I'm a“Small town boy”in America
俺がアメリカの音楽が大好きだという事は俺の事を知ってる人のみならず、俺の歌を初めて聞いてくれる人にも容易に分かるようだ。
聞いてくれた人は必ず“福井大輔=アメリカン”という図式を描いてくれる。
それはありがたい事だと思っている。
ミュージシャンにとって“印象”ってすごく大事だ。
その初期段階、“第一印象”で自分を正しく分かってもらえるのはこの上無くありがたい。
去年の秋、アメリカ大陸を横断して俺は1つ分かった事がある。
俺はアメリカに何度か行っているが殆どが“アメリカ”に行くと言うより“ニューヨーク”に行くと言った方がいい旅だ。
ニューヨークの街が大好きで何度も何度も同じ場所に行っても決して飽きる事が無い。
俺にとってのアメリカは“ニューヨーク”だと思っていた。
でもある時、実は俺のアメリカって地方の“Small town”なんじゃないかと思った。
日本でも地方の人達は“東京”に憧れる。
それはアメリカでも同じで、地方のミュージシャン達は1度はニューヨークに向かう。
その最たるミュージシャンが“Bob Dylan”だろう。
俺の好きなミュージシャンの多くは地方で生まれ、1度はニューヨークに出て音楽活動をしていた。
俺がニューヨークに憧れるのはそれに近いんじゃないか、と思った。
実際に俺が生まれ育ち、今も暮らしている町は日本有数の“都会面した田舎町”だ。
俺は根っからの“田舎者”だ。
大陸を横断した時、いくつもの“Small town”を車窓から眺めてきた。
頭の中に流れて来るのは“カントリーミュージック”ばかり。
古き良きアメリカ。
広大な、砂埃舞う地方の風景。
俺の中の“アメリカ”を初めて見付けた気がした。
俺は昔からアメリカのルーツ音楽に根差した音楽ばかり聴いてきた。
偏った志向だと言われたり、自分でもそうは思っていた。
しかし、そんな音楽しか俺の心を動かさないし心の奥に届いて来ない。
今でも志向はアメリカのルーツ系に偏っている。
昔から聴いてきたベテランのシンガーソングライターの多くはどんどんレイドバックしている。
そんな“アメリカン・ロッカー”達。
そしてテキサスを中心にしたカントリーミュージック。
俺にはそんな音楽しか届かない。
福井大輔の音楽はますます“アメリカン”になっていくだろう。
だって、こんな風景を目の当たりにしてきたんだから。
聞いてくれた人は必ず“福井大輔=アメリカン”という図式を描いてくれる。
それはありがたい事だと思っている。
ミュージシャンにとって“印象”ってすごく大事だ。
その初期段階、“第一印象”で自分を正しく分かってもらえるのはこの上無くありがたい。
去年の秋、アメリカ大陸を横断して俺は1つ分かった事がある。
俺はアメリカに何度か行っているが殆どが“アメリカ”に行くと言うより“ニューヨーク”に行くと言った方がいい旅だ。
ニューヨークの街が大好きで何度も何度も同じ場所に行っても決して飽きる事が無い。
俺にとってのアメリカは“ニューヨーク”だと思っていた。
でもある時、実は俺のアメリカって地方の“Small town”なんじゃないかと思った。
日本でも地方の人達は“東京”に憧れる。
それはアメリカでも同じで、地方のミュージシャン達は1度はニューヨークに向かう。
その最たるミュージシャンが“Bob Dylan”だろう。
俺の好きなミュージシャンの多くは地方で生まれ、1度はニューヨークに出て音楽活動をしていた。
俺がニューヨークに憧れるのはそれに近いんじゃないか、と思った。
実際に俺が生まれ育ち、今も暮らしている町は日本有数の“都会面した田舎町”だ。
俺は根っからの“田舎者”だ。
大陸を横断した時、いくつもの“Small town”を車窓から眺めてきた。
頭の中に流れて来るのは“カントリーミュージック”ばかり。
古き良きアメリカ。
広大な、砂埃舞う地方の風景。
俺の中の“アメリカ”を初めて見付けた気がした。
俺は昔からアメリカのルーツ音楽に根差した音楽ばかり聴いてきた。
偏った志向だと言われたり、自分でもそうは思っていた。
しかし、そんな音楽しか俺の心を動かさないし心の奥に届いて来ない。
今でも志向はアメリカのルーツ系に偏っている。
昔から聴いてきたベテランのシンガーソングライターの多くはどんどんレイドバックしている。
そんな“アメリカン・ロッカー”達。
そしてテキサスを中心にしたカントリーミュージック。
俺にはそんな音楽しか届かない。
福井大輔の音楽はますます“アメリカン”になっていくだろう。
だって、こんな風景を目の当たりにしてきたんだから。
2月ライブスケジュール 「Meeting of the A」復活!!
