Mexican Resort Style ~スパな生活~ -112ページ目
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1.はじめに


スパな生活 ~Mexican Resort Style~


日本は寒い冬の2月の真っ只中。早朝の交差点で黒いコートを身にまとった通勤の人々の吐く息が白い。海の向こうのメキシコ、海岸の町プエルトバジャルタでは午後4時。夕方の買い物のために石畳を人々が行き交っているころだろう。沖にはシアトルあたりからやって来たアメリカ人のヨットが気だるそうに浮かび、バカンスを楽しむ主人の帰りを待っている。日本との時差15時間のこの地では午後の日差しはまだまだ暑い。

日本と文化も習慣もかけ離れたメキシコの首都メキシコシティに6年間住んだあと、僕は太平洋側に位置するリゾート地プエルトバジャルタに移り住み4年を過ごした。実はそれは言葉で書くほど簡単なことではなく、悪戦苦闘の連続だったが、ある思いが達成させてくれた。それは、「自分の気持ちに生きたい。自分の送ってみたかった生活を送ろう」いうもの。そのためには、先ずは新天地で収入を得る方法を考えることから始めなければならなかった。

思い立ってから少しの準備期間は必要だが、自分の思いが強ければチャンスは必ずやってくる。あとはそれに食らい付いていくだけだ。

「人の思惑で動かされる自分という主人公不在のごまかしの生き方」。長い間そうやって生きてきた自分にさよならを告げ、勇気を奮って一歩前に歩き出してみる。そうするといろいろなことが起こる。でもその都度問題を乗り越えていくうちにいつしか自分のドラマの真っ只中で生き生きと主役を演じている自分に気づくのだ。

僕は、プエルトバジャルタという町で指圧テラピストとしての仕事を確立し、情熱を全開にして仕事をしてきた。その結果、様々な人々が僕を受け入れ支えてくれることになった。また、彼らを通じて、社会の問題、家庭の問題などいろいろ考えさせられる機会を得て学ばせてもらえた。そして何よりも、彼らを通じて人に必要とされているんだということが僕の中に大きな自信を生んでくれた。

日本に戻って4ヶ月が経った。このあまりにもスピードの早い社会で記憶が風化する前に、いかにして普通の日本人が異国で初めての仕事に挑戦し日本人一人の町で外国人の中に溶け込み生活してきたかを紹介したいと思う。これはそんな自分の32歳から4年間、2001年から2005年までメキシコ太平洋側リゾート地で暮らした記録である。

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