結果を出す人が重視するシンプルな3つのポイント+α | Goal達成のための心身を創る内部表現書き換え「マインド・ボディ・コーディネーション」DK WORKS

Goal達成のための心身を創る内部表現書き換え「マインド・ボディ・コーディネーション」DK WORKS

DK WORKSは整体、オイル施術、セッション、セミナーでクライアントの心身の書き換えをサポートしています。

■バージョンアップしたDK WORKS遠隔ヒーリング企画はこちら

【募集開始】中丹田ラポール

 

■はじめての方はまずはこちら

絶望的な人生から、心と身体を書き換えて、成功し続ける7人のストーリー・メルマガ7日間講座

 

●結果を出す人が重視するシンプルな3つのポイント+α

 

結果が欲しい。とにかく結果を出したい。早く結果を手にしたい。

 

そういう風に焦ることはよくあるものです。

 

お気持ちはよくわかります。

 

しかし、その「結果が欲しい」という内省言語そのものが、我々にとってどのような関数として作用するのか?をきちんと見極めることです。

 

我々は、知性こそが勝利を呼ぶことを知っており、身体性こそが勝利の鍵であると知っており、I.Qこそが、最も重要なものだと知っています。

 

しかし、結果が云々、お金が云々というようなことになると、一気にI.Qが下がってしまいます。

 

例えば、認知心理学でいう「大いなる勘違い」という概念があります。これはシャレでもなんでもなく、れっきとした学術用語です。

 

「結果が欲しい」

「とにかく結果を出したい」

「早く結果を手にしたい」

 

というセルフトーク(内省言語)を、脳がどう認識するのか?に着目すべきなのです。

 

この内省言語に対して、脳はまっすぐに、馬鹿正直に計算します。

 

「結果が欲しい」

「現在結果が手元にないから欲しい」

「私は結果を持っていない」

「私は結果を出すことができない」

 

例えばこう考えればいいのです。

 

「結果が欲しい」というあなたの一言は、あなたの脳と心に対して、「私は結果を出すことなどできない」と同意なのです。

 

これは嘘のような本当の話です。脳は万能!脳は量子コンピュータ!みたいなことを普通にいうオカルトな人は後を絶ちませんが、実際は脳とはそういう計算を平気でしてしまう愛すべきおバカなのです。

 

 

ですから、あなたが「結果が欲しい、欲しい」と言えばいうほど、「私は結果を出すことができない」という現状を強化する方向に作用します。

 

そして、いつまでたっても、結果を得られない、努力の報われない人生となります。

 

いやむしろ「私は結果を出すことができない」という自らの書き込み通りのGoalをクリエイティブに達成し続けるのが脳のカラクリです。

 

しかし、DK WORKSのクライアントたちは、驚くべき結果を出し続けています。

 

起業すれば成功し、ヒーラーになれば奇跡のようなヒーリングを起こし、コーチになれば予約で一杯となり、家族が奇跡のように書き変わったり、パートナーが嬉しい身体の回復を見せたり、まるで魔術的な力を持つように見えます。

 

では、実際に結果が出せる人と、そうでない人の違いはなんでしょう?

 

ポイントは3つです。

 

①中長期的な視点

 

②シンプルな取り組みと丁寧なフィードバック

 

③気功技術と身体的I.Q

 

いや、もう一つ重要なものをあげるなら

 

④Goal

 

でしょう。

 

結果をガツガツ出していく方というのは、むしろ地味なのです。

 

まずもって、DK WORKSの門をくぐる時から、Mind Settingがきっちりとしているケースが多いのです。

 

とりあえず、興味があるから・・・とかいう理由ではなく、明確に、「ここで学び、結果を出していくための力をつけよう」というように、中長期的なスパンで学びに来られます。

 

といっても、1年〜3年を目処にして、ある程度の足場を固めて、具体的に結果を出していくための礎を作っていかれます。

 

もちろん、Goalというのは極めて長期的なものです。10年、15年、20年スパンです。しかし、そのためのスタートとしての1年目、2年目、3年目というのは極めて重要です。

