1m: 「クリスチャンとの墓参り」
世間はお盆。お墓を綺麗にし、食べ物を供え、両手を合わせて先祖を慈しむ。そんなお盆に会って間もない外国人と一緒に墓参りに行く家族はおそらくうちぐらいであろう。
父の車にジョンを乗せ、母の車には県内の高校に通う私の弟の陽平、母方の祖母、そして私が乗り込み、家から車で5分くらいの墓へと向かった。
車から降りると、祖母が作った大量のお供え料理や酒、菓子などを皆で運び、広い田んぼの中に孤島のように浮かぶ墓場へと足を進めた。
先祖の墓にたどり着くと、そこにはすでに新鮮なお供え物がされてあった。誰かが先に墓参りをしにきて、全ての墓に食べ物を配っていたのだろう。うちの町ではこれが当たり前である。自分の墓だけでなく、周りの墓にも平等にお供えをし、手を合わせるのだ。
祖母に指示され、大きな葉っぱを敷き、その上に赤飯、カスベ(エイの煮物)、お菓子、果物等を一つ一つの墓に並べていく。ジョンも手伝い、丁寧に一つ一つ盆菓子を置いて行った。
「日本ではこうやってお盆に墓参りして、ご先祖様に挨拶しに来るんだよ。アメリカでも墓参りとかするが?お供え物とかする?」
父は何でも知りたがり屋だ。いつでも、そして誰にでも躊躇なく質問する。それに対し、父以外の家族はどちらかというと消極的だ。弟の陽平は自分の興味が無い事には全くと言っていいほど関心を示さないし、母に関してはジョンが日本語が堪能なのにも関わらず、”外国人”というだけでまだ何か緊張しているようであった。祖母もこの日がジョンとの初対面ということもあり、彼とはあまり目を合せなかった。私はというと、「英語で話したい」、「アメリカの事が聞きたい」と心の中で思いつつも、父が彼に間髪なく話しかけていて、どうも会話のタイミングがつかめなかった。
「キリスト教ではめったにお墓にはいかないんです。食べ物もおかないし…」
父も話し好きだが、ジョンも相当な話し好きである。父が一つ質問すれば、十の答えが返ってくる。そして一つ一つの質問に答えるジョンが、なんだか真面目で誠実な青年に思えた。
食べ物のお供えが終わった後、祖母は家から持ってきた清酒をご先祖様の墓にかけ始めた。祖母の母、すなわち私の曾祖母はお酒が大好きな人だったらしい。そして曾祖父は生前お酒はあまり飲む事はなかった。なので祖母は清酒を最初にかけた後、今度はウーロン茶を墓にかけた。清酒がべとつくので、ちょっと洗い流す意味も込めているのかもしれない。
全てのお供えを終え、私たち家族とジョンは墓の前に一列に並んだ。そして手を合わせ拝み始めた。確かクリスチャンだと言っていたジョンもしっかりと手を合わせ、目を閉じていた。山に囲まれたこのど田舎に来て、日本人たちと墓参りをし、何を思っていたのだろう…。ご先祖様もいきなり外国人が来て、さぞかし驚いていることだろう。せめて日本が大好きなジョンにとって興味深い体験となっていればよいのだが、と私はジョンの隣で拝んでいる間に色々と思った。
しばらく手を合わせた後、祖母が一人一人に割り箸を渡し始めた。残ったお供え物は帰る前に食べきらなければならないのだ。まだ大量に重箱に残ったお供え物を食べ始めるものの、一向に減る気配はない。器用に箸を持ち、赤飯とカスベに手をつけたジョン。
「どうだ?こんなの食べた事ねがろ?食えるが?無理して食わねくてもいで。」
と父が興味心身に問うと、
「うん、初めて食べた。食べれるよ。でももういいです。おばあちゃん、ありがとうございました。」
と丁寧に述べ、ジョンは最初の一口で箸を止めた。祖母が作る赤飯は甘みが少なく、塩気の方が強い。そしてカスベはその見た目から私や弟でも遠慮してしまうくらい食欲をそそらない食べ物である。ジョンの箸が進まないのも無理はなかった。
「さ、せばこれから「ちひろ」さ帰って飲むぞ、ジョン!」
と父が張り切って言うと、
「おう!飲むぞ!」
と言って2人は早々と車に乗り込んだ。そんなやりとりを見ていると、何だか笑えてきた。父とジョンはとても気が合うようだった。父の正直ではっきりとした性格が、アメリカ人のジョンには楽に感じたのかもしれない。何だかもはや2人が兄弟のようにさえ見えてくる。
ジョンはまた父の車に乗り込み、私は母の車の助手席に座った。車で墓を去る時、墓場の上空にカラスが飛んでいるのが見えた。
