北うねりの幕開け
北うねりは部原周辺で最もいいディレクション。
離れて行く低気圧によって天候も回復し、風も合い、そのバックスエルは時には波数が多い。
今日は何が良かったかと言うと、とにかく波数が多かった。
ひっきりなしに来るうねりは、全員に平等に波を与え、沖に着いても、すぐ波が来るから、待つことなく、フル回転状態☆
波の取り合いもなく、たくさんの人達が普段見せない笑顔で今日の波を満喫したことだろう。
あの短時間であれだけ波に乗ったのはいつ?ぶりだろうか!
今日は、記憶に残る1日だったように思える☆
これから個人的に大好きな北うねり到来のシ—ズン。
北うねりは何が良いかと言うとレフトがいいんだよ。
グ—フィ—フッタ—の僕にとっては、やっぱり北うねりなんだよね。
冬場の海は夏と違って、本当にサ—フィンが好きな人達が残るので、ルールを守る人達が多く、房総半島にとってシ—ズン到来となる。
海から上がったあとの風呂も格別。
さてと、ぼちぼち、薪を集めに行かないと…。
ふぅ~
家の裏の崖を2日がかりで綺麗にした。
足場が悪く、うるしの木が2本もあり、けっこう大変だった。
分かってはいたんだが、うるしの木をチェーンソーで切っていた時、木くずが目に飛んできて右目がかぶれたよ。
まあ、いつものこと、、、こんなのかわいい方だねー。
最後は除草シ—トを張り終了。
毎年、毎年、崖から落ち葉や土が落ちてきて、掃除するのが大変だった。
秋は家の裏に小さな物置を作る。
長年、リフォームのために使った道具や塗料をしまったり、ボード置き場にする。
倉庫の骨組みは、90%はわかったんだが、細かいところがわかんない。
でも、いつも、やりながらいろいろわかってくる。
なんでもそうだよね~。
北海道は地震の影響やジェットを出すと海保が来て、もめそうだから、また、今年もおあづけ。
北海道で大きな波の時、前例がないからいろいろ段取りが必要ということになった。
11月は、みちのく一人旅に行こうと思っていて、、、最近は旅に行ってないから、どうも、頭が回らない。
やっぱり、旅は大事だね~。
追加、写真を見ると分かると思うけど、この辺は硬い岩盤で、上の高齢のおじさんも言っていたが関東大震災の時、びくともしなかったという。
20年前にこの家を購入する時、家の横が崖だった為、いろいろ考えて、地盤も調べたんだよ。
やばいのは台風の時だけで、、、こないだの台風の時、勝浦は最大瞬間風速40.3メートルだったけど大丈夫だったよ。
これから暴風雨
台風24号の東進により、今夜の最大風速は南の風25メートル。
瞬間で30メートルはいくのかな。
2年前の台風9号の竜巻?によって海側の部屋が破壊された苦い思い出があるので今夜は心配。
あれから2年、大工に詳しい仲間に聞いて、こつこつと自分一人で修復とリフォームをしてきて万全にしてきた。
それでも、時には自然が猛威を振るうので油断大敵。
今年は、西日本豪雨や台風21号、大阪や北海道の地震で人々が自然の猛威に敏感になってきた。
事前の鉄道運休や高速の通行止めやイベントキャンセルの流れはいい傾向で、悪天候の時に無理は禁物。
これから未来、どんどん気象が荒くなるので、スピーディーに危険な地域に情報を発信できる防災予防庁みたいなのができるのも時間の問題だと思う。
事が起きてからではいろいろ遅いのが自然災害であり、自然に対して敬意を持ち、譲る気持ちが最も大切だと思う。
さてと、竜巻が怖いな~、大丈夫かな~?
この天気図!!
