生きる歓び 事例⑤ 自虐的な自分を変える | ロイヤル・リゾート那須高原にあるリトリート・センター☆彡

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事例⑤ 自虐的な自分を変えたい


E君は、大学生。

対人関係において「自分は、すぐ自虐的になるので、そんな自分を変えたい」ということで来談されました。


E君の言う「自虐的」とは、


「相手が、僕のこと嫌いなのではないか?」

「相手は、僕と話すの嫌なのではないか?」

「相手は、僕のこと面倒くさい、ウザイと思っているのではないか?」

「だれも僕のことを心配してくれていない」

「心配されても嬉しくない」

「自分は、昔からみんなに嫌われている、と思って生きてきた。」

「そんな自分が、とても悲しい」


ということでした。


「だから、信頼して相談できる人が身近にいない」ということで来談されたのです。


「そんなあなたの想いを親しい人に話したことがありますか?」

(E君はちょっとびっくりしたように)

「そんなこと、話せませんよ。また嫌われるじゃないですか!」


彼は、「嫌われている」と「嫌われたくない」という想いにあふれています。

いつも相手の表情・言葉遣い、態度を気にしながら接してきたといいます。


そんな自分が好きになれないとも言います。


D君の「嫌われている」という想いは、自己嫌悪の投影でした。

「自分は、愛されていない」は、「自分が自分を愛せない」から

「嫌われている」は、「自分が自分を嫌っている」から


と自己認識をすることが、自己変革の第一歩になります。


自分以外存在の意味を、自分の心の状態で判断します。

例えば、子犬を見て「かわいい!」と見る人がいます。

      同じ、子犬を見て「かわいくない」と見る人もいます。


判断しているのは、自分の思考や経験・価値の投影だと解ります。

屈折した自己愛が、自己嫌悪感や「嫌われている」感になりがちです。


「全ては、自分の反映である」という考え方が持てるようになると、

問題は他者の側にあるのではなく、自分の内側に問題があるのだと解るようになります。


では、相手から「嫌われていない」「愛されている」「受け入れられている」と、感じる心を育てるには、どうしたらいいでしょうか?


D君に「自分の長所について思い当りますか?」と質問しました。

D君は、「思いつかない」ようでした。


「では、私からあなたの長所を挙げてもいいですか?」と尋ねました。

私は、D君の長所について、


あなたは、とても繊細な配慮ができる人ですね。

あなたは、周囲の変化に適応しようと努力のできる人ですね。

あなたは、思いやりがあり、親切ですね。

あなたは、やさしい気の使い方ができる人ですね。

あなたは、とても正直ですね。

あなたは、曲がったことが嫌いで、正しく生きようと考え努力している人ですね。


等々、D君の長所と率直に想いうところを沢山あげました。

D君は、嬉しそうな表情になりました。


「あなたは、私があなたの長所と見た点について、違和感や異議がありますか?あれば、仰ってください。」


彼は、「そう言われると、そうかもしれません。」

私は、「他人がどう思うか?を気にするよりも、自分の長所を育ててみようと思いませんか?」と提案しました。


「はい、そうしたいです。」言葉に力がありました。

早速それから、D君は、長所を伸ばす日常生活に取り組みました。


D君には、この生き方に確かな手ごたえがあったようで、うれしい報告が続くようになりましたので、相談は終結することができました。


自分が他者にどう思われているか?誰でも気になります。

それを心の痛みにしてしまうのは、自分への卑屈感や劣等感に心が支配されているからです。


自分をポジティブに観る心の習慣をつくり、育てると

生きることが歓びになります。