消えた略語「ざんす。」
昔は東京にも方言があって江戸言葉なんて言われたものです。ほぼ絶滅しましたが、「ひ」を「し」と発音するなんてのもありました。他の方言にものこっていますが、言葉を簡略化して短くする、というのもありました。
「よろしゅうございます」という言葉、これがどんどん短くなっていくのがなかなかに面白いのです。
「ようございます」→「よござんす」→「ようがす」
という塩梅です。「ようがす」は自然消滅した印象がありますが、「ざんす」はトニー谷が「さいざんすマンボ」をヒットさせるくらい知名度も合ったし頻繁使われていたのに、1970年代前半くらいにいわゆる教育ママさんたちが使うワードとして強調されて消滅していったような感じがします(ざます、だったかもしれません。ざーますおばさんなんて言葉もあったし)。
最近の若者言葉で「あざす」ってのがありますが、その略語を作る手口が同じだなぁ、などと考えていたのでちょっと書いてみました。
ダイナミクスを味方につけよう。
個人的にはジャズやポップスなどでの日本人ミュージシャンの音量のデフォルトは大きすぎると日頃から感じています。大きな会場であればマイクに乗せて音量を上げてもらえば良いだけの話で、mpくらいをデフォルトにするのが良いと考えています。理由はカンタン。楽器にはダイナミクスによって様々なトーンがあって、音量を上げるとフレーズの流れが粗くなるからです。のべつラウドに吹いて周りを威圧するような音楽表現だけでは人を惹きつけることは難しいのではないか、と。
アート.プレイキーのいわゆるナイアガラロールは普段抑制して叩いているからこそ効果的なはずです。
英文法と国文法における「修飾」についての表現
いい歳をして英語の学び直しをしているんですが、日本語で書かれた英文法の参考書の様々な表現に違和感を感じることが多いです。例えば
My father went to Osaka yesterday.
という文。コイツは第一文型で、to以下の前置詞句は修飾語句(M)として説明されます。まぁわからんでもないのですが、 この時My fatherという2語の修飾被修飾の関係は全く語られないんです。そもそも既存の英文法の本では名詞の修飾の説明が不足していて、前置修飾はともかく、後置修飾についての説明が実にお粗末というか抜け落ちてる感じです。そして、不定詞句や前置詞句は国文法でいうところの単語同士での修飾、被修飾とは少し違ってくるのでこれを国文法的イメージで修飾、ってやるとわかりにくいので、個人的には「付加説明」くらいで良いかなぁ、と考えたりしています。こうした文法用語の齟齬ももう少し改善してくれたらなぁ、と思うわけですが、日本のタテ割り行政的システムでは英語学者と国文学者が連携して云々は絶望的に無理なんだろうなぁ、とも思うのです。