房総半島沖で巨大三角波が発生する天気図。
通称…お化け三角波。
5年に一回とか、もしかしたら10年に一回とかの天気図。
追加、、でも、予報が少しかわり、北の低気圧はさほど発達しない模様なので房総半島沖の三角波はあまり大きくならないかな。
まだ、台風の進路は明確に定まってないが、どのみち北海道沖の北東うねりと台風からの南西うねりが房総沖で交じあい、1000本に一回とかで巨大三角波が発生するかもね。
過去に房総半島沖で大きな船舶が真っ二つに折れたり、小型船の転覆はこのような天気図。
最近の大型船は頑丈に作られているから大丈夫だと思うけど、警戒はしたほうがいい。
サーフィンの方の鎌倉のベストは、土曜日と日曜日かな~…木曜日、金曜日も良さそうだけど、北東うねりが強く、台風からのうねりが負けそう。
でも、今回の台風は2日間ぐらい停滞するから、しっかりしたうねりが届き、金曜日頃には北東うねりを押し上げそう。
あの位置で停滞した台風のうねりはでかいね~。
秋雨前線
季節はすっかり変わり、秋雨の季節。
ここ数年の秋雨は、梅雨より長かったり、雨量もところにより多かったりするね。
台風22号はあんなにサイズが上がるとは思わなく、朝二の頃知って急いで鎌倉へ向かった。
着いたら少しオンショアが入っていたので、少し風をかわすダブルぐらいのカブネでやった。
22号の前は部原近辺のビ—チがチュ—ブだったので、毎日そこでやり, 少し疲れがたまっての鎌倉台風スウェルだった。
今年、西進する台風はあまりうねりが入らなかったので、22号も小さいかな~と思いこみ、少し逃してしまった。
あれだけの勢力の台風は、西進しても鎌倉が炸裂するかもしれないから、今度はよく情報を聞こ。
来週は、今度はいいコ—スで台風が上がって来そうだからうまく狙わなきゃ。
話変わって、北海道の大停電は、にらんだ通り、今回仮に泊原発が稼働していた場合、苫小牧での送電網破錠の影響で緊急停止することになり、ブラックアウトで外部電源喪失とのことです。
そして、原発施設内にある非常用発電機が動かなかった場合は、冷却が困難になり、最終的には爆発だそうです。
まぁ、直下の大地震ではなかったから、非常用発電機は動くと思うが。
人々が普通に生活するには、健康な大地や空気や食料は欠かせないもの。
その『 普通 』を脅かすリスクがあることをまだやろうとしている。
いろいろ知らなかった震災前より、知った上で原発を推進するというのは、僕がこの世でもっとも嫌いな 『 みんなで渡れば怖くない 』 の心理。
昔、僕が講演をしている時に、こんなことを言った人がいる。
『 ボスがいれば、その人の首をとったら終わることが多々あるけど、いないからやっかいだと 』…僕は、なるほどな~とその時に思った。
僕がここで言うみんなとは自民党のこと。
原発に関しては深く問うと90%以上の国民が大反対するのが現状で、それは国民自身も知っている。
ただ、実際に反対だけど何をしていいかわからないというか、皆さん忙しいし、正直、めんどくさいし、俺関係ないから、というのが現状だろう。
僕が思うには、自民党の中でも、本音は7割以上反対なんだよ。
ただ、自民党の中でも『 出る杭打たれる 』が怖いんだよ。
自民党の看板しょって、選挙に出れば、当選する確率が高いから、自民党から出るというのが大多数。
国会議員になったら、2100万円+交通費600万円+地元に戻れば両手で握手という待遇。
日本を変えたいというより、政治家になりたいんだよ。
そんなことは、国民はもう知っているんじゃないかな。
よくリベラル派というけど、自民党の大多数がリベラル派。
僕は、2013年の緑の党の立ち上げに呼ばれ、いきなりみんなに共同代表に推薦され、断ったことがある。
その時にいろんな知識人と会い、勉強し、いろいろ聞いた。
そもそも、人それぞれ、考え方が違うのに、『党』ってなんだろうって?
