数cmから1万kmの恋 -7ページ目

0cm「愛に行く」(19)

ふと目を開けるとまだ辺りは暗闇に包まれていた。

冴え切った頭で再び寝ようとしても、体は完全に日本の時刻を刻んでいる。

しばらく頑張ってみたが、どうしても瞼が自然と開いてきてしまう。

まだジョンに抱きしめられたままの私は、起こさないように少しづつ体の向きをを変え始めた。

「黄菜眠れないの?」

「あ、ごめん、起こしちゃった?」

「大丈夫だよ。疲れてないの?」

「疲れてるはずなんだけど、まだまだ時差ボケしてるみたいで全然眠れないんだ。」

ジョンがベッドに置かれた携帯電話をチェックすると、まだ朝の4時だった。

「そうかぁ…。一緒に話でもする?」

まだ寝ていたいであろうにもかかわらず、目をこすりながらジョンは囁くような優しい声でそう訊ねた。

「そんな事しなくてもいいよ。ジョンはまだまだ眠いだろうし、気を使わないで。」

「大丈夫、大丈夫。俺ももう目が覚め始めてきたから。」

「本当?それじゃ、そうしようかな…。ありがとう、ジョン。」

私は横向きから完全に仰向けの態勢となると、すぐ横には微笑むジョンの顔があった。

「黄菜、こっちに向いていいよ。」

「え?」

「俺の方に向いて。」

どうしてそんな事を言ってくるのか理解できなかったが、ジョンの言われるがままに私は彼の方に向いた。

「もっと近くに寄ってきて。片方の手は俺の胸に置いて。」

私はくるりと体勢を変えて、ジョンの体にピタリと身を寄せる。

頭は彼の厚みのある腕に、そして左手は言われたようにジョンの胸のあたりに添えた。

不思議と緊張感は全く無く、守られているような安心感と、元々ジョンと私はこうであるべきなんだという思いが、気持ちを和らいでいった。

何度も言うが傍から見れば私たちは今確実に、お互いに思いを寄せ合う2人であろう。

「何について話そうか?…何か話したい事ある、黄菜?」

彼の体に張り付いた片耳から、低い声が響いて聞こえてきた。

「う~ん…。そう改めて聞かれるとわからないな…。」

「それじゃ、黄菜の今までの経験した恋愛について教えてよ。」

「私、恥ずかしいくらい恋愛経験ないんだよ。あと、どんな事話していいかわからないから、ジョンから先に教えてよ。」

「そうか。じゃ、俺から教えるね。」

ジョンは事細かに、今まで生きてきた中で好きになった女の子達の話を恥じらう様子もなく語り始めた。

中学、高校の時に好きになった2人の女の子がどんな容姿で、ジョン少年がささやかな花やプレゼントを渡した時の話し。

大学のアニメクラブで知り合った日本人ハーフの子と付き合い始めたが、その子は常にジョンと一緒でなければならず、かつ頻繁に小言をつく子であり、彼女と遠距離恋愛をしたときはとてもストレスだったという話し。

大学でアルバイトをしていた時に付き合っていた芸術家の彼女のメリーは、最初の彼女とは正反対でとてもクール。一緒にいたいというよりも、自分のスペースを大事にしたい子だった事と、すでに私も知っているその子との失恋の話し。

ジョンは彼の今までの全ての恋愛を間髪を入れず、昨日起こった事かのように詳細に話していった。

私は頷いたり、相槌を打ったり、そして時折笑ってみたりと、前の彼女達の話を聞いていても全く不快な気持ちにはならなかった。

今、ジョンと共有しているこの時間を自然と心から楽しみ、朝の何時だろうが、今日の予定がなんだろうが、自分が昨日と同じ服を着ている事など、全てがどうでもよく感じた。

これほどまでに平和で満たされた気持ちになったのはこれが初めてだ。

「次は黄菜の番。教えて。」

「私は一つしかないよ。しかもそれも付き合ってたといえるかどうか。」

中学在籍中に3つあった中学校が統合し、3年生の一年間だけ統合中で過ごした時期があった。

そこでで出会った新しい友達の中で私に興味を持った子がいたのだが、実際にデート等もした事はなく、お互い毎日手紙の交換をしたり、あちらが夕食時に自宅の電話にかけてきて、家族の前で会話をしなければなく恥ずかしい思いをした事などを話した。

特別ジョンの全ての話しを聞いた後からだと、自分の唯一の恋愛経験はあまりにも子供じみており、恥ずかしくなった。

これほどまでに真剣に人を好きになったのはジョンがやはり初めてだった。

他にも今までの人生の中で好きになった男の子たちはいるが、どれも片思いか、時間がたてば熱が冷めて忘れていたように思う。

いつの間にか暗闇から部屋の天井がはっきりと見えるまでになっていた。

「そろそろ起きる、黄菜?」

話し始めてから軽く3時間は経っていたが、まだまだこのままでいたいと思った。

”このままジョンの傍にいて、このままじょんの胸の中でまた眠りに落ちたい。”

話し合いの結果、私達は一緒になれない事は重々わかっている。

でもこうして諦めずに自分の気持ちを伝えるため、はるばる一人でニューヨークに来た事が、少しは報われた気持ちになっていた。

「そうだね。そうしよう。もう7時過ぎか。」

2人で同時に起き上がり、私はぐちゃぐちゃになった髪を手で梳かし始めた。

ジョンは腕を伸ばしてストレッチをし、ブラインドの隙間から外を眺めている。

「黄菜、ちょっと来て!」

慌ててジョンの傍に駆け寄ると、ジョンは両手でブラインドをさらに広げてみせた。

「見て。すごく綺麗でしょ?」

外から差し込む明かりに目を凝らしながら中庭に目をやると、あたり一面純白な雪が散りばめられていた。