英数塾DJの英語教育は、型破りであることを、まずは言っておかねばなりません。



多分に型を破っていると思います。例えば、厳密には、受動態のbe動詞、あるいは進行形のbe動詞は助動詞として扱う必要があるのですが、私はそう考えずに、2文型の範疇で説明します。



たしかに、助動詞という考え方には一理あります。正統ですし、間違いではありません。


しかし、2文型として考えても、悪くない。こちらにも一理ある。



自己流の解釈ですが、この自己流を生徒に教えています。


そして、受動態は、2文型と5文型で、SC受動、OC受動、それぞれの関係から教えます。



これは一例にすぎませんが、要するに、わかりやすい方をとって、良かれと思ったことを教えています。文法的に間違いであったとしても、解釈上の間違いではないのです。そして、学説上、様々な考えがあることは、自然なことなのです。文系の学問においては、通説に逆らう学説など、世にゴマンとあります。




さて、ここで私が言いたいことは、英文法の話ではありません。


つまり、英数塾DJは、型破りではありますが、決して型を軽んじているわけではなく、むしろものすごく型にこだわってきた、基本を気が遠くなるほど繰り返した結果、今、型を破っているわけです。



武道で言うならば、「守・離・破」というコトバ。


守:師匠のいうこと、教科書にあることを、そのまま学ぶ、真似すること

離:自分独自の方法を試すこと

破:独自の境地を切り開くこと




DJは、「破」という独自の境地に至り、今子どもたちに英文法を教えています。



型破りな教え方をしていますが、教えているのは型、そして、その型を詰め込みます。





さて、昨今はゆとり教育なるものが導入されました。



ゆとり教育のスローガンは、


「『詰め込み(記憶重視)教育』ではなく、『創造性を育てる教育』をしよう」


というものです。




私に言わせれば、


型を覚えていない人間に型破りができないように、詰め込み教育を受けなかった人間になぜ創造性が育つのだろうか、



です。



創造力というのは、その分野に必要なことを全部頭の中に叩きこんでおいた上、全てを記憶しているから、だから出てくるのです。



英単語をろくに暗記もせずに、どうやって英語において創造的な発想ができるでしょうか。


構文をろくに暗唱もできずに、どうやって英文を書くというのでしょうか。






中学生のころ、私は古文の授業で、『春はあけぼの』を丸暗記させられました。


同じく、古文の授業で、『奥の細道』を丸暗記させられました。



これらは、当時の私には、強制的な詰め込みでしかありませんでした。イヤイヤやった、というのは事実です。


しかし、今、私は、当時これらを暗唱させられたことに、感謝しています。


嫌がる私に、この暗唱を強要してくれたことが、どれほどありがたいことだろうか、本当に心から感謝します。日本人として、そして、バックパッカーとして、その2つの原点が古文の授業にあった、と言っても過言ではありません。




さて、

塾生を集めるために、子どもたちにおもねるような教育はありえません。


塾を大きくするために、塾生を集めるため、子どもたちに無理に好かれようとも思いません。


塾を大きくしたいとは思います。が、自らの教育方針は曲げません。人数よりも、質、とにかく、日本の将来のための人材を育てねばと思います。



子どもたちの今の気持ちは、所詮子どもの気持ちです。今の気持ちが正しいのではないのです。大人になってから感謝されることを信じ、子どもたちに厳しく接して行かねばならないと思います。




