0cm「愛に行く」(18)
ジョンは靴下と赤いセーターを脱ぎ、Tシャツ一枚とジーンズ姿になった。
その横で私はフェイクパールが連なったネックレスだけを外し、テーブルの上にそっと置いた。
替えの服もパジャマも勿論持ち合わせていなかった私は、今日一日過ごした服で寝ることになる。
「黄菜、先にどうぞ。」
「いや、ジョンが先にどうぞ。」
深海にでも飛び込む前のように、私たちは横に並んでベッドに入る順番を待った。
「私まだ時差ボケしてて、夜中に起きてトイレとか行くかもしれないからジョンが壁側に寝てくれる?」
「うん。わかった。」
そう言ってジョンはカバーを少し返し、先にベッドへと潜り込んだ。
私は薄暗い照明を消し、意を決するようにジョンの隣にさっと仰向けになる。
今まで何度もジョンの隣で過ごしてきた。
普段のお互いの距離と、今現在のベッドの中での距離はさほど変わりはないであろう。
同じベッドを共有し、同じ掛けカバーを共有する。
言葉にすればそれまでにしか聞こえないかもしれない。
しかし今のこの状況は真に親密でかつ秘密めいた感覚を持ち、これまでに無いほどジョンの存在が近くに感じられた。
これが人生で初めて”男性と一緒にベッドで寝る経験”だという事はジョンには到底伝えることはできなかった。
23歳にもなって何の経験もないなどと、なんだかダサいし恥ずかしい。
「おやすみ、ジョン。」
「おやすみ、黄菜。」
ジョンは仰向けになったままだったが、私は厚手のカバーを首元まで引っ張り、ジョンに背を向けるようにして目を閉じた。
今日は特別長い一日だった。
ふかふかのベッドの中で自分の体温が加勢し、どんどん体が温かくなっていく。
時差ボケも手伝ってかウトウトし始めたその時、隣では独り言のような音が聞こえてくる。
「ッハー。…Oh my god…。フ~。…dang it。I can't believe it…。」
平手をパチンと額に当てては、何やらブツブツと喋っている。
しばらく耳を澄まして聞いていたが、収まる様子でもない。
私は仰向けの状態に戻し、首だけをジョンの方に向かせて言った。
「どうしたのジョン?眠れないの?」
「いや、あの~…。変に聞こえるかもしれないけど、どうしてもベッドに誰かと一緒に寝ると、腕枕せずにはいられないんだ。前の彼女達を付き合った時もずっと腕枕してたし。一種の癖みたいな…。」
「…あぁ、そうなんだ…。」
「だから黄菜…、もし嫌じゃなかったら、俺、黄菜に腕枕してもいい?」
思ってもみない申し出に驚いたが、私は「いいよ。」と返事をし、軽く頭を持ち上げた。
”ジョンと私は友達同士。腕枕くらいどうって事ない。”
がっしりと厚みがあり、筋肉質なジョンの腕はまさに男性を感じさせるものだった。
ジョンは仰向けに左腕を垂直に伸ばしたままで、あまりリラックスできるような体制ではなさそうだった。
しかし本人がそうしたいのであればそれで構わないであろうと、他人事のように考えていた。
私は再びジョンに背中を向けて眠りに入ろうとした。
しかしまたしばらくすると「アー…。oh my god...ハー....。」等と、先ほどにも増してため息が多くなっている。
何が起こっているのか全くわからず、もう寝てしまいたい私は半ば呆れながら上体を戻した。
「一体全体どうしたの、ジョン??今度は何?」
「あの~、いや~。えっと…。ちょっと落ち着かなくて。」
「いいよ。どうしたの?教えて。」
暗闇の中でジョンの表情は殆ど見えなかったが、少しばつが悪そうに話し始めた。
「これはよくある事なんだけど、2人の人が同じベッドでバラバラになって寝ていても、朝起きたらスプーンしていることがあるんだって。」
「スプーン?って?」
「食事の時に使うスプーンって同じ形をしてるから、2つくっつけると綺麗に重なるでしょ?そうやって人間もスプーンみたいにピタッと重なって寝る事を、英語ではスプーンするって言うんだ。」
「ふ~ん。そうなんだ。」
「…。」
ジョンの言いたいことはもうだいぶわかっていた。
「だからね、俺たちも朝に起きたら自然とスプーンしてるかもしれないんだよね…。だったら今のうちに黄菜をスプーンしてもいいかなと思って…。」
そんな事があるとは初めて聞いたが、これでジョンの独り言が終わるのであればそれで良いし、もちろんまだまだ大好きな人に抱きしめてもらえる事に正直嬉しさは隠せなかった。
「今スプーンしてもいいよ。それでジョンが落ち着くのであれば。」
