも一時的な中断に追い込まれているようだ。


15:30にホーチミンに帰着して、ベトナム統一鉄道のサイゴン駅に行く。

本当はプラットホームにまで入りたかったが、ビンさんがどんなに駅員に言ってもダメだった。

写真はちらっと見えた客車で、さすがにヨーロピアン風だ。

ホーチミン帰着でニャチャンや中部、ハノイと結ぶ豪華寝台列車がいくつかあるというので、次回はぜひ乗ってみたい。


ぷちジャニ日誌
サイゴン駅の入り口から見た客車。


ドンコイ通りでショッピングをする。

ホーチミンは雑貨店の宝庫である。

日本人にもっとも人気があるのは、「emem(エムエム)」という店で、日本語でも買い物ができる(日本人観光客がひじょうに多いので、ドンコイ通りなどホーチミン周辺の雑貨店のほとんどは日本語が通じる)。

ぼくもここで2000円ほどのシャツを買った。

考えてみれば、日本で販売されている服は東南アジア製が多く、欧米のブランドものも東南アジア各国でライセンス生産させれているものが多い。

だからメイド・イン・ベトナムの服を現地で買うのは価格的にものすごくお得だと思う。

ピエール・カルダンのようにベトナムでライセンス生産しているもののショップもあった。


ディナーは経済評論家氏がお気に入りというフレンチの「ル・ボルドー」へ行く。

ベトナムだからドレスコードはないが、格式あるシャトーレストランである。

フルコースで80万ドンだから4000円くらいと安い。

ぼくたちはアラカルトにし、フレッシュフォアグラが2つついた料理をメインにした。

さすがにホーチミンでトップクラスの店らしく、たいへん美味しい。

ワインもシャトー・オ・ラグランジュが5000円くらいと適度な値段で、すっかり酔っ払う。

ただどういうわけかシャンパンが異常に高く、グラスで1400円くらいと東京と変わらない。

二次会は評判のデザートショップへ行った。


12月27日。

ホーチミンはこの日最後なので、お土産などショッピングに励む。

ランチは元のアヘン工場を改築したという「テンプルクラブ」でシーフードカレーを食べた。

ベトナム航空の飛行機が遅れたので、午後もゆっくりし、16時にホーチミン空港に。

出発がさらに遅れ、17:40に224便でハノイへ向け出発。

フライト時間は100分くらいだった。

ハノイ空港ではAPEXの現地ガイドさんのニエさんとベトナム軍出身というブンの出迎えを受ける。


夜着いたせいだろうが、ハノイの第一印象は「暗い」の一言に尽きる。

「経済発展のせいで電力が慢性的に足りず、夜は公共機関の節電をしている」とニエさんは言う。

ホーチミンでビンさんが「ハノイは夜が早くて20時にはみんな寝てしまうようなつまらない街だ」と大袈裟にくさしていたが、本当にそうだったのかと思ってしまった。

40分ほどで市内に着くが、ここが市内かと思うほどの薄暗さで、正直、心がふさぐ思いだった。

三ツ星のフラワーガーデンホテルのロケーションがちょっと旧市街中心地から離れているせいもある。

ホテルには20時過ぎに着いたが、周辺は何もないようにしか見えない。

近くに「ラッキーレストラン」という、まずまず外国人でも入れそうな中華店があったので、入ってチャーハンなどをぽそぽそと食べた。

いくら経済発展しているとはいえ、それはホーチミンのことで、やっぱり首都は社会主義国なのか、と思いながら眠る。


12月28日。

旧市街まで歩く。

昨夜の暗い印象とは打って変わり、首都ならではの賑やかさに驚く。

商店と人とバイクと車の多さ、道の狭さに疲れ、交差点にあった「リトルハノイ」という喫茶店でお茶、ハノイ大教会近くのイタリアン「メディテラネオ」でランチ。

旧市街もホーチミンほどではないが雑貨店が軒を連ねている。


午後からニエさんのガイドで、市内おのぼり観光。

ホーチミン廟、ホーチミンの家など。

スーパーマーケットで買い物をし、ニエさんもサッカーで気が気でない様子なので、観光を早々に切り上げて、16時にはスタジアムに向かう。

キックオフは19時だが、早くも渋滞が始まっている。

スタジアムには17時に着き、近くの店で軽食を取る。

ここは外国人にはちょっと味付けが向かない店で、あまり食べらなかった。


スタジアムの95パーセントをベトナム人が埋めている。