世の中には、くだらない塾が沢山ある、と思っています。


そして、中には本物の塾もあります。が、悪貨は良貨を駆逐する、というコトバがあるように、良い塾は、案外この市場原理の中で生き残れなかったりします。


それは、消費者の質の低さにもよる、とも言えるかもしれません。


本当は力がつかない塾、発表されている合格実績よりも発表されない不合格実績の方がすごい塾というのは、実際は沢山あるのです。



「10年で16億円当たりが出た」「今年も出ました3億」という看板の宝くじ売り場に人が大勢並んでいますが、ぜひそういう売り場に軽々しく行かないでいただきたい。


落ち着いて考えてみれば、どこで買っても同じですよね。



塾も似たようなもので、真贋を見極めていただきたい。合格実績があるから良い塾、じゃないのです。


耳に優しいコトバでうったえてくる塾は、地獄への入口、破滅にまっすぐ向かいます。

良薬は口に苦し、そして、狭き門より入れ、です。


私は、詰め込み教育でいきます。


単語も構文も、詰め込まなくてはなりません。それが、DJの責任だと感じています。


繰り返し繰り返し、気が遠くなるほと繰り返し、暗唱、そして書き写す、それが大切です。


塾生はイヤでしょうが、私はそれが最善の教育だと思っていますし、妥協はしません。




同じく、漢字・日本語も覚えるべきですし、優れた文学、古典は、暗唱すべきです。


それは、美しい日本語を身につけることにほかならないのです。


そして、他国のエリートたちは、例外なくそういうことをしているものなのです。


キリスト教圏のエリートたちは、聖書を暗唱できます。だから、引用も自由にできます。


ユダヤ人が国を失って2000年以上も滅びなかったのは、タルムードを暗唱していたからに他なりません。タルムードを暗唱していたからこそ、ユダヤ人には天才や富豪、ノーベル賞受賞者が多いのです。





英数塾DJは、


名詞・形容詞・副詞・動詞、この4つの品詞に執着します。


構造にこだわります。


直訳にこだわります。


辞書があれば、英語が読める、それだけの文法力をつけさせます。


そして、


大人になって必要な基礎学力をつけさせたい、と思っています。



要するに、詰め込み教育マンセー、ゆとり教育糞くらえ、って感じです。





最後に。


モーツァルトは、こんなコトバを残しています。



『わたしは、下品かもしれません。でも、わたしの作品は下品でないことは保証します。』




英数塾DJも、大して品のある塾ではないと思います。ヒラノ自身、かなり品のない人間です。


が、教育内容は下品でないことは保証します。むしろ、半径100キロ圏内では、最高の教育を施しているのではないかと、真剣に思います。


そう思っていなければ、ハナから起業なんかしないです。

年間スケジュールを考えていたのですが、


どうもこのままでは一人で回せないことが判明しました。


塾生が増え、本当にありがたいのですが、現状のままではちょっと無理みたいです。



そこで、年間スケジュールを大幅に変更することといたしました。


もしかしたら、ご迷惑おかけするかもしれませんが…、



ただ、システムを変えるよりも何よりも、優先したのは、


塾生をきちんと見ていくこと、ということです。


塾生が増えたぶん、接点が減った、とか思わせないように、


今まで以上に丁寧に一人ひとり見ていきます。



そこだけは死守しますので、


何卒ご容赦くださいますよう、宜しくお願い致します。



詳細は、後日連絡致します。


「平均」の意味、大学生の24%が理解せず読売新聞


2月24日(金)20時19分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120224-00000931-yom-soci  


大学生の24%が「平均」の意味を正しく理解していないなど、基礎的な数学力、論理力に大きな課題があることが、日本数学会(理事長・宮岡洋一東京大教授)が実施した初の「大学生数学基本調査」で明らかになった。


ゆとり教育の影響のほか、少子化による大学全入時代の到来で入試の難易度が下がったことなどが、理由として指摘されている。


調査は昨年4月から7月にかけ、国公立大、私立大計48大学で実施。主に入学直後の学生5934人が協力した。調査では小中学校で学ぶ内容を中心に、論理的な文章の読解や記述力、基本的な作図力を問う5問が出題された。


その結果、全問正答した学生は、わずか1・2%だった。「偶数と奇数を足すとなぜ奇数になるか」を論理的に説明させる中3レベルの問題の正答率は19%。小6で学ぶ「平均」についても、求め方は分かるが、「平均より身長が高い生徒と低い生徒は同じ数いる」などの正誤については誤答が目立ち、中堅私大では半数が誤答だった。




引用終わり。



長年、現役高校生を見てきて、ふと思い返してみたとき、きっとそうだろうなぁと思いました。


これは、大学全入時代の、現実です。



僕が中学生の頃は、クラスが12クラスあり、1クラス45人前後、学年で520人くらいいました。


高校も、1学年400人くらい。


大学に入ると、現役生の方が少なかったくらいです。




「今の子は楽でいいなぁ」と思いますが、ただ、


その分、学力は以前に比べ、低いんじゃないかと思います。


それはそれで、可哀想だと思います。



教育のあり方が問われていると思います。


日本の国力衰退は、学力低下も貢献しています。


教育が本当に大切だと感じます。


詰め込み教育が批判されていますが、


私は、詰め込み教育が本当に大切なことだと考えます。



これについては、また後日、考えを書きたいです。

君が代斉唱、8人不起立=府立高卒業式で―


大阪時事通信 2月24日(金)17時51分配信 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120224-00000135-jij-pol  