1月も既にあと10日あまり。
今年は訳あって例年に無くスロースタート、1月はあと高槻でのイベント出演を残すのみ。
旅芸人が旅が単発2本しか無いという悲惨な状態でスタートした2013年。
春にはまた何本かのツアーも決まってるので徐々にスピードアップしていこうとは思っている。
2月は更に旅が減って東京月例ライブの1本だけ。
旅が無ければ当然ライブ本数も減ってしまうわけだが2月は1つ、目玉商品がある。
2001年から約10年間続けてきたイベント、「Meeting of the A」を新たな形で復活させる。
今はもう去っていったかつての仲間たちと作り上げてきたこのイベント。
定例イベントの他にもスペシャル版もいくつも開いた。
インターネットラジオで番組を持ってた事もある。
イベントのファンになってくれた人もたくさんいた。
まわりからは高く評価してもらった。
たくさんの思い出を残して一旦は幕を降ろした。
2013年、まだ仲間でいてくれるわずかな人達と新しい仲間達で新しい伝説を作り上げていく。
イベントは二種類。
「Meeting of the A “NEXT”」、そして「Meeting of the A“Rocks”」。
かつては弾き語りミュージシャンに特化したイベントだったが今回からはバンドとのジョイントもやっていく。
出演者、出演バンドを広く募集していくので我こそはと思う人達は是非参加してほしい。
さて、前置きが長くなったが2月のライブスケジュールを発表しよう。
DaisukeFukui Livetour
「ROAD21-MY DUSTY ROAD 2013」
2/2(土)
名古屋、栄“ROXX”
http://www.spirits-jp.com/roxx/index.htm
2/7(木)
東京、秋葉原(岩本町)“秋田犬”
http://www.akitainu-garage.com/
2/10(日)
名古屋、本郷“Armadillo”
「Meeting of the A“NEXT”」
http://download.mediasoft.ne.jp/armadillo/
2/16(土)
名古屋、栄“Mujica”
http://www.spirits-jp.com/mujica/
公式ライブは以上4本。
実はこれらとは別に、毎月何本かのスケジュールには公表しないライブがある。
セットリストのページを見てくれてる人は知ってると思う。
いわゆるオープンマイクへのエントリー。
これは生まれたての歌の卵や、年老いて忘れかけていた歌など普段のライブとは違う選曲になる事が多いので目星を付けて当日に問い合わせてもらえば出演の有無を答えるので気楽に遊びに来てもらえたらいいかと思う。
それぞれの会場で、同じ時間を共に過ごせたら嬉しい。
是非、応援に来てほしい。
今年は訳あって例年に無くスロースタート、1月はあと高槻でのイベント出演を残すのみ。
旅芸人が旅が単発2本しか無いという悲惨な状態でスタートした2013年。
春にはまた何本かのツアーも決まってるので徐々にスピードアップしていこうとは思っている。
2月は更に旅が減って東京月例ライブの1本だけ。
旅が無ければ当然ライブ本数も減ってしまうわけだが2月は1つ、目玉商品がある。
2001年から約10年間続けてきたイベント、「Meeting of the A」を新たな形で復活させる。
今はもう去っていったかつての仲間たちと作り上げてきたこのイベント。
定例イベントの他にもスペシャル版もいくつも開いた。
インターネットラジオで番組を持ってた事もある。
イベントのファンになってくれた人もたくさんいた。
まわりからは高く評価してもらった。
たくさんの思い出を残して一旦は幕を降ろした。
2013年、まだ仲間でいてくれるわずかな人達と新しい仲間達で新しい伝説を作り上げていく。
イベントは二種類。
「Meeting of the A “NEXT”」、そして「Meeting of the A“Rocks”」。
かつては弾き語りミュージシャンに特化したイベントだったが今回からはバンドとのジョイントもやっていく。
出演者、出演バンドを広く募集していくので我こそはと思う人達は是非参加してほしい。
さて、前置きが長くなったが2月のライブスケジュールを発表しよう。
DaisukeFukui Livetour
「ROAD21-MY DUSTY ROAD 2013」
2/2(土)
名古屋、栄“ROXX”
http://www.spirits-jp.com/roxx/index.htm
2/7(木)
東京、秋葉原(岩本町)“秋田犬”
http://www.akitainu-garage.com/
2/10(日)
名古屋、本郷“Armadillo”
「Meeting of the A“NEXT”」
http://download.mediasoft.ne.jp/armadillo/
2/16(土)
名古屋、栄“Mujica”
http://www.spirits-jp.com/mujica/
公式ライブは以上4本。
実はこれらとは別に、毎月何本かのスケジュールには公表しないライブがある。
セットリストのページを見てくれてる人は知ってると思う。
いわゆるオープンマイクへのエントリー。
これは生まれたての歌の卵や、年老いて忘れかけていた歌など普段のライブとは違う選曲になる事が多いので目星を付けて当日に問い合わせてもらえば出演の有無を答えるので気楽に遊びに来てもらえたらいいかと思う。
それぞれの会場で、同じ時間を共に過ごせたら嬉しい。
是非、応援に来てほしい。
ライブ映像が届きました
今日の「club3star」に足を運んでくれた皆さん、ありがとうございました!