 

だいたい、GoalをSettingして、1年未満でほとんどの方がドロップアウトするからです。自分には才能がないとか、いや本当は、Goalではなかったとか(本当にそうならいいのですが)、時期が悪すぎたとか、調子が出なかったとか、クリエイティブアヴォイダンスの温床となります。

 

心と身体の使い方が分からず、不測の事態に対する対処がままならず、いつの間にか現状へと収束してしまう人ばかりです。この辺りの戦略がなさすぎるからこそ、これほどまでに、夢やGoalを叶える人が少ないのです。

 

すでに、脳科学、認知科学、神経科学、認知心理学、進化生物学などの知見から、様々なことがわかってきています。もちろん、人間の夢やGoalの達成への道筋やその対処法さえも・・・。

 

それらを元に気功技術化されたものが、DK WORKSで扱う「気功」です。

 

昔から、気功というのは「あの人にしかないパワーだ!」みたいな時代が続きましたが、認知科学の登場以降に、そのパラダイムが終了し、気功が一気に大衆化しました。

 

誰もが使えるツールとなりました。

 

 

ちなみにですが、「誰でも使える」ということと「練習せずに使える」というのは、全く別の意味です。大人であれば、そのことくらいは説明なく理解して欲しいところです。

 

最近そういう小学生でもわかるような言葉の意味を履き違えて「私にはできない」という方がいます。

 

いや、別にできないならやらなければいいのです。できないと自分で言う行為そのものが、自らの才能を拒否しているのです。ミカサ・アッカーマンではないですが、まさに「この世界は、残酷」なのです。

 

そんなことを言う人を救うほど、この世界は甘くはなく、楽園でもないのです。

 

 

本気で気功を用いて人生を変えたいなら「死ぬほどやれ!」に尽きます。

 

いやむしろ、死ぬほどやってから、才能のあるなしを判断せよと普通に思います。才能など、結局は数%の誤差でしかなく、最初はない方がいいくらいなのです。(それが科学の出した一つの考え方です。才能に生かされる人間よりも、殺される人間の方が多いのです)

 

そういう意味で、気功なんて本当にGoalがある人にしか使いこなせないのです。結果が出ない人は、必死にやってないだけです。Goalが低いか小さいか本当のGoalじゃないかです。

 

スポーツは死ぬほどやれば壊れますが、ヒーリングは死ぬほどやっても、良くなるばかりです。

 

もう何もないだろう・・・と思ったその先に、一筋の新たに光る抽象度階層が見えてくるのです。

 

そのような世界観を、寺田寅彦先生は「科学者とあたま」の中で語っています。科学者とは、あたまがよくなくてはいけない。しかし一方で、科学者は、あたまが悪くなくてはいけない。と言います。

 

科学者とあたま  寺田寅彦      

 

私に親しいある老科学者がある日私に次のようなことを語って聞かせた。「科学者になるには『あたま』がよくなくてはいけない」これは普通世人の口にする一つの命題である。これはある意味ではほんとうだと思われる。しかし、一方でまた「科学者はあたまが悪くなくてはいけない」という命題も、ある意味ではやはりほんとうである。そうしてこの後のほうの命題は、それを指摘し解説する人が比較的に少数である。  

 

この一見相反する二つの命題は実は一つのものの互いに対立し共存する二つの半面を表現するものである。この見かけ上のパラドックスは、実は「あたま」という言葉の内容に関する定義の曖昧不鮮明から生まれることはもちろんである。  

 

論理の連鎖のただ一つの輪をも取り失わないように、また混乱の中に部分と全体との関係を見失わないようにするためには、正確でかつ緻密ちみつな頭脳を要する。紛糾した可能性の岐路に立ったときに、取るべき道を誤らないためには前途を見透す内察と直観の力を持たなければならない。すなわちこの意味ではたしかに科学者は「あたま」がよくなくてはならないのである。  

 

