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「国を守る」とはどういうことか

先日の選挙を挟んでSNS上で改憲派な人達と意見交換(と言えるのかは謎)をしました。彼等の大半は武力行使上等で負けることを全く考えていない稚拙な人達でした。先の戦争では国力と武器の能力などに大きな差がありましたが、今はほぼ対等です。それも度外視されているように思えました。武装化すれば勝てる、という幼稚な発想で、そもそもの「国を守るとはどういうことか」ということについての深い考察が皆無でした。平和ボケとはまさにこれ、という印象でした。


さて、「国を守る」とはどう言う意味でしょう?

私は「国民の安全を守ること」だと考えます。まずは地政学的に考えてみましょう。


日本は島国であり、国境を陸地で接していません。したがって多くの他の国々と違って、民族的宗教的な対立を持っていませんし、それによる歴史上の取った取られた的な紛争も戦国時代以降は起きていません。ある意味要塞国家です。しかし日本は資源に乏しく、食糧の自給もできていません。つまり、外国からの交易なくしてその存続は非常に難しいのです。先の戦争でも国民は食糧確保に苦しみ、武器製造の名目で金属まで供出させられました。兵糧攻めであっさり詰む国なのです。


日本は島国であるために、他国と戦争になると国民が他国に避難することはほぼできません。ウクライナは1000万人以上の人々が国外に避難しましたが、彼等には陸路がありました。日本には陸路がないので避難できません。ウクライナの人口と比較すれば、日本で有事があればさらに多くの人々が避難する必要が出ますが、船や飛行機でその数を短期に避難させることは不可能です。避難するとすれば、フィリピンやベトナム辺りが最も近いところになりますが、大型船で2〜3日かかります。ベトナムのようにボートピープルとして避難しようとしても、海流の関係で北に流されるので、その行き先はカムチャッカやアラスカであり、まず不可能でしょう。つまり、戦争をすると「国民を守れない」国なのです。従って、「如何に他国と戦争しないか」が最重要課題なのです。


守るという視点でもこれだけの大きな問題を抱えていますが、では仮に「攻める」としたらどうでしょう?こちらにも大きなリスクがあります。


国境が海で隔てられているために、もし日本が海外に侵攻したとしても、兵站と補給路が作れないのです。第二次大戦では韓国が併合され満州国があった状態でありながらも負けました。今はどちらにも日本の主権が及んでいません。兵站と補給路が確保されない戦争に勝ち目がないのはベトナム戦争での米軍の状況を見れば明白なのです。


また、人口ピラミッドから見ても無理があります。万一戦争になると若い世代が戦地に駆り出されます。ここで大きな犠牲者を出すと、その後の日本の国力を大きく削ぐことに直結します。それは天下国家100年を見据えた時に得策と言えるのでしょうか?どう考えても言えません。


「国を守る」というならば、我が国は戦争をしてはいけないのです。地政学的に対外戦争をできる国ではないのです。


改憲論者の大半はこうしたことを考慮していません。平和ボケ、お花畑という言葉は改憲論者のためにあるのです。

日本国憲法が世界に投げかけたもの

改憲を標榜する極右政党が出てきて訳のわからないことを言うので考えてみました。

日本国憲法の「戦争放棄」のベースにあるのは1927年のパリ不戦条約であることに疑いの余地はないように思われます。この考え方を憲法で明文化した史上初の憲法が日本国憲法です。それまでの世界中の憲法は「外交問題の解決手段としての戦争を否定しない」ものでした。すなわち、「戦争の大義を外交問題とすること」が可能だったのです。


これによって国際社会に大きな命題が投げかけられました。すなわち


「戦争放棄を明言した国家に対して第三国が外交問題の解決手段として武力行使できる『大義』とは何か」


ということです。

そして戦争放棄を憲法で明言している日本とコスタリカは現行憲法下で一度も武力行使を受けていません。


この意味をきちんと考える必要があるとおもいます。



ジャズと譜面

少し前に「ジャズで譜面を見る、見ない」という話題があったような気がします。それを見た時に「あ、これは音楽知らない人もしくはプロでない人だなぁ」と感じたので放置しました。


そんなの簡単です。


「必要ならば見るし、必要なければ見ない」


です。

緻密なアレンジがあるビッグバンドやアンサンブルであれば譜面無しの演奏はできないですからね。つまり「音符を読む必要があれば読む」のです。私個人としてはソロコーラスでのコードチェンジは「ほとんど読まない」です。

曲のキーとサイズがわかってコードチェンジの捻ってあるポイントが掴めたら見ません。


歌伴でオブリガートとソロを吹くような現場であれば、知らない曲で何のキーで歌われるかが知らされなくても譜面を見ないでやることもありますし、それで問題になりません。だって「演奏される曲のキーとサイズは聴けば分かる」から。むしろ知らない曲の構成をその場で把握してメロディを紡いでいくのは楽しいです。むしろその方が演奏しててスリルがあって楽しいくらいです。

最近ほとんど行かないですが、ジャムセッションで知らない曲をやることになったら、テーマは知ってる人に任せてソロだけ吹いて後テーマではオブリガート入れたりすることもあります。逆に言うと、譜面がないとソロが吹けないという人が不思議にみえたりします。


私は音符はin Bbで、コードはin Cで見るので、in Bbで書かれた楽譜にin Bbで書いてあると混乱することがあるので見ない、というところもあります。

ということで、「必要な時だけ読めばよい」なのです。