12月24日。
成田発10:30のJALとベトナム航空のコードシェア便でホーチミンへ。
およそ6時間ちょっとのフライトで着く。
思ったほど暑くないし晴れてもいないが、寒い日本から来て毛穴が一度に開く感覚。
空港でガイド役をお願いしたビン・ファム・ダックさんに迎えられ、懇意の経済評論家氏の車でドライバーさんに運転してもらって市内に向かう。
ガイド役と書いたのは、ビンさんは1年前にガイドを辞めているからだ。
いまは日本の中古パソコンの輸入販売業をしている。
30代で、日本語ガイドとしてはホーチミンで一、二位を争う存在だったらしい。
奥方がホーチミン出身のベトナム人である懇意の経済評論家氏の紹介だ。
道中まず驚くのが、バイクの多さだ。
車よりはるかに多くのバイクが、道をぎっしり埋め尽くすように走っている。
そして、みんな道行く人が皆若い。
老人ばかり見る日本の日常風景とはまったく印象が違うのだ。
人口8600万人で平均年齢が25歳とあきれるほどの若さを実感する。
一泊目は老舗であり、さまざまな小説や映画の舞台となった四ツ星のコンチネンタルホテル。
廊下が広く、天井が高い、堂々たる欧州風クラシックホテルである。
ロビーで、これも経済評論家氏の紹介である現地旅行代理店、APEXの藤井さんと合流した。
今回の旅行のホテルと国内移動などはすべて藤井さんに手配してもらった。
ビンさん交えて、どこへ行くか、ディナーやランチをどうするか、打ち合わせる。
ここで驚くほどの幸運に出会った。
今年からスズキ自動車が主催するスズキカップ、旧名タイガーカップと呼ばれたサッカーの東南アジア選手権。
決勝にタイとベトナムが進出し、なんと、本日24日に、その決勝戦第一試合がバンコクであり、第二試合が28日でハノイであるという。
旅程を見ると、28日にはハノイにいてフリーなのである。
ベトナムにとってタイは宿敵で、一種のダービーマッチになっているらしい。
チケットはすでに売り切れているというが、一瞬も迷うことなく藤井さんにヤミチケットの手配をお願いする。
打ち合わせ後、ビンさんの案内で、とりあえず国営百貨店の中にあるスーパーマーケットに行く。
コスメ、ファッション、玩具、食品など商品構成は日本と変わらず、安い。
ミネラルウォーターなど必需品を買う。
夜、ビンさんとホテル近くのビヤガーデンのライオンへ。
ここに超大型プロジェクターがあり、皆でサッカーを見るというのだ。
クリスマスイブのスペシャルということで、一人2500円くらいでビール飲み放題、バイキング食べ放題。
おまけに生バンド演奏や合唱やマジックショー、美女が火を噴くショーなどエンタメてんこ盛り。
店のイベントの趣向としては本来、サッカーなど見せている暇などなく、現にサッカーはたまにしか音声を流さない不当な扱いなのだが、熱心なサポーターが大勢ビールで気勢をあげ、何よりビンさんが燃えに燃えている。
ベトナム人は本当にサッカーが好きらしい。
ビールを呷ってショーを見ながらサッカーに歓声を上げる、じつに贅沢な夜となった。
合唱団がクリスマスソングを厳かに歌うが、多くの客の視線は写真右上のプロジェクターに釘付け。
試合はベトナムが立て続けに2点を先取。
しかしビンさんは悲観的である。
「だいたいここまでは何とかなるんです。75分までしかもたないんですよ」
かつて日本がなかなかアジアの強豪国に勝てなかったときの、韓国やイランとの対戦を見るような感じだろうか。
しかし試合を見ている限り、ポルトガル人監督の強化の賜物なのか、両サイドを広く使った攻撃がだんだんよくなって取った得点。
まだまだいける感じさえする。
……と思ったらタイが1点入れる。
「もはやここまで」という顔のビンさん。
さらにタイが1点入れた、と思ったら、これがなんと微妙なオフサイド判定。
その後10分、タイはどうしてもベトナムを崩しきれず、まさかのベトナムのアウェーでの2対1での勝利。
まさかというのは、ベトナムはタイにこれまで1回しか勝ったことがなく、それもホームゲームだったそうだからだ。
もちろんベトナムもタイも弱い。
ワールドカップの最終予選に残ることはあり得ないだろうレベルで、FIFAランキングのベスト100にも入っていない。
スピードも技術も日本とは比較にならない。
このスズキカップという大会自体も、ラオスやカンボジアという、だいたい天然芝のサッカー場があるのか疑問を抱くような国が参加するようなレベルなのだ。
しかし同じ力量で、経済的にも同じ発展中の競争関係にある両国代表の対決なのである。