「本当?もしやってみて嫌だったら教えてね。」
「うん、わかった。わかった。」
私は寝ぼけ眼のまま左側へ横向きとなると、ジョンはベッドの縦線の領域を破って私の傍に体をずらして来た。
ジョンの暖かい上半身がピタリと私の背中に張り付き、足の先までまさにスプーンのように密着する。
先ほどまでの眠気は一瞬にして消え、ドキドキと心臓が飛び跳ねてジョンの体に伝わってしまうのではないかと思うほどだった。
ジョンは腕枕をしていないもう一つの腕を、私の脇腹にそっと置いたが、それが正しい置き場所なのかわからず、何度か位置をずらし試した。
「フ~。」と今度は安堵のため息を私の後頭部に吹きかけ、「おやすみ。」とだけ言って、先ほどとは見違えるようにすっとジョンは眠りについてしまった。
一方の私は目が冴えたまま、体はロボットの様に硬直して波打つ心拍が更に体を熱くしていった。
”わ~、どうしよう。ジョンに抱きしめられてる!ドキドキして止まらない!こんなんじゃもう絶対に眠れない。”
初めて男性とベッドに横になり、初めての腕枕に初めてのスプーン。
中学の英語のスピーチコンテストや、就活の面接での緊張なんて比べものにならない。
心臓に負担がかかりすぎて、そのうち急にストップしてしまうのではないかと思うほど、体内で大きく音を立てている。
同時にそんな風にさせてしまうジョンが、自分にとってやはろ特別な存在である事を私は確信した気がした。
5分が過ぎ、15分が過ぎ、30分が過ぎても私は眠りにつくことができなかった。
硬直した体が少し痛くなってきたので体制を変えようと思っても、自分が動いてもいいものかわからず、そっとジョンの腕を手で持ち上げた隙に足や腰の位置を変えた。
ベッドに入ってからソワソワし続けていたジョンが、私を抱きしめて安らな寝息を立てているその姿が可愛らしく思えた。
時間をかけながら、段々とジョンに抱きしめられていることに慣れていく。
先ほどまでの緊張が安らぎや幸せへと変わり、ずっとこのままでいてほしいと願っている自分に気が付いた。
今だけば2つの心も体も完全に一つとなっている事は、誰が見ても確かだろう。
そしてどんなに話し合って”一緒になれない”という結論に達したとしても、私たちは”ただの友達’ではいられないのだと改めて思った。
その横で私はフェイクパールが連なったネックレスだけを外し、テーブルの上にそっと置いた。
替えの服もパジャマも勿論持ち合わせていなかった私は、今日一日過ごした服で寝ることになる。
「黄菜、先にどうぞ。」
「いや、ジョンが先にどうぞ。」
深海にでも飛び込む前のように、私たちは横に並んでベッドに入る順番を待った。
「私まだ時差ボケしてて、夜中に起きてトイレとか行くかもしれないからジョンが壁側に寝てくれる?」
「うん。わかった。」
そう言ってジョンはカバーを少し返し、先にベッドへと潜り込んだ。
私は薄暗い照明を消し、意を決するようにジョンの隣にさっと仰向けになる。
今まで何度もジョンの隣で過ごしてきた。
普段のお互いの距離と、今現在のベッドの中での距離はさほど変わりはないであろう。
同じベッドを共有し、同じ掛けカバーを共有する。
言葉にすればそれまでにしか聞こえないかもしれない。
しかし今のこの状況は真に親密でかつ秘密めいた感覚を持ち、これまでに無いほどジョンの存在が近くに感じられた。
これが人生で初めて”男性と一緒にベッドで寝る経験”だという事はジョンには到底伝えることはできなかった。
23歳にもなって何の経験もないなどと、なんだかダサいし恥ずかしい。
「おやすみ、ジョン。」
「おやすみ、黄菜。」
ジョンは仰向けになったままだったが、私は厚手のカバーを首元まで引っ張り、ジョンに背を向けるようにして目を閉じた。
今日は特別長い一日だった。
ふかふかのベッドの中で自分の体温が加勢し、どんどん体が温かくなっていく。
時差ボケも手伝ってかウトウトし始めたその時、隣では独り言のような音が聞こえてくる。
「ッハー。…Oh my god…。フ~。…dang it。I can't believe it…。」
平手をパチンと額に当てては、何やらブツブツと喋っている。
しばらく耳を澄まして聞いていたが、収まる様子でもない。
私は仰向けの状態に戻し、首だけをジョンの方に向かせて言った。
「どうしたのジョン?眠れないの?」
「いや、あの~…。変に聞こえるかもしれないけど、どうしてもベッドに誰かと一緒に寝ると、腕枕せずにはいられないんだ。前の彼女達を付き合った時もずっと腕枕してたし。一種の癖みたいな…。」