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車から降りると、祖母が作った大量のお供え料理や酒、菓子などを皆で運び、広い田んぼの中に孤島のように浮かぶ墓場へと足を進めた。
先祖の墓にたどり着くと、そこにはすでに新鮮なお供え物がされてあった。誰かが先に墓参りをしにきて、全ての墓に食べ物を配っていたのだろう。うちの町ではこれが当たり前である。自分の墓だけでなく、周りの墓にも平等にお供えをし、手を合わせるのだ。
祖母に指示され、大きな葉っぱを敷き、その上に赤飯、カスベ(エイの煮物)、お菓子、果物等を一つ一つの墓に並べていく。ジョンも手伝い、丁寧に一つ一つ盆菓子を置いて行った。
「日本ではこうやってお盆に墓参りして、ご先祖様に挨拶しに来るんだよ。アメリカでも墓参りとかするが?お供え物とかする?」
父は何でも知りたがり屋だ。いつでも、そして誰にでも躊躇なく質問する。それに対し、父以外の家族はどちらかというと消極的だ。弟の陽平は自分の興味が無い事には全くと言っていいほど関心を示さないし、母に関してはジョンが日本語が堪能なのにも関わらず、”外国人”というだけでまだ何か緊張しているようであった。祖母もこの日がジョンとの初対面ということもあり、彼とはあまり目を合せなかった。私はというと、「英語で話したい」、「アメリカの事が聞きたい」と心の中で思いつつも、父が彼に間髪なく話しかけていて、どうも会話のタイミングがつかめなかった。
「キリスト教ではめったにお墓にはいかないんです。食べ物もおかないし…」
父も話し好きだが、ジョンも相当な話し好きである。父が一つ質問すれば、十の答えが返ってくる。そして一つ一つの質問に答えるジョンが、なんだか真面目で誠実な青年に思えた。
食べ物のお供えが終わった後、祖母は家から持ってきた清酒をご先祖様の墓にかけ始めた。祖母の母、すなわち私の曾祖母はお酒が大好きな人だったらしい。そして曾祖父は生前お酒はあまり飲む事はなかった。なので祖母は清酒を最初にかけた後、今度はウーロン茶を墓にかけた。清酒がべとつくので、ちょっと洗い流す意味も込めているのかもしれない。
全てのお供えを終え、私たち家族とジョンは墓の前に一列に並んだ。そして手を合わせ拝み始めた。確かクリスチャンだと言っていたジョンもしっかりと手を合わせ、目を閉じていた。山に囲まれたこのど田舎に来て、日本人たちと墓参りをし、何を思っていたのだろう…。ご先祖様もいきなり外国人が来て、さぞかし驚いていることだろう。せめて日本が大好きなジョンにとって興味深い体験となっていればよいのだが、と私はジョンの隣で拝んでいる間に色々と思った。
しばらく手を合わせた後、祖母が一人一人に割り箸を渡し始めた。残ったお供え物は帰る前に食べきらなければならないのだ。まだ大量に重箱に残ったお供え物を食べ始めるものの、一向に減る気配はない。器用に箸を持ち、赤飯とカスベに手をつけたジョン。
「どうだ?こんなの食べた事ねがろ?食えるが?無理して食わねくてもいで。」
と父が興味心身に問うと、
「うん、初めて食べた。食べれるよ。でももういいです。おばあちゃん、ありがとうございました。」
と丁寧に述べ、ジョンは最初の一口で箸を止めた。祖母が作る赤飯は甘みが少なく、塩気の方が強い。そしてカスベはその見た目から私や弟でも遠慮してしまうくらい食欲をそそらない食べ物である。ジョンの箸が進まないのも無理はなかった。
「さ、せばこれから「ちひろ」さ帰って飲むぞ、ジョン!」
と父が張り切って言うと、
「おう!飲むぞ!」
と言って2人は早々と車に乗り込んだ。そんなやりとりを見ていると、何だか笑えてきた。父とジョンはとても気が合うようだった。父の正直ではっきりとした性格が、アメリカ人のジョンには楽に感じたのかもしれない。何だかもはや2人が兄弟のようにさえ見えてくる。
ジョンはまた父の車に乗り込み、私は母の車の助手席に座った。車で墓を去る時、墓場の上空にカラスが飛んでいるのが見えた。
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