そしたら、似た考えを持つ集まりということになった。
その時に、自民党とか民進党とか、マニフェストを作る時にどうするの?と聞いたら、トップの数人が決めて、後はなんとなくと言うか? 口答えをする人は少ないと。
そして、例え、政治家になっても、民主主義において与党にならなければ、現存の制度で変えられることはほとんどない。
自民党も将来的には原発をやめると言っているけど、その前に仮に本当に直下で大地震が起きたら、もう日本にとって致命傷だろう。
原発を動かして廃炉や100万年間管理するコストを電気料金から徴収したいことだろうけど、また、広域でめちゃくちゃになったら、もっと、もっとコストがかかる。
地層処分なんて、火山国ではあり得ない。
ちなみにフィンランドのオンカロも氷河期になると100メ—トル沈降することがわかってきた。
核のゴミを宇宙エレベーターで太陽投棄という次世代の技術も、後付けの机上の計算で、宇宙ゴミの衝突でやられる可能性だって否定できない。
僕は、核のゴミの処分方法を当時(1960年代)の推進した人達がどう思っていたのか?というのがずっと謎だったし、関東大震災から阪神大震災まで大きな地震がなく、当時の推進した人達は、大地震は来ないと思い込んでいたことだろう。
話は前後したが、すごく謎だったので僕は08年だったかな、わざわざ、京大の小出さんにアポとって会いに行った。
小出さんとの出会いも偶然で、議員会館の川田龍平さんの部屋でお茶を飲みながら、小出さんに会いたいな~と思っていたら、急に電話がかかってきて、川田さんの秘書が横で話始めて。
確か、、、秘書が何かのことで『 それで小出さん、どうしますか?… 』みたいな会話をしているから、僕はびっくり!!して、小出さんって京大の小出さん?? と無理やり電話の会話を遮って秘書に聞いたら、そうですと秘書が返答して、僕が会いたい!と言って下さいとお願いしたら、小出さんは僕のことを知っていて、いいよ!と即答してくれた。
それで、関西国際空港のそばの京都大学原子力実験所まで行って、最初にした質問が、『 なんで!?核のゴミを元に戻せないのに、当時の人達は原子力をやったの? 』と聞いた。
小出さんはこう言った『 元に戻せると思ったんですよ 』…『 でも、デヴィッドさん、いくら実験しても9あるものが11に増えてしまい、その中には金もあるんですよ 』と小出さんは悲しそうに声を裏返しながら、そう言ったのを鮮明に覚えている。
その後、実験所の部屋で二人だけで5時間近くいろいろな会話をした。
おそらく、僕が七里が浜であの最初の波に乗ったように僕はあのシ—ンは一生忘れない。
核のゴミを元に戻すことは、宇宙を元に戻すことと似ているんだろうか?
長い地球の歴史を考えたら、もう誰も原発の直下に大地震が来ないなんて言えないのではないだろうか?
ブラジルとアフリカは昔一つの大陸で、大陸は動いていて、その間、人類の知らない巨大地震は起きていた。
日本列島の成り立ちは、もっと歴史が浅い。
僕は普通のことを言っているだけだと思う。
何をどう考えても、この地震国で、あれだけのリスクがある発電方法は、。
しかも、電気は足り、他の発電方法もある。
今回の北海道の件で、あまりにも、一番大切なことが無関心だったから、思ったことを素直に書きました。
弱い北うねり
が届いてる。
北東の風が三陸沖にかけて吹いており、関東地方も涼しい。
酷暑だった夏が終わりを告げ、北海道の稚内では冬日のマイナス0・9度。
これはこの時期としては最も早い冬日で、高緯度地方から中緯度地方へ冷たい空気が流れこんで温度差を整えている。
整えている、、、正確には球体(地球)の特性。
一方、今年最も気圧が低下しそうな台風22号は、世界中のどの低気圧よりも発達する。
コ—スは、太平洋高気圧が退いたことによって台風本体を動かす風がなく、南すぎて偏西風に乗れず、貿易風のみに押され『 フィリピン 』へ。
そして、昨日の勝浦直下の地震。
震度3とあるが、自分の中では震度4・5。
いきなり最大振幅が来るので逃げる時間がなく、考えさせられた。
部屋の中は物が少ないため、何かが倒れて怪我をすることはまずないが、外の山からバシバシと音が聞こえ、山が唸っていると思われる。
房総沖のスロースリップの後は、かなり高い確率で大地震が来るというから不気味。
それと…こないだのNHKでもやっていたが、ようやくこうゆうことを言っている地震学者がいた…『表面に現れた活断層がすべてではなく、土の中に隠れている活断層もあり、もはや日本中どこで大地震が発生しても不思議ではないと』…。
今度、買い物に行く時、水タンクをもう少し買お!
