モダン金継ぎ【グルー継ぎ】はありのままの姿を認めて大切にするハンドメイド -13ページ目

モダン金継ぎ【グルー継ぎ】はありのままの姿を認めて大切にするハンドメイド

ハンドメイドだからできる、暮らしの中から楽しみながら持続可能な社会を実現すること。
無理するのではなくて、頑張るのでもなくて、ゆるく、楽しく、それでいて、ちゃんと未来の子供達に今よりもっと良い社会を残したいと考えるためのブログです。

私は、58年の人生で、7回引越しを経験しています。

50代までは、引っ越すたびに、増えていく暮らし方でした。
結婚して、家族が増え、家が広くなり、物が増える。
家族それぞれの暮らしがあり、必然的にものは増え続ける。

50代からは、息子たちが順番に社会人となり、自立していき、
ものは少しずつ減っていきました。
たくさんの部屋も必要なくなり、夫婦2人に戻ったことを機に、それまでの半分の広さの、小さな家に越しました。
ミニマムな暮らしの始まりです。

断捨離の日々の中で、
私が1番執着していたのは、
家族の写真やビデオなどの"思い出"でした。
子供が書いてくれた手紙や、子供の時の工作なども捨てられなかった。

あることをきっかけに、処分すると、
意外とスッキリとしました。
私は、過去への執着を手放したのです。
子供達への執着。という気持ちもあったかもしれません。

その、きっかけとなったあることとは、
写真やビデオなどの思い出の品が、「今の自分にふさわしいのか?」と、自分に聞いてみたのです。

今の自分に過去の思い出はふさわしいのか?
と考えた時、答えはNOでした。
私は今を大切に生きていて、今を充実させたいと考えているし、今この時を、楽しく過ごすことを大切にしている。
そして、過去よりも未来に目が向いていて、
これからどうしたいか?これからどうなりたいのか?
ということが重要だと思っている。

そう思った時、私にとって、過去への執着は薄らいでいました。
ほんの数枚の、大切にしたい写真だけを残して、全て処分できました。

思い出は、ものではなくて、記憶にちゃんと残っていて、今の自分の中に確実にある。
そう考えられるようにもなりました。

現在も、スマホが出現してからの写真や動画は、知らない間に溜まっていますが、それも年末の時間のある時に、毎年厳選しています。

私の執着は思い出でしたが、
手放せない理由は(執着)は人それぞれで
私のような思い出の人もいれば、
高かったから捨てられない
頂き物だから捨てられない
勿体無いから捨てられない
いつか使うかもしれないから捨てられない
などの理由があるらしいです。
捨てられない。は、どれも執着。

思い出だから、高かったから、頂きものだから、は過去への執着
いつか使うかも、勿体無いから。というのは未来への執着

私が写真やビデオの思い出のものを手放したときのように、
「今の自分にふさわしいかどうか」の判断基準でみてみると
意外とその執着は消えてしまいます。

高かったからと言っても、今の自分に合っているのか?
今の自分は、いつか本当に使うのか?
そんなふうに、自分の気持ちを聞いてみて下さい。

執着を無くすと、すごく楽になります。

そして次にものを増やすとき
それは本当に必要か?
最後まで使い切ることはできるのか?
一応買っておこうと、増やそうとしていないか?
と、よく考えてみる。

執着しているものに占領されていると、暮らしは、とても窮屈です。
執着は、無くすことへの不安からくるもの。
手放すと、不安からも解放されます。

暮らしの中にあるものは
ふさわしくて、必要なもので満たしませんか?









 

 

グルーデコ協会というハンドメイド講師の方の支援・育成を目的として

2013年に協会を設立しました。

「コミュニティの時代」であることは、mixiを経験して確信していたので、

このコミュニティがとても意味があることで、参加された方の人生を変えられる

そう信じていました。

 

現に11年経った今、「グルーデコに出会えて人生が変わった」「グルーデコで新しい世界が開けた」

そう言ってくださる方が沢山いらっしゃいます。

勿論私自身もその一人です。

 

いまは、グルーデコとは違う「グルー継ぎ」というハンドメイドをサスティナブルプロダクトとして

ハンドメイドの力で持続可能な社会の実現を目指しています。

その活動も、コミュニティを広げていこうと思っています。

 

スマホがあるので、人は簡単に情報を入手できるような気がしています

でもそれはきっと、都合の良い情報ばかりかもしれないという危険性も知っておくべきです

そして、お得で必要な情報は、それを手に入れるためにコミュニティに参加すべきだとも思っています

 

ただし、そのコミュニティに参加してそこでの知識ばかりにならないようにすることも大切。

 

かんたんに手に入ると思うことは、実はそうでもないということ。

本当に難しい時代になったのかもしれません

 


