暑いのか?  寒いのか?

 

晴れが続くのか? 雨が降るのか?

 

     

 

誠に 中~途半端 な天候が続いていますが、先日弊社に来店いただいたお客様は近隣の町会長さんで、 古くなった町会掲示板を補修してほしい とのご依頼でした。

 

 

 

これは、以前のブログでも取り上げたものでしたが、現地を訪問しますとさすがにボロボロの状態でした。

 

     

 

まあ、このような状態でも平気で使用しているのもよく見かけるのですが、老朽化が原因で 万一道路側へ倒れて人や車に当たれば ば後々難儀なことになるのです。

 

しかし、これを全て撤去して新しい掲示板と入れ替えるのもひとつの方法ですが、そうなりますとそれなりに費用もかかってくるのです。

 

     

 

そこで、前回と同じように柱自体は再利用し、 掲示板だけを新調する のですが、ここで肝心なのは 腐る素材を使わない ということなのです。

 

参考ブログ→

 

 

すなわち、掲示板は押しピンを使うため、ほぼ全てが腐りやすい木製なので、それ以外の素材を使えば良いのです。

 

     

 

 

 

木製のフレームをアルミ製に変え、ボード面は合板パネルを使用し、その上にシールをラッピングしていきます。

 

     

 

施工の様子です。

 

     

 

古い柱はサビサビでしたので、まずは研磨し次に塗装することで新品同様に生まれ変わります。

 

     

 

また、今回は町会長さんの尽力により、地元企業の協賛を得ましたので、少しは安く仕上がったのでは?と思います。

 

     

 

看板を含め掲示板などの類は、ほぼノーメンテナンスで長期の使用に耐えなければならないので、価格の安さのみで飛びついてしまうと、 安物買いの銭失い になりますから注意が必要ですね!

 

あと、掲示板や看板の工法などに関してお電話をいただくことがあるのですが、 弊社にご来店されるお客様のみの対応 となりますので、お電話での価格の問い合わせや質問には一切お答えできません。

 

この度はご注文ありがとうございました。

 

前回と前々回は、梅田界隈を阪神百貨店を境として歩いてみましたが、最終回の今回は JR大阪駅の構内 を歩いてみました。

 

と言うことで、まずは南側中央入口から大阪駅のコンコースへ入ってまいりましょう!

 

 

 

 こちらには、少し下に降りる階段があるのですが…?

 

実は元々の大阪駅は平面だったのですが、地下水の汲み上げと後の列車増発が災いして 地盤沈下 が起こったために仕方なく設けたもので、今も当時も全く変わっておりません。

 

     大阪駅構内を歩く人々

 

     大阪駅中央コンコースの混雑した様子

 

ご承知のように鉄道開通以前の一帯は、いわば街外れの湿地帯(田んぼを埋めて建設→埋田→梅田)であったため地盤が軟弱で、後に国鉄9代目総裁 仁杉巌 氏などの尽力により補強され、現在大きな沈下は鳴りを潜めたようです。

 

     仁杉巌氏と会食する様子

 

 

 

  現在の中央コンコースの様子です。

 

     大阪駅中央コンコースの券売場

 

みどりの窓口 の位置は当時とあまり変わっていませんが、南側(現在のセブンイレブン)にはかつて 国鉄直営の喫茶店バーンホフ というのがあって、いわゆる関連事業への足掛かりとし目論んだものの、数年で撤退してしまいました。

 

     大阪駅中央コンコースのチケット売り場

※Googleマップより引用

 

 

 

 さらに進むと当時は奥に 噴水広場 と キク象コーナー があり、多くの方が待ち合わせ場所としてよく利用していましたが、現在はその痕跡は何ひとつ残っていません。

 

     JR大阪駅コンコースと人々

 

     大阪駅中央コンコースの噴水広場

 

※キク象コーナー/民営化後にお客様の声を聞くコーナーがあったものの、改善できるものだけを聞く得手勝手なコーナーでした。

 

 

 

 

 中央コンコースを北に抜けたところです。

 

     JR大阪駅グランフロント大阪外観と人々

 

現在は横断歩道が廃止され、 うめきた方面へのオーバーパス になってしまいましたが、当時はこれより北側には大阪車掌区をはじめ国鉄物資部や弥生会館などの 鉄っちん村 があったため、かつての横断歩道は国鉄職員しか渡っていないのでした。

 

 

 

 

 ここで西側へ少し歩いてみましょう!

 

ガードをくぐる道路と交差する先には 梅田貨物駅 がありましたが、現在はこれまた跡形も無く様変わりしてビルが建っています。

 

     空港リムジンバスが走行する都市景観

 

 JR線のガード下をくぐる道路です。

 

     大阪駅構内、歩道と車道、バス

 

当時の記憶がおぼろげで申し訳ないのですが、かつてはここに 手小荷物扱い所 があったと記憶しています。

 

ただ、後に廃止されたこの空間を活用するため、 ギャレ大阪 という商業施設に改装されましたが、これは国鉄同期だった大塩君だったか?の提案が全面的に受け入れられて誕生しました。

 

     GAREの看板と駅構内

 

 

 

⑦ さて、再び中央コンコースに戻り今度は東側に進みます。

 

     大阪駅コンコースの様子、ポスターに虎の絵

 

現在は日本旅行になっている辺りは当時 日本食堂 がったと記憶していますが、左側にあったエスカレーターを2階に上がると、安価な飲食店が数軒ありました。

 

  更に北側に面した道路は、現在高速バスののりばになってしまいましたが…?