大阪府教育委員会は24日、同日行われた32府立高校の卒業式のうち6校で合計8人の教職員が君が代を起立斉唱しなかったと発表した。大阪府では昨年、公立学校の教職員に君が代の起立斉唱などを義務付ける条例が成立しており、府教委も君が代の起立斉唱を求める職務命令を今年1月に出している。


 起立しなかった教職員は、地方公務員法に基づき処分の対象となる。また、府は同じ職務命令に3回違反した場合は原則として免職とする職員基本条例案を2月議会に提出しており、成立すれば起立斉唱しなかった教職員の処分はさらに厳しくなる可能性がある。府立学校の卒業式は計212校で3月16日まで行われる。 


引用終わり。




誰のための卒業式かと言えば、子どもたちのためのものです。


こういう先生がいたら、子どもたちが可哀想だと思います。



それに、教育者として、子どもたちに間違ったメッセージを送っていることにもなります。


というのは、 従えないルール、従いたくないルールには従う必要はない、そういうことを先生たちはやっているわけで、 これは、社会の中では許されません。


ルールを守る、というのは、社会の中で最も大切なことです。


たとえ従いたくないルールがあったとしても、従った上でルールを変えていくよう努力する、というのが正しい姿でしょう。




この先生たちは、ソクラテスが毒杯をあおって死んだことを、どう解釈しているのでしょうか。


教育者として、失格です。





ちなみに、この先生たちは3回不起立で免職になりますが、


中には立っているようで立っていない、よくわからない不自然な姿勢を貫いている人もいるようです。


本当に姑息ですね。

藤村官房長官

「非戦闘員の殺害、略奪行為あった」

村山元首相談話の踏襲表明


2012.2.22 13:12 歴史問題・昭和史

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120222/plc12022213130007-n1.htm


 藤村修官房長官は22日午前の記者会見で、旧日本軍による「南京事件」について「非戦闘員の殺害、略奪行為などがあったことは否定できない。村山談話以来、政府の姿勢は変わっていない」と述べ、平成7年に村山富市首相(当時)が植民地支配と侵略を謝罪した村山談話の認識を、政府として踏襲することを明らかにした。

 名古屋市の河村たかし市長が姉妹都市である南京市の共産党幹部らとの会談で「通常の戦闘行為はあったが、南京事件はなかったのではないか」と疑義を呈し、南京市が交流停止を発表するなど反発していることについては「名古屋市と南京市の間で適切に解決されていくべき問題だ」と述べるにとどめた。


