ロイヤル・リゾート那須高原にあるリトリート・センター☆彡 -76ページ目

ロイヤル・リゾート那須高原にあるリトリート・センター☆彡

ダンマプロジェクト代表 うめ@梅津礼司が発行するブログです。お困りごと、お悩みごとなら、なんでもご相談にお応じます。みなさんのご訪問を心から歓迎いたします。URL dhammpro.com

E子さんは、8歳のときに母親と死別しました。

その悲しみを未だに引きずり、思い出しては泣くことがあるそうです。

また、母親代わりの祖母が亡くなり、心の支えがなくなり、どう生きたらよいのか、

分らずに来談されました。


自分の気持ちを受け止めてくれる人が身近にいないと言う気持ちがあります。

不登校(中学・高校)の経験もありました。

父親に親近感がありません。(理解してくれないから)

就職してからも、人に怯え、いつも緊張し、失敗すること多く、ストレスを抱えています。

毎日が辛く、何の楽しみもない。自分が嫌になる。無気力になりつつある。

寝ても寝た気がせず朝起き上がる時からすごく体が重く、終日ずっと疲れた状態です。
起きなくちゃいけないと思っているのに朝、なかなか起きられず仕事には遅刻ギリギリで身支度も満足に出来ません。
他にも変に体が暑くなったり、胸が苦しかったり、ぐるぐる回った後の用な気持ち悪さを感じます。
休日は半日以上寝ていることが多く、平日も洗濯したい、掃除したい、料理したいと思ってもできない日が多いです。
最近これらの症状が酷くなったように感じます。自分で自分が嫌になります。

よく聴くと、長い間、愛されていない私。ふがいない私。したいけどできない私。

と言う自己認識があります。


このような人生の危機を何とか乗り越えたいと願って、来談されました。

キーワードは、愛と信頼に満たされることだと思いました。

E子は、不足不満の「私」のことで、胸がいっぱいになっています。


最初に必要な私の援助は、E子さんがこれまでにひどい思いをしながらも、彼女なりに努力してきたことを肯定し、承認することだと思いました。


次に、辛い時に家族にどのように接してほしかったのか?

母親と死別した時、父親、祖父母がどのように接してほしかったのか伺いました。

そして、カウンセラーは、E子が望む父親、祖父母の役割を果たします。


支えてくれた、分ってくれようとした、愛してくれている、必要とされている。

と言う疑似体験をカウンセリングで味わうのです。


次に、その時父親は、兄弟は、祖父母は、どのようだったのか、思い出します。

周囲の風景も思い出していただきます。その中で自分はどのようにしていたのか、客観的に思い出します。


次に、そのとき、自分はどのようにすることができたのか考えます。


自分がどのような影響を受けてきたのか、また、自分が周囲にどのような影響を与えてきたのか、冷静に受け止めることができるように援助します。


そのために、ナラティブセラピーを応用しました。

E子は、自分史の記述を始めるようになりました。


困っている状況から抜け出すために、問題を明確にし、それを克服するために、

E子がなすべきことを一つ一つ具体的に考え、行動し、その結果を振り返るパートナーに私は、なります。


E子は、古い人生脚本を新しい人生脚本に書き換えることに成功し、お化粧にも、服装にも気を配るようになり、自らの呪縛から解放され、生きる歓びを味わうようになりました。



事例⑤ 自虐的な自分を変えたい


E君は、大学生。

対人関係において「自分は、すぐ自虐的になるので、そんな自分を変えたい」ということで来談されました。


E君の言う「自虐的」とは、


「相手が、僕のこと嫌いなのではないか?」

「相手は、僕と話すの嫌なのではないか?」

「相手は、僕のこと面倒くさい、ウザイと思っているのではないか?」

「だれも僕のことを心配してくれていない」

「心配されても嬉しくない」

「自分は、昔からみんなに嫌われている、と思って生きてきた。」

「そんな自分が、とても悲しい」


ということでした。


「だから、信頼して相談できる人が身近にいない」ということで来談されたのです。


「そんなあなたの想いを親しい人に話したことがありますか?」

(E君はちょっとびっくりしたように)

「そんなこと、話せませんよ。また嫌われるじゃないですか!」


彼は、「嫌われている」と「嫌われたくない」という想いにあふれています。

いつも相手の表情・言葉遣い、態度を気にしながら接してきたといいます。


そんな自分が好きになれないとも言います。


D君の「嫌われている」という想いは、自己嫌悪の投影でした。

「自分は、愛されていない」は、「自分が自分を愛せない」から

「嫌われている」は、「自分が自分を嫌っている」から


と自己認識をすることが、自己変革の第一歩になります。


自分以外存在の意味を、自分の心の状態で判断します。

例えば、子犬を見て「かわいい!」と見る人がいます。

      同じ、子犬を見て「かわいくない」と見る人もいます。


判断しているのは、自分の思考や経験・価値の投影だと解ります。

屈折した自己愛が、自己嫌悪感や「嫌われている」感になりがちです。


「全ては、自分の反映である」という考え方が持てるようになると、

問題は他者の側にあるのではなく、自分の内側に問題があるのだと解るようになります。


では、相手から「嫌われていない」「愛されている」「受け入れられている」と、感じる心を育てるには、どうしたらいいでしょうか?