しかしまた、普通にいわゆる常識的にわかりきったと思われることで、そうして、普通の意味でいわゆるあたまの悪い人にでも容易にわかったと思われるような尋常茶飯事の中に、何かしら不可解な疑点を認めそうしてその闡明に苦吟するということが、単なる科学教育者にはとにかく、科学的研究に従事する者にはさらにいっそう重要必須なことである。この点で科学者は、普通の頭の悪い人よりも、もっともっと物わかりの悪いのみ込みの悪い田舎者いなかものであり朴念仁でなければならない。  

 

いわゆる頭のいい人は、言わば足の早い旅人のようなものである。人より先に人のまだ行かない所へ行き着くこともできる代わりに、途中の道ばたあるいはちょっとしたわき道にある肝心なものを見落とす恐れがある。頭の悪い人足ののろい人がずっとあとからおくれて来てわけもなくそのだいじな宝物を拾って行く場合がある。  

 

頭のいい人は、言わば富士のすそ野まで来て、そこから頂上をながめただけで、それで富士の全体をのみ込んで東京へ引き返すという心配がある。富士はやはり登ってみなければわからない。  

 

頭のいい人は見通しがきくだけに、あらゆる道筋の前途の難関が見渡される。少なくも自分でそういう気がする。そのためにややもすると前進する勇気を阻喪しやすい。頭の悪い人は前途に霧がかかっているためにかえって楽観的である。そうして難関に出会っても存外どうにかしてそれを切り抜けて行く。どうにも抜けられない難関というのはきわめてまれだからである。  

 

それで、研学の徒はあまり頭のいい先生にうっかり助言を請うてはいけない。きっと前途に重畳する難関を一つ一つしらみつぶしに枚挙されてそうして自分のせっかく楽しみにしている企図の絶望を宣告されるからである。委細かまわず着手してみると存外指摘された難関は楽に始末がついて、指摘されなかった意外な難点に出会うこともある。  

 

頭のよい人は、あまりに多く頭の力を過信する恐れがある。その結果として、自然がわれわれに表示する現象が自分の頭で考えたことと一致しない場合に、「自然のほうが間違っている」かのように考える恐れがある。まさかそれほどでなくても、そういったような傾向になる恐れがある。これでは自然科学は自然の科学でなくなる。一方でまた自分の思ったような結果が出たときに、それが実は思ったとは別の原因のために生じた偶然の結果でありはしないかという可能性を吟味するというだいじな仕事を忘れる恐れがある。  

 

頭の悪い人は、頭のいい人が考えて、はじめからだめにきまっているような試みを、一生懸命につづけている。やっと、それがだめとわかるころには、しかしたいてい何かしらだめでない他のものの糸口を取り上げている。そうしてそれは、そのはじめからだめな試みをあえてしなかった人には決して手に触れる機会のないような糸口である場合も少なくない。自然は書卓の前で手をつかねて空中に絵を描いている人からは逃げ出して、自然のまん中へ赤裸で飛び込んで来る人にのみその神秘の扉とびらを開いて見せるからである。  

 

頭のいい人には恋ができない。恋は盲目である。科学者になるには自然を恋人としなければならない。自然はやはりその恋人にのみ真心を打ち明けるものである。  

 

科学の歴史はある意味では錯覚と失策の歴史である。偉大なる迂愚者の頭の悪い能率の悪い仕事の歴史である。  

 

頭のいい人は批評家に適するが行為の人にはなりにくい。すべての行為には危険が伴なうからである。けがを恐れる人は大工にはなれない。失敗をこわがる人は科学者にはなれない。科学もやはり頭の悪い命知らずの死骸しがいの山の上に築かれた殿堂であり、血の川のほとりに咲いた花園である。一身の利害に対して頭がよい人は戦士にはなりにくい。

 

頭のいい人には他人の仕事のあらが目につきやすい。その結果として自然に他人のする事が愚かに見え従って自分がだれよりも賢いというような錯覚に陥りやすい。そうなると自然の結果として自分の向上心にゆるみが出て、やがてその人の進歩が止まってしまう。頭の悪い人には他人の仕事がたいていみんな立派に見えると同時にまたえらい人の仕事でも自分にもできそうな気がするのでおのずから自分の向上心を刺激されるということもあるのである。  

