続き


母と私たち家族がホスピスに到着してすぐ、母を診てくれる主治医は入院先からの連絡文書を見た上で、次のように言ってました。


容体はかなり悪く、余後1~2週間以内。

肝臓が毒を分解しきれず、血を固める成分が少ない。

体のどこかから大出血し、命を落とす可能性もあります。

家族の皆さんは、出血してないか注意深く見守ってください。



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ホスピス初日を終えて去るとき、私はなるべくここに来て、家のように普通に母と過ごそうと思いました。


近い将来、痛み緩和の睡眠薬投与で、寝る時間が増え会話が出来なくなっても、手を握ったり音楽を流し続けられる。

すぐ近くに温浴施設もあるし、札幌への一時帰宅が終われば泊まりに来ようと。


姉と私は喪服の準備のため、札幌に一度戻る必要がありました。


死期が迫っていると感じた姉は、帰りの車の中で「明日7/9㈭ 帰るわ」と。


7/11㈯ には姉の次男が母を見舞いに来るため、私はその隙に喪服を取りに札幌へ戻ろうと決めました。



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同日 3pm


午後3時頃に帰宅。

2階北向きのユーティリティに行くと、なんと…


お線香の匂ひ。


今まで家にお線香の匂ひがした記憶はありません。


姉も2階に上がって来たので、こう伝えました。

「お線香の匂ひがする。これ覚悟した方がいいかも知れない」



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同日 8pm


私は母が個室でどんな風に過ごしているか、推測してみました。


ベッドまわりにはナースコールしかないため、照明もCDラジカセも自分では操作出来ない。


病院なら夜通し間接照明が灯り、2~3時間おきに看護師が見回りに来るけれど、ホスピス個室は真っ暗で静か。


お水も飲みたいときに飲めない。


母は床ずれによる背中の痛みや、病気による胃やお腹の痛み、そしてホスピスで暮らす不安でいっぱいに違いない。


今晩も泊まってあげれば良かったのでは、と後悔しながら眠りにつきました。




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重篤と言われていた母の容体は安定したまま、長い夜は終わりました。

私は「母と夜明けを迎える」というミッションをコンプリート出来たことに心底ホッとしました。



7/8㈬ 6am


6時に追加の痛み止めを点滴に加えたところ、母は寝息をたてるように。

看護師さんは「痛みがなくなって、ようやく眠れるようになったんですね」と。



同日 10am


母と私は介護タクシーに乗り、引越し先のホスピスへ向かいました。

なかなか乱暴な運転手で、母のベッドを後ろに乗せるとき、枕が何かに引っかかって母の頭が落ちそうなのに知らんぷり┐⁠(⁠´⁠д⁠`⁠)⁠┌

ちなみに介護タクシーの運賃は、介護料として5000円ほど加算されます。


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さて、3週間の入院を経てホスピスの個室にお引越しした母でしたが、車椅子移動のステップを踏むことなく寝たきり状態になったため、最初に描いていた

「お天気の良い日は外に椅子を置いて日向ぼっこ」

「カフェスペースで珈琲飲みながら窓の外を眺める」

ということは不可能になりました。


それでも、好きなものを自由に飲食でき、好きな音楽が聴けて、家族がいつでも訪問したり泊まれるホスピスは魅力的。


到着早々母を個室に残して、私たち家族はカフェスペースでスタッフさんの説明受けたり、契約書に押印したりと大忙しでした。



同日 1:30pm


午後の説明前に一度母の個室に寄ると、母は「珈琲飲みたい」と。


ハッ((((;゚Д゚))))


前の晩は、母の生きる力を引き出すため散々「明日はホスピスにお引越しして珈琲飲もうね」と声がけしていたのに、いざ引越したら珈琲のこと忘れてた…


申し訳ない気持ちで母にカフェオレを作り、手でコップを掴ませ、ストローを口元に当てて飲んでもらいました。

誤嚥しないよう祈りながら、慎重に。


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実は前の晩も、本来なら水を飲ませるのは看護師の役目だったのに(⁠誤嚥の危険があるため)、母がお水お水言うので私が飲ませていました(⁠^⁠^⁠;)




続き


7/5㈰お見舞いに行ったとき、母は時折目が虚ろになって上へ泳がせたり、聞いたことないようなうめき声を上げて胸元に手を当てていたので、正直母の病室で夜を明かすのは心配でした。


しかしそんな心配はよそに、重篤なはずの母はしきりに話しかけて来ます。 


壁時計を見ては、ご飯の時間を気にする母。

「8時。ご飯の時間だね」

私は夕方6時にコンビニ弁当食べたばかりだ、と言うと

「まだ夜か。朝の8時かと思った。朝なのか夜なのかわからない」


母は食事が取れず点滴オンリーなのに、なぜ数時間おきに時計を見て

「今は◯時◯分。ご飯は何時?」

と私に尋ねるのか、不思議だったのですが…


今にして思えば、それは母がご飯支度の前に私たち家族にかける言葉でした。


母は昼と夜の区別がつかなくなっても、長年家族の食事準備をするため時間を気にする習慣が出てしまったんですね。