タンクは50リットル分はもうあって、家の近くにも湧水はあるんだけど、。
釣竿ともりはあるから、魚は無限。
勝浦はトンネルだらけだから、大地震がくると陸の孤島になるんだよ。
過去に台湾
で大きな台風が停滞すると、スロースリップ現象が毎回ではないけど観測された。
今回の台風21号が紀伊水道を通った際、気圧低下だけで海面が50cm上がり、そこに風速60メ—トル近い南風が吹き込み、関空では高潮被害が起きた。
上空から地面へ空気が圧縮されるのが下降気流…高気圧…英語ではハイプレッシャ—、その反対、地表から上空に空気が向かうのが上昇気流…低気圧(台風)…英語では、ロウプレッシャ—。
この夏、日本列島は上空のチベット高気圧と太平洋高気圧、ダブル高気圧によって上空から空気が圧縮され続けていた。
連日の記録的酷暑。
そこに台風21号が上陸し、日本海の低気圧と合体して北海道方面へ向かった。
よく冬の時期に言われる西高東低の気圧配置の逆が起きている西低東高の気圧配置に僕は目が奪われていた。
僕は、この天気図を見て、度々脳裏をよぎったことがある。
なんだ!!この気圧配置は??と…。
あんまり見ない気圧配置だった。
暑い夏のあとは、毎回、毎回ではないけど大地震がくるという話を聞いたことがあって、。
そして、きのうの北海道の大地震。
ここで誤解して欲しくないのは、まず、昨日の北海道の大地震は時間の問題で発生していたのだが、この広範囲の気圧低下がトリガ—になったんじゃないかと…。
それと大雨で地盤が重くなり、歪みが増したんじゃないかと…。
答えを証明することは永遠に不可能だけど、タイミング的に見て、過去に同じようなケ—スが多々あった。
学校や気象庁から習ったものが全てではなく、人間にはまだまだ知らないことが多い。
特に自然現象となると、。
それと道内の大規模電源喪失。
緊急停止した浜厚真の火力発電所は自然災害なのでしょうがないが、今回の需要と供給のバランスが崩れ、周波数の低下で大規模停電とあるが、仮に泊原発がもし稼働していたら、どうなっていたのか?というのが凄く気になる。
逆に停電にならなっかったという話もあるけど、本当にそうなのだろうか?
気になるから、真実を知りたい。
いずれにしても今後は、ブラックアウトしない送電線網や変電所や分散型の発電を考慮するしかない。
泊原発の近くにも断層があり、泊原発は津波に弱い。
あの奥尻島で昔発生した大津波が、すぐ近くで発生したら、また、電源喪失の可能性がある。
そしたら、北の大地は、。
それと未知の断層、未知の断層という表現だけど、地球には無数のプレートがあり、四方八方から大きな力が加われば、どこでどうずれるかなど、地盤の中は誰にもわからない。
断層という表現は、大きな地震が起きてからつける言葉、名前で、日本はプレートが複数あり、どこでどうずれるかなんて永遠にわからないよ。
すでに発見した断層が度々ずれることもあれば、土の中でわからない断層もあれば、全くずれてない地盤がずれることもある。
地盤の性質や弱いところが押されてずれるんだけど、何キロも地中深くの地盤の性質はわからないよ。
泊原発の直下で大地震が発生すれば、絶対に壊れない保証がどこにもないことを十分すぎるほど日本国民は知っている。
今回の大規模停電【 ブラックアウト 】は、泊原発を再稼働したいが為の出来事なのか?
送電線の普及の問題やコストの問題や分散型の発電を拒んだことが原因なのか?