「…あぁ、そうなんだ…。」
「だから黄菜…、もし嫌じゃなかったら、俺、黄菜に腕枕してもいい?」
思ってもみない申し出に驚いたが、私は「いいよ。」と返事をし、軽く頭を持ち上げた。
”ジョンと私は友達同士。腕枕くらいどうって事ない。”
がっしりと厚みがあり、筋肉質なジョンの腕はまさに男性を感じさせるものだった。
ジョンは仰向けに左腕を垂直に伸ばしたままで、あまりリラックスできるような体制ではなさそうだった。
しかし本人がそうしたいのであればそれで構わないであろうと、他人事のように考えていた。
私は再びジョンに背中を向けて眠りに入ろうとした。
しかしまたしばらくすると「アー…。oh my god...ハー....。」等と、先ほどにも増してため息が多くなっている。
何が起こっているのか全くわからず、もう寝てしまいたい私は半ば呆れながら上体を戻した。
「一体全体どうしたの、ジョン??今度は何?」
「あの~、いや~。えっと…。ちょっと落ち着かなくて。」
「いいよ。どうしたの?教えて。」
暗闇の中でジョンの表情は殆ど見えなかったが、少しばつが悪そうに話し始めた。
「これはよくある事なんだけど、2人の人が同じベッドでバラバラになって寝ていても、朝起きたらスプーンしていることがあるんだって。」
「スプーン?って?」
「食事の時に使うスプーンって同じ形をしてるから、2つくっつけると綺麗に重なるでしょ?そうやって人間もスプーンみたいにピタッと重なって寝る事を、英語ではスプーンするって言うんだ。」
「ふ~ん。そうなんだ。」
「…。」
ジョンの言いたいことはもうだいぶわかっていた。
「だからね、俺たちも朝に起きたら自然とスプーンしてるかもしれないんだよね…。だったら今のうちに黄菜をスプーンしてもいいかなと思って…。」
そんな事があるとは初めて聞いたが、これでジョンの独り言が終わるのであればそれで良いし、もちろんまだまだ大好きな人に抱きしめてもらえる事に正直嬉しさは隠せなかった。
「今スプーンしてもいいよ。それでジョンが落ち着くのであれば。」
「本当?もしやってみて嫌だったら教えてね。」
「うん、わかった。わかった。」
私は寝ぼけ眼のまま左側へ横向きとなると、ジョンはベッドの縦線の領域を破って私の傍に体をずらして来た。
ジョンの暖かい上半身がピタリと私の背中に張り付き、足の先までまさにスプーンのように密着する。
先ほどまでの眠気は一瞬にして消え、ドキドキと心臓が飛び跳ねてジョンの体に伝わってしまうのではないかと思うほどだった。
ジョンは腕枕をしていないもう一つの腕を、私の脇腹にそっと置いたが、それが正しい置き場所なのかわからず、何度か位置をずらし試した。
「フ~。」と今度は安堵のため息を私の後頭部に吹きかけ、「おやすみ。」とだけ言って、先ほどとは見違えるようにすっとジョンは眠りについてしまった。
一方の私は目が冴えたまま、体はロボットの様に硬直して波打つ心拍が更に体を熱くしていった。
”わ~、どうしよう。ジョンに抱きしめられてる!ドキドキして止まらない!こんなんじゃもう絶対に眠れない。”
初めて男性とベッドに横になり、初めての腕枕に初めてのスプーン。
中学の英語のスピーチコンテストや、就活の面接での緊張なんて比べものにならない。
心臓に負担がかかりすぎて、そのうち急にストップしてしまうのではないかと思うほど、体内で大きく音を立てている。
同時にそんな風にさせてしまうジョンが、自分にとってやはろ特別な存在である事を私は確信した気がした。
5分が過ぎ、15分が過ぎ、30分が過ぎても私は眠りにつくことができなかった。
硬直した体が少し痛くなってきたので体制を変えようと思っても、自分が動いてもいいものかわからず、そっとジョンの腕を手で持ち上げた隙に足や腰の位置を変えた。
ベッドに入ってからソワソワし続けていたジョンが、私を抱きしめて安らな寝息を立てているその姿が可愛らしく思えた。
時間をかけながら、段々とジョンに抱きしめられていることに慣れていく。
先ほどまでの緊張が安らぎや幸せへと変わり、ずっとこのままでいてほしいと願っている自分に気が付いた。
今だけば2つの心も体も完全に一つとなっている事は、誰が見ても確かだろう。
そしてどんなに話し合って”一緒になれない”という結論に達したとしても、私たちは”ただの友達’ではいられないのだと改めて思った。