初めての諸々と音楽的な原点
以前、あるライブで対バンしたシンガーが“生まれて初めて作った歌”というのをライブで歌った。
高校生の頃に作った歌らしいがマイナー・キーの歌謡フォーク調、実に完成度の高い素晴らしい歌だった。
まさに“日本のフォーク”といった感じの歌。
俺が初めて作った歌。
厳密には、初めて自作の歌を人前で披露したという事だが。
それは中学校の授業の課題での事。
先生が指定したコード進行にメロディを付けて歌にするというものだった。
そのコード進行は、C-Am-Dm-G といういわゆるCの4コードだ。
その課題は宿題として出され次の授業で発表する。
俺は歌詞も作ってピアノの弾き語りで発表した。
歌詞はすっかり忘れたが、1コーラス目のAメロ部分は確か“When I'm being by your side,I go your wonderland. But I don't say l love you, try to hide this feeling”だったと思う。
コード進行は先生が指定したものとはいえ、メロディは歌詞が英語なのも手伝いかなり洋楽的な歌だった。
歌詞もメロディも稚拙なものだが、今になって考えると俺は“日本のフォーク”というジャンルを通っていないのが顕著に表れていたように思う。
俺が初めて人前で歌を歌ったのは幼稚園の時の“讃美歌だ。”
幼稚園はキリスト教の教会がやっていて、園長は外国人というところに行っていた。
毎日、朝のお祈りと讃美歌の合唱。
発表会の“お歌”は讃美歌だった。
それが俺の“初ライブ”だ(笑)。
だから俺の音楽的ルーツは何か?と問われたら“讃美歌”だ。
日本という国に日本人として生まれて日本で暮らしてるので当然な事として日本人の音楽家の作品は耳にするし、その中で自分にフィットする人や心を動かす作品はファンになる。
しかし、それらには“アメリカ”が感じられないと自分の心には来ない。
やっぱりどうしても、俺はアメリカを求めてしまう。
カントリーやブルース、(本当の意味での)フォークにしかトキメキを感じない。
俺の根底にあるものがそうさせているのだろう。
西洋かぶれで結構だ。
自分の魂の根底にあるものは消せないしけしたくないし、消す必要もないと思っている。
俺の音楽的な原点は海の向こうにある。
高校生の頃に作った歌らしいがマイナー・キーの歌謡フォーク調、実に完成度の高い素晴らしい歌だった。
まさに“日本のフォーク”といった感じの歌。
俺が初めて作った歌。
厳密には、初めて自作の歌を人前で披露したという事だが。
それは中学校の授業の課題での事。
先生が指定したコード進行にメロディを付けて歌にするというものだった。
そのコード進行は、C-Am-Dm-G といういわゆるCの4コードだ。
その課題は宿題として出され次の授業で発表する。
俺は歌詞も作ってピアノの弾き語りで発表した。
歌詞はすっかり忘れたが、1コーラス目のAメロ部分は確か“When I'm being by your side,I go your wonderland. But I don't say l love you, try to hide this feeling”だったと思う。
コード進行は先生が指定したものとはいえ、メロディは歌詞が英語なのも手伝いかなり洋楽的な歌だった。
歌詞もメロディも稚拙なものだが、今になって考えると俺は“日本のフォーク”というジャンルを通っていないのが顕著に表れていたように思う。
俺が初めて人前で歌を歌ったのは幼稚園の時の“讃美歌だ。”
幼稚園はキリスト教の教会がやっていて、園長は外国人というところに行っていた。
毎日、朝のお祈りと讃美歌の合唱。
発表会の“お歌”は讃美歌だった。
それが俺の“初ライブ”だ(笑)。
だから俺の音楽的ルーツは何か?と問われたら“讃美歌”だ。
日本という国に日本人として生まれて日本で暮らしてるので当然な事として日本人の音楽家の作品は耳にするし、その中で自分にフィットする人や心を動かす作品はファンになる。
しかし、それらには“アメリカ”が感じられないと自分の心には来ない。
やっぱりどうしても、俺はアメリカを求めてしまう。
カントリーやブルース、(本当の意味での)フォークにしかトキメキを感じない。
俺の根底にあるものがそうさせているのだろう。
西洋かぶれで結構だ。
自分の魂の根底にあるものは消せないしけしたくないし、消す必要もないと思っている。
俺の音楽的な原点は海の向こうにある。