109.息子コルド

ロクサーナには二人子供がいて、下はコルドという10歳の男の子だった。
自分にとっての魂のレクイエムであるこの物語が終わる前に、大事な友達である彼のことを記しておきたい。
初めて彼に会ったのは、ロクサーヌを彼女の経営する店に初めて訪ねていった日のことだった。あいにく、彼女は不在だったのだが、店の前で友達と遊んでいたのが彼だった。あどけない顔に大きな目、そして顔の大きさに比して大きな前歯が印象的だった。ロクサーナはよく彼を仕事中夜遅くまで連れ歩くことも多かったが、彼は文句も言わず黙って付いて来ていた。
僕が彼らの家に同居することになったとき、彼が僕を受け入れてくれるか心配だった。自分だったら、母親が自分の父親以外の男性を家に連れてくるのは心穏やかであるはずがない。だから彼の反応がすごく気になった。でもそんな心配は全くの杞憂だった。彼は好奇心の塊のような大きなぎょろ目で急に家を占拠し始めたこれまで目にしたことのない日本製品を見るやいなや、片っ端から興味を示し始めたのだ。
こうして最初の難関をなんとか突破したあとは、彼はそれまで母親と二人だけの静かだった家に遊び相手が増えたとばかり僕に懐いていってくれた。彼とは家の中でサッカーやプロレスやTVゲームをして遊んだが、一番よくしたのはふざけ合いだった。とにかくふざけることが大好きな彼はあの手この手で僕たちの気を引こうとする。だから僕も負けず劣らず大げさに反応して彼を喜ばす。やはり子供にとって大人が一緒に遊んでやることは何よりも大切なんだと身をもって思った。
それから3年間一緒に生活を共にしてきた。その間、彼も少年から大人への移行期に入り、身長が伸びて声変わりをし、口数も以前より少なくなり、自分の世界を持つようになっていった。それでも、相変わらず我々3人はいつも一緒に過ごし、仲の良い家族関係を保っていた。手前味噌になるが、ロクサーナは、コルドが僕の日本人的勤勉生活習慣を実践する姿を見れて、わずか3年間ではあるがとてもいい教育の機会になったという。全く意識していなかったが毎日規則正しく仕事に向う姿や、夜机に向って勉強をする姿、そしてもったいない精神で物を大事にする姿などから彼が何かしらの影響を受けてくれているとしたらとても嬉しい。
僕が日本へ帰国してしばらく経ったある日、メキシコのロクサーナと電話で話す機会があった。そのとき彼女は、息子のコルドが友達に、「僕には日本人のお父さんがいるんだ」と話していたと僕に語ってくれた。その言葉を聞いたとき、心の底から嬉しく思うと同時に少し目が潤んでしまった。いつも彼には、心のどこかに申し訳ないという気持ちを持ち続けてきたのだが、やっとその気持ちから解放されたような気がした。そして、異邦人の母親のパートナーを何も言わず受け入れてくれた彼の優しさと心の広さに頭が下がる思いだった。
人生の偶然が作り出した僕とコルドの家族としての生活は、人生で言えば”一瞬の幻”のような出来事だったかもしれない。でも、そのわずかな時間の中で様々な感情の波に揺られながら互いをぶつけ合ってきた。その結果生まれたものは人への信頼だった。国籍も違えば、血縁関係もない他人同士。それでも人は相手を家族に対するのと同じように愛しあうことが出来ることを身をもって体験した。
いま僕は、人生から最高の贈り物を授かったと思っている。