D君に「自分の長所について思い当りますか?」と質問しました。

D君は、「思いつかない」ようでした。


「では、私からあなたの長所を挙げてもいいですか?」と尋ねました。

私は、D君の長所について、


あなたは、とても繊細な配慮ができる人ですね。

あなたは、周囲の変化に適応しようと努力のできる人ですね。

あなたは、思いやりがあり、親切ですね。

あなたは、やさしい気の使い方ができる人ですね。

あなたは、とても正直ですね。

あなたは、曲がったことが嫌いで、正しく生きようと考え努力している人ですね。


等々、D君の長所と率直に想いうところを沢山あげました。

D君は、嬉しそうな表情になりました。


「あなたは、私があなたの長所と見た点について、違和感や異議がありますか?あれば、仰ってください。」


彼は、「そう言われると、そうかもしれません。」

私は、「他人がどう思うか?を気にするよりも、自分の長所を育ててみようと思いませんか?」と提案しました。


「はい、そうしたいです。」言葉に力がありました。

早速それから、D君は、長所を伸ばす日常生活に取り組みました。


D君には、この生き方に確かな手ごたえがあったようで、うれしい報告が続くようになりましたので、相談は終結することができました。


自分が他者にどう思われているか?誰でも気になります。

それを心の痛みにしてしまうのは、自分への卑屈感や劣等感に心が支配されているからです。


自分をポジティブに観る心の習慣をつくり、育てると

生きることが歓びになります。


事例④どう生きればいいのか、わからない


D子さんは、大学生です。

何事にも関心が薄れ、無気力になったと来談されました。


中学・高校時代は、学業も部活も趣旨も遊びも熱心に打ち込めたけど、大学に入ってから目標が見つからず、何とか自分を奮い立たせてきた。


でも、最近は好きな音楽や読書にも興味が薄れ、特に生理になると死にたくもなる。体重も減り、授業もサボるようになった。彼にも両親にも依存しつつ、相談できず「どうしたらいいのか」と毎日一人で悩んでいる。と言うことでした。


彼や両親には、心配をかけたり、幻滅させたくないという想いがあり、それが相談できない理由だといいます。彼から見捨てられるのではないか、という不安もあります。


D子さんは、最も信頼できる存在に相談できない。

それはD子への彼や両親の信頼を失いたくないという想いであり、恐れでもあります。


今のような怠惰・無気力な生き方を知られたくない。

でも、とても辛く、どうしたら以前のような活き活きとした自分を取り戻せるのか?

それが問題でした。


面談が深まることによって、希望の大学に入学によって生きる目標が失われたこと。彼に出会い恋愛関係が始まったけど、満たされない。彼に依存していると思うけど、嫌われたくない。というD子の想い。


まだ学生なのに、彼ができたこと、学業に打ち込めない自分を両親に知られたくない。両親に知られたら、自分は両親の期待を裏切り、信頼を得られなくなるのではないか、両親を失望させたくない。というD子の不安が積もり積もってきたという想いが伝わってきました。


そこで、私はD子の眼差しを別の対象に向けられるように援助しました。


大学の授業で興味が持てる科目は、有りますか?

お気に入りの先生は、いますか?

一緒に居て楽しい友達は、いますか?


彼女は、希望の大学への入学が目標だったので、学部や学科の専攻について関心がありませんでした。だから授業にも先生にも興味が持てない。大学で何が勉強したいのか分らない。普通に学友とも付き合っているが、本当に親しい友人と言える人はいない、と言うことでした。


どんな職業につきたいですか?

就職したい会社はありますか?


D子は、「分らない」と言います。


そこで、眼を閉じて描画法(自動書記)で、画用紙に自由に描いてもらいました。


どんな感じがありましたか?


ふわふわした感じ、飛んでいる感じ、あっちに行きたいという感じがありました。


「飛んでいる」「あっち」にフォーカスしました。

「飛んでいる」は、地についていないと、飛び立ちたいがあります。

「あっち」とは、天国、楽園でした。


そこで、天国・楽園の絵を描いてもらいました。

それは、美しい楽園でした。


そこには、穏やかな幸福と平和に満ちていると感じていました。


そこで、幸福と平和について考えることを宿題にしました。


そんな面接を重ねて、D子は、国際ボランティアに行ってみたいというようになりました。その準備を始めて、夏休みを利用してカンボジアで教育支援に行きました。


帰ってきたD子の目は、活き活きとしていました。

自分のしたいことが分ったとのことでした。

教師資格を取って、国際NGOで働きたいとのことでした。


私の援助は、終結しました。