日本との試合なら自陣に引きまくるだろうが、お互い相手陣内にどんどん入っていく。
一対一でひじょうに厳しく競り合うガチンコ勝負の試合で、見ていて面白かった。
ホーチミンの街は、サッカーの勝利とクリスマスイブが重なって、大騒ぎである。
無数のバイクが国旗を掲げて通りを行進する。
やや疲れ気味で早々にホテルに戻った。
しかしコンチネンタルの中庭でもバンド演奏や曲芸ショーなどのクリスマスイベントをやっていて、その喧騒は深夜1時まで続いたのだった。
クリスマスイブ。コンチネンタルホテルをドンコイ通りから眺める。光跡は無数のバイクのヘッドライトだ。
12月25日。
コンチネンタルホテルの中庭で遅めの朝食を取り、街をあちこち散歩する。
午後、件の車でホテルを引越した。
今日から二泊、ノーフォークホテルという三ツ星の経済的できれいなホテルに泊まるのだ。
その後、経済評論家氏もお気に入りという春巻きの店「ラップ&ロール」に行き、ランチ。
食事中に藤井さんから電話が入り、ハノイの試合のチケットが一枚4000円くらいで取れそうだという。
正価は15万ドンなので700円ちょっと(旅行中は円高の恩恵で、100円が約1万9000ドン)だ。
ベトナムが勝ったのでチケットの闇値が高騰しているというが、4000円なら知れているので、それで買ってもらう。
その後、経済評論家氏の車でドライバーさんに運転してもらい、市内観光に出る。
聖マリア像があるサイゴン大教会や建築文化財である中央郵便局、ベンタイン市場など、おのぼりさんコースだ。
フランス植民地時代の建物やデザイン様式があちこちに残っている。
大教会の壁をパックに新郎新婦の衣装を来たカップルがプロカメラマンのクルーに写真を撮られている。
ベトナムは結婚式で二人の写真をたくさん収めたアルバムを配る習慣があるそうだ。
ビンさんも結婚のとき、これをやって、本当にあちこちで大量の写真を撮ったらしい。
「あれは拷問デス」と笑っていた。
ディナーはフエの伝統料理の店「TIB」へ行く。
米飯料理、まぜご飯、ソフトシェルクラブなどが美味しい。
二次会はドンコイ通りに戻り、カラヴェルホテルにある「サイゴンサイゴンバー」のテラスで「サイゴンドリーム」というトロピカルなカクテルを呑む。
女性ボーカリスト二人からなるキューババンドが生ライブをやっている。
演奏レベルが高く、欧米人が踊っている。
天井にはシーリングファン。
外はサイゴンのまったりした夜の空気……。
12月26日。
ノーフォークホテルを8:40に出て、車で国道一号線を南下してミトーという町に向かう。
道中およそ2時間、ミトー市内のメコン川クルーズの船着場に着く。
まず中型のボートで泥色のメコン川の中州に行き、上陸して観光客相手のカフェで名物のロイヤルゼリーやフルーツを食べる。
観光客相手なので女性たちが歌ったりするが、チップ不要(ツアー代金に入っている)とはいえ、ちょっとうっとうしい。
メコン川流域の住民は水上生活。写真は中州に沿ってあったボート用のガソリンスタンド。
中州に上陸するまずあるのがメコン川流域で取れるココナッツのキャラメルの製造場。
そのあと、おもむろに母親(?)たちが現れてベトナム民謡を歌う。
その後、手漕ぎ式のボートに乗り換えて、中洲の中のジャングルをクルーズする。
水際には蟹やハゼがたくさんいる。
再び中州の岸に着いて、同じ中型のボートで船着場に戻る。
中型のボートで戻る。客がどんなに少なくても貸切状態。ナマのココナツジュースを飲ませてくれる。
ランチはミトー市内のメコン川料理だ。
エレファントフィッシュと呼ばれる平たくて全長30センチ程度の白身の魚をうろこごと丸揚げしたものや、大きな鞠状に膨らませた揚げモチ、手長エビ、チャーハンにスープをお茶漬け風にかけたものなどが特徴的なのだそうだ。
テラスで風のそよぎを浴びながら美味しく食べる。
国道一号線を戻り、ホーチミンに着く前に南サイゴンの新興住宅地に寄る。
金持ち相手の豪邸や高級マンションが立ち並ぶ街で、一戸建ては1億5000万円くらいするそうだ。
3階建てで運転手付きで車を持ち、区画によってはセキュリティ用の壁に囲まれ、入出場ゲートがあるものまである。
家屋が面している道路も中央グリーンベルトが手入れが行き届いて美しく、広い。
ベトナムの貧富の格差を感じさせる。
しかしビンさんの話だと、金融危機はベトナムではことに深刻で、多くの開発がストップしているという。
つい半年くらい前までは、いい物件が出ると、どんなに高くてもすぐに売れたのに、今はまったく買い手がつかないらしい。