 

     大阪駅構内、バス停と待合スペース

 

当時は 市バスのりば と、一時期だけ日本食堂系列だったか? 小さな立ち食いうどん屋さんがあって、金欠の給料前には御用達のお店でした。

 

     大阪駅構内、当時の様子と現在を比較

 

 

 

  続いて東コンコースの北端にやってまいりました。

 

     大阪駅コンコース、episode店舗とデジタルサイネージ

  

:現在は可愛いグッズのある雑貨屋さんと いかりスーパー などもあってお洒落な感じがしますが、当時は エロ本 が大量に置いてある本屋があって、股間を膨らませた野郎どもの格好の溜り場でもあったんです!

 

おまけに、その向かいにトイレがあったため、我慢できずに個室に駆け込む野郎も多く居ました。

 

  ここから南端まで一気に移動しますと、例の阪急百貨店を結ぶ横断歩道に達するのですが、その傍らで今は寂れている通路には当時 安価な飲食店 が数軒ありました。

 

     大阪駅コンコースに立つ男性

 

ぶっちゃけた話しが、国鉄職員専用のようなお店ばかりでしたが、あまり知られていない穴場スポットでしたので、私も足しげく通わせてもらいました。

 

 

 

  東側南改札付近には、当時 鉄道公安官の詰所 があり、入口にはスモークシールが全面に貼られ中は一切見えませんでした。

 

     JR大阪駅コンコースの様子

 

ただ、泣く子も黙る鉄道公安官は、鉄道敷地内では絶対的な権力がありましたから、酔っ払いなどがホームやコンコースなどで寝たり騒いだりしていますと集団でこの詰所へ連れていかれ、 ボコボコの袋叩き にあわせてやったと知り合いの公安官がよく言っていました。

 

 

 

  こちらは今は単なる通路ですが、昭和の終わり頃にはここに ココ山岡 の路面販売店がありました。

 

     大阪駅中央コンコースの案内標識

 

ご存知の方もいらっしゃると思うのですが、 大人になったメルモちゃん よろしく、パンツが半分見えかけそうなミニスカートを纏った若い女性スタッフが色仕掛けで宝石を売りつける手法だったので、ここを通るのが嫌だった時期もありましたね!

 

     アトムのフィギュア

 

 

 

さて、3回に渡ってお伝えした 梅田界隈の変貌の様子 でしたが、さすがに30年以上も経過してしまいますと全く変わっていて、今自分自身がとごを歩いているのかさえわかりませんでした…。

 

もちろん、今はスマホさえ持っていれば目的地まで誘導してくれる便利な時代になったものの、今から30年以上先の梅田界隈は更に大きく変貌していることだけは確かだと思うのです。

 

梅田界隈のおさらい↓↓↓

 

     大阪駅構内図:梅田貨物線・百貨店・ホテルなど

 

30年以上前の大阪駅マップ↓↓↓

 

    大阪駅構内地図:梅田変遷の記録

 

おしまい。

前回の続きである。

 

 

阪神百貨店から西側を探索した後は、今度はこれとは逆に東側に足を向けてみましたが、こちらは阪神百貨店地下一階食料品売り場に沿う通路の様子です。

 

     梅田地下街のiPhone17広告と通行者

 

少し天井が低いので圧迫感があるものの、今風の洒落た通路に変貌して久しいのですが、30~40年程前までのここは アリバイ横丁 として有名でした。

 

     大阪梅田アリバイ横丁の土産物店

 

すなわち、各都道府県の土産物を売る小さなお店が軒を連らねていて、出張へ行くと嘘をついてチョメチョメに勤しんでいた殿方御用達のスポットであって、奥様を安心させるのためにわざわざここで手土産を買って偽装していたのでした。

 

また、雰囲気そのものが暗く、店員さんもいくぶん高齢の方が多い印象でしたが、今はこの一部が KITTE大阪 に移設され盛業しているようです。

 

 

 

 

ここで、一旦地上に出てみましょう!