「ヴィエット・ナム! ヴィエット・ナム!」の大合唱だ。

試合はベトナムが執拗にサイド攻撃を仕掛け、タイは少し受ける感じが続いた。

前半にタイの17番の選手が放った素晴らしいフリーキックにゴール前の選手が合わせて先制点。

後半、なかなか有効にボールが前に行かない状況にベトナムサポーターがいらいらし始める。

禁止されているはずのペットボトルの投げ込みが始まると、ちょっと恐怖を感じる。


ぷちジャニ日誌
湿度が高いせいか、もやにかすみ気味。左エンドの白いほうがベトナム。


ぷちジャニ日誌
ベトナム国旗が掲げられたVIP席周辺。

渋滞を避けるため終了前には出ようということになっていて、5分前にスタジアム内の人垣を分け入ってロビーに出る。

トイレに行ったあと、スタジアムを揺るがす大歓声が上がり、人が飛び出してきた。

何事かと引き返すと、ベトナムがロスタイム3分でエースストライカーの9番の選手が劇的なゴールを挙げていた。

第一試合と合計して3対2でベトナムが勝ち、さまざまなカップ戦ではじめて優勝を果たした瞬間だった。

ゴールの瞬間に席にいなかったのは残念だったけれど、ベトナムサッカーの歴史的一瞬に立ち会えたわけだ。

ぷちジャニ日誌
試合終了直後のスタジアム。大勢の人が中に走っていく。


スタジアムでは表彰式があるので人があまり出てこないが、スタジアムに入りきれなかった人が大勢いたと見えて、せっかく早めに出たのに道路が渋滞でまったく動かない。

そのために車の中かから歓喜の爆発をいくつも見ることができた。

「まるでハノイ解放のようだ。こんな楽しい日はない」

と言って、ニエさんも大興奮している。

日韓ワールドカップで日本が試合に勝った日の渋谷の街のようだ。



その夜、車から撮影した動画。


無数のバイク、旗、クラクション。

車から見るとまるで暴走族の大集団の真ん中にいるような気持ちにさせられる。

ホテルにたどり着いたのは、試合が終わって2時間半後の23:30だった。

喧騒は一晩中続いた。


ぷちジャニ日誌

ぷちジャニ日誌


12月29日。

8:40にホテルをチェックアウトして、陶器の町バチャンへ。

牛が田んぼで草を食べているように田舎に忽然として町が現れれる。

二軒目に行った店で、80年ほど前のものだというバチャンらしいトンボの絵柄のアンティークの茶碗を買う。

さらに車で東へ向かい、旅の締めくくりれとなるハロン湾観光へ。

道中にはホーチミンと同様、いくつもの都市計画の看板が掲示されている。


ハロン湾までハノイから3時間かかった。

ここは世界遺産の自然遺産に指定され、世界の七不思議にも入っている、海中石灰岩が作った奇観で知られる。

1969個の島があり、その半分に動物の形などに見立てた名前がつく。

ハは降りる、ロンは龍のことで、上空から見ると島々をつなげると龍が降り立った形をしているという。

13:30に着き、早速貸切のクルーズ船に乗って、名物の海鮮料理を食べる。

ナマのしゃこ、エビやカニが美味しい。

ハノイビールに加えてハノイの白ワインまで頼んで、素晴らしい景観を肴に最高に極楽気分だ。


ぷちジャニ日誌
船内のテーブルセット。写真は一階で貸切状態だ。


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名物のナマのしゃこ。ゆでてあって美味しい。


この時期はあまり天気がよくないようだが、薄日差す好天に恵まれて、二階のデッキで白ワインのグラス片手にくつろぐ。

本当に久々に休日気分を味わった。

途中で島のひとつに下船し、巨大な鍾乳洞を見学する。

全3時間ほどの、ハロン湾クルーズとしてはもっとも短いコースだった。


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ハロン湾らしい風景の一つ。


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船の外観はいろいろあるが、だいたいこんな感じだ。


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鍾乳洞見学のためにいったん下船した島からの眺め。船多数。ハロン湾はどこから撮っても絵になる。