引用終わり。



発言の一部なので、よくわからないのですが、


南京事件に関しては、日本国による組織的虐殺行為があったかどうか、が問題になると思います。


その点で、河村市長は旧日本軍による「南京大虐殺」について「通常の戦闘行為はあったが、南京事件はなかったと思っていると発言したようですが、


南京事件が虐殺のことであるとしたら、なかった、が正しいと思います。


非戦闘員は死んでいますし、略奪行為もあったと思います。その点は、争う余地はないでしょう。その点、官房長官は正しい。


しかし、国家が仕組んだ組織的虐殺はなかったはずです。






21才の頃、南京に行きました。虐殺記念館も見てきました。


その頃は、自分は南京大虐殺を信じていました。


本田勝一の本なんかを読んで、虐殺を信じていました。




しかし、その後の研究者による客観的な歴史研究を見て、どうやら南京事件はあったという方が不自然だろうと、自分なりに信じつつあります。


というか、学界レベルにおいては、とっくに決着が付いている問題じゃないかと思います。



仮にそんな大虐殺があったとしたら、なぜ蒋介石も毛沢東も、一言もそれについて生前語らなかったのでしょうか。


蒋介石は重慶爆撃に関しては連盟に訴えているのだから、南京事件だってあったとすれば、もっと声高に訴えていたことでしょう。




私としては、歴史問題の共有とかよく言いますが、日中間ではそんなのは無理だと思います。


中国共産党の正統性が、共産主義と抗日でしかなければ、もはや抗日しかないわけで、抗日である以上、南京事件はあったこととして国民に語るでしょう。


日中戦争が歴史として語られるのは、まだまだずっとあとのことであり、それまでは政治として語られます。つまり、政治が正しい歴史認識を妨げています。





さて、


河村市長は、「南京で歴史に関する討論会をしてもいい。互いに言うべきことを言って仲良くしていきたい」と述べています。


ポイントは、相手を傷つけることではなくて、仲良くしたい、です。ここを勘違いしている人があまりにも多い気がします。

居酒屋チェーン店、『和民』を経営するワタミ株式会社創業者の『渡邉美樹』さんのブログより。

http://ameblo.jp/watanabemiki/entry-11134684225.html


以下、引用。


日本の生活保護者は現在206万人。
15年前の約3倍。
その費用は、年間3.4兆円。
生活保護を考える。

弱い者は当然守られねばならない。
強い者が弱い者を守るのは当たり前。
元気な者が病気の者を支えるのは当たり前。
若者がお年寄りを支えるのも当たり前。
その当たり前を前提に考えた上で、
生活保護を現金でなく、現物でできないかと考える。
住むところ、3度の食事、衣服、
生きる上の基本的なもの、衣食住を提供し、生活をしてもらう。
もし、それが出来れば、3.4兆円もかからない。
余ったお金を本気で職業訓練・指導・就職の斡旋、働く場探しをする。
結果として生活保護者は減る。

このまま、今までの現金給付のみでは、生活保護者は増える一方になりかねない。それは保護を受ける人にとっても、税金を払う国民にとっても幸せなことではない。


引用終わり。




これ、遅かれ早かれ、実現するんじゃないでしょうか。



松山市は、私の記憶が確かであれば、50人中1人が生活保護受給者、だったと思います。



現物支給は、松山市にとって、とてもよいアイデアだと思います。

体重が、ついに未踏の65キロ台に突入しました。



といっても、大学生のころは、今とかわない身長で55キロまでいったので、あの頃よりは太っているのですが、それでもここ10年は70キロ台だったので、ある意味、未踏です。



それでも、身長-体重が110くらいなので、正常なのかもしれません。




先日、知人から、「来年の愛媛マラソン、一緒に出ましょう」と誘われました。


愛媛マラソン、とはいえ、フルマラソンです。40キロ以上も走るわけです。



その前段階として、今治の10キロマラソンをやり、そしてハーフマラソンをやり、そして9月に愛媛マラソンをエントリーする、とのことです。




・・・・・・できるかーい!爆弾




話によると、4時間30分くらいで走るとか、最初から最後までペース一定で走るとか言いますが、


4時間走るというのは、ちょっと考えて、相当なことだと思います。


4時間突っ立ったままでいるのも大変だと思いますが、なにせ走るわけで、



いやー、どれだけ大変なんでしょう。。。





でも、人生一度だし、一度フルマラソンというのはどういう距離なのか、経験してみないとわからないことですし、


やってみたい気もするのですが、


そのためには練習も必要だし…



迷っています。




本当、エントリーして着替えして現場に行ってしまえば出場にはなるのですが、


完走しなければ意味がないですし、ねぇ。

<大学入試>「良心に期待」携帯カンニング対策は難しく

 大学入試がピークを迎えている。昨年、京都大などが狙われたカンニング事件の余波で、各大学は携帯電話などの情報ツールを使ったカンニング防止に神経をとがらせる。だが対策は難しく、大学側からは「受験生の良心に期待する」との限界説も聞こえてくる。


以下略。




去年も書いたのですが、これはやはり、受験生の死角になるところに、人を配置する必要があります。


もしくは、カメラなどを置きます。


実際は稼働していなくても構いません。受験生には、見られているかもしれない、というメッセージを与えるだけで十分です。



さらに抑止する方法としては、厳罰化があると思います。Academic Dishonor (学内不名誉)に対しては、厳罰化が良いでしょう。ブラックリストなどを作り、各大学で連携して当該生徒の名前と顔の情報を集約し、向こう何年か大学には入れさせない、そのくらい強い制裁を課しても十分です。




それでもカンニングされてしまったら、それはそれで仕方ないと思います。費用がかかりすぎてしまいますし、逆に普通の受験生に迷惑がかかるかもしれませんし。




カンニング行為だけでなく、私としては、大学に入ってからのこと、つまりplagiarism(剽窃)も、退学処分で構わないと思います。


昨今は、日本の大学生は盗用ばかり、引用先も示さない、など話をよく聞きますが、そういう行為も知的所有権の侵害であることから、退学処分で良いと思います。


剽窃にならないよう、論文には引用先を示す、論文の書き方の作法をしっかり教えることが大切だと思いますし、それは大学が教えてあげられる数少ないことの一つではないでしょうか。

