昔~昔、そのまた昔。
時は1980年10月に国鉄再建法が成立し、いわゆる乗客の少ない ローカル線を廃止 するという方向で舵が切られました。
まあ、要するに客が乗っていないんで赤字という理由からなのですが、それを良しとしない地域住民らが「乗って残そう!」というスローガンを掲げたものの、そもそも普段から鉄道を利用しない生活環境にあったことから、その甲斐むなしく多くの路線が廃止の運命を辿ったのです。
すなわち、客が乗らなくなったので廃止に至った鉄道などと同じく、客足が大きく遠のいたことをうけて閉店する店があるのも同じ摂理であって、今回のお題にもある 高島屋堺店 も、明後日の1月7日に来店客の減少などを理由として、61年の歴史に終止符が打たれようとしています。
※特設コーナーの写真を引用
思い返せば昭和39年…
時あたかも同じく、東海道新幹線の開業の3日後に華々しくOPENした「高島屋堺店」は、連日押すな押すなの大盛況だったと言われています。
※特設コーナーの写真を引用
当時は 高度経済成長期 の真っただ中にあったことに加え、それまで娯楽という言葉に馴染が無かった庶民の生活の中で、いわゆる非日常を味わえる身近なスポットとして位置づけられたことから、答えありきの 横綱相撲 がスタートしたのです。
休日は電車に揺られて家族揃って百貨店を訪れ、親たちは各階でウインドショッピングを楽しみつつ、ほどなくして子供たちを 屋上遊園 で遊ばせたあとは…
大食堂で並んで食券を買って昼食をとることが、同年代を生きた者であれば誰もが体験したであろう待ちに待った楽しい一日のひとときであって、親としても平和で和やかな雰囲気を共有することによって、我が家も 中流家庭 だと再確認させるのに十分な瞬間でもありました。
しかし、これとて昭和50年に入ると少しづつ状況が変わってきたのです!
すなわち、当時小売業界の王者であった ダイエー が、百貨店部門を設立するために高島屋を傘下にすべく動いたのですが、これが後に御破算になったことを受けて、昭和56年に何と高島屋の目の前に ジョルノ というショッピングセンターを新装OPENさせたのでした。
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もちろん、当時としては盛業真っただ中にあった高島屋でしたが、言っても狭い商圏で客を取り合う形になればジリ貧なのは当然ですから、当時 なんばCITY が成功した手法に倣ったのかどうなのか…?
南館半分をそれまでの古典的な百貨店スタイルから一新し、若年層をターゲットとしたファッンョンとグルメの専門フロア UP.ル (アップル) として改装したのが昭和59年のことでしたが、この時期になると堺市の核となっていた堺東の街も、少しづつ衰退の道を歩み続けるのでした。
※特設コーナーの写真を引用
すなわち、 グローバル社会 という掛け声が引き金になったことに端を発し、その繁栄のバックボーンだった 堺泉北臨海工業地帯 の勢いが急速に冷めはじめた時期でもあって、特に新日鉄堺などの大規模工場が次々と縮小経営に舵を切ったことから、まずは百貨店の外商部が打撃をうけ、それに伴って近隣の歓楽街もその影響を受けはじめたのでした。
大企業に勤める民らが仕事帰りに一杯ひっかけたり、はたまた余暇を含めて繰り出した 堺東界隈 は、この時をピークとして年々活力を失っていった時期でもあって、今も高島屋から西南側一帯の歓楽街は、そのほとんどの建物が取り壊され、コインパーキングに化けてしまって久しいのです。
ただ、皮肉なことに堺の街自体はベッドタウンと化して人口は増え続けたものの、それに比して今度は郊外に大規模ショッピングセンター(生活百貨店SATY→後にイオンモールなど)が建ちはじめますと、もはやそれに対抗しうる体力は高島屋には残されていなかったのです。
狭い駐車場…
狭い売場…
品揃えの少なさ…
うす暗い和式トイレ…
仮に南海高野線に乗ってやって来たとしても、あと10分も乗れば難波に着くのですから、もはや多くの民はそちらに吸い込まれて行くのは当然の結果ですし、そもそもよほど大切な方への手土産などを購入する目的以外で百貨店に足を運ばなくなって久しい日常が令和の今なのです。
高島屋では堺店より早く、10年ほど前に和歌山店が閉店に追い込まれたことは、これまた「住友金属和歌山」の経営縮小などが引き金になった説もありますが、今や地方都市の徳島市や松江市なども百貨店が無い街となってしまったのも、ここ数年で生活スタイルが大きく変わったがゆえの自然の摂理かも知れないのです。
10年ひと昔とは言うけれど、今やそのショッピングセンターですら ネット通販の勢い に圧されていて、スマホを「ポチ」すれば自宅に商品が届く現状をして、今後は大都市のごく一部の地域だけ人が集まり、その他大勢はますます衰退していく未来が待っているのかも知れませんね?
ともあれ、61年間に渡り堺の街を支えてくださった「高島屋」さんに感謝の意を申し上げます。
ありがとうございました。










