16:30にハロン湾を出て、あとはひたすら帰路である。

20時にハノイ空港に到着。

ニエさんブンさんと別れ、空港内の、何の因果かハノイ最初の夜に食べた中華店「ラッキーレストラン」で軽食を取る。

結局ハノイでは、ホーチミンのように豪華ディナーを食べることがなかったのが残念だ。

23:55にJALとベトナム航空、アメリカン航空の共同運航便で日本へ向かう。

機内はがらがらで、すごしやすかった。

約4時間半のフライトで、翌朝日本に着く。


■ホテル一覧■

CONTINENTAL HOTEL(コンチネンタル ホテル)
132-134 Dong Khoi Street, District 1, Ho Chi Minh City

NORFOLK HOTEL(ノーフォーク ホテル)
117 Le Thanh Ton St, Dist 1, Ho Chi Minh City

FLOWER GARDEN HOTEL(フラワーガーデン ホテル)
46 Nguyen Truong to St, Ba Dinh Dist, Hanoi City


■スズキカップ■

公式ホームページ によれば、今大会はタイとインドネシアの共同開催で、タイ、インドネシア、シンガポール、マレーシア、ベトナム、ミャンマー、ラオス、カンボジアの8カ国が参加。ベトナムは第三シードで、準決勝でシンガポールを破って勝ち上がった。

11月23日。午後からぽかぽかした秋晴れ。


知り合いのパーソナルトレーナーが、クライアントの女性経営者の体調管理のため、いっしょに高尾山 を登ったという。

なるほど忙しい人にはちょうどいいのかもしれない。

そのことが頭の中にあったのと、紅葉シーズン、そして初の100キロ(新宿駅から中央線高尾駅まで約40キロと時刻表にあった)ライドに挑戦しようと思い、高尾山へ。
高尾山登山口


朝9時半に自宅を出発。

いつものルートで三鷹の電通研を過ぎて五日市街道を沿いの玉川上水の通りを走る。

小金井橋を左折して小金井街道、3キロほど進んで甲州街道に入り、日野橋で多摩川を渡る。

このあたりで空腹になり、ロードサイドのてんぷら屋で天丼をかきこむ。

休憩なしに2時間走った。

ヘルメットの中は汗だくだ。


その後も甲州街道を走る。

八王子から高尾まで続く銀杏並木は、黄金色で美しい。

ちょうど秋祭りのシーズンで、八王子市街はクラシックカーのパレードをやっていた。

沿道の歩道に大勢がカメラを構えて待っていて、そのそばを走るのはかなり恥ずかしい。

しかもクルマも人も大渋滞なので、裏道があればそこを走る。
八王子銀杏並木


高尾山入り口に着いたのが、出発から3時間10分経った12時40分。

紅葉シーズンとあって、周囲は大渋滞だ。

人の多さに驚く。

お昼どきなのでどこの店も長蛇の列。

コンビニの中も弁当を買う人でぎっしりだ。

「お昼どうしよう」という悲鳴のような会話があちこちであがる。

早く帰ろうにも渋滞でクルマが動かない。

やっぱりこういうときは、自転車に限るね。

高尾山登山口2

山に登るつもりはあんまりなかったが、せっかくなので少しだけ登る。

登山道もまるで朝のラッシュアワーの電車内のような混雑である。

なんとケーブルカーは2時間半待ちらしい。

みんな高尾山をなめているのか、どう考えても登山向きではない服装と靴の人が多い。

手をつないで歩くちょっとケバ目のカップル、じゃらじゃらアクセサリーをつけてかったるそうに歩く兄ちゃん、小さい子供をバギーに乗せて運ぶツワモノ、ミニチュアダックスフントを抱いて歩くおじさん。

日本で働いているアジア系ヨーロッパ系インド系の人も多し。

どうしてみんな、そんなに高尾山に登るの?