 

頭のいい人で人の仕事のあらはわかるが自分の仕事のあらは見えないという程度の人がある。そういう人は人の仕事をくさしながらも自分で何かしら仕事をして、そうして学界にいくぶんの貢献をする。しかしもういっそう頭がよくて、自分の仕事のあらも見えるという人がある。そういう人になると、どこまで研究しても結末がつかない。それで結局研究の結果をまとめないで終わる。すなわち何もしなかったのと、実証的な見地からは同等になる。そういう人はなんでもわかっているが、ただ「人間は過誤の動物である」という事実だけを忘却しているのである。

 

一方ではまた、大小方円の見さかいもつかないほどに頭が悪いおかげで大胆な実験をし大胆な理論を公にしその結果として百の間違いの内に一つ二つの真を見つけ出して学界に何がしかの貢献をしまた誤って大家の名を博する事さえある。しかし科学の世界ではすべての間違いは泡沫のように消えて真なもののみが生き残る。それで何もしない人よりは何かした人のほうが科学に貢献するわけである。  

 

頭のいい学者はまた、何か思いついた仕事があった場合にでも、その仕事が結果の価値という点から見るとせっかく骨を折っても結局たいした重要なものになりそうもないという見込みをつけて着手しないで終わる場合が多い。しかし頭の悪い学者はそんな見込みが立たないために、人からはきわめてつまらないと思われる事でもなんでもがむしゃらに仕事に取りついてわき目もふらずに進行して行く。そうしているうちに、初めには予期しなかったような重大な結果にぶつかる機会も決して少なくはない。この場合にも頭のいい人は人間の頭の力を買いかぶって天然の無際限な奥行きを忘却するのである。科学的研究の結果の価値はそれが現われるまではたいていだれにもわからない。また、結果が出た時にはだれも認めなかった価値が十年百年の後に初めて認められることも珍しくはない。  

 

頭がよくて、そうして、自分を頭がいいと思い利口だと思う人は先生にはなれても科学者にはなれない。人間の頭の力の限界を自覚して大自然の前に愚かな赤裸の自分を投げ出し、そうしてただ大自然の直接の教えにのみ傾聴する覚悟があって、初めて科学者にはなれるのである。しかしそれだけでは科学者にはなれない事ももちろんである。やはり観察と分析と推理の正確周到を必要とするのは言うまでもないことである。  

 

つまり、頭が悪いと同時に頭がよくなくてはならないのである。  

 

この事実に対する認識の不足が、科学の正常なる進歩を阻害する場合がしばしばある。これは科学にたずさわるほどの人々の慎重な省察を要することと思われる。  

 

最後にもう一つ、頭のいい、ことに年少気鋭の科学者が科学者としては立派な科学者でも、時として陥る一つの錯覚がある。それは、科学が人間の知恵のすべてであるもののように考えることである。科学は孔子のいわゆる「格物」の学であって「致知」の一部に過ぎない。しかるに現在の科学の国土はまだウパニシャドや老子やソクラテスの世界との通路を一筋でももっていない。芭蕉や広重の世界にも手を出す手がかりをもっていない。そういう別の世界の存在はしかし人間の事実である。理屈ではない。そういう事実を無視して、科学ばかりが学のように思い誤り思いあがるのは、その人が科学者であるには妨げないとしても、認識の人であるためには少なからざる障害となるであろう。これもわかりきったことのようであってしばしば忘られがちなことであり、そうして忘れてならないことの一つであろうと思われる。 

 

この老科学者の世迷い言を読んで不快に感ずる人はきっとうらやむべきすぐれた頭のいい学者であろう。またこれを読んで会心の笑えみをもらす人は、またきっとうらやむべく頭の悪い立派な科学者であろう。これを読んで何事をも考えない人はおそらく科学の世界に縁のない科学教育者か科学商人の類であろうと思われる。

