前回と前々回は、梅田界隈を阪神百貨店を境として歩いてみましたが、最終回の今回は JR大阪駅の構内 を歩いてみました。
と言うことで、まずは南側中央入口から大阪駅のコンコースへ入ってまいりましょう!
① こちらには、少し下に降りる階段があるのですが…?
実は元々の大阪駅は平面だったのですが、地下水の汲み上げと後の列車増発が災いして 地盤沈下 が起こったために仕方なく設けたもので、今も当時も全く変わっておりません。


ご承知のように鉄道開通以前の一帯は、いわば街外れの湿地帯(田んぼを埋めて建設→埋田→梅田)であったため地盤が軟弱で、後に国鉄9代目総裁 仁杉巌 氏などの尽力により補強され、現在大きな沈下は鳴りを潜めたようです。

② 現在の中央コンコースの様子です。

みどりの窓口 の位置は当時とあまり変わっていませんが、南側(現在のセブンイレブン)にはかつて 国鉄直営の喫茶店バーンホフ というのがあって、いわゆる関連事業への足掛かりとし目論んだものの、数年で撤退してしまいました。

※Googleマップより引用
③ さらに進むと当時は奥に 噴水広場 と キク象コーナー があり、多くの方が待ち合わせ場所としてよく利用していましたが、現在はその痕跡は何ひとつ残っていません。


※キク象コーナー/民営化後にお客様の声を聞くコーナーがあったものの、改善できるものだけを聞く得手勝手なコーナーでした。
④ 中央コンコースを北に抜けたところです。

現在は横断歩道が廃止され、 うめきた方面へのオーバーパス になってしまいましたが、当時はこれより北側には大阪車掌区をはじめ国鉄物資部や弥生会館などの 鉄っちん村 があったため、かつての横断歩道は国鉄職員しか渡っていないのでした。
⑤ ここで西側へ少し歩いてみましょう!
ガードをくぐる道路と交差する先には 梅田貨物駅 がありましたが、現在はこれまた跡形も無く様変わりしてビルが建っています。

⑥ JR線のガード下をくぐる道路です。

当時の記憶がおぼろげで申し訳ないのですが、かつてはここに 手小荷物扱い所 があったと記憶しています。
ただ、後に廃止されたこの空間を活用するため、 ギャレ大阪 という商業施設に改装されましたが、これは国鉄同期だった大塩君だったか?の提案が全面的に受け入れられて誕生しました。

⑦ さて、再び中央コンコースに戻り今度は東側に進みます。

現在は日本旅行になっている辺りは当時 日本食堂 がったと記憶していますが、左側にあったエスカレーターを2階に上がると、安価な飲食店が数軒ありました。
⑧ 更に北側に面した道路は、現在高速バスののりばになってしまいましたが…?

当時は 市バスのりば と、一時期だけ日本食堂系列だったか? 小さな立ち食いうどん屋さんがあって、金欠の給料前には御用達のお店でした。

⑨ 続いて東コンコースの北端にやってまいりました。

:現在は可愛いグッズのある雑貨屋さんと いかりスーパー などもあってお洒落な感じがしますが、当時は エロ本 が大量に置いてある本屋があって、股間を膨らませた野郎どもの格好の溜り場でもあったんです!
おまけに、その向かいにトイレがあったため、我慢できずに個室に駆け込む野郎も多く居ました。
⑩ ここから南端まで一気に移動しますと、例の阪急百貨店を結ぶ横断歩道に達するのですが、その傍らで今は寂れている通路には当時 安価な飲食店 が数軒ありました。

ぶっちゃけた話しが、国鉄職員専用のようなお店ばかりでしたが、あまり知られていない穴場スポットでしたので、私も足しげく通わせてもらいました。
⑪ 東側南改札付近には、当時 鉄道公安官の詰所 があり、入口にはスモークシールが全面に貼られ中は一切見えませんでした。

ただ、泣く子も黙る鉄道公安官は、鉄道敷地内では絶対的な権力がありましたから、酔っ払いなどがホームやコンコースなどで寝たり騒いだりしていますと集団でこの詰所へ連れていかれ、 ボコボコの袋叩き にあわせてやったと知り合いの公安官がよく言っていました。
⑫ こちらは今は単なる通路ですが、昭和の終わり頃にはここに ココ山岡 の路面販売店がありました。

ご存知の方もいらっしゃると思うのですが、 大人になったメルモちゃん よろしく、パンツが半分見えかけそうなミニスカートを纏った若い女性スタッフが色仕掛けで宝石を売りつける手法だったので、ここを通るのが嫌だった時期もありましたね!

さて、3回に渡ってお伝えした 梅田界隈の変貌の様子 でしたが、さすがに30年以上も経過してしまいますと全く変わっていて、今自分自身がとごを歩いているのかさえわかりませんでした…。
もちろん、今はスマホさえ持っていれば目的地まで誘導してくれる便利な時代になったものの、今から30年以上先の梅田界隈は更に大きく変貌していることだけは確かだと思うのです。
梅田界隈のおさらい↓↓↓

30年以上前の大阪駅マップ↓↓↓

おしまい。