いくら紅葉だからといって、そう聞きたくなるような、それはもうすごい人出だった。


1時間ほどいて、帰路につく。

秋祭りが終わった八王子の甲州街道を走りぬけ、日野駅を過ぎて川崎街道入り口を右折。

少し行って20号線のバイパスを行き、石田大橋で多摩川を渡る。

このあたりから急に疲れてきた。

思ったようにスピードが出ない。

今回、はじめてサイクリング用のスパッツを穿いていって、お尻はかなり快適だけど、それでも痛くなる。

橋を渡り右折して多摩川堤のサイクリングロードを行くと、ロードレーサーにどんどん抜かれていく。

途中で休憩し、土手に寝転んだ。

ときおり自転車が行き過ぎる音が聞こえるだけで、静か。

空が文字通り抜けるように青い。

しばらく大の字になった。


休憩後は少し立ち直ったが、どうも力が出ない。

サイクリングロードをずっと進み、鶴川街道で多摩川と別れ、北上する。

鶴川街道は途中で武蔵境通りと名を変える。

調布近辺で思いついて、深大寺へ寄る。

深大寺門前を歩き、店に入ってそばと麦飯ととろろの膳を食べる。

これがけっこうおいしかった。

他の店でそばまんじゅうと、ぬれせんべいを食べ、境内でお参りした。


そばにパワーがあるのか、あるいは調布まで来るともう家が近いと思うせいか、力が戻ってきた。

三鷹通りを北上し、扶桑通りを経ていつものルートで帰る。

自宅に着いたのが、出発してから7時間ちょっと経った、17時45分だった。

走行距離は、残念ながら100キロに達せず!


走行時間 4時間54分44秒

走行距離 92.28km

平均時速 18.9km/h

最高時速 38.8km/h

10月21日・22日 晴れ


20日は大阪出張だった。

夏休みをとっていないので、これにくっつけて休暇をとった。

たった二日だが、今はこれが精一杯(>_<)