ミトーへの行き来でも、日本の六本木ヒルズやミッドタウン東京もつましく感じられるほど巨大な新興都市の開発計画が、けばけばしい未来図を工事用の壁に掲げてあちこちにあった。
それらも一時的な中断に追い込まれているようだ。
15:30にホーチミンに帰着して、ベトナム統一鉄道のサイゴン駅に行く。
本当はプラットホームにまで入りたかったが、ビンさんがどんなに駅員に言ってもダメだった。
写真はちらっと見えた客車で、さすがにヨーロピアン風だ。
ホーチミン帰着でニャチャンや中部、ハノイと結ぶ豪華寝台列車がいくつかあるというので、次回はぜひ乗ってみたい。
ドンコイ通りでショッピングをする。
ホーチミンは雑貨店の宝庫である。
日本人にもっとも人気があるのは、「emem(エムエム)」という店で、日本語でも買い物ができる(日本人観光客がひじょうに多いので、ドンコイ通りなどホーチミン周辺の雑貨店のほとんどは日本語が通じる)。
ぼくもここで2000円ほどのシャツを買った。
考えてみれば、日本で販売されている服は東南アジア製が多く、欧米のブランドものも東南アジア各国でライセンス生産させれているものが多い。
だからメイド・イン・ベトナムの服を現地で買うのは価格的にものすごくお得だと思う。
ピエール・カルダンのようにベトナムでライセンス生産しているもののショップもあった。
ディナーは経済評論家氏がお気に入りというフレンチの「ル・ボルドー」へ行く。
ベトナムだからドレスコードはないが、格式あるシャトーレストランである。
フルコースで80万ドンだから4000円くらいと安い。
ぼくたちはアラカルトにし、フレッシュフォアグラが2つついた料理をメインにした。
さすがにホーチミンでトップクラスの店らしく、たいへん美味しい。
ワインもシャトー・オ・ラグランジュが5000円くらいと適度な値段で、すっかり酔っ払う。
ただどういうわけかシャンパンが異常に高く、グラスで1400円くらいと東京と変わらない。
二次会は評判のデザートショップへ行った。
12月27日。
ホーチミンはこの日最後なので、お土産などショッピングに励む。
ランチは元のアヘン工場を改築したという「テンプルクラブ」でシーフードカレーを食べた。
ベトナム航空の飛行機が遅れたので、午後もゆっくりし、16時にホーチミン空港に。
出発がさらに遅れ、17:40に224便でハノイへ向け出発。
フライト時間は100分くらいだった。
ハノイ空港ではAPEXの現地ガイドさんのニエさんとベトナム軍出身というブンの出迎えを受ける。
夜着いたせいだろうが、ハノイの第一印象は「暗い」の一言に尽きる。
「経済発展のせいで電力が慢性的に足りず、夜は公共機関の節電をしている」とニエさんは言う。
ホーチミンでビンさんが「ハノイは夜が早くて20時にはみんな寝てしまうようなつまらない街だ」と大袈裟にくさしていたが、本当にそうだったのかと思ってしまった。
40分ほどで市内に着くが、ここが市内かと思うほどの薄暗さで、正直、心がふさぐ思いだった。
三ツ星のフラワーガーデンホテルのロケーションがちょっと旧市街中心地から離れているせいもある。
ホテルには20時過ぎに着いたが、周辺は何もないようにしか見えない。
近くに「ラッキーレストラン」という、まずまず外国人でも入れそうな中華店があったので、入ってチャーハンなどをぽそぽそと食べた。
いくら経済発展しているとはいえ、それはホーチミンのことで、やっぱり首都は社会主義国なのか、と思いながら眠る。
12月28日。
旧市街まで歩く。
昨夜の暗い印象とは打って変わり、首都ならではの賑やかさに驚く。
商店と人とバイクと車の多さ、道の狭さに疲れ、交差点にあった「リトルハノイ」という喫茶店でお茶、ハノイ大教会近くのイタリアン「メディテラネオ」でランチ。
旧市街もホーチミンほどではないが雑貨店が軒を連ねている。
午後からニエさんのガイドで、市内おのぼり観光。
ホーチミン廟、ホーチミンの家など。
スーパーマーケットで買い物をし、ニエさんもサッカーで気が気でない様子なので、観光を早々に切り上げて、16時にはスタジアムに向かう。
キックオフは19時だが、早くも渋滞が始まっている。
スタジアムには17時に着き、近くの店で軽食を取る。
ここは外国人にはちょっと味付けが向かない店で、あまり食べらなかった。
スタジアムの95パーセントをベトナム人が埋めている。
「ヴィエット・ナム! ヴィエット・ナム!」の大合唱だ。
試合はベトナムが執拗にサイド攻撃を仕掛け、タイは少し受ける感じが続いた。
前半にタイの17番の選手が放った素晴らしいフリーキックにゴール前の選手が合わせて先制点。
