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フジテレビ事件と自民党の憲法改正案

フジテレビの問題、個人の性癖とか動いたお金云々はことの枝葉末節なので個人的にはどうでもいい話で、この事件の本質は

 

「企業組織内の隷属関係の下で個人の人権が侵害された」

 

ことだと考えています。会社のコンプライアンスや人権意識がきちんとしている会社であれば、こうした事例が起きないように会社が社員を守るのが本来あるべき姿ですが、フジテレビの上層部は守るどころか差し出したわけですから。ここからこの会社のコンプライアンスや人権意識の低さがはっきりと見ることができると言って良いと思います。日本国憲法に明記されている個人の基本的人権の尊重が度外視されているのです。この事件は基本的人権がないがしろにされた世界がどのようなものであるかを私たちに垣間見させたケースと言っていいように思えます。

 

翻って、自民党の改憲案の草案では「基本的人権の尊重」は『削除』です。自民党の国会議員の中には人権天賦付与説を否定する人も複数います。万が一にも憲法改正がなされて自民党の草案が通って人権が無視される社会になると、今回フジテレビで起きたようなことが一般社会でかなり普通に起きるリスクがあることが懸念されますし、社会の反応を見るにやはりこれは通してはならないものであるという意識を個人的には強く持ちました。フジサンケイグループは自民党の機関紙などという表現がされたりもしますが、そのグループ企業でこうしたスキャンダルが起きたのは皮肉なのか当然の結果なのかよくわかりませんが、まぁ起きるべくして起きた、と言えるのではないかと思えます。

 

日本の社会や政治のあれこれの問題の背後に共通する多くのパターンは

①バレなければ何をやっても良い

②責任の所在をはっきりさせない

③最後は金目

です。

モリカケ桜、統一教会、裏金疑惑、全部この3つでうやむやにしています。そして人権侵害もこの3つでうやむやにしようとしているのが今の状況なのではないでしょうか?

 

この辺り、真摯に考えておかないと取り返しのつかないことになるのではないかと思います。

西川口に行ってきました。

トルコ界隈の食べ物が好きなので、メディアが話題にしてる西川口にちょっと行ってきました。新大久保のイスラム横丁的な場所があることを期待してたので、期待外れな感じでした。しかも日曜の午前中だったので開いてるところも少なかったです。駅前界隈をぶらついたのですが、もしかしたらもう少し別の場所にあるのかも。まぁ確かに海外の方の数は多いように感じますが、取り立てて騒ぐような感じでもありません。

で、インターネットを検索してると、クルド系の人たちをディスってる記事を辿るとほぼ産経新聞社系のサイトに突き当たるんです。彼らは20年前の書類を取り上げて、出稼ぎに来ることを批判しているのですが、そもそも20年前と今では状況が違うだろうし、その中でなぜ西川口界隈だけを叩くのか理由が全くわかりません。治安が悪くなっただの、何か事件があったのに不起訴になったのが云々という記事なんかも目にしました。喧嘩云々を見てるとそれで日本人が危害を加えられたというわけでもないし、婦女暴行で云々で不起訴っていうことはその判断をしたのは警察や司法当局、すなわち日本の行政サイドがお咎めなしと行ったわけだから、非難するならばその対象は警察や地検であるべきなんです。問題を起こしたとされるクルド人の方々は日本の警察や司法当局からは無罪と認定されているわけですから。で、さらに検索をかけてみると、産経新聞は今月この問題についての本を出すようです。あ、そういうことなのか、と。典型的なマッチポンプであって、在特あたりの支持を取り付けて煽ろう、という魂胆が透けて見えます。このメディアグループ、テレビ局のコンプライアンスと人権意識も最悪で今大きな問題を起こしていますが、まぁこのメディアグループそのものがメディア機関の体裁をした言論ゴロなのでしょう。書いた記事で名誉毀損で裁判起こされて全部負けてる人が新聞社の論説委員の中核に居座り続けている会社なのだからまぁ推して知るべきなのでしょう。どうせそんなもんなんだろう、ということを自分の目で確認したくて遊びに行ったようなものなので。ネットやSNSには多くの匿名による罵詈雑言がありますが、おそらくその大半は現地に足を踏み入れないで書いてるんだろうなぁ、とは推測しています。トルコやクルドの音楽文化はなかなかに面白いのですが、手元に本などの資料がほとんどないので、機会を見て探しに行こうかな、と思っています。特にクルドのリズムについての本は読みたい。食品関係は新大久保イスラム横丁で良いかな、とも。

 

しかし、こうした海外から移住している外国人を排斥するアホみたいな書き込みがたくさんありますが、そもそも少子高齢化で海外からの移民を歓迎する政策を取っているのは「日本政府、即ち政権与党」なんですよね。ならば外国人の排斥を言う人たちが批判するべきは「日本政府または自民党」なんです。でもそうならない。おかしいですよね。

フジテレビに見る日本の社会病理

なにやら芸能人のゴシップをめぐるあれこれがやたらと賑やかですね。週刊誌記事からネットで騒がれてからもテレビは沈黙してましたが、沈黙できない状況に追い込まれて渋々出てきましたね。

 

個人的見解ではこれは芸能人の問題で片付けてはいけない案件と思います。これはフジテレビの問題。だって自分のところの若手社員の人権を蹂躙したことを黙認(会社の幹部が仕向けたらしい?)してるわけですから。芸能人が無理筋を要求しても断るべきは断るのが会社側のあるべき姿なのにそうしなかった。つまりこの会社の人権意識とコンプライアンスこそが最大の問題なのです。芸能人個人で片付けるのはトカゲの尻尾切りであって、こうした問題の根本的解決にはなりません。そしてこの問題は日本が抱えている社会的病理を代表するものと思えるのです。

この日本の抱えている社会的病理には以下の特徴があります。

 

①「バレなければなにをやっても良い」

②「最後は金目」

③「バレたら責任の所在をごまかす」

 

この3点です。伊藤詩織氏のMe Tooにしても、森友学園問題で国税の職員が自死したことも、国会議員の裏金問題も、統一教会との癒着も。

②はあったりなかったりですが、どれもパターンとして同じです。この十数年で、権力を持っている人たちがこれをやらかすことが極めて多くなりました。例示した4つの案件、誰も責任を取ってないんです。しかも困ったことに、裏金問題では国会議員の大半が不起訴になってるのに、東京女子医大の元理事長は逮捕されて起訴されることになりそうです。同じ犯罪を犯しているのに立場によって起訴不起訴の扱いに差が出てるんです。これはもはや法治国家の体を成しているとは言えないんです。これがもう十数年続いています。フジテレビは明日社長が会見するそうですが(危機管理の対応がダメすぎると思える)、おそらくは原稿読んで、記者クラブ限りの質問で打ち切りすると読んでいます。他社の不祥事や芸能人のゴシップでは無駄に掘るくせに(三菱UFJの貸金庫でやらかした人の報道と比較されたい)、手前の不祥事ではおそらく一方的に打ち切りでしょう(これは政治家の常套手段)。

 

なんだか世の中が昭和の時代劇の劇中みたいな様相になっています。あそこではホワイトナイトが常に体制側にいた訳ですが、今の日本の社会の現状を見るに、体制側にはホワイトナイトはいないんです。一般市民や有権者が大きな声を上げ続けないとこのままです。おそらくフジテレビの社長はバックれて喋って質問打ち切って終わりでしょう。これこそバブル崩壊後の日本に横たわる大きな社会的病理だと思えて仕方ないのです。

 

こんな世の中で良いんですかねぇ。