「外国人参政権否定は差別」は不適切 公民教科書の採用中止求め提訴へ

2012.2.16 06:57 (1/2ページ)教科書

 在日韓国・朝鮮人の参政権を認めないことを差別として取り扱っている公民教科書を採用するのは「参政権は憲法上日本国籍を有する国民に限られる」とした最高裁判決に反し、不適切などとして、福岡県内の医師ら3人が、採用を決めた同県教委と今春から使用予定の県立中学3校を相手取り、採用の決定などの取り消しを求めて16日に福岡地裁に提訴することが分かった。原告によると、外国人参政権についての教科書記述をめぐる訴訟は初めてという。


 訴状によると、県教委は今春からの中学の公民教科書について平成23年8月、日本文教出版と東京書籍の2社を決定し、今春から県立中3校で使用する。


 日本文教版は「在日韓国・朝鮮人差別」の項目の中で「公務員への門戸は広がりつつあるものの、選挙権はなお制限されています」と差別の一例として記述。


 東京書籍版も同様の項目の中で「日本国籍を持たないため、選挙権や公務員になることなども制限されています。日本で生まれ生活していることや歴史的事情に配慮し、人権保障を推進していくことが求められています」と記載している。


原告側は「参政権の制限は差別ではなく、こうした記述は平成7年の最高裁判決に反する誤った説明。教育基本法にも違反する」と指摘。さらに福岡県議会が22年3月、「永住外国人への地方参政権付与の法制化に慎重に対応する」よう求める意見書を可決したことにも反するとしている。


 原告代理人の中島繁樹弁護士(福岡県弁護士会)は「7社が発行する公民教科書のうち5社で同種の記述がある。全国の中学校の大半がいずれかの使用を決めており、多くの生徒に誤った見解を植え付けてしまう」と話している。


 外国人参政権をめぐっては、2年に大阪の在日韓国人らが選挙権を求めて提訴したが最高裁は7年2月、「参政権は憲法上日本国籍を有する国民に限られる」として訴えを棄却。ただ、法的拘束力を持たない判決の傍論で「(地方参政権付与は)憲法上禁止されているものではない」とし、推進側の論拠になっている。



以上。




訴えを起こした医師の3人は、頑張ってもらいたいと思います。





私自身、自虐史観の産物でした。学校では、社会の先生が100人斬りの朗読をしたことも有りました。もちろん、全部全部全部、信じていました。




大学までは。



今まで習ってきたことがウソだったんじゃないか、と分かっていく過程は、恐ろしかったです。本を持つ手ががたがた震えました。あれが、洗脳が解かれる瞬間だったんだろうと、今はわかっています。




ところで、


外国人参政権否定は、差別ではありません。


日本国籍を持っている人が選挙権を持つ、というシンプルな原則です。


日本で長く暮らしているのなら…、だったら日本国籍を取ればいいだけのことではないでしょうか。それなら、私も文句ないです。




日本にいるけど日本国籍は取らない、でも参政権はよこせ、これはどういう論理でしょうか。




社会の教科書から、政治的な意図を取り払うことはできません。しかし、極力取り払う必要があるでしょう。


にしても、この教科書は明らかに、背後に悪意があるとしか思えないです。




戦争によらない手段で日本を倒す手法の一つですね。

新中学生たちが、名前を付けてくれました。


その名も、「DJトライアル」ビックリマーク




センスのいいネーミング、ありがとう!



一回目は2月16日、新中学生2名が受けてくれます。


とてもとても吸収の早い二人組です。が……




トライアル、というより、サバイバル、かもよ……(うふっドクロ




一部、take home exam にしていますので、といっても単語だけですが、


その部分、51問は当然満点として、



あとは、試験中にじっくり考えて、解いてみてください。


体裁は、くれぐれも気を付けましょうね。




すごく楽しみです、どれだけ頑張ってくれるか。



えっ、できなかったら?


そりゃ、満点取るまでずっとずっとずっと、気が遠くなるまで、問題をやり直すだけです。


えっ、大変?


別に死にゃしないでしょ。




一日3時間ちかく家庭学習をする習慣がすでにある二人ですから、


きっと大丈夫だと思っていますし、


できなかったら、DJの責任でもあるし、


とにかく、肩の力を抜いて、楽しみながら、DJトライアル、行ってみましょう!