さて、先日10日に東京秋葉原「秋田犬」
でのライブ映像が届いた。
新しい歌に懐かしい歌、珍しい歌。
時間がある時にでも見てもらえたら嬉しい。
http://www.youtube.com/playlist?list=PL14yPWmuunziB-qSgXi6bQ3l77K3BTr4T
さて、先日10日に東京秋葉原「秋田犬」
でのライブ映像が届いた。
新しい歌に懐かしい歌、珍しい歌。
時間がある時にでも見てもらえたら嬉しい。
http://www.youtube.com/playlist?list=PL14yPWmuunziB-qSgXi6bQ3l77K3BTr4T
初めての諸々と音楽的な原点
以前、あるライブで対バンしたシンガーが“生まれて初めて作った歌”というのをライブで歌った。
高校生の頃に作った歌らしいがマイナー・キーの歌謡フォーク調、実に完成度の高い素晴らしい歌だった。
まさに“日本のフォーク”といった感じの歌。
俺が初めて作った歌。
厳密には、初めて自作の歌を人前で披露したという事だが。
それは中学校の授業の課題での事。
先生が指定したコード進行にメロディを付けて歌にするというものだった。
そのコード進行は、C-Am-Dm-G といういわゆるCの4コードだ。
その課題は宿題として出され次の授業で発表する。
俺は歌詞も作ってピアノの弾き語りで発表した。
歌詞はすっかり忘れたが、1コーラス目のAメロ部分は確か“When I'm being by your side,I go your wonderland. But I don't say l love you, try to hide this feeling”だったと思う。
コード進行は先生が指定したものとはいえ、メロディは歌詞が英語なのも手伝いかなり洋楽的な歌だった。
歌詞もメロディも稚拙なものだが、今になって考えると俺は“日本のフォーク”というジャンルを通っていないのが顕著に表れていたように思う。
俺が初めて人前で歌を歌ったのは幼稚園の時の“讃美歌だ。”
幼稚園はキリスト教の教会がやっていて、園長は外国人というところに行っていた。
毎日、朝のお祈りと讃美歌の合唱。
発表会の“お歌”は讃美歌だった。
それが俺の“初ライブ”だ(笑)。
だから俺の音楽的ルーツは何か?と問われたら“讃美歌”だ。
日本という国に日本人として生まれて日本で暮らしてるので当然な事として日本人の音楽家の作品は耳にするし、その中で自分にフィットする人や心を動かす作品はファンになる。
しかし、それらには“アメリカ”が感じられないと自分の心には来ない。
やっぱりどうしても、俺はアメリカを求めてしまう。
カントリーやブルース、(本当の意味での)フォークにしかトキメキを感じない。
俺の根底にあるものがそうさせているのだろう。
西洋かぶれで結構だ。
自分の魂の根底にあるものは消せないしけしたくないし、消す必要もないと思っている。
俺の音楽的な原点は海の向こうにある。
高校生の頃に作った歌らしいがマイナー・キーの歌謡フォーク調、実に完成度の高い素晴らしい歌だった。
まさに“日本のフォーク”といった感じの歌。
俺が初めて作った歌。
厳密には、初めて自作の歌を人前で披露したという事だが。
それは中学校の授業の課題での事。
先生が指定したコード進行にメロディを付けて歌にするというものだった。
そのコード進行は、C-Am-Dm-G といういわゆるCの4コードだ。
その課題は宿題として出され次の授業で発表する。
俺は歌詞も作ってピアノの弾き語りで発表した。
歌詞はすっかり忘れたが、1コーラス目のAメロ部分は確か“When I'm being by your side,I go your wonderland. But I don't say l love you, try to hide this feeling”だったと思う。
コード進行は先生が指定したものとはいえ、メロディは歌詞が英語なのも手伝いかなり洋楽的な歌だった。
歌詞もメロディも稚拙なものだが、今になって考えると俺は“日本のフォーク”というジャンルを通っていないのが顕著に表れていたように思う。
俺が初めて人前で歌を歌ったのは幼稚園の時の“讃美歌だ。”
幼稚園はキリスト教の教会がやっていて、園長は外国人というところに行っていた。
毎日、朝のお祈りと讃美歌の合唱。
発表会の“お歌”は讃美歌だった。
それが俺の“初ライブ”だ(笑)。
だから俺の音楽的ルーツは何か?と問われたら“讃美歌”だ。
日本という国に日本人として生まれて日本で暮らしてるので当然な事として日本人の音楽家の作品は耳にするし、その中で自分にフィットする人や心を動かす作品はファンになる。