 

寅彦先生のおっしゃることは、単なるPunkでしかないと思いますwww

 

講師のこちら側が驚くほどに成果をあげるクライアントさんも大勢いらっしゃいます。彼らは、シンプルにシンプルに、とにかく目の前にある技術を使い込みます。

 

ただひたすらに、シンプルに、そのヒーリングを繰り返し行うのです。彼らは寅彦先生のおっしゃるように「頭の良い、頭の悪さ」を持ち合わせています。

 

まさに「はじめからだめにきまっているような試みを、一生懸命につづけている。やっと、それがだめとわかるころには、しかしたいてい何かしらだめでない他のものの糸口を取り上げている。そうしてそれは、そのはじめからだめな試みをあえてしなかった人には決して手に触れる機会のないような糸口である場合も少なくない。」のです。

 

そうして、折に触れて気功に触れ、気功について考え、内部表現書き換えについて考え、己のGoalについて考えていると、人生の全てがもはや気功なのだということがわかります。

 

我々は情報的な生き物であり、情報に支配され、情報に踊らされ、情報に酔っ払って生きているのです。

 

であれば、情報空間の手綱をきっちりと握るものが、秀でるのは当たり前です。それを、手触りを持って行おうという試みが気功です。

 

コミュニケーションも恋愛もビジネスも駆け引きも取り引きも、子育ても教育もスポーツも、全てが情報操作でしかないのです。

 

■バージョンアップしたDK WORKS遠隔ヒーリング企画はこちら

【募集開始】中丹田ラポール

 

■はじめての方はまずはこちら

絶望的な人生から、心と身体を書き換えて、成功し続ける7人のストーリー・メルマガ7日間講座

 

■はじめての方はまずはこちら

 

絶望的な人生から、心と身体を書き換えて、成功し続ける7人のストーリー・メルマガ7日間講座

 

 

■まずはヒーリング&カウンセリングを受けてみたい

 

・メールヒーリングセッション

(まずはヒーラーと二人三脚の関係性を作る)

 

 

・マンツーマン遠隔ヒーリング

(あなたのためのオリジナル遠隔気功) 

 

 

・対面ヒーリング&カウンセリングセッション

(ヒーラーから、直接指導、ヒーリング&カウンセリングを受ける)

 

 

・オンラインヒーリング&カウンセリングセッション

(遠方でも安心!オンラインセッション)

 

 

・DK WORKSバーチャル講座

(心と身体を書き換えるための教養を学ぶ)

 

 

■気功を使って、自分を変えたい本気の人のための講座

 

 

・DK WORKSオンラインアカデミー

(12ヶ月で、ヒーラーになる!)

 

 

・次世代ヒーラーのためのオンラインコーチング講座

〜BRAIN WORK OUT〜

(脳と心の仕組みを理解する)

 

 

・DK WORKSバーチャル講座

(心と身体を書き換えるための教養を学ぶ)

 

 

■〜認知科学とヒーリング&カウンセリング DK WORKS〜メニュー

 

DK WORKSヒーリング&カウンセリング、コーチングメニュー

 

お問い合わせ

 

クライアントの声

 

DK WORKS主宰プロフィール

 

■DK WORKS公式LINE@

 

友だち追加

 

LINEアプリから「@odk3486s」で検索していただくと見つかります。

 

DK WORKSでは、うつ病、鬱、躁鬱病、鬱症状、トラウマ除去、心の悩みの解決法、心の病の改善、精神科でも治らない場合の取り組み方、心療内科でも効果が出ない時の取り組み方、落ち込み、摂食障害、鬱症状、抑うつ、心の病気、ストレスの原因、要因を解決する、うつ病の改善法、鬱の再発防止策、パニック障害改善、抑うつカウンセリング、鬱とヒーリング、不定愁訴、原因不明の体調不良、何をやっても楽しくない、過去のトラウマ、インナーチャイルド、その他、様々なご相談をいただいています。