美しいと感じる対象は個体差が大きく、時代、地域、社会、集団、環境などによっても大きく異なります。例えば、整然と並ぶものに美を感じる人もいれば、ランダムに並ぶ様子に美を感じる人います。左右対称を美しいと感じる人もいれば、非対称に美を感じる人もいます。
龍安寺石庭
無調を心地よいと感じるか否かなども美意識に関連している場合がるといえます。また、現代の建築においても、コンクリートの打ち放し建築の美についても近年問いかけられたテーマです。
西欧では華美な装飾や人工的な美をその美意識の中心においていますが、日本人の美意識はむしろ自然と対立せず寺社、日本庭園に見られるように自然と一体となり、死を敵対するものではなく「侘(わび)、寂(さび)」に見るように朽ち果てゆくもの、枯れるものへの素朴な同調などが根底にあると言われています。
室町時代の能役者の世阿弥は、著書「風姿花伝」の中で「秘すれば花」(注)と表現していますが、日本人には全体的調和を重んじ、自己主張を抑制し隠蔽(いんぺい)することにより受け手の想像力を刺激し、日本人特有の奥深さに美を見つけてきたと言われています。
(注)「秘すれば花なり、秘せずは花なるべからず」は、秘密にする(隠す)からこそ花(感動)になり、秘密にしないと花になはらない(感動を与えない)という意味です。演劇である「能」は、動きを極限まで単純化し、無表情な面をつけ物狂、執心、怨霊などの題目で演じられる日本の伝統演劇で、観るものの想像力によって演じられる世界が広がっていきます。