 

     梅田駅階段の案内標識

 

今は何の変哲もない普通の階段ですが、平成の中頃まではこの左半分に 串カツ松葉さん というお店があって、立ち飲みスタイルながら連日大盛況のお店でした。

 

     大阪梅田の串カツ店「松葉」

 

昼間であっても前を通ると油が焦げる香ばしい匂いが充満していて、これまた呑み助御用達のお店でしたが、この横にはエロ本が豊富にあった古書店があり、その先がアリバイ横丁に繋がるという梅田の一等地らしからぬ形相をしていました。

 

 

 

 

さて、次にやって来たのはご存知、大阪駅と阪急百貨店を結ぶ横断歩道でございます。

 

     梅田駅周辺の横断歩道とビル群

 

昭和の時代から 「あと○○秒で信号が赤に変わります。」 と音声が流れるせっかちな大阪人向けの横断歩道ですが、正面に見える阪急百貨店の3階にはかつてレストランがあって、 映画家族のロケ地 として使われました。

 

     梅田駅周辺、阪急グランドビルと横断歩道

 

     映画「家族」のロケ地、阪急百貨店3階のレストラン

 

詳しくはコチラ→

 

 

 

 

さて、ここからはいよいよ泣く子も黙る 阪急の陣地 に突入してまいりますが、ここでちょっとブレイクタイム!

 

大阪梅田周辺で1000円以下(600円程度)で安価に食事をとるのなら、真っ先に 阪神百貨店スナックパーク が思い浮かぶでしょう!

 

     大阪梅田スナックパークの賑わい

 

しかし、それに勝るとも劣らないどころか、今風の洒落た感じに変貌した阪神に対し、昭和レトロを混ぜ込んだディープかつ雑多で安価な食事処といえば、ご存知この横断歩道を渡った傍らにある 新梅田食 でございます。

 

もうね…

「新」と付くもののほぼ半世紀近く変わってないんじゃないかな?

 

     新梅田食道街の入口

 

JR高架下の怪しい入口を入ると正にパラダイス!

 

     大阪梅田 新梅田食道街の店

 

鰻の寝床 のごとく狭い通路にひしめく小さな店店に、真上を電車が走るとガタガタと轟音を発する音響効果付きですから、もうこんなん 寒イボ(鳥肌)全開 ですやん!

 

     大阪梅田の新梅田食道街のやきとり店

 

     新梅田食道街のカウンターで料理を待つ人々

 

 

 

さて、この食道街を抜けて右に曲がりますと、阪急百貨店と阪急梅田駅を結ぶ大きな通路がお目見えしてまいりますが…?

 

     梅田地下通路:アリバイ横丁とKITTE大阪

 

ここは元々阪急梅田駅のあったところで、往時を知る世代ではありませんが、手狭になったため北へ移動して現在に至るのです。

 

そしてそして…

この通路の左にあるのが、昭和50年代の若人(わこうど)達のデートスポットとして名を馳せ、ご同輩ならご存知の阪急32番街こと 阪急グランドビル でございます。

 

     阪急グランドビル「阪急32番街」の入口

 

 

 

当時は「あべのハルカス」なんて影も形も無いどころか、高層ビル自体が大阪にはあまり無かったんです。

 

ですから、そこへ 誰でも地上32階まで上がれて無料で展望 を楽しめまっせとくれば人が殺到するのは当然で、往時はエレベーターに乗るだけで行列必至でした。

 

     梅田の街並み:阪急百貨店と高層ビル群

 

アホと煙は高いとこ上る なんて言われていますが、当時はうめきた広場や背後の高層ビルも無かったのですから、天気の良い日には六甲山が手に取るように拝めたので、デートスポットとしては大阪唯一の存在でしたし…

 

中森明菜さんのデビューシングル曲 スローモーション も、当時ここにあった タワーレコード で買い求めた記憶が蘇ります。

 

     中森明菜『スローモーション』レコードジャケット

 

 

 

で、梅田での待ち合わせによく使われたのは、グランドビルから少し南の角にあった いすゞショールーム前 で、当時はピアッツァなやビッグホーンが展示されていました。

 

     大阪梅田駅前、SBI新生銀行とOSAKA UMEDAの看板

 

更にこれより東に進みますと、当時のままの姿で今も ナビオ阪急 がありますが、若人のデートスポットと言えばこの辺りまでだったんだけれど、今日はもう少し進んでみましょう!

 

     梅田の街並みとHEP FIVE観覧車

 

 

 

横断歩道を渡ると左手に新しくなった OSビル が見えますが、当時は阪急東通り商店街沿いに2~3店舗のカウンターだけの飲食店が軒を連ねていました。

 

     大阪梅田の通路と商店街

 

もちろん今は影も形もありませんが、その中でも初老の男性が一人で切り盛りしていた カレー屋 が私のお気に入りでして、暖簾だけで区切られた狭いスペースながら、銀皿にのった熱々のカレーを頬張った記憶がまたまた蘇ります。

 

     梅田のカレー屋さんのイメージ

※イメージ

 

 

 

と言うことで、 MBS夜はクネクネ よろしく、梅田駅界隈の東側をブラリと歩いてみましたが、さすがにこれより先に進むとかつての歓楽街に入りますし、そうなりますと下ネタが連発しますので…

 

「今日はこれぐらいにしといたらぁ~!」

 

     お笑い芸人、コント、漫才

     

※本日のおさらい。 街ブラルートはこちら↓↓↓

 

     大阪梅田駅周辺の現在と過去の地図

 

つづく