後半、なかなか有効にボールが前に行かない状況にベトナムサポーターがいらいらし始める。
禁止されているはずのペットボトルの投げ込みが始まると、ちょっと恐怖を感じる。
湿度が高いせいか、もやにかすみ気味。左エンドの白いほうがベトナム。
渋滞を避けるため終了前には出ようということになっていて、5分前にスタジアム内の人垣を分け入ってロビーに出る。
トイレに行ったあと、スタジアムを揺るがす大歓声が上がり、人が飛び出してきた。
何事かと引き返すと、ベトナムがロスタイム3分でエースストライカーの9番の選手が劇的なゴールを挙げていた。
第一試合と合計して3対2でベトナムが勝ち、さまざまなカップ戦ではじめて優勝を果たした瞬間だった。
ゴールの瞬間に席にいなかったのは残念だったけれど、ベトナムサッカーの歴史的一瞬に立ち会えたわけだ。
試合終了直後のスタジアム。大勢の人が中に走っていく。
スタジアムでは表彰式があるので人があまり出てこないが、スタジアムに入りきれなかった人が大勢いたと見えて、せっかく早めに出たのに道路が渋滞でまったく動かない。
そのために車の中かから歓喜の爆発をいくつも見ることができた。
「まるでハノイ解放のようだ。こんな楽しい日はない」
と言って、ニエさんも大興奮している。
日韓ワールドカップで日本が試合に勝った日の渋谷の街のようだ。
その夜、車から撮影した動画。
無数のバイク、旗、クラクション。
車から見るとまるで暴走族の大集団の真ん中にいるような気持ちにさせられる。
ホテルにたどり着いたのは、試合が終わって2時間半後の23:30だった。
喧騒は一晩中続いた。
12月29日。
8:40にホテルをチェックアウトして、陶器の町バチャンへ。
牛が田んぼで草を食べているように田舎に忽然として町が現れれる。
二軒目に行った店で、80年ほど前のものだというバチャンらしいトンボの絵柄のアンティークの茶碗を買う。
さらに車で東へ向かい、旅の締めくくりれとなるハロン湾観光へ。
道中にはホーチミンと同様、いくつもの都市計画の看板が掲示されている。
ハロン湾までハノイから3時間かかった。
ここは世界遺産の自然遺産に指定され、世界の七不思議にも入っている、海中石灰岩が作った奇観で知られる。
1969個の島があり、その半分に動物の形などに見立てた名前がつく。
ハは降りる、ロンは龍のことで、上空から見ると島々をつなげると龍が降り立った形をしているという。
13:30に着き、早速貸切のクルーズ船に乗って、名物の海鮮料理を食べる。
ナマのしゃこ、エビやカニが美味しい。
ハノイビールに加えてハノイの白ワインまで頼んで、素晴らしい景観を肴に最高に極楽気分だ。
この時期はあまり天気がよくないようだが、薄日差す好天に恵まれて、二階のデッキで白ワインのグラス片手にくつろぐ。
本当に久々に休日気分を味わった。
途中で島のひとつに下船し、巨大な鍾乳洞を見学する。
全3時間ほどの、ハロン湾クルーズとしてはもっとも短いコースだった。
鍾乳洞見学のためにいったん下船した島からの眺め。船多数。ハロン湾はどこから撮っても絵になる。
16:30にハロン湾を出て、あとはひたすら帰路である。
20時にハノイ空港に到着。
ニエさんブンさんと別れ、空港内の、何の因果かハノイ最初の夜に食べた中華店「ラッキーレストラン」で軽食を取る。
結局ハノイでは、ホーチミンのように豪華ディナーを食べることがなかったのが残念だ。
23:55にJALとベトナム航空、アメリカン航空の共同運航便で日本へ向かう。
機内はがらがらで、すごしやすかった。
約4時間半のフライトで、翌朝日本に着く。
■ホテル一覧■
CONTINENTAL HOTEL(コンチネンタル ホテル)
132-134 Dong Khoi Street, District 1, Ho Chi Minh City
NORFOLK HOTEL(ノーフォーク ホテル)
117 Le Thanh Ton St, Dist 1, Ho Chi Minh City
FLOWER GARDEN HOTEL(フラワーガーデン ホテル)
46 Nguyen Truong to St, Ba Dinh Dist, Hanoi City
■スズキカップ■
公式ホームページ によれば、今大会はタイとインドネシアの共同開催で、タイ、インドネシア、シンガポール、マレーシア、ベトナム、ミャンマー、ラオス、カンボジアの8カ国が参加。ベトナムは第三シードで、準決勝でシンガポールを破って勝ち上がった。