グルーデコとグルー継ぎを作りました。
似ているようでその二つは全く違う。
同じ素材を主材料にしていますが、
その目的も、目指すゴールも全く違う。
だから、そのハンドメイドの広がり方も違います。

グルーデコは、
ハンドメイドの力で、収入を得て、社会と関わる女性を増やしたい。
今自分が生きている社会に関心を持ち、女性が自分の意見を言える社会にしたい。
そう思って作りました。
だから、グルーデコ講師の人が活動できるように、支援してきました。

グルー継ぎは、
ハンドメイドの力で、持続可能な社会を実現したい。
誰もができる、ほんの少しの行動を
たくさんの人たちが動くことで、目標を達成できることを知ってほしい。
だから、1人でも多くの人に、グルー継ぎを知ってもらい、グルー継ぎで修復する人を増やす努力をしています。

ある方から、
グルー継ぎを教えたら、もうその人は教室に来なくなりませんか?
と、不安そうに質問された。
来なくなるかもしれないけれど、グルー継ぎの方法を、どんどんたくさんの人に教えて、知ってもらいたいから、それで良いんですよって、答えました。

グルー継ぎ講師の役割は
たくさんの人にグルー継ぎというハンドメイドで、
処分される食器やインテリアを減らすこと
大切に使い続けることの豊かさや大切さを知ってもらうこと。
収入を得ることが目的ではないのです。

グルーデコとグルー継ぎの大きな違いは
収入を得ることが目的のものと、そうでないもの。
この違いが1番わかりやすいかもしれません。





マルチカラーのマフラーを編み始めています。
この時期はやっぱり編みたくなる。

今、ニュースから流れる情報が少し辛いので、そこから逃れる手段として編み始めました。
実は以前から、スマホ時間が長すぎるなぁ。と、感じた時も編み物を始めます。
編み始めると、驚くほどスマホから離れられる。

スマホが生活の中になかった時、
私は子育て真っ最中で、携帯電話を連絡の手段として活用していたくらいでしたが、
時代の流れとともに、スマホからありとあらゆる情報を手に入れられるようになり、
時間つぶしにも使うようになって、
ほとんどの時間、スマホと共に暮らしているような状態です。

ふと、そんな暮らし方を少し見直していきたい。
そう思うようになって、
少しずつ、ある意味強制的に、スマホ断捨離中。

編み物もですが、生活の中での時間の掛け方を、変えていきたいなと思っています。
時間をかけて料理をしたり、少しだけ丁寧に掃除をしたり。
服の手入れをするのも良いかも。

やることはたくさん見えてきそうです。




服は捨てない時代になってきました。

ヨーロッパの法律が変わって
アパレルメーカーは服の破棄が簡単にできなくなりました。
メーカーは、売れ残ったものを破棄している時代は終わり、
購入者は、買った服に責任を持ち、お直しをしたり、修復しながら、長く大切に着続ける。

日本もその流れはやってきている気がします。

アパレルは、受注生産。
注文を受け、それを販売する。
その流れはすでに確実にあります。
ファストファッションを購入して、着なくなったらすぐ捨てるという選択は確実に減っていく気がします。

私はコロナを機に、自分の暮らしを見直して、
着なくなったり、着れなくなった服を人に譲ってきました。
その量は半端なく、IKEAで服の収納用に購入していた、2m幅のクローゼットにぎっしり入っていた服達がまるまるなくなったくらい。

今は、小さな部屋に作りつけの、1m四方ほどのクローゼットに1年分の服が余裕を持って収納されているくらい。
この量を守る努力をしています。

着られなくなった服が出てきたら、その代わりの服を探す日々が始まり、見つかったらそれとチェンジ。
古い服は小さく切って、ウェスにし、掃除をする時に使ったり、ボタンは外してアクセサリーに作り替えたり。
ハギレにして袋に仕立て直したりしています。

もちろん、まだまだ現役で誰かの日々を彩ってくれそうな服は、喜んでくださる方に譲ったりもしています。

先日の撮影用に、10パターンのコーディネートを考えましたが、それに使用した服は
パンツが3枚、ワンピースが2枚、ブラウスが2枚、Tシャツが1枚、ブレザーが1着、巻き物などその他小物達が1.2種類
春夏は、この服たちがいるだけで十分だと気が付きました。
もちろん、秋冬にも活躍する服も多いので、1年通してもそれほど必要ではないことが分かりました。

そしてその服たちは、10年近く、大切に長く着てきたものたちばかりでした。
中には気に入りすぎて、ダメになった時、同じものを買い替えたものまでありました。

今回の撮影を機に、またまた私の断捨離熱は高まりそうです。