2m: 「変なALT」
2004年8月上旬。大学の夏休みで実家の秋田に帰省し、私は毎日のように母の経営する食堂「ちひろ」で手伝いをしていた。
この日は日曜日で、午後2時ともなるとお客さんは全く入ってこなくなる。うちの町はとても小さく、「ちひろ」もここら辺では唯一食事が取れるうちの一つだが、週末ともなると皆家族そろって隣町の新しいショッピングモールへと出かけてしまう。なのでこの時間になると店を開けたまま、平気で店内で昼食をとるようになっていた。
家にいる父を電話で呼び出し、父と2人で食事をし終え、店内でまったりくつろいでいた。
父は以前、町役場で国際交流の担当をしていた。県内にある大学から留学生を連れてきて、小学校で学生に生の英語を触れさせる。ようはその段取りや、留学生達のお世話役だった。そして今月から就任するALT(外国語指導助手)について話し始めた。
「もう新しいALT来てるみでんたで。今度声掛けて一杯やらねばな。」
秋田県は言わずと知れた酒どころ。一緒に”食事”するよりも”酒”で親交を深めるのが通例。特に私の住む地域は、何かあるとすぐに”飲み会”に発展する。PTAの飲み会、町内会の飲み会、親戚との飲み会…。酒が飲めなければここでは到底通用しない。
父はとうに国際交流の担当からは外れていたが、海外文化に興味があるのか、事あるごとにALTに声をかけては母が経営する食堂で飲み会を開いていた。今までうちの町には専属で2人のALTが来たが、どちらとも日本語はほとんど話さず、その度に私のつたない英語で通訳していた。6割程度は理解していただろうか。とにかく英語が好きなくせに、まだ実力が伴っていない状況だった。
「今度はどういう人なの?どこから来たの?」
大学でも英語を専攻していた私は興味心身で父の話に乗った。だが父は新しいALTがアメリカ人男性という意外は知らなかった。
そんな話をしていると、急に食堂の玄関のベルが鳴った。この時間にお客さんが来るとは予想していなかったため、父と二人でとっさに玄関の方を振り向いた。そこには一人やせ形の外国人男性が立っていた。眼鏡に骸骨のTシャツ、半ズボンそして少し猫背。ぱっと見オタクっぽい感じだった。
「こんにちは。開いてますか?」
全く癖のない発音で話し始めた外国人に、父も私も一瞬驚き硬直してしまった。だが父はとっさにこの人が新しいALTだと確信し、彼に話し始めた。
「あれ?新しいALTだよな?わぁ~、日本語上手でびっくりした!とりあえずこさ座れ。」
今まで来たALTで一番日本語ができるALTだった。彼は言われるがまま父の座っていたテーブル席に腰をかけた。日本語が話せるという事で父は躊躇なく彼に話しかけ始めた。
ヒレカツ定食を注文したのち、彼はその流暢な日本語で話し始めた。彼の名前はジョン。話によると彼はロサンゼルス出身で22歳。アメリカの大学を卒業してすぐうちの町にALTとしてやってきたのだという。小さいころから日本に興味があり、高校から日本語を学び始め、以前にも何度か東京や滋賀県などに滞在していたという。
「これうちの娘、黄菜。大学で英語勉強してるんだぁ。英語教えてやって。」
いつの間にか標準語にスイッチした父。秋田弁だとわかりづらいだろうと思って気を使ったんのだろう。
「はじめまして。英語どれくらい勉強してるの?どこの学校?じゃぁ、今から英語で話す?」
外国人恐怖症とまではいかないが、いまだに英語を外国人と話すとなると緊張してうまく話せない事が多かった。それに加え、極度の恥ずかしがり屋だったため、英語ではなく日本語で話すようお願いしてしまった。
運ばれてきたヒレカツ定食を食べている最中も父の質問攻めは続いた。そしてジョンにはアメリカに彼女がいることがわかった。彼女とはもちろん遠距離恋愛。今どれだけ寂しくて、彼女を恋しがっているのか熱く語り始めた。かなりの熱の入り様に私も父もあっけらかんとしてしまった。そんな辛い状況なのに、なんで日本に来てしまったのかとふと父が問うと、
「俺だって辛いんだよ!」
といきなり少し怒ったように答えてきた。その解答に更にキョトンとしてしまった父、私そして母。
「…そう…か。」
としか答えようがなかった父。
あまりおなかが減っていなかったのか、それとも口に合わなかったのか、ヒレカツ以外は残し箸を止めてしまったジョン。それか彼女の話で気分を害してしまったか…。
急に思い出したかのように、父が一緒にお盆にでも飲もうと切り出した。こちらに来たばかりで予定も何も入ってなかったジョンは一つ返事で了承した。そして父は加えて、なんと墓参りを一緒に行かないかとも誘い出した。墓参りが何の事だか初めはわかっていなかったようだが、父の説明により、これまた一つ返事で墓参りしたいと言い始めた。あって間もない外国人を日本の墓に連れていって何が楽しいのか…と私は思ったが、父とジョンは乗り気だった。
会計を済ませ、入店から2時間程してジョンは「ちひろ」から徒歩3分にある教員住宅へと帰って行った。
「いや~、今回のALTは変わってるな。」
父の率直な感想だった。私も今までのALTとは全く違うタイプだと思った。ただ父も母も私も共通して思ったのは、ジョンとは日本語でコミュニケーションが簡単に取れるという事だった。だからこそ彼の内が良くわかり、「変なALT」と言う事も発見できたのであろう。
母はジョンが帰ると同時に店じまいをし始め、3人で家に帰ってからも「変なALT」の話は続いた。
