Mexican Resort Style ~スパな生活~ -15ページ目

98.見も凍る事件が起きてしまった

trueバジャルタの夕焼け

2期目に入ったある日の昼、僕はプールサイドでのデモンストレーションに参加していた。いつものごとく、マッサージチェアをセットし、5、6人ほどの体験希望者を椅子に座らせせっせと仕事にいそしんでいた。そして最後の人に差しかかった。その人はアメリカ人の70歳くらいの女性で、全身に切り傷の痕が見られる。どうしたのか訪ねるとある疾患で皮膚がことのほか弱いのだという。

断ることも考えたが、注意して背中を指してみると別段問題は起きなかったので細心の注意をすることにして引き受けた。どうにか5分間デモも終わりに差しかかり、最後に手の甲を両手で開くように引っ張る手技を行ったときに、信じられないことが起きたのだ。それは、彼女の手の甲の皮が左右に避け中の肉や骨が見えてしまったのだ。正直言ってその瞬間時間が止まり、一瞬が永遠に感じられた。もうパニックを通り越して、一体何が起きたのか分からなかった。

僕はスタッフの女の子に、夫に知らせプールサイドの彼女の身の回りのものを持って医務室に届けるよう指示し、持参していた白い手ぬぐいを女性の手の甲に被せ、そのまま医務室に連れて行った。当直医も唖然としていたが、すぐその場で消毒し、そして縫合が行われた。僕は駆けつけた夫に平謝りで誤り、このときやっと足が震え始めた。

やっと自分のしでかしたミスの大きさに気づいた。アメリカ人の客の体に傷をつけたことがあとでどんな反響を呼んでしまうか。とてつもない金額の慰謝料の請求になることを想像してすっと寒気がした。

心を込めてのお詫びを言い終えると、その夫は怒る風でもなく静かに言った。

『彼女は特殊な病気でどこかにぶつけただけで皮膚が破れてしまうんだよ。彼女もそれなのに簡単にマッサージを受けたりして不注意だ。あまり気にするな』

このときほど、自分の知識のなさ、いかにアマチュアかを思い知らされたことは無かった。ある程度それなりの場所で勉強してきたとは言え、総合的に学べるところではなかったので解剖学などはどうしても本だけの知識でしかも浅い。また禁忌事項の徹底もきちんと教育を受けていないのがアマチュアの痛いところで自分に欠けているところだったと気づいた。

その後、スパのマネージャーのシルビアもホテルの他のディレクターと駆けつけてくれたが、彼らからは、『この件については心配するな。あとはホテルが対応するから』と声をかけてもらい、涙がでるほど有り難かった。

それから彼女達の滞在中は毎日医務室にお見舞いに行ったが、彼女からも許しの言葉をもらい、『今回の旅はあれからもうプールに入れなくなっちゃった』と笑いながら言われた。彼らの休暇を申し訳ないことに台無しにしてしまったのに、本当に懐の深い夫婦で助かった。

プロとして大きな過ちを犯してしまった。しかし、骨身にしみたその経験から、被害者夫妻の寛大さ、仲間の援護、自分の未熟さなど様々なことを知る機会となったのも事実だ。被害者には申し訳ないが、失敗は大きければ大きいほどまた学ぶこともより大きいのかもしれない。