真実は、時間とともに明るみになる。
最後に、今回の北海道の大地震で思ったことは、現在の地球は地震の活動期のまだ入り口なんじゃないかと…。
七里が浜
七里が浜は、僕がサーフィンを覚えたところ。
今から30年前、日本の98%のサーファ—がショ—トボードをしていた時代に、単純に僕は背が高いから必然的にロングボードにはまっていった。
その時僕は15歳で、ほぼショ—トボ—ドしかいない海に違和感を感じていた。
当時、初心者にも関わらずショ—トボ—ドを購入する人が多く、よっぽど運動神経がいいか、海の近くに住んでいて、たくさん海に入れる環境の人しか上達しないのがサーフィン。
当時、たくさんの日本のトッププロに『なんで若いのにロングやっているの??』とバカにされた風に聞かれ、15歳だった僕は、質問の意味がわからずにいた。
そして、今だにその質問の意味がわからない。
若いのに??!!… 若い人はショ—トボ—ド??
をやるの??…どうして??
そんな時代から少しずつ日本全体の考えが変わりはじめ、多種多様な人間がいて、それぞれのゲレンデの環境や体格や好みで道具を選ぶ時代が訪れたことは、ある意味普通のことである。
それに加え、第一次サーフィンブーム(70年代)の先輩方が、ロングなら体力的に楽しめるという感じで海にカムバックしてきた。
波に乗る道具はそれぞれの環境や好みで変化し、一番大切なことは『 楽しむ 』ことだと思う。
僕は、サイズが上がれば短いボードも乗るし、いろいろ使い分けている。
七里が浜は相模湾で普段は波が小さい日が多く、波もスローなので、ロングボードブ—ムの先駆けな場所になり、ロングボードのメッカの一つと言っていい。
もちろん、古くから日本中でロングボードを愛する人達は各場所にいて、、、それぞれが楽しんでた。
でも、やっぱり湘南、七里ヶ浜は、先駆けな存在な場所として僕の記憶にはそう残っている。
カリフォルニアでいったらマリブ的な存在で、もっと言ったら日本の流行を生んでいる1つの場所。
鎌倉で流行したものが一年後に原宿に行き、3年以内に日本中に行くというアンダーレ—ダ—情報があり、これは原宿のファッション業界の中でよく言われてきたことである。
鎌倉がそんな場所なんて、若かった自分は知るよしもなく、幼年期の引っ越し人生を終え、唯一友達ができて落ち着いた場所と、サーフィンや釣りや巣潜りや山遊びや半端ないイタズラをしてダッシュで逃げるのを覚えた場所でしかないんだよね。。
鎌倉、七里が浜は、僕にとって永遠に特別な場所で、自分が有名になる前の高校時代は最高だったな~☆
僕は人にじろじろ見られるのが苦手で、でも1日ぐらいだったら平気かな(笑)。
世界中の海を見た僕にはやっぱり狭すぎて、少々、居心地が悪い。
海に入ると、たくさんの人達に囲まれ、『元気? 戻ってこいよ! 』とかいろいろ話かけられ、嬉しいんだけど、サーフィンに集中したいんだよね、やっぱり。
だから、静かな勝浦からたまに行くのが楽しいんだよね。
きのうは、サイズが上がるもんだと思いこみ、軽いロングしか持っていかなく、失敗した!
今、9・8のめちゃくちゃ重いビ—バ—テイル(笑)というモデルが調子良く、今度、七里が浜で乗るを凄く楽しみにしている☆
写真は、きのうの16時ぐらい…
今年の夏は
半分以上、茨城県の大貫町にいた。
名前はわからないが、顔見知りになった人達は多く、その数はゆうに100人を超える。
スクール生徒も200人近く教え、2、3回、足を運んでくれた人も多い。
皆さん、生活があって、サーフィンもしたい!いろんな人達。
夜は、週に一回、勝田という町に飲みに行って、少しだけウイスキーの味を覚えた。
店長のゆうき君がおごってくれて、帰りの代行屋さんは僕が払うパターンで、自分の中では珍しく夜の町に出向いた。
サ—フショップの店番は20歳の時に5年間、七里が浜でしていたが、その時とは全然異なるお店で、とにかく人の往来が多いお店(ファンタジー)だ。
客層は、男女問わず、子供から年配者までじつに様々で、日本の中で最も入りやすいサーフショップの1つと言える。
サ—フィンスク—ルのノウハウは、スペシャリストと自分で言っていいぐらい、たくさんの経験を積んだよ。