しかし、それらには“アメリカ”が感じられないと自分の心には来ない。
やっぱりどうしても、俺はアメリカを求めてしまう。
カントリーやブルース、(本当の意味での)フォークにしかトキメキを感じない。
俺の根底にあるものがそうさせているのだろう。
西洋かぶれで結構だ。
自分の魂の根底にあるものは消せないしけしたくないし、消す必要もないと思っている。
俺の音楽的な原点は海の向こうにある。
蔵出し写真館 part3 「21世紀編」
福井大輔の歴史、最後は21世紀に入ってからの写真の公開だ。
この頃からはほとんどが独りでのライブとなる。
本格的に旅を始めたのもこの頃からだ。
大阪でのライブ・シーン。
この頃のギターは“スタッフォード”を使っていた。
東京、吉祥寺“曼荼羅”でのライブ。
本格的に東京に進出した頃だ。
この頃から髭を蓄える事が多くなる。
ギターは“タカミネ”のニューヨーカー・タイプ。
東京、“上野公園野外音楽堂”でのライブ・シーン。
ここで20年以上に渡って行われているイベント、“フォーク・ジャングル”での1ショット。
2001年9月11日、ニューヨークで世界的な大事件に遭遇。
これは翌年9月、友人が企画した追悼イベントで“グラウンド・ゼロ”で歌った時の1ショット。
この時はこの後にも何ヵ所かで歌った。
東京、江古田“マーキー”でのライブ・シーン。
90年代にソロ活動を始めた頃から出演していた岡崎“八曜舎”。
ここは日本フォーク・シーンに於いては伝説のライブハウスだ。
髭を剃り髪を短く刈り込んでいた時期もあった。
写真は東京、江古田“マーキー”。
2007年頃、名古屋“six-dog”にて。
2001年から始めた主催イベント、「Meeting of the A」でのステージからの1ショット。
このイベントは2009年に一旦終了したが今年から「Meeting of the A“NEXT”」として復活する。
この頃はある曲をこの衣裳で歌っていた。
時々ライブのMCで話す大阪でのライブで酷い目に遭ったというのはこの為だ。
まぁ、当たり前だわな・・・(笑)。
さて、3回に渡ってお送りした「写真で見る福井大輔の歴史」はいかがでしたでしょうか?
まだまだ写真や、もちろん映像や肝心要の音源もたくさんある。
機会を見てまたここやYouTube、または他のメディアでも公開していくので楽しみにしていてほしい。
まだまだ今年も、これから先も福井大輔は走って走って走りまくる。
30年から40年50年、いや60年70年80年よりもっともっと先まで走り続けるから。
これからも応援よろしく !!
この頃からはほとんどが独りでのライブとなる。
本格的に旅を始めたのもこの頃からだ。
大阪でのライブ・シーン。
この頃のギターは“スタッフォード”を使っていた。
東京、吉祥寺“曼荼羅”でのライブ。
本格的に東京に進出した頃だ。
この頃から髭を蓄える事が多くなる。
ギターは“タカミネ”のニューヨーカー・タイプ。
東京、“上野公園野外音楽堂”でのライブ・シーン。
ここで20年以上に渡って行われているイベント、“フォーク・ジャングル”での1ショット。
2001年9月11日、ニューヨークで世界的な大事件に遭遇。
これは翌年9月、友人が企画した追悼イベントで“グラウンド・ゼロ”で歌った時の1ショット。
この時はこの後にも何ヵ所かで歌った。
東京、江古田“マーキー”でのライブ・シーン。
90年代にソロ活動を始めた頃から出演していた岡崎“八曜舎”。
ここは日本フォーク・シーンに於いては伝説のライブハウスだ。
髭を剃り髪を短く刈り込んでいた時期もあった。
写真は東京、江古田“マーキー”。
2007年頃、名古屋“six-dog”にて。
2001年から始めた主催イベント、「Meeting of the A」でのステージからの1ショット。
このイベントは2009年に一旦終了したが今年から「Meeting of the A“NEXT”」として復活する。
この頃はある曲をこの衣裳で歌っていた。
時々ライブのMCで話す大阪でのライブで酷い目に遭ったというのはこの為だ。
まぁ、当たり前だわな・・・(笑)。
さて、3回に渡ってお送りした「写真で見る福井大輔の歴史」はいかがでしたでしょうか?
まだまだ写真や、もちろん映像や肝心要の音源もたくさんある。
機会を見てまたここやYouTube、または他のメディアでも公開していくので楽しみにしていてほしい。
まだまだ今年も、これから先も福井大輔は走って走って走りまくる。
30年から40年50年、いや60年70年80年よりもっともっと先まで走り続けるから。
これからも応援よろしく !!