今回のテーマは、瀬戸内海クルーズだ。

以前、あるクルーズ好きの人に、初心者はまず瀬戸内海クルーズをしなさいと言われたことがあった。

瀬戸内は静かで波がなく、大小何百もの島々の景観が世界の名所クルーズに匹敵する素晴らしさだという。

いつかは世界一周クルーズと夢見る第一歩となるかどうかは別として、一度体験したかったのだ。


調べてみると、昼間に瀬戸内海を航行するフェリーは意外と少ない。

距離が短いのは、オレンジフェリーが運航する大阪・新居浜間だけだ。

しかし大阪を昼に出るならちょうどいい。

というわけで、21日、12時40分、オレンジフェリーで大阪南港(なんこう)を出航した。


オレンジフェリー1
乗り込み口から煙突を見上げる。


オレンジフェリー2
いちばん上の甲板から前方を見て。


オレンジフェリー3

出航直後。こちらは後ろ側で、これから180度回転して航海に。

1万トンのけっこう大きい船である。

せっかくなので、もっとも高い二部屋しかない特別室一人15700円也に乗った。

ホテルならスイートルームで、とにかく広い。

写真のように、窓つきでバスまであるのだ。


オレンジフェリー4


しかし豪華客船というわけではなく、観光クルーズ船ですらない。

金持ちマダムが高そうな犬をデッキで散歩させるなんて景色はもちろん皆無。

むしろほとんど客がいなくてがらんとしているので、この船はいつまで定期で運行できるのか不安にすらなる。


客の多くは、長距離トラックごと乗船した運転手など、仕事関係で、観光客らしき姿は他に二組程度。

レストランもあるけれど、もちろんショーもなければ豪華なビュッフェもない。

瀬戸内の魚を焼いた料理もあったが、たいていは社員食堂クラスだ。

もう少し観光向けに考えればいいのにと思う。

昼間の瀬戸内の景観は素晴らしく、甲板に出て島々を眺めると飽きるということがないからだ。

島には河川のように名前が書いてある看板があるわけではないから、何だかわからないだろうが、下の写真は小豆島。


オレンジフェリー5


午後に明石大橋をくぐり、夕方には瀬戸大橋の下に。

いちばん下のシュールに見える写真は、瀬戸大橋の下をくぐったあとの、橋梁の下部と船の煙突の図である。

写真では伝えられないほどダイナミックで、17時40分という日暮れ時の雰囲気に感動させられた。


オレンジフェリー6


オレンジフェリー7

オレンジフェリー8

7時間以上の旅だったが、暗くなっても部屋の中が静かで過ごし易く、窓から広い海面に浮かぶ灯りなどを眺めながらくつろぐのは、もう本当に最高のぜいたくだ。

あっという間の時間だった。

豪華クルーズには程遠いが、これは癖になるな。

次回は自転車で乗り込もうと決意する。


新居浜着は20時ちょうど。

新居浜から予讃本線で80分ほどの旅をして高松へ。

駅前のホテルに投宿した。


22日。

7時半に起きて、市内へ行く。

もろちん讃岐うどん巡りである。

巡りといっても二軒だけ。

製麺所に併設されている店は、たぶん東京にはないので、市内中心部の製麺所タイプ二軒に行くことにしたのだ。

松下製麺所と丸山製麺所である。


店に入り、うどんの玉数を言い、必要なら卵などトッピングを注文する。

ぶっかけはそのまま、熱いうどんにするなら、自分で湯にくぐらせて、めんつゆをかけて食べる。

一玉なら一杯200円しない。

松下製麺所のは美味かった。


讃岐うどん巡りには大勢のマニアがいるが、自転車旅の目的にもなるそうだ。

今度はちゃんと自転車で来て、もっと地方の伝説のうどん(杉山製麺所など)に行くと決意する。


10時過ぎ、船で直島に渡る。

ベネッセが安藤忠雄と組んで、ここに現代美術館と宿泊滞在施設を作った。

昨年出た結婚式2組で偶然、新郎新婦が恋人時代に直島を旅行した写真が披露されたのを見た。

それがきっかけなった。

でも時間がないので駆け足。

地中美術館を見て、テラスハウスのレストランでランチだけである。

ここも自転車で渡ればどれだけ楽しいかと思い、次回は自転車でと、ここでも決意する。


午後に島を出て、岡山着。

名古屋で両親を訪ねて夕食をとり、短い旅は終わった。

世界一周クルーズの旅より、船を使った超長距離自転車旅のほうが楽しそうだと、目下、長期計画を練り直し中だ。

10月13日、祝日。快晴。文字通りの秋の好天。


お台場公園までのサイクリング。

小滝橋通り、職安通り、20号線を経由して皇居右手から晴海通りで銀座を抜ける。

橋を渡って、豊洲駅前に出た。

ここまで1時間15分かかった。


駅の周辺から有明方面は超高層マンションの建築ラッシュだ。

これらのマンション、売れ行きはどうなのだろうか。

これでは住宅価格の下落は不可避ではないかと思う。


そんなことはともかく、お台場海浜公園に着く。

13号地台場で自転車を降り、歩く。

ずいぶん久しぶりである。

湾岸開発が始まるもっと前、お台場には何もなく、小さな船で13号地に着いた記憶がある。

その頃は秋田犬がいて、いっしょに連れて行ったように覚えている。

台場の土手で寝転ぶと、足の向こうの対岸にフジテレビのビルが見えた。


13号地


帰りもほぼ同じルート。

晴海大橋からの眺めもいい。

銀座から皇居にぶつかったら、今度は逆ルートで北の丸公園経由で帰った。

皇居沿いの歩道と公園内は時速8キロ程度ののんびり走行。


走行時間 2時間39分2秒

走行距離 48.63km

平均時速 18.3km/h

最